
AI助成金が野良AIを量産する不都合
2026年1月21日
早嶋です。今回は短めに2800文字程度。
AI助成金は、AIを導入するための制度ではない。この前提を押さえずに使えば、AI研修は必ず歪む。現場に善意の自動化が溢れ、やがて「野良AI」となり、Excelマクロのように誰も触れない仕組みが増えていくのだ。今回は、制度と人間の合理性という視点から、AI研修が失敗しやすい理由と、本来取るべき向き合い方を整理した。
「AI研修をやっています!」「助成金を使って全社員にAIを学ばせています!」という話を聞く。国の後押しもあり、AIやDXという言葉は、バズワードを超えて民主化している。AI助成金は、一人当たり数十万円規模の助成があり、会社の負担も小さく、提供側も営業しやすい。IT会社や研修会社にとっても合理的な選択に見える。
しかし現場で何が起きているかを冷静に見れば違和感が残る。便利そうなAIツールが社内に点在し、どれを使えばいいのかわからなくなる。部署ごとに細分化した自動化が進むも、全体として仕事が楽にならない。むしろ管理は複雑になり、最後は「勝手にAIを使うな」という空気すら生まれてきそうだ。
少し前提整理をしよう。AI研修で使われている多くは、経済産業省の産業政策ではない。厚生労働省の人材開発支援助成金だ。この制度の出発点は、AIでもDXでもなく雇用だ。技術が変わり、仕事が変わり、ついていけない人が生まれる。そこで再教育を目的にしているのだ。制度の目的は、労働者を働き続けさせることだ。仕事の構造をどのように変え、企業の意思決定をどのように再設計するかなどの視点は、入っていない。
そのため、AI助成金の制度は成果ではなく、何人受講したかと、どれだけの時間をかけたかをKPIに設定する。何人が、何時間、どんな研修を受けたか。これは行政としては極めて合理的だ。業務改革の成否など、外からは評価できない。書類で確認できる項目だけを基準にするしかないのだ。
その結果、制度が評価できるのは、人数と時間で平準化できる研修だけだ。特定の1人や少人数が、会社全体の構造や根本的な課題を発見し、AIを活用して全体最適で企業をアップデートする土台づくりや仕組みを構築する制度ではない。あくまでも「大量育成した」と言う事実にフォーカスされる。
AI研修会社にとっては、受講者数が多い方がいい。人数が増えれば、研修費用も助成額も増える。難易度の高い少人数研修より、横並びの大量研修の方が売りやすい。カリキュラムや情報の提供は、それこそ動画等を活用することで提供側のコストはそんなに掛からない。一方で企業側も同じだ。「AI人材を◯人育成」という目標は、社内外に説明しやすく、国の助成も得られてお得な感じがする。
勿論、基礎的な考えや社内の意識合わせには最適だし、集団型のAI研修にも、意味はある。テンプレートを使えばアウトプットは出しやすいし、「AIを使って、こんなこともできる」という成功体験も得やすい。AIに触れる人が増えること自体は、悪い話ではない。むしろ、企業のDXの入口としては健全だ。
問題は、その先に何が起きるかだ。企業や事業部全体の課題や仕事の流れを把握しないまま、AIを触ることが好きな人が、各現場でそれぞれ業務を効率化し始めるとする。経費精算を自動化する人。日報をAIで書く人。請求書処理を楽にする人も出てくる。どれも個別に見れば良い改善だ。
だが、それらは互いに関連しないし接続していないのだ。どの業務で、どのAIが、どの前提データを使っているのか。誰が管理するのか。全体として、何がどこまで自動化され、何が自社の社員が直接行うべきなのか。それを説明できる人がそもそもいない。
結果として、社内には便利そうだが正体のわからないAIツールが点在し溢れ出すのだ。この状況は、少し前に多くの企業が経験した「Excelマクロ乱立」とよく似ている。当時もそうだった。現場の有志が善意でマクロを組み、業務を効率化する。最初は喜ばれる。だが、作った本人しか中身がわからないし、引き継ぎもされない。ある日その人が異動するか退職すると、誰も触れなくなるのだ。気がつけば、便利なはずなのに怖くて触れない仕組みが社内に乱立して溜まっていくのだ。
AIでも、まったく同じことが起きていると思う。その近い末路は、管理部門や経営からこう言われる。「勝手にAIを使うな」だ。AIを導入するための研修が、皮肉にも、AIを禁止する流れを生む。これは珍しい話ではない。むしろ、制度と現場の論理を考えれば、自然な帰結だろう。
ここで改めて立ち返るべきなのが、DXのXの部分だ。いま多くのAI研修で行われているのは、既存のアナログ業務を、デジタルやAIに置き換えることだ。紙をデータにする。手作業を自動化する。それ自体は否定しない。ただ、それはトランスフォーメーションではない。
本来のDXは、企業のバリューチェーンやサプライチェーンそのものを見直し、仕事の分担や意思決定の構造を変えることだ。どこで判断し、どこで人が介在し、どこをAIに任せるのか。その全体像を描くことが先にある。
しかし、現場にはその権限がない。現場は与えられた仕事を前提に、少しでも楽に、少しでも早く終わらせる工夫をする。それは自然な行動だ。だが、自分たちの仕事をゼロにして、新しい仕事をつくる方向に舵を切るインセンティブは生まれにくいと思う。
経営者であれば、「この仕事自体をなくそう」「構造から変えよう」と考えるかもしれない。だが、現場にその発想を期待するのは酷だ。人は合理的だ。新しい取り組みほど、リスクが高く、評価も不確実だからだ。
では、AI研修や助成金を使う意味はどこにあるのかだ。答えは、AIを「現場に任せる」ためではない。全体を設計する人材を見極め、その人が考える時間と余地をつくるために使うことだ。集団型のAI研修は、あくまで入口だ。AIに触れ、当たり前に活用できる感覚をつくり、共通言語を揃える。その裏側で、誰が全体を設計するのかを決めることが大切だ。AIをどこに使い、どこには使わないのか。その線を引くのだ。
AI研修を使って成功している企業は、派手な成果を語らない。ただ設計の主体を定め、現場と切り分けている。現実は社員全員の力はいらない。そもそも、コンピュータの世界では、1万人分、10万人分の作業であっても、少数の人員とデジタルによって自動化できる。だからこそ、AI活用において「全員ができる」ことは、本質ではないのだ。
AI助成金は、会社を変える制度ではない。だが、会社が変わる覚悟を持っているかどうかの入口を試すにはお手頃な制度だ。だから本当に受けるべきなのは、
AIに触れたことがない社員ではないのだ。その企業の役員であり、経営者だと思う。
価値は機能から顧客経済へシフトし、覇者は財布と習慣を握る
2026年1月19日
早嶋です。約1.8万文字と最近の中でも長いので、簡単にサマリを示す。
(サマリ)
昔は、良いものを作れば勝てた。今は違う。顧客の日常に入り込み、提供サービスは使われ続け、支払いが耐えない仕組みを持つ企業が圧倒的な勝者だ。企業は顧客の使用ログを取り続け、それらを活かして更に、顧客の利便性をあげるための価値を提案する。そのような企業は、将来キャッシュフローが増加するため企業の価値は上がり株価が上がる。その株価を武器に、関連する周辺事業を買収して更に経済圏を広げる。業界の境界は薄れ、通貨に近い領域(決済・ポイント・信用)の奪い合いが始まる。そして次は、AIがロボットとして現実世界にインストールされ、経済圏の端末にシフトする。そこで問われるのは「技術があるか」ではない。「顧客経済の主権」を持てるかだ。持てなければ、技術は称賛されながらも部品として組み込まれるのだ。
(顧客接点を重視する企業が勝ち続ける)
今後、大企業の勝ち方は変わる。正確に言えば、企業が「何を取りにいくか」が激変している。かつては、良い商品をつくり、良い機能を積み上げ、その結果として売上を伸ばすことが王道だった。もちろん、いまでも商品は重要だ。しかし近年、成長している企業の多くは、商品そのものよりも先に「顧客とのつながり」を最重要KPIに置いているように見える。
ここで言う顧客とは、単なる会員数やユーザー数のことではない。顧客の生活の中で、あるいは現場の仕事の中で、その企業が提供する仕組みが使われ続けている状態のことだ。使われ続けるということは、支払いが継続し、使用ログが蓄積され、それが改善に回され、さらに周辺の価値提供へと拡張されていくということを意味する。企業は、顧客の時間と習慣、そして最終的には財布の中に入り込むことを目指しているのだ。
では、なぜ企業はそこまでして「顧客を取りにいく」ようになったのかだ。それは、顧客との関係性を起点にしたビジネスモデルが、構造的に、従来の製品ビジネスよりもはるかに強い成長カーブを持つようになるからだ。この差を生んでいるのが、ハードとソフトの性質の違いだ。ハードの事業は投資に対して比例して売上が伸びる。売上は台数×単価に縛られ、製造能力、在庫、物流、販売網がボトルネックになるからだ。一方でソフトは、一度作り上げれば、コピペ(複製)して通信で届けるコストがほぼゼロに近い。限界費用がほとんどかからないため、同じ仕組みを多くの人に配るほど利益率が上がりやすく、成長のカーブも比例ではなく自乗に近づいていく。
さらに重要なのは、ソフトは「売り切り」である必要がないことだ。むしろ使用を前提に提供し、サブスクや従量課金に寄せることで、顧客が実際に問題を解決している瞬間、つまりリトルハイアを合理的に観測できるようになるのだ。売り切りの商品を買ってもらって終わり、ではない。使ってもらい、使われ方を観測し、改善し、さらに価値を足す。その循環が回り始めると、顧客の問題解決は深まり、関係性は強くなる。顧客にとって利便性が高く、その商品から離れる必要はなくなる。従って企業は、一定の売上が計画的に見込める。そのため企業は次の価値提供を計画的に設計できるのだ。だからこそ「商品を売る」よりも先に、「顧客を取りにいく」企業が増えているのだ。
その結果、こうした企業は将来のキャッシュフローを高い確度で見通せるようになる。顧客が離れず、使われ続け、そこから新しい価値が生まれ続ける構造を持っているからだ。だから資本市場は、その企業の将来に高い期待を置き、株価も高くなるのだ。次に起きるのは、株価の差だ。顧客を取りにいく企業の株価は高くなりやすい。市場が見ているのは「今の売上や利益」よりも「将来のキャッシュフロー」なのだ。そして、将来のキャッシュフローを最も確度高く見積もれるのは、すでに顧客の習慣と財布を握っている企業だ。
サブスクの企業が評価されるのは、売上が毎月積み上がるからだけではない。リトルハイアの情報を持ち、その情報を使って、顧客あたりの価値提供を増やせるからだ。顧客が何に困り、どう使い、どこで離脱し、何が刺さるのか。これがわかれば、改善も、追加提案も、金融の設計もできる。改善が回ればさらに継続率が上がり、継続率が上がればLTVが伸び、LTVが伸びれば株価が上がる。株価が上がれば資金調達が容易になり、買収も仕掛けやすくなる。これが勝利の方程式になっている。
そしてここが重要だ。高い株価は「結果」ではなく「武器」になることだ。株価が高い企業は、ロールアップで周辺領域を取り込める。ここで言うロールアップとは、株式交換や買収を通じて、周辺の企業や技術を次々と自社の中に取り込んでいく成長戦略のことだ。株価が高い企業は、自社の株を通貨として使い、現金をあまり使わずに他社を買うことができる。技術やノウハウを買い、顧客接点を買い、規制対応のチームすら買う。そうすると成長の速度が上がり、さらに株価が高くなる。資本市場が成長の燃料を供給し、企業がそれを使って領域を拡張する。だから、顧客を取りにいく企業は、ますます勝ちやすくなるのだ。
(産業の境が曖昧になり独自の経済圏が誕生する)
今後、産業の境が曖昧になるのは当然だ。昔は「銀行は銀行」「通信は通信」「小売は小売」だった。しかし顧客の財布と習慣を握る企業は、顧客の問題解決に必要な周辺領域へ事業を拡大する。決済を握ればローンができる。ローンができれば保険ができる。保険ができれば投資ができる。投資ができれば、購買の入口としてのECや広告が欲しくなる。広告が欲しければ、検索やOSが欲しくなる。こうして、領域が連鎖するからだ。
つまり、企業は「隣の産業に進出している」のではない。顧客の問題解決を軸に、連続させて取り組んだ結果、産業の境界線の上を超えてしまっていたのだ。境界が消えるのではなく、昔の業界人が考えた境界の意味が変わるのだ。顧客の生活は一つであり、顧客の財布も一つだからだ。
産業の境が薄くなると、次は「通貨」に近い領域の奪い合いが勃発する。ポイント経済がその典型だ。ポイントは割引のように見えて、実態は経済圏の通貨だ。貯まる、使える、交換できる、優遇条件が変わる。ここに信用が乗ると、実質的な通貨にさらに近づく。この構造が、最も早く、かつ大規模に可視化されたのが中国だった。
中国の話になると、よく「社会信用システム」という言葉が出てくる。少し物々しく聞こえるが、実態はもっと現実的な仕組みだ。中国では、たとえば裁判で「お金を返しなさい」と命じられたのに、それを無視し続ける人がいる。そのような人たちは「失信被执行人」と呼ばれ、一定のリストに載る。すると、高額な飛行機のチケットが買えない、ぜいたくなホテルに泊まれない、といった制限がかかる。要するに、「約束を守らない人は、経済活動がやりにくくなる」仕組みが、制度として組み込まれているのだ。
ここでよくある誤解は、「中国では国民一人ひとりに点数がつけられている」というイメージだ。しかし実際には、ひとつの巨大なスコアがあるわけではない。裁判所のリスト、税務のリスト、規制当局のリストなど、いくつもの行政データが連動して、「この人は信用できるかどうか」を判断する仕組みになっている。つまり中国では、信用が道徳ではなく、経済条件として扱われ始めている。信頼できる人は自由にお金を使え、約束を破る人は不利な条件を受ける。その違いが、決済や移動や消費の場面で、実際の制約として現れるようになっている。
この事例が示しているのは、信用が単なる評判ではなく、「お金の使い方の条件」として社会に組み込まれ始めたという事実だ。約束を守る人は自由にお金を使え、守らない人は使いにくくなる。つまり、信用は通貨の潤滑油として機能し始めている。この構造を企業の視点で見ると、ひとつの結論に行き着く。人の行動を左右するのは、商品ではなく、お金の流れそのものだということだ。
だから、ポイントや信用が通貨の潤滑油として機能し始めると、企業は決済、つまり顧客の財布を取りにいく。決済を握れば、顧客の支出の全体像が見える。支出が見えれば、金融条件(分割、ローン、保険料率、与信)を変えられる。条件を変えられれば、顧客の行動そのものを誘導することもできる。ここまで来ると、競争は「良い商品」ではなく、「良い通貨」に近づく。だから、ポイントとデジタル通貨の取り合いが始まり、すでに始まっているのだ。
(覇者は経済圏を構築する)
ここまでの流れをみれば、ひとつの結論が見える。これからの覇者は、国を取りにいくのではなく、「経済圏」を取りにいく。国境は、法律や税金、通貨の単位としては残る。しかし人々の行動は、すでに国境を越えて動いている。旅行を予約し、商品を買い、動画を見て、仕事をし、お金を払う。その多くは、ひとつのプラットフォームの中で完結している。そこに「どこの国の会社か」という感覚は、ほとんど関係なくなりつつあるのだ。
いま人々が実際に生きているのは、「国」の中というよりも、「サービスの中」だ。Amazonの中で買い物をし、Appleの中で支払い、Googleの中で検索し、Pay PayやLineの中で会話と送金をする。私たちは知らないうちに、それぞれの経済圏の中で生活しているのだ。だから、これから企業が取りにいくのは、領土のような地理的なエリアではない。人々の生活のまとまり、つまり「生活圏」そのものだ。ある決済で動く生活圏、あるOSで動く生活圏、あるプラットフォームで完結する生活圏。企業は、その単位で世界を取りにいく。その結果、企業は自然と総合サービスになっていく。買い物、決済、保険、ローン、コンテンツ、移動、仕事が一つの仕組みの中に集まる。そしてその中心にあるのが、通貨、つまり決済とポイントと信用だ。人の行動を束ねる力は、最終的にそこに集まってくる。
(中国の事例とDX国家)
理解を深めるために、中国の金融大手2社を見てみよう。一般に語られるのは、Alipay(Ant Group)と、WeChat Pay(Tencent)だ。
Alipayは、もともとはネット通販の支払いのための仕組みだったが、そこから送金、ローン、投資、保険へと広がり、中国人の「お金の出入り」のほとんどを通過させる存在になった。一方のWeChat Payは、チャットアプリであるWeChatの中に組み込まれ、人と人の会話の中で自然にお金が動くように設計されている。両者に共通しているのは、QRコードを入口に、買い物、送金、公共料金の支払い、タクシー、飲食店、ECまでを一つのアプリの中に取り込んだ点だ。多くの中国人にとって、財布よりもスマートフォンの方が重要な存在になっている。
これは単なる利便性の話ではない。決済が日常の中に入り込むと、それは単なる支払いの仕組みではなくなる。誰が、いつ、何に、いくら使ったかという記録が、すべてそこに集まるからだ。そこに信用の情報が重なると、社会の動きそのものが、その仕組みの中で見えるようになる。ただ「監視」という言葉だけで片付けると、議論が雑になる。実際は、不正や詐欺、踏み倒し、契約違反のコストを下げるために、信用とデータを使う局面が確かにある。裁判所の判決を無視する債務者に対して、一定の高額消費や移動に制限をかける、といった設計は、その典型だと思う。
更に視点を拡げて、国家単位の事例を見てみよう。デジタルで仕組みをアップデートした事例はいくつもある。エストニアは、電子IDとデジタル署名を軸に、行政手続きをオンライン化してきた国として有名だ。Smart-IDやMobile-IDのような仕組みは、本人確認と電子署名の土台を提供し、オンラインでの契約と行政サービスを成立させる。
デンマークも強い。行政とのやり取りをデジタルポスト(Digital Post)に寄せ、公式な通知を電子的に受け取る前提を整えている。これは「紙をなくした」ではなく、「行政と国民の通信路を再設計した」ことを意味する。
シンガポールはSingpassが象徴だ。単一のデジタルIDで政府・民間のサービスへアクセスできる設計を徹底し、本人確認の摩擦を極端に下げた。その結果、口座開設、契約、行政手続きが一つの動線でつながり、「誰であるか」と「何ができるか」がデジタル上で一体化した社会ができている。
インドはAadhaarを軸に、銀行口座(Jan Dhan)とモバイルを組み合わせたJAM構想を語り、補助金の直接給付(DBT)などで漏れや不正を減らす文脈がある。ここも賛否はあるが、「ID×口座×通信」で国家の給付配管を作り直した点が大きい。
ヨルダンではSanadが「政府サービスの入口」として統合され、数百の行政手続きや公共サービスにつながる設計が進んでいる。国民は、どの役所のサービスかを意識することなく、ひとつの入口から国家とやり取りするようになっている。
アイスランドでも、island.isを中心に公共サービスの入口が統合され、行政のデジタル基盤が組み替えられつつある。そこでは、役所の縦割りよりも、「市民が何をしたいか」を起点にした動線が優先されるようになってきている。
こうして見てくると、国家のDXと企業のDXは、実は同じ場所を目指していることがわかる。誰が人を識別し、誰が支払いを通し、誰がその行動を記録するのか。その設計を握った側が、生活の流れを握ることができるのだ。
(企業の事例)
いくつかの企業の事例を見ると、更に解像度が上がってくると思う。アントグループ、衆安保険、ウィーチャット、ペイペイ、アップルとグーグル、アマゾンをみていこう。
●Ant Group
まずアントグループ(Ant Group)だ。アリペイ(Alipay)を入口に、資産運用(Yu’e Bao)や与信(花唄・借唄など)に広がり、信用(Zhima Credit)にまで手を伸ばした流れは、生活金融の統合モデルとして象徴的だ。支払い、貯蓄、借入、そして信用が、ひとつのアプリの中でつながったとき、「銀行に行く」という行為そのものが不要になる。
もう少し丁寧に見ると、Antの強さは「金融商品が揃っていること」ではない。順番と接続の設計が巧いのだ。入口はAlipay、つまり決済だ。決済は毎日使う。毎日使うから、顧客の行動ログが溜まる。行動ログが溜まるから、特定の顧客の与信の精度が上がる。与信ができると、分割や小口ローンの審査が瞬時に判断可能になるのだ。ここで重要なのは、ローンが特別な取り組みではなくなることだ。従来の金融は、銀行に行き、書類を書き、審査を待つ。しかし生活金融では、支払いの延長として与信が動く。花唄(Huabei)のような後払い・分割は、買い物の文脈で自然に組み込まれる。借唄(Jiebei)のような小口借入も、アプリの中で完結してしまう。
さらにYu’e Baoのような資産運用が重なると、給与や売上の残高がそのまま運用に回り、資金が効率的にキャッシュを生んでくれる。つまり、決済のお金が貯蓄や運用と自由につながるのだ。Zhima Credit(芝麻信用)は、興味深い。日常の取引における互いの手間を減らすための仕組みなのだ。顧客の信用が高ければ、デポジットが不要になり、手続きが簡素になり、条件がよくなる。日常の決済で普通に支払い、普通にサービスを利用している人の信用高いが、何らかのペナルティや違反を続ける人は企業にとってコストだ。そのような人の信用は下げるのだ。その結果、信用は人格の評価ではなく、経済的な条件になるのだ。
こうして決済、運用、与信、信用がひとつながりになると、Antが握っているのは金融商品ではなくなる。顧客の支払いを入口に、生活の取引コストを低減し、顧客の行動ログをベースに、より快適なサービスを提供することを実現する。生活金融の統合モデルとは、結局、これらを実現したモデルなのだ。
●衆安保険
保険の文脈では、ZhongAn(衆安保険)が象徴的だ。ZhongAnは、いわゆる既存の保険会社とは少し違う位置に立っている。オンライン専業保険として設立され、対面営業や紙の契約を初めから想定していない。保険を「売る商品」ではなく、「行動に紐づくサービス」として設計してきた点がとても特徴的だ。
その成り立ちを見ると、ZhongAnが何を狙っていたのかがよくわかる。株主には Alibaba、Tencent、そして保険大手の Ping An が名を連ねる。テック企業と金融企業が、最初から一体となって設計された保険会社なのだ。ZhongAnが提供してきた保険は、長期の生命保険や複雑な商品ではない。ECで商品を買ったときの配送保険、旅行に出たときの短期保険、スマートフォンの破損保証といった、行動の発生点に紐づく小さな保険が中心だ。ユーザーは「保険に入る」という意識すら持たないまま、気づけばリスクがカバーされている。
ここで起きているのは、保険の役割の変化だ。従来の保険は、将来の不安に備えるために、あらかじめ契約するものだった。一方、ZhongAnの保険は、行動の結果に自然に組み入れられる。買う、送る、移動する、使う。その一連の流れの中で、リスクだけが切り出され、最小単位で保険がかけられるのだ。
この設計が可能になった背景は、プラットフォームが行動ログを持つ前提だ。誰が、いつ、何をしたのかがわかっているから、リスクを細かく分解できる。その結果として、保険料は小さくなり、不正や過剰なコストも抑えることができる。保険は、特別な金融商品ではなく、生活の些細なリスクを減らす部品になるのだ。
ZhongAnの事例が示しているのは、保険単体の革新ではない。決済、EC、移動、通信といった生活の入口を握るプラットフォームの上に、保険をどう載せるかという問いへの一つの答えだ。金融とテクノロジーが接続するとき、保険は「売るもの」から「自動的に組み込まれるもの」へと姿を変える。その変化が、ここの事例では、はっきりと可視化されている。
●TencentとPayPay
Tencent側の中核にあるのが Tencent の WeChat だ。WeChatは、もともとはチャットアプリとして普及した。しかし中国では、チャットが単なる連絡手段にとどまらなかった。日常の会話が集まる場所は、そのまま生活の入口になり得るからだ。
WeChatの強さは、アプリの中にさらにサービスを内包した点だ。ミニプログラムと呼ばれる仕組みは、いわば「ダウンロード不要のアプリ」だ。飲食店の予約、配車、行政手続き、EC、ゲーム。必要な機能が、会話の中で完結してしまう。ユーザーはアプリを離れて探す必要なない。会話アプリの動線の中に、サービスが埋め込まれているからだ。
その中心を流れているのが WeChat Pay だ。支払いが会話アプリと同じ場所で完結すると、決済もストレスがなくなるし、簡単に支払いができる。勿論、誰が、どの文脈で、何にお金を使ったかが自然に蓄積される。チャットがOSになり、ミニプログラムが市場になり、決済と結びつく。これらが揃ったとき、WeChatは単なるアプリではなく、生活インフラになった。
日本でこれに最も近い位置にあるのが PayPay だろう。PayPayも、決済だけで完結することを目指していない。ポイントを軸に利用頻度を高め、ミニアプリ的な仕組みでサービスとの接点を増やし、金融や投資の文脈へと広がりつつある。
象徴的なのが、PayPayが Binance Japan に出資したという動きだ。これは単なる暗号資産への関心ではない。決済を握ったプレイヤーが、「次の通貨」「次の価値の保存手段」に橋渡しをすると考えると、非常にわかりやすい。
WeChatもPayPayも、目指しているのはスーパーアプリという言葉そのものではない。日常の入口を押さえ、支払いを通し、そこから金融やサービスを自然に拡張していくことだ。決済を中心に据えた経済圏が、確実に形を取り始めている。
●AppleとGoogle
Apple と Google は、生活金融の統合をOS側から進めている。両社に共通するのは、決済アプリを前に出すのではなく、OSそのものに金融と生活の機能を溶け込ましていく取り組みだ。
Appleの場合、その象徴がApple Walletだ。Walletは、クレジットカードを入れる場所にとどまらない。鍵、チケット、搭乗券、身分証といった「生活に必要な証明書」をまとめて収納する場所になりつつある。財布というより、生活の中で使う権利や資格を管理する箱に近い。
決済側でも同じことが起きている。Apple Payは、支払うか否かだけを扱う仕組みではなくなった。サブスクリプション、分割払い、継続課金の管理など、支払いの前後に発生する体験そのものが、OSの中に吸収されていく。ユーザーは「どのサービスで払っているか」を意識しなくなる。
Googleも同様だ。Google Walletは、単なる支払い手段から、取引履歴、各種パス、移動や利用の記録をまとめる器へと広がっている。支払いの結果として生まれるログを、検索や地図、広告と結びつけられる点で、Walletは生活のログを受け止める基盤として位置づけられている。
AppleとGoogleのアプローチは、WeChatやPayPayとは少し違う。彼らは決済から経済圏を広げるのではなく、OSという日常の前提条件の中に、決済と金融を組み込んでいる。その結果、生活の入口はアプリではなく、最初からOSになるのだ。
●Amazon
Amazon は少し毛色が違うように見えるが、構造は同じだ。Amazonは決済アプリやOSを入口にしたわけではない。入口にしたのは「購買」と「物流」だった。
Amazonが強いのは、誰が、何を、どれだけ売り、どのくらいの回転で資金が動いているかを、マーケットプレイスの中で正確に把握している点だ。販売データ、在庫回転、レビュー、返品率。事業者の実力とリスクが、ほぼリアルタイムで可視化されている。
だからこそ、Amazonは Amazon Lending のような形で、出店者向けの資金供給に踏み込める。従来の金融機関が見るのは、決算書や担保だ。一方Amazonが見ているのは、日々の売上と資金の回転そのものだ。
売上の実績と回転を観測できる主体が金融に入ると、審査と回収のコスト構造が根本から変わる。貸せるかどうかを判断するための書類は要らない。売れているか、回っているか、それだけでいい。回収も、次の売上から自動的に行えるからだ。
ここで起きているのは、金融の内製化ではない。購買と物流という生活インフラの延長線上に、金融が自然に組み込まれているだけだ。Amazonもまた、商品を売る企業から、事業者の経済活動そのものを支えるプラットフォームへ移している。
ここまでの企業を眺めると、共通点ははっきりしている。商品を売るのではない。顧客の行動と支払いが発生する場所を起点に、リトルハイアの情報を取り、それをベースに周辺の問題解決へ拡張していくのだ。だから産業の境があいまいになり、決済から通貨の主導権争いが始まり、経済圏を作りにいく争いになっているのだ。
(AIと物理ロボットが融合する世界)
ここまで見てきた議論は、すべて「人の行動がどこでデータ化され、どこで決済と結びつくか」という話だ。決済、ID、OS、購買、移動。人が画面の中で行う行動は、ほぼすべてログとして蓄積、金融や信用と結びつけて活用されている。2026年のCESを俯瞰すると、その構造がいよいよ画面の外に出ていく兆しがある。AIはアプリやクラウドの中に留まらず、ロボットという形で物理的な世界で登場する。CESの公式発信でも、ヒューマノイドを含むロボティクスは周辺テーマではなく、次の主戦場として扱われている。
ここで重要なのは、「ロボットの性能がどれほど高いか」ではない。ロボットが、現実世界における経済活動の端末になるという点だ。現場の仕事、家庭内の作業、移動、物流、介護、清掃。これらはすべて、これまで人が担ってきた行動であり、同時に必ず支払いと結びつく行為だ。
ロボットがそれらを担うようになると、やはり売り切りのハードとしての提供は薄まり、使用を前提に配備され、稼働状況や成果が常時ログとして記録されるだろう。そのデータをもとに、対価が決まり、保険やリース、融資といった金融商品が重ねられていく世界が想像できる。つまりロボットは、労働を助ける機械とともに、やはり金融と経済圏を保管する仕組みになるのだ。
この世界を理解するには、ロボットメーカーの理解だけでは不足する。重要なのは、これら全体を脳、体、神経、学習機能、運用、そして支払いと、誰がどう束ねるのかになる。その役割分担を6つに分けて整理すると、今後のプレイヤーの立ち位置が見えやすくなると思う。
●脳(AI)
まずは、脳(AI)をつくる企業だ。ここで言う脳とは、単なる認識AIではない。言語を理解し、状況を判断し、物理世界での行動に結びつく意思決定の中枢を指す。
現時点での中心は、OpenAI、Google DeepMind、そして NVIDIA だろう。OpenAIは汎用モデルをロボット制御へ拡張し、DeepMindは強化学習と世界モデルの文脈で物理行動を扱ってきた。NVIDIAは少し立ち位置が違うが、AIの脳と身体を同時に設計できる点で特異だと思う。
NVIDIAが Isaac GR00T N1 をヒューマノイド向け基盤モデルとして提示し、シミュレーションや合成データ生成まで含めた枠組みを出してきたのは象徴的だ。単にモデルを作るのではなく、「どう学習させ、どう現場に出すか」までを一気通貫で押さえにきている。ただし、この領域はまだ勝者が固定されたとは言い切れない。ワンチャンが十分に残っている。
たとえば Tesla。自動運転で蓄積した世界モデルと実走データを、人型ロボットに転用できるポジションにいる。Metaも無視できない。基盤モデルと強化学習、シミュレーション環境を内製し、オープン寄りの戦略で研究者を囲い込んでいる。Microsoft はOpenAIとの関係を軸に、クラウドと実装の側から脳を支配しにいく立場だ。
中国勢も厚い。Baidu は自動運転と大規模言語モデルを結びつけ、Huawei は独自チップとAI基盤をセットで押さえにいく。研究色が強いところでは、Anthropic や Mistral AI のようなプレイヤーも、汎用モデルの別解を提示し続けている。さらに視野を広げると、Boston Dynamics AI Institute のように、ロボット前提で脳を鍛える研究組織もある。大学発やスピンアウトも含めると、名前が知られていないプレイヤーが、特定用途では一気に抜ける可能性も十分ある。
この層の特徴は明確だ。単体で勝ち切るというよりも、「どの身体」「どの運用」「どの経済圏」と結びつくかで、価値が何倍にも跳ね上がる。脳だけでは完結しないからだ。従い、まだ勝敗は決まっていないのだ。
●身体(ロボット)
次に、身体(ロボット)を量産配備する企業だ。ここで問われるのは、デモの完成度ではない。大量に作れるか、壊れたときに直せるか、安全に現場へ出せるか。そのすべてを同時に満たせるかどうかだ。
名前が挙がりやすいのは、Boston Dynamics、Agility Robotics、Tesla、Figure AI といった企業だ。それぞれ強みは違うが、共通しているのは「研究室を出て、現場に出る」ことを明確に意識している点だ。ただし、この領域にはまだ確定覇者は見えにくい。理由は単純で、最後に勝敗を分けるのが、AIの賢さではなく、量産、保守、安全という現実だと思うのだ。ロボットは壊れるし、転倒する。更に現実空間では人と交わるため、事故の責任も問われる。この現実を乗り越えられる企業は、まだ限られている。だからこそ、この層はワンチャン勢が最も多い。
たとえば Agility Robotics は、倉庫という用途に絞り、人と同じ空間で動く前提を徹底している。Figure AI は、設計をシンプルに保ち、量産と外部連携を強く意識した戦略を取っている。Tesla は、車で培った量産、サプライチェーン、保守の知見を、そのまま人型に持ち込もうとしている。
中国勢も無視できない。UBTECH、Unitree、Fourier Intelligence などは、完成度よりもスピードとコストを優先し、実地配備を前提に動いている。制度や社会実装の許容度が高い環境では、こうした企業が一気に前に出る可能性がある。
さらに視野を広げれば、産業ロボット出身の企業が、人型に転用してくる可能性もある。FANUC、ABB、KUKAのように、量産と安全を知り尽くした企業が、本気で参入してくれば、風景は一変すると思う。
●製造
3つ目は、すでに工場を押さえている企業だ。ここは一気に現実寄りだ。FANUC、安川電機、ABB、KUKA、オムロン。彼らはすでに製造現場に深く入り込み、ロボット本体だけでなく、制御、保守、更新という長いサプライチェーンと歴史と経験を保持している。
この層の強みは、技術の先進性ではない。現場で現在進行系の稼働を続けていることだ。既存の生産ラインに組み込まれ、保守網を持ち、SI(システムインテグレーター)のパートナーを抱えている。つまり、長い時間軸で既に「動かし続ける責任」を引き受けているのだ。AIロボットが広がれば広がるほど、既存の自動化ラインや制御システムとの統合は避けて通れない。そのとき、この層の価値は下がるどころか、むしろ爆上がりだ。
ABB が OmniCore のような制御基盤を打ち出し、デジタル接続やソフトウェアアップデートを前提にした設計へ寄せているのも、その文脈で理解できる。ロボット単体ではなく、「工場全体をどうアップデートするか」を視野に入れているのだ。
また、協働ロボットの文脈も重要になる。Universal Robots のように、人と同じ空間で動き、現場の周辺作業へ自然に入り込むプレイヤーは、AIロボット時代のタッチポイントとして存在感を持つ。完全自動化ではなく、段階的な置き換えが進む現場では、こうしたロボットが最初の入口になる。
どれだけ賢い脳や新しい身体が生まれても、既存の工場や現場とつながらなければ、経済圏はつくれない。だから、すでに現場を押さえている企業は、AIロボット時代においても、重要な機能として拡大しつづけると思う。
●ロボット用コンピュータ(神経)
4つ目は、ロボット用コンピュータ(神経)を供給する企業だ。ここで言う神経とは、単なる演算性能ではない。センサーからの情報を受け取り、判断し、身体へ指令を返す。その一連を、どれだけ速く、安定して、安価に実現できるか。その能力が、ロボットの性能とコストを根本から左右する。
中心にいるのは、やはり NVIDIA だ。GPUに加え、Jetsonのようなエッジ向けプラットフォームを揃え、学習から推論、シミュレーションまでを一気通貫で押さえている。ロボット向けにNVIDIAが強いのは、単に速いからではない。開発者が「とりあえずこれを使えば動く」環境を用意しているからだ。
ただ、この層もNVIDIA一強で固定されているわけではない。Qualcomm は、低消費電力と通信を強みに、ロボットを動き続ける端末として捉える立場だ。Intel は、産業用途や既存システムとの親和性で巻き返しを狙っている。AMD は、GPUとCPUの統合設計でコストと性能のバランスを取りにいくだろう。孫さん一押しのArm は、自ら作らず、設計思想を世界中に配ることで、神経の標準を握ろうとしている。
さらに重要なのが、エッジAI勢だ。Hailo、Edge Impulse、Graphcore のように、「学習はクラウド、判断は現場」という前提で最適化された企業は、用途次第で一気に存在感を増す可能性がある。日本でも、ソニーのイメージセンサー系技術や、ルネサスの産業向けSoC(システム・オン・ア・チップ:コンピュータに必要な機能を1つの半導体にまとめたもの)など、部分最適では強いプレイヤーがいる。
この層が重要なのは理由がはっきりしている。ロボットはクラウドだけでは動けない。遅延が許されないからだ。通信が切れても止まってはいけない。安全が最優先されるからだ。そのため、判断の多くは現場、つまりエッジで完結する必要があると思っている。
つまり、神経系を握る企業は、ロボットが「どれだけ賢く」「どれだけ安く」「どれだけ安全に」動けるかを決めてしまうのだ。脳と身体の間に位置しながら、実は全体の制約条件を支配する。この層は地味に見えて、極めて戦略的な立ち位置の企業になる。
●シミュレーション/デジタルツイン(学習)
5つ目は、シミュレーションやデジタルツインなどの学習機能の企業だ。この層が重要になる理由は単純だ。ロボットを現場で一体ずつ人が教えていたら、絶対にスケールしない。2000年代初頭、PCと制御装置を配線で繋いでファームをアップしたことがある。最悪の経験だった。勿論26年移行は、一定人間のように何らかのミスや失敗や事後があれば、そこから学習するなどの機能は必須だろう。ただ、いちいちリアルの場で行っていたら、今度は結構な割合で事故が多発して導入を見送る状況が想像できる。
だから学習は、まず仮想空間で行われる。現実とほぼ同じ物理法則、摩擦、重さ、衝突を再現した環境で、何千回、何万回と失敗させる。そして現場では、最後の微調整だけを行うのだ。この仮想で鍛え、現実で仕上げる前提が、ロボットの普及を現実のものにするのだ。
この学習の工場を押さえる企業も強くなる。その象徴が NVIDIA だ。NVIDIAがGPUやSoCだけでなく、OmniverseやIsaac Sim(NVIDIAが提供するロボット向けの学習環境)といったシミュレーションの枠組みまで含めて語るのは、計算力だけでは勝てないことを理解しているからだ。学習環境を押さえた者が、脳と身体の進化速度を決めるのだ。
ただ、この層もNVIDIA一強ではない。Unity は、ゲームエンジン由来の強みを活かし、物理シミュレーションとインタラクションの設計で存在感を持つ。Epic Games(Unreal Engine)も、フォトリアルな再現性とデジタルツインの文脈で産業用途へ広がっている。Siemens や Dassault Systèmes のような産業系プレイヤーは、製造ラインや設備のデジタルツインを長年扱ってきた経験を持つ。
ワンチャン勢も多い。Ansys のようなCAE(コンピュータ支援エンジニアリング)系は、物理の精度で強い。Covariant のように、学習データそのものを資産として積み上げる企業も出てきている。大学発やスタートアップも含めれば、特定用途に最適化した学習環境で一気に抜ける可能性は十分ある。
ロボットの賢さは、現場ではなく、現場に出る前の学習量で決まるというのが面白いところだ。本番前に、どれだけ多くの失敗をさせるか。その失敗を、どれだけ安く、安全に、速く回すか。そこを支配する企業が、ロボット経済圏の進化速度を握るのだ。
●通信や運用
最後は、通信や運用を担う企業だ。この層は完全に技術の凄さから離れる。問われるのは、ロボットを何台作れるかではない。100台、1000台、1万台と増えたときに、止めずに回し続ける必要がある。
ロボットが普及すると、次は運用が重要になる。ログを集め、状態を監視し、ソフトウェアを更新する。異常を検知した場合、止めるべきときは止めないといけない。事故を未然に防ぎ、起きた場合は記録を残し、責任の所在を整理する。そして、それらを保険や契約、規約に落とし込む作業も必要になる。この一連が回らなければ、どれだけ優れたロボットも、現場では使い続けることはできないい。
中心にいるのは、AWS、Microsoft Azure、Google Cloud といったクラウド事業者だ。彼らは計算資源を提供しているだけではない。ログの集約、デバイス管理、セキュリティ、アップデート配信といった「止めない運用」の型をすでに持っている。
通信キャリアも重要になる。ロボットは常にクラウドにつながっている必要はないが、つながるべきときには確実につながらなければならない。低遅延、冗長性、切断時のフェイルセーフ。こうした条件を満たせる通信インフラを持つ企業は、ロボット経済圏の裏側で不可欠な役割を担う。
さらに、この層には運用ソフトウェアの企業が入ってくる。デバイス管理、遠隔監視、ログ分析、セキュリティ対応。これらは派手ではないが、現場では最も信頼される部分だ。ロボットが「いつ壊れたか」よりも、「なぜ壊れなかったか」を説明できることが、導入の条件になる。
この層の価値は、規模が大きくなるほど増していく。ロボットが数台なら、人が見張れる。数十台でも何とかなる。しかし数千台を超えた瞬間、人の目は役に立たなくなる。そこで初めて、通信と運用の設計が、経済圏の土台として効いてくる。この運用層は地味だ。だが極めて重要だ。
もちろん、ロボットは必ず壊れる。運ぶ人も、直す人も必要になる。ただし重要なのは、その作業を誰がやるかではない。誰の指示で、誰の契約のもとで、誰のデータとして行われるかだ。現場は分散するが、運用は一つに束ねられる。その設計を握った側が、経済圏を支配する。
国内で考えると、この「束ね役」はまったくの新規プレイヤーから生まれるというより、すでに現場と地域を持っている企業が担う可能性が高い。たとえば、ソフトバンクのような企業は、自ら現場に出ることはないが、通信、認証、課金、契約という基盤を持っている。ロボットが増えれば増えるほど、どのロボットが、どこで、どの条件で動いているのかを一元的に把握する必要が出てくる。そのとき、ローカルの保守会社やSIを個別に管理するのではなく、ネットワークとして束ねられる企業が前に出てくる。
一方で、地場のインフラ企業がその役割を引き受ける展開も十分にあり得る。電力、ガス、石油化学といった企業は、すでに「止められない設備」を長年運用してきた。24時間体制、安全管理、行政との調整。ロボットの運用に必要な感覚は、実はこうしたインフラ運用と近い。ロボットが社会に溶け込むほど、こうした企業が担う役割は自然に広がっていく。
さらに、メーカー系やプラント系の企業も見逃せない。彼らはすでに、設備の定期点検や部品交換、長期保守契約をビジネスとして成立させてきた。ロボットは彼らにとって未知の存在というより、「動きが増えた設備」に近い。既存の保守ビジネスの延長として、ロボットの運用を引き受ける余地は大きい。
ここで再び重要になるのは、誰が油をさすか、誰が部品を運ぶかではない。それらの行為が、どの契約に紐づき、どのログとして蓄積され、どの責任分界のもとで実行されるのかだ。現場はローカルに分散していく。しかし、その上位にある運用の設計は、一つに束ねられていく。その構造を設計できた企業だけが、ロボット時代の経済圏を現実のものにするだろう。
(機能で売り続ける企業の近未来)
ここで今回の議論を再度、もう一段抽象化してみよう。長く日本を支えてきた事業は、機能を磨き、性能を売ってきた企業群だ。光学、精密機械、素材、センサー、制御。世界最高水準の技術を持ち、真面目に作り、壊れにくく、正確に動く。そうした企業は確かにすごい。
しかし、その強さは、いまの潮流の中では、対極に置かれてしまう。なぜなら、機能を軸にしたビジネスは、どうしても「売った瞬間(ビックハイア)」で完結しやすいからだ。良い製品を作り、販売し、代金を受け取る。顧客がその後どう使い、どこでつまずき、何に満足したか。つまりリトルハイアの積み重ねには、構造的に関与しにくい。
市場がいま評価しているのは、そこではない。評価されているのは、顧客の財布と習慣を握り、使用を通じて関係を深め、将来のキャッシュフローを自社の中に積み上げていける企業だ。売上の大きさよりも、関係の継続性。単発の販売よりも、使われ続ける設計。その差が、企業価値の差になっている。
ところが、機能重視の企業ほど、販売や顧客接点を子会社や代理店に委ねがちだ。製品は自社のものでも、使用ログは手元に残らない。顧客が何に困り、どこで離れ、どこで感動したかが見えない。結果として、技術は自社にあるのに、顧客経済の主権を持てない状態が続いている。そして、その致命的な欠陥に気づいていないのだ。
この構造は、資本市場から見ると非常に分かりやすい。優れた技術を持つ、信頼できる企業。しかし、顧客を束ねる力は弱い。将来のキャッシュフローは読みにくい。そうなると、評価はどうしても「頃合いの良いハードメーカー」に落ち着いてしまう。買収しやすい部品供給者、あるいは機能提供者として見られるのだ。
プラットフォーム側の視点に立つと、これはさらに明確になる。彼らにとって、優れた技術は喉から手が出るほど欲しい。しかしそれは、顧客を連れてくる価値だからではない。あくまで、自分たちの経済圏を強化するための機能や部品として見ているのだ。だから、技術は称賛される。しかし、評価の中心にはならない。残酷だが、これが現実だと思うのだ。
(まとめ)
最後に、全体を振り返ろう。今回も何日かに分けて書いたので、自分のなかの復讐の意味も含めている。今回のブログは、技術が負けたと言う話ではない。ましてや、技術の価値が消えた話でもない。変わったのは、価値の置き場所だ。
かつて価値は、機能の中にあった。より高精度に、より速く、より安定して動くこと。それ自体が価値だった。しかし今、価値はそれだけでは完結しない。価値は、顧客の生活の中に置かれるようになった。顧客が日常の中で使い続けること。毎日の中で使われ、習慣として定着し、そして最終的には財布の流れの中に入っていく。価値は、そうした場所へと移っているのだ。
だから企業は、「良い商品を作る」だけでは足りなくなった。商品より先に、顧客を取りにいく。顧客との関係性を先に設計する。顧客を取りにいく企業は、将来のキャッシュフローを増やすことが可能だ。すると、株価が高くなり、株価が高いから、ロールアップで周辺領域を取り込むことを続ける。そうして事業は拡張し、結果として産業の境界が曖昧になっていく。
境界が曖昧になると、次に争点になるのはポイントや決済、デジタル通貨だ。つまり誰が顧客の財布を握るのかという競争だ。覇者は国境そのものを取りにいくわけではない。経済圏を取りにいく。中国や各国の国家DXは、その未来がすでに始まっていることを示している。
そしてCES 2026が示唆しているのは、その経済圏が、ついに物理世界へ伸びてくるという兆しだ。AIは画面の中から出ていき、ロボットとして現場や家庭に入り込む。ロボットは単なる機械ではなく、支払いと接続される経済圏の端末になる。労働と金融、物理とデータが、そこで重なり始める。
この流れの中で、機能を軸に強さを築いてきた企業は、どう生きるのか。誰と組むのか。プラットフォーマーが国境を簡単に越えていったように、機能を軸に戦ってきた企業も、まもなく選択を迫られる。今回書いてきた経済圏の中で、下流工程として組み込まれるのか。それとも、上流の一部として接続されるのか。
極めて戦略的な議論だと思う。そしてこれは、従業員1,000人から2,000人規模以上の企業にとって、もはや無視できない世界になってきている。
ダブルスタンダードに移行した世の中
2026年1月18日
世界は、ダブルスタンダードに移行している。国際法が機能した前提は「皆が守るから守る」だ。しかし、皆が守らなくなっている。世界の多くの国でナショナリズムが前に出て、力を持つ国ほどルールを選択的に使っている。ダブルスタンダードは、常態化している。
米国は、かつての世界の警察とはかけ離れている。国際連合を含む国際機関との距離は広がり、国益を最優先する姿勢を貫いている。ロシアはウクライナに侵攻し、中国は台湾を内政問題と位置づけ、香港ではすでにそれを実行に移した。国際法は存在しているが、強制執行する主体がいないのだ。つまり、効かない。法が守られる条件は、突き詰めれば2つだ。1つは、皆が守るから自分も守るという均衡が働くこと。もう1つは、誰かが破ったときに合理的に割に合わない罰があることだ。国内法は後者が機能する。警察があり、裁判があり、強制力がある。しかし国際法には、それがない。核を持ち、軍事力を持つ国を、誰も力で縛ることは出来ない。
この前提で日本を見るとどうなるだろうか。日本は資源を持たず、核も持たず、常任理事国でもない。一方で、経済規模は大きく、技術があり、米軍基地を国内に抱え、東アジアの要衝に位置する。米国、中国、ロシア、他のアジア諸国などから見ても重要な国だ。従い、左記の国が動けば真っ先に影響を受ける。沖縄はその象徴だと思う。台湾有事が起きれば、沖縄は必ず巻き込まれる。侵略という言葉を使わなくても、ミサイル、サイバー、情報戦、経済封鎖という形で無力化される可能性は高い。北海道についても、ロシアとの関係を見れば、軍事的圧力や既成事実づくりが進むシナリオは想定しておくべきだ。全面侵攻ではなく、曖昧な形でじわじわ進むなどだ。
こうした世界観の中で、再び選挙だ。政権交代が起こる筋は見えない。自由民主党が圧倒的に票を集め、単体で意思決定できる議席を持つ可能性は高いと思う。公明党や立憲民主党は、「中庸」や「対話」を掲げながら、危機の局面で決められない組織になっていた。少なくとも、多くの有権者はそう見ている。では、その後だ。日本はどうなるのか。かなり右に振れ、アグレッシブに攻撃を仕掛ける国になるだろうか。勿論、日本が自ら先に戦争を始める国家になる可能性は低い。国民感情も、制度も、組織文化も、そこまでの覚悟を前提に作られていない。ただし、重要なのはここだ。日本は「攻撃しない国」であり続けるが、「攻撃できることを前提に振る舞う国」にはなる。
反撃能力、宇宙やサイバーの領域、南西諸島の防衛強化。これらはすでに始まっている。名目は防衛だが、相手から見れば攻撃に見える行動も増えるだろう。殴られてから考える国ではなく、殴られる兆候があれば、殴れる態勢で睨み続ける国になるだろう。これは拡張主義ではない。ダブルスタンダードの世界を生き残るための抑止だ。国際法が効かず、同盟も絶対ではない世界で、理念だけを掲げるのは無責任だ。日本は、右に寄るというより、「覚悟の量」を増やす方向に進むだろう。
怖いのは、戦争が始まることそのものよりも、戦争と平時の境目が消えることだ。宣戦布告なく、日常の延長で、少しずつ現実が変えられる。気がついたときには、選択肢が残っていない。実にきな臭い世の中だ。しかし、目を逸らさずに考える必要がある。選挙は、理想を語る場ではない。どこまで現実を引き受けるかを決める場になった。そういう時代に、もう入っているのだ。どうだろう。
レゴはなぜ「プラスチックの積み木」から、世界で最も強い知的ブランドになったのか
2026年1月13日
早嶋です。約7600文字。
子どもの誕生と共に、レゴの基本セットを購入した覚えは無いだろうか。まだ言葉も話さないうちから、ブロックを積み、崩し、色を並べる。その後、レゴニンジャゴーに夢中になり、クリスマスには毎年新しいセットを欲しがった。アウトレットモールにはレゴストアが入り、子供にとってつまらないアウトレットモールが夢の場所に変わった。
レゴは、およそ90年の歴史があり、「失敗と再発明」を繰り返し成長している企業だ。世界最大級の玩具会社でありながら、同時に「人間はなぜ手で何かを作ると夢中になるのか」という欲求と解消を、産業として向き合い続けてきた稀有な存在だ。
(レゴの概要)
2024年、レゴグループの売上は約743億デンマーククローネ(日本円で約1.6兆円)。営業利益は約187億クローネ、純利益は約138億クローネ。世界中に3万人以上の従業員を抱え、130カ国以上で販売されている。
レゴは上場企業ではない。今も創業家の持ち株会社 Kirkbi A/Sにより支配されている。Kirkbi A/Sは レゴグループ株式の約75%を所有し、残りは非営利組織であるレゴ財団(The LEGO Foundation)が保有する。この所有構造は、短期の株価や投機ではなく、長期的ブランド価値と遊びの思想を守るためのもので、創業家による世代を超えた統制が今も続いていることを示す。
レゴの売上推移を見る、同社の歴史の節目が数字にも表れている。2003年から2004年に会社が経営危機に陥った直後は、売上規模は 約70億から90億デンマーククローネ程度 で推移していた。その後の復活と事業再編で成長が加速する。
2003年:売上 約70億から80億DKK程度(1400億から1500億)
2004年:売上 約60億から70億DKK程度(1200億から1300億
2005年:売上 再び回復し、約 1500億円
2010年前後:売上規模約160億から180億DKK(3600億円)程度と拡大
2015年:約350億から380億DKK(8000億)以上の規模へ成長
2020年代:約550億DKK以上(約1.2兆円)
2023年:売上 約650億から700億DKK(約1.5兆円)に到達したという推計がある。
この数字の流れを見ると、2003年から2004年の低迷期から2005年前後で復調し、2010年代に入って売上が加速度的に伸び始め、2010年代中盤から後半には大台に乗ったという構造が読み取れる。特に2015年以降は、IP戦略(ニンジャゴーや映画・テーマ別ライン)や直販・グローバル展開の強化によって成長が加速し、2020年代には玩具業界最大級の規模にまで到達している。
(木からプラスチックに)
レゴは1932年、デンマークの大工オーレ・キアク・クリスチャンセンによって創業された。最初は木製玩具の工房だった。木の積み木や木製の車は、当時の子どもたちにとって定番の遊び道具であり、レゴもまた、その延長線上にあった。
しかし戦後、プラスチックという新しい素材が登場する。軽く、壊れにくく、寸法を正確に量産できる。この「寸法を揃えられる」という性質に、オーレは決定的な可能性を見た。彼が目指したのは、単なる新素材の玩具ではなく、「互いに正確につながる部品」だった。
1958年に完成したスタッドとチューブによるブロック構造は、見た目以上に革命的だった。それはブロックを、ただ積むための塊から、「組み立てられる部品」へと変えたからだ。しかも、その接続は強すぎず弱すぎない。遊んでいる最中には崩れないが、子どもの手で簡単に外せる。この絶妙なバランスによって、レゴは壊すことを前提とした玩具になった。作って、壊して、また作る。失敗が遊びの中に組み込まれたのだ。
ここでレゴは、木の積み木とはまったく異なる領域を創造した。木の積み木は、その場で形を作る遊びだが、レゴは「構造を設計する遊び」になる。橋や車や街は、重ねるのではなく、組み上げるものになる。しかも、同じ形を何度でも再現できる。説明書が成立し、他人と同じものを作り、そこから改造するという文化が生まれた。
さらに重要なのは、この接続の規格が追加を自由にしたことだ。新しいセットを買っても、古いブロックは無駄にならない。すべてが同じ規格でつながり続ける。家庭の中にレゴの部品が蓄積されるほど、遊びの世界は広がる。レゴは「完成品を売る会社」ではなく、「創造を拡張する部品を売る会社」になったのだ。
プラスチック化は、単なる素材の変更ではない。レゴは、積み木の概念を変えた。子どもの想像力を、再現可能で、共有可能で、拡張可能な構造に作り上げたのだ。そのことが、のちにデジタルやIPの時代が来ても、レゴが中心に居続ける土台になっている。
(デジタル化の誤読)
1994年、ソニーのプレイステーションが登場した。それまでのファミコンとはまったく違う、立体的で、映画のような世界がテレビの中に現れた。コントローラーを少し動かすだけで、キャラクターが走り、ジャンプし、敵を倒す。子どもたちは、リビングの床に座り込み、画面に吸い込まれるように遊び始めた。
1996年にはポケモンが現れる。ポケットの中のゲーム機の中に、小さな生き物の世界があり、友達と交換し、戦わせ、コレクションしていく。学校の休み時間や帰り道の話題は、いつのまにかレゴではなく、ポケモンになっていった。
当然、レゴの経営陣も、その光景を見ていた。子どもたちの視線が、テーブルの上のブロックから、テレビやゲームボーイの画面へと移っていく。これまでレゴで遊んでいた時間が確実にゲームの世界に奪われていくのだ。
一方で、1995年にWindows95が出て、インターネットという言葉が家庭に入り始める。まだ動画もなく、回線も遅い。ただ、「世界とつながる」という新しい感覚が、少しずつ広がっていった。2000年に入れば、これが本格的な社会インフラになることは、薄々見えていた。
レゴの経営陣の中では、こんな不安が膨らんでいたはずだ。「子どもたちは、もうブロックでは遊ばなくなるのではないか」と。そこで彼らは、極端な選択をした。ブロックの会社であることを忘れたように、ゲーム会社になろう、IPの会社になろう、テクノロジーの会社になろうと行動したのだ。
レゴ・アイランドというゲームが作られ、レゴ・レーサーが出る。Bionicleという独自のSF世界が立ち上がり、Galidorというアクションフィギュアと連動したIPも作られる。Mindstormsでは、レゴはロボットとプログラミングの会社になろうとした。外から見ると、未来的で、挑戦的で、格好良かった。だが、レゴの箱を開けたときのあの感覚、床にブロックを広げ、何かを組み立てていく体験とは、少しずつ切り離されていった。
子どもは、手を使ってレゴを組み立てて遊ぶのではなく、レゴのゲームをデジタル上で遊ぶようになる。レゴで創造するのではなく、製造されたストーリーの中で、遊ぶようになり、ただ時間を消費するようになるのだ。そして気がつけば、レゴは「レゴでなくてもよい商品」を山ほど抱えた。ゲーム会社としては中途半端で、IP会社としては弱く、玩具会社としての強みも失いかけていたのだ。
その結果が、2003年の巨額赤字だ。倉庫には売れ残った在庫が積み上がり、開発費とライセンス費が経営を圧迫する。レゴは、ほとんど自分が何の会社なのか分からなくなっていた。倒れかけたのは、ブロックが時代遅れになったからではない。本質のブロックからドメインを切り離したからだった。
(CEO交代と手で考える会社に戻る戦略)
2004年、レゴは創業以来最大の危機に直面していた。莫大な赤字、膨らんだ在庫、分裂した事業。社内には「レゴはもう終わったのではないか」という空気すら漂っていた。その中で創業家が下した決断が、外部から一人の若い経営者をCEOに迎えることだった。ヨルゲン・ヴィグ・クヌーストープ。当時まだ30代半ばの、ほとんど無名の経営者だった。
だが彼が選ばれた理由は、年齢や肩書ではなかった。創業家が求めていたのは、「レゴの組織の外にいながら、内側の組織を見渡せる人間」だった。長年の成功によって、レゴの組織内には「自分たちは創造性の会社である」「子どもの夢を作っている」という強い自己物語が出来上がっていた。その物語が、90年代後半のデジタルの波にうまく適応できず、会社を迷走させていたことを、創業家は直感的に感じ取っていた。
社内の重鎮では、その物語を壊せない。かといって、レゴを何も知らない外部のプロ経営者では、この会社の魂を切り捨ててしまう。ヨルゲンは、その中間にいた人材だ。戦略コンサル出身で数字と構造を冷静に見られる一方で、社内の戦略部門としてレゴの文化や矛盾を組織内部からも同時に見てきた人物だった。レゴの神話に縛られず、しかしレゴの本質を理解している。その稀有な立ち位置こそが、彼をCEOに押し上げた。
創業家は、事業を立て直す前に、「レゴは何の会社なのか」という物語そのものを立て直す必要があると分かっていた。そのためのCEOが、ヨルゲン・ヴィグ・クヌーストープだった。彼に期待された役割は、コストを削ることではなく、レゴという会社の原点をもう一度見つけ直すことだった。
多くの企業なら、まず銀行と交渉し、コストカットを進め、工場を閉める。だが彼が最初にやったのは、まったく別のことだった。彼は世界中の家庭や保育園を訪れ、子どもたちが実際にレゴで遊んでいる様子を観察させた。経営会議室ではなく、床の上に広げられたブロックの山の前に立ち、子どもたちが何を作り、どう壊し、どう考え直すのかを見続けた。
そこで見えたのは、経営陣が想像していた姿とは違う光景だった。子どもたちは、レゴの設定やストーリーをなぞって遊んでいるわけではない。説明書通りに一度は作るが、すぐに崩し、パーツを混ぜ、別の何かを作り始める。車は船になり、城はロボットになり、正解の形は存在しない。彼らが夢中になっているのは、完成した作品ではなく、「組み替える過程」そのものだった。
クヌーストープは、そこでようやくレゴの本質を掴む。レゴの価値は、世界観やキャラクターではない。子どもが「こうしたらどうなるだろう」と試し、失敗し、やり直す、その思考の運動そのものにあった。彼は社内でこう語ったとされている。「我々はエンターテインメント会社ではない。私たちは手で考える会社だ」と。
レゴの進むべき方向はこのような背景で明確になる。ゲーム会社でもなく、IP会社でもなく、テック企業でもない。レゴはあくまで、子どもの手と頭をつなぐ道具の会社なのだ。
そこからレゴは、ばらばらになっていた事業を整理し、再びプラスチックのブロックを中心に据え直す。売れないIPは切り離し、ブロックと結びつかないデジタル事業は縮小、「組み立てる体験」を核に事業を整理した。レゴが復活したのは、奇跡でも運でもない。自分たちの存在意義を、コアユーザーである子ども達に教えてもらったのだ。
(ニンジャゴーの開発)
ヨルゲンが「レゴは手で考える会社だ」と再定義したあと、レゴの中にはひとつの難題が残った。ブロックの会社に戻ることはできた。しかし、2010年代の子どもたちは、90年代とは明らかに異なる。テレビ、ゲーム、YouTube、キャラクターに囲まれて育っているのだ。ただのブロックだけでは、彼らの注意をつかみ続けられないことも分かっていた。
そこでレゴは、過去の失敗をもう一度、慎重に分析した。BionicleやGalidorで失敗した理由は何だったのかを。そして明確な答えにたどり着いた。それらのIPは、ブロックから独立していたのだ。それらのIPはアクションフィギュアになり、アニメになり、ゲームになり、レゴである必要がなくなっていた。そこでヨルゲン体制のレゴは、逆の設計をした。物語をブロックに連携するIPを作ったのだ。こうして生まれたのがニンジャゴーだった。
ニンジャゴーの世界観は、最初から組み立てることを前提に設計されている。忍者、ドラゴン、メカ、都市、敵と味方。これらはすべて、ブロックで作ると楽しい構造になっている。つまり、アニメは世界観を説明するための装置であって、遊びの中心ではない。遊びの中心は、あくまで子どもの手の中にある。
さらにレゴは、ニンジャゴーを「無料で配信する」戦略をとった。テレビやYouTubeで誰でも見られるようにし、入口の摩擦を限りなく下げた。その代わり、世界の続きはブロックの箱の中にあるように設計した。アニメの一話が終わると、次の展開を自分で作りたくなる。ここで初めて、商品が欲しくなる。
これは、Bionicle時代の「キャラを売るIP」とは正反対の構造だ。ニンジャゴーは、物語を消費させるためのIPではなく、創造を引き出すためのIPだった。だからレゴは、他の独自IPを整理した。世界観だけが先行し、ブロックとの結びつきが弱いものは削除する。IPの数を増やすのではなく、「ブロックで遊びたくなるIP」だけに集中した。
結果として、ニンジャゴーは単なるヒット作品ではなく、レゴの戦略そのものを体現する存在になったのだ。子どもはアニメを見る。そしてブロックで再現する。壊して、組み替えて、自分の物語をまた作る。再びアニメに戻る。この循環こそが、「手で考える会社」としてのレゴが、デジタル時代に見つけた答えだった。
ニンジャゴーがブレークした当時、私の子どもたちも、まさにその世界にいた。YouTubeでアニメを見て、レゴのカタログで新しいメカやドラゴンを眺め、H&MのニンジャゴーTシャツを着て、床にブロックを広げて遊ぶ。画面と現実、物語とレゴ、キャラクターと自分の手が、ひとつの循環の中でつながっている。だが、その中心は、常にブロックだった。アニメは入口で、カタログやTシャツは世界観を広げるための仕組みに過ぎない。物語が実際に進み、勝ち負けが決まり、世界が変わる場所は、子どもたちの目の前に広げられたリアルのレゴだった。
これは、90年代にレゴが迷い込んだ「スクリーンの中で完結するデジタル」とは、まったく逆の設計だ。ニンジャゴーは、IPを消費させるための仕掛けではなく、創造を引き出すための文脈として作られていた。デジタルは子どもを引き寄せるが、遊びの主役にはならない。主役はあくまで、組み立て、壊し、考え直す手の動きだ。だからニンジャゴーは、レゴにとって単なるヒット作ではない。レゴの再定義である「手で考える会社」が、実際に現実の世界で機能していたのだ。
(新しいブロック)
ニンジャゴーが当たったからといって、レゴはそれに依存しなかった。むしろレゴは、「手で考える」という思想を、あらゆる子どもとあらゆる年齢に拡張していった。
レゴ・シティの中では、警察官や消防士が街を守り、空港や港が動いている。そこには、現実の社会を自分で再構築できる遊びがある。女の子向けにはお姫様やファンタジーの世界が用意され、そこでも物語は完成品ではなく、組み替えられる舞台として与えられる。スター・ウォーズやハリー・ポッターのような外部IPも、単なるキャラクター商品ではなく、「ブロックで再現できる世界」としてレゴに組み込まれていった。
年齢が上がれば、レゴはより難しくなる。テクニックシリーズでは歯車やサスペンションを使って車やクレーンを作り、子どもは自然に構造や力学を学ぶ。レゴで育った子どもが、レゴを卒業しなくてもいいように、レゴは成長の階段を用意しているのだ。
さらにレゴは、ブロックを教室の中にも持ち込んだ。プログラミングで実際のレゴを動かすキットは、STEM教育の入口となり、レゴ・シリアス・プレイは、企業研修の場で「手を動かしながら考える」ための公式メソッドとして世界中で使われている。レゴは、玩具を超えて、思考のインターフェースになっている。
2026年、レゴは 「LEGO SMART Play(レゴ・スマートプレイ)」 という新しい遊びのプラットフォームを投入する。これは単なるギミックではなく、玩具の根幹である「ブロックで遊ぶ体験」にデジタルの応答性を組み込んだ革新だ。
中心となるのは、これまでのレゴブロックとまったく同じ形状の中に、センサー、LED、スピーカー、無線通信機能などを内蔵した「LEGO SMART Brick(スマートブリック)」だ。このブロックは単独で光や音を出すだけでなく、周囲の動きや他のスマートパーツとの関係を感知し、リアルタイムに反応することができる。たとえば、飛行機のおもちゃを持ち上げるとエンジン音が鳴り、戦闘シーンではライトや効果音が出るように設計されている。しかも重要なのは、これがスクリーンやアプリの操作を前提としていないことだ。デジタル技術はブロックの中に「溶け込んで」おり、子どもがタブレットやスマートフォンを手にする必要はない。ブロックそのものが、遊び手の動きに応じて反応するインタラクティブな相手になるのだ。
第1弾として発表されているのは、スター・ウォーズをテーマにした3つのSMART Playセットで、2026年3月1日に世界各国で発売される予定だ。
『SMART Play: Darth Vader’s TIE Fighter(75421)』
『SMART Play: Luke’s Red Five X-Wing(75423)』
『SMART Play: Throne Room Duel & A-Wing(75427)』
これらにはそれぞれ SMART Brick、SMART Minifigure、SMART Tag が含まれ、スター・ウォーズの世界観を生き生きと再現するサウンドやライト、物語的な反応が楽しめる。たとえばタイ・ファイターならエンジン音やレーザー音、X-ウイングなら補給音や戦闘音が自動的に鳴り、シーンに合わせて光が変化するよう設計されている。
この取り組みは、90年代のデジタル挑戦とは根本的に違う。あの頃、レゴはスクリーンの中の体験を追い求めすぎて、本来の遊びから離れてしまった。だがSMART Playは、デジタルをブロックの体験そのものに埋め込み、スクリーンレスのインタラクティブ性を付与するというアプローチだ。デジタルを「外に出す」のでなく、「フィジカルな遊びの中に織り込む」。これこそ、レゴが過去20年かけて磨いてきた「手で考える遊び」の延長上にある新しい進化なのだ。
天皇制度の発明 :磐井の乱・白村江・壬申の乱から読み解く日本国家の起源
2026年1月10日
早嶋です。約1万文字。
2世紀から3世紀の日本列島は、天皇が治める国ではなかった。そこには、筑紫、隼人、熊襲、吉備、出雲、畿内、さらに関東や東北にまで、それぞれの王や首長が存在し、海と川と山の流通を押さえながら、それぞれの地域を動かしていた。北部九州は朝鮮半島や中国と直結し、鉄も人も情報も入ってくる最前線だった。隼人や熊襲は南九州の独自の軍事文化と霊性を持ち、吉備は瀬戸内海の海上交易を背景に巨大な勢力を築き、出雲は神話に象徴される別系統の宗教と政治の中枢だった。関東や東北にも、ヤマトとは異なる古墳文化と首長層が広がっていた。
当時の畿内は、これらの勢力を一元的に支配していたわけではない。しかし、瀬戸内海と大和川水系の結節点に位置し、海と内陸をつなぐ交通と儀礼の中心として、列島の複数の勢力を束ねうるハブの役割を果たしていた。瀬戸内と大和川水系の結節点として、物流と人の交差点に位置していたにすぎない。つまり当時の日本列島は、一つの国家ではなく、いくつもの政治圏と宗教圏が重なり合う連合体のような世界だったのだ。
ここから、磐井の乱、乙巳の変、白村江の戦いを経て、どうやってこの多極世界が「天皇と藤原」という二重構造に収斂していくのか。その過程が、日本という国が出来上がる物語だ。
(朝鮮半島をめぐる国際政治)
当時の連合体的な日本列島の均衡を、決定的に揺さぶっていたのが、朝鮮半島をめぐる国際政治だった。朝鮮半島では、百済・高句麗・新羅が覇権を争い、その背後から中国の王朝、のちの隋や唐が影響力を伸ばそうとしていた。朝鮮半島は、東アジアの軍事と外交がぶつかる最前線だったのだ。
日本列島から見ると、朝鮮半島は単なる隣国ではない。鉄器や仏教、文字、律令的な統治技術など、当時の「先端文明」は、ほぼすべて半島を経由して入っていた。つまり朝鮮半島は、文化と技術の入口であると同時に、国際秩序と軍事的緊張が流れ込む窓口でもあったのだ。
ここで重要なのは、倭国が中国と直接つながっていたのではなく、百済や高句麗といった半島の国家と交流することで、大陸世界と関係を持つことが出来た点だ。そのため、どの国と組むかによって、入ってくる技術も人材も情報も変わった。中でも百済と結びついた畿内の政権は、仏教や建築技術、文書行政、外交儀礼といったものを一気に取り込むことができた。それは単なる文化交流ではなく、日本列島の政治のあり方そのものを、より国家的なものへと引き上げる力を持っていた。
ところが、日本列島の西端、つまり筑紫は、この朝鮮半島とのネットワークを自前で持つ位置にあった。北部九州は対馬海峡に面し、百済だけでなく、高句麗や新羅とも直接航路を持ち、中国大陸とも短距離でつながる。鉄資源や武器、馬、織物、さらには外交情報までが、まず筑紫に集まり、そこから日本列島へと流れていった。言い換えれば、筑紫は畿内を経由せずに、東アジア世界と直結できる玄関口だったのだ。
この筑紫の自立性こそが、畿内にとって最大の戦略リスクだった。畿内が百済と結び、朝鮮半島を足場に国家を組み立てようとするなら、筑紫が新羅や高句麗と別に動くだけで、日本列島の対外窓口は分裂する。その瞬間、畿内は外交も軍事も主導できなくなる。
(磐井の乱)
ここで起きたのが磐井の乱だ。527年、筑紫君磐井が畿内の命令に抗して動き、翌528年に武力で鎮圧される。史料の細部には議論があるが、骨格ははっきりしている。磐井はもともと畿内王権の外側にいる反逆者ではなかった。むしろ筑紫の代表として、畿内と半島をつなぐ外交と軍事の実務を担う、有力な同盟者だった。
問題は、畿内が百済と連携し朝鮮半島へ軍事行動を行おうとしたとき、その出兵ルートと外交の主導権を誰が握るのか、という点だった。畿内は、筑紫を経由して半島へ兵を送り、鉄や武器、技術を受け取る従来のやり方を、「畿内が直接統制する流れ」に切り替えようとした。これに対して磐井は、自分が構築してきた朝鮮半島との関係と交易の主導権が奪われることを拒んだと考えられる。
つまり磐井の「反抗」は、畿内への反逆というより、筑紫が長年担ってきた東アジアとの窓口を手放さないという意思表示だった。畿内と筑紫は、それまで協調して朝鮮半島と向き合ってきたからこそ、この利権と主導権の衝突は、妥協ではなく武力で決着するしかなくなったのだ。
本来なら、筑紫がそのまま列島の中心、いわば「大和のポジション」を取っていても不思議ではなかった。しかし、この敗北によって、日本列島の外側につながる窓口は、九州の自立ではなく、畿内の統制に組み込まれる方向へと大きく舵を切った。ここから、日本の国家形成の重心は、決定的に畿内へと寄っていく。
ただ、磐井の乱で直ちに畿内が列島を一元支配したわけではない。列島は依然として多極的で、畿内も豪族連合の微妙なバランスの上に成り立っていた。ただし一つだけ決定的に変わったのは、東アジアとつながる外のネットワークが、九州から畿内へと引き寄せられたことだ。
(蘇我氏の台頭)
この新しい状況の中で力を伸ばしたのが蘇我氏だった。蘇我はもともと畿内の在地豪族だが、磐井の乱以降、百済と結びついた渡来人ネットワーク、仏教僧、工人、外交使節を積極的に受け入れ、畿内に集積させていった。鉄器の製造、仏教寺院の建設、文書行政、対外外交。これらはもはや個々の豪族が担えるものではなく、外の世界と直結した専門集団の協力が不可欠だった。蘇我氏は、その「朝鮮半島とつながる実務ネットワーク」を畿内の中枢で取りまとめる役割を担ったのである。
つまり、磐井の乱で九州が担っていた独立した対外窓口が政治的に封じられたあと、その「東アジアにつながる機能」を別の形で引き受けたのが、畿内の中の蘇我氏だった。ただしそれは、筑紫の港や人脈をそのまま引き継ぐという意味ではない。蘇我氏は、百済を中心とする半島諸国との人的・宗教的・技術的なネットワークを畿内に直接組み込み、外交・軍事・仏教・工人集団を一体として動かす新しいネットワークを作り上げた。
こうして、列島の外交、技術、宗教、軍事は、もはや九州の豪族を経由するのではなく、百済を窓口として畿内に集約されるようになる。その実務を現実に運用したのが蘇我政権だった。ここで列島は、在地豪族がゆるく連合する世界から、朝鮮半島の国際秩序と深く結びついた「国際政権」へと質的に転換していく。
しかしこの転換は、王権内部に緊張を生んだ。643年、蘇我入鹿は、聖徳太子の系譜を引く皇族である山背大兄王(やましろのおおえのおう)とその一族を攻め滅ぼす。これは単なる権力闘争ではない。百済との結びつきを基盤に国を動かしてきた蘇我氏にとって、太子系皇族が掲げる「天皇中心の秩序」への志向は、自分たちの政治モデルそのものを脅かすものに映っていた。
蘇我氏なりに考えれば、この行動は「国際政権」を守るための先制防衛だった。半島情勢が急速に不安定化する中で、内部から制度転換が起これば、外交と軍事の実務が分裂しかねない。そうした危機感が、皇族への直接的な武力行使という、取り返しのつかない一線を越えさせたと考えられる。
しかし、この山背大兄王一族の殺害こそが、決定的な引き金となった。実務を担う一豪族が、王統そのものに手をかけたことで、調整や妥協の余地は消える。ここで初めて、王権内部に「蘇我を切らなければ国家は持たない」という共通認識が生まれ、やがて645年の乙巳の変へと雪崩れ込んでいく。
(乙巳の変)
この蘇我体制を切ったのが、645年の乙巳の変だ。中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を殺し、宗家を倒すに至った背景には、単なる権力争い以上の切迫した状況があった。そして、この切迫は、国際情勢だけが理由ではない。その2年前、643年に起きた出来事が、中大兄皇子にとって決定的だった。
蘇我入鹿は、聖徳太子の子である山背大兄王とその一族を滅ぼした。太子系王統は、理念と象徴として王権を支える存在だったが、蘇我にとっては、自らの政治構想と相容れない存在でもあった。この事件は、皇族内部に明確なメッセージを突きつけた。蘇我政権の構想に合わない王族は、血筋であろうと排除されると。
中大兄皇子にとって、これは他人事ではなかった。調整や共存の余地は消え、自分もまた、いつ排除されてもおかしくない立場に置かれたことを悟る。乙巳の変は、計画された改革であると同時に、時間切れの選択でもあった。
この時点で、東アジアの国際秩序はすでに大きく傾き始めていた。唐と新羅が半島の主導権を握りつつある中で、百済との私的な結びつきに依存する蘇我体制は、列島全体を外圧の最前線に晒しかねない構造になっていた。それは、国家としての判断ではなく、一氏族の関係が列島全体の運命を左右する構造だった。
中大兄皇子と中臣鎌足が直面していたのは、「誰が列島の対外関係を代表するのか」という問題だった。蘇我氏は百済を通じて半島と直結する私的な外交・技術・宗教のネットワークを持ち、それを基盤に王権の実務を動かしていた。しかし、それは同時に、畿内の王権が自分自身の意思で外交や軍事を統御できないことを意味していた。唐と新羅という巨大な外圧に直面するなかで、この状態は、国家として致命的な不安定さを孕んでいた。
乙巳の変は、「どの家の血が正しいか」を争った事件ではなかった。問題になっていたのは、列島がこれから誰の手で、どんなやり方で、外国と向き合い、国を動かしていくのか、ということだった。
それまでの蘇我政権は、百済との強い結びつきを通じて、外交や技術や宗教を取り込み、実際の政治を回していた。しかしそれは同時に、日本の国の進む方向が、特定の一族と半島の関係に大きく左右される状態でもあった。唐と新羅という強大な国が半島を支配し始める中で、このままでは国の命運を自分たちで決められないという不安が強まっていた。
中大兄皇子と中臣鎌足が目指したのは、そうした不安定な仕組みを壊し、天皇を中心に、外交も軍事も制度として管理する国へと作り替えることだった。乙巳の変は、そのための強引だが決定的な一歩だったのである。そしてこの出来事を起点に、日本は「大化改新」と呼ばれる国家づくりへと踏み出していく。
(白村江の戦い)
この政治改革に、決定的な緊張を与えたのが白村江の戦いだった。663年、倭国は百済を助けるために朝鮮半島へ軍を送り、唐と新羅の連合軍と戦って大敗する。
なぜ倭国が、そこまでして百済を守ろうとしたのか。それは単なる同盟国だからではない。百済は、何世代にもわたって、日本列島に仏教、文字、建築技術、医療、暦、外交儀礼を送り込んできた、いわば「文明の窓口」だった。畿内の王権や蘇我政権の政治と文化は、百済の人材と知識によって支えられていた。百済が滅びるということは、日本が東アジアの最先端とつながるパイプを失うことを意味した。
さらに重要なのは、百済が消えれば、その領土を唐と新羅が支配するという現実だった。そうなれば、日本のすぐ目の前に、中国の巨大帝国と半島の統一国家が現れる。倭国は、もはや半島を緩衝地帯として使えなくなり、いきなり東アジアの覇権国家と向き合う立場に置かれる。
だから倭国は、百済の再興に賭けて出兵した。百済を取り戻せば、半島に自分たちの友好勢力を残し、外交と文化の窓口を守れると考えたのである。しかし白村江での敗北によって、その構想は完全に崩れた。日本は海戦で負け、半島での足場を失い、百済も失った。
この瞬間、日本列島は初めて、「外へ打って出て半島を動かす側」から、「外の巨大国家にどう備えるかを考える側」へと立場を変えた。唐と新羅が半島の覇権を握った以上、次に何が起きてもおかしくない。白村江の敗北は、日本にとって軍事的な敗戦であると同時に、国の生き方を根本から変える体験だった。
白村江の敗北が突きつけたのは、単なる軍事的な敗北ではなかった。それは、「この日本列島の政治のあり方では、唐と新羅という巨大な国家と向き合えない」という現実だった。筑紫、畿内、出雲、吉備といった複数の勢力が並び立つ構造のままでは、誰が兵を出し、誰が税を集め、誰が外交を決めるのかが曖昧なままになる。これでは、国家として一つの意思を持つことができない。
唐は、戸籍を整え、人民を把握し、徴兵と課税によって巨大な軍と財政を維持していた。新羅もまた、その制度を受け入れ、唐と協調しながら半島の統一を進め、やがては同じ制度国家として唐と対峙する力を持つに至った。白村江の敗北は、倭国に「相手はもはや部族連合ではなく、制度化された国家だ」という事実を突きつけた。
これが、後世に「大化の改新」と呼ばれることになる改革の実体である。それは、645年の一つの出来事ではなく、乙巳の変から白村江の衝撃を経て、列島が生き残るために選び取った「国家への転換」そのものだった。具体的に何が変わったのかと言えば、豪族が土地と民を私的に支配する世界から、土地と人民を国家が把握し、戸籍と制度によって動員する世界への転換だ。誰がどこに住み、誰が兵になり、誰が税を負担するのかを、中央が直接把握する。そのための仕組みが、ここで初めて導入されていく。
唐と新羅という制度国家を前にして、「そうでなければ生き残れない」という現実が、日本にその選択を迫った結果だった。こうした発想を持ち込んだのは、百済や唐から来た渡来人官僚や僧侶、そしてそれを理解し使いこなせる畿内の知識層だった。彼らは、東アジアの「国家の作り方」を実地で知っていた。その知が、天武の時代に一気に実装されていく。
(壬申の乱)
この流れの中で起きたのが壬申の乱だ。白村江の敗北と、それに続く国家改造の必要性を背負ったまま、668年に天智天皇は近江大津宮で即位する。天智は、中大兄皇子として乙巳の変を主導し、大化改新の名のもとに改革を進めた人物だが、晩年の彼は1つの深刻な問題を抱えていた。それは、「この新しい国家を、誰が継ぐのか」という問題だった。
天智には有力な息子、大友皇子がいた。しかし、列島が直面していたのは、唐と新羅という巨大国家に囲まれた国際危機の時代である。単なる血統だけではなく、軍事と官僚と外交を束ねられる統治能力が後継者に求められていた。その点で、天智の弟である大海人皇子(のちの天武)は、軍事力と人脈の両方を持ち、渡来系官僚や仏教勢力とも深く結びついていた。
天智の死後、皇位は形式的には大友皇子に引き継がれた。しかし、大海人はそれを認めず、吉野に下って挙兵する。これが672年の壬申の乱である。この戦争は、単なる「兄の子と弟の争い」ではなかった。白村江の敗北後の日本が、「誰の手で、どの構想で国家を作り直すのか」を決める内戦だった。
天武側には、唐や百済の制度を知る渡来系官僚、仏教勢力、そして畿内・東国の武装勢力が結集した。天智の政権が築いた改革を引き継ぎつつ、それをより徹底した「唐型国家」へと進める構想が、天武の側に集まっていったのである。結果として天武が勝利し、日本の国家づくりの主導権は、ここで決定的に彼の側へと移る。
こうして成立した天武政権のもとで、戸籍、軍制、官僚制、律令、そして神話の再編が同時に進む。天皇とは、単に昔からいた王の名前ではなく、この国家という新たな仕組みの中心に据えられた、新しいタイプの権威だった。言い換えれば、天武は戦争に勝っただけでなく、その勝利を千年続く支配に変える「物語と制度」を発明したのだ。
(天皇制度の発明)
天武が行った国家づくりは、戸籍や軍制のような制度だけでは終わらない。制度は人を動かすが、制度だけでは人の心は揃わない。特に古代は、「なぜこの王に従うのか」という問いに対して、武力や税だけでは答えになりにくい。そこで必要になるのが、王権の正当性を支える物語だ。
ここで言う物語とは、単なる伝説ではない。国家の中心にいる者が、どこから来たのか。なぜその血筋が特別なのか。なぜ列島の諸勢力は、その中心にまとまるべきなのか。こうした問いに対して、社会全体が共有できる説明を与える。これが古代国家にとっての「神話の役割」だった。
天武の時代まで、列島にはいくつもの豪族の系譜と伝承があり、地域ごとに自分たちの始まりがあった。出雲には出雲の物語がある。吉備にも、筑紫にも、東国にも、それぞれの由来がある。つまり、列島には「最初から全国を貫く一本の歴史」が存在していなかった。だからこそ、制度を整えた天武政権は次に、「歴史の一本化」に取りかかる必要があった。
その仕上げが、古事記(712年)と日本書紀(720年)だ。ここで初めて、「神代から連なる唯一の王統」が、文章として固定される。これは単に古い話を書き留めたのではない。列島中に散らばっていた伝承や系譜を集め直し、取捨選択し、整合性が取れるように編集し、「この王統が列島の中心である」という筋書きを作る作業だった。
ここで決定的なのは、神話の頂点に天照大神を置き、その子孫として天皇を位置づけたことだ。天照大神から天孫降臨、そして地上の王統へという一本の流れを作ることで、天皇の権威は単なる現世の勝者ではなく、「天から正統に降りてきた血統」として語られるようになる。これによって、2から3世紀に実際に天皇がいたかどうかとは別に、8世紀初頭の時点で「最初から天皇がいたことにする」ことが可能になる。現実の後から物語を組み立て、その物語を国家の土台として固定する。これが、天武の国家づくりの本質だった。
では、なぜ古事記と日本書紀は2つ作られたのか。内容は似ているが、用途が違うからである。古事記は、神話から始まり、天皇の系譜を一つの流れとして語り、王統の内側に向けて「私たちはこういう国で、こういう家が中心だ」という物語を固める役割を持つ。いわば国内向けの、思想と系譜の核だ。
一方で日本書紀は、より「歴史書らしい」体裁を持ち、年ごとの出来事を整え、外交や戦いの記録も含めながら、国家としての公式の年代記を作る性格が強い。つまり、国内の統合だけでなく、唐や新羅など外の世界に対して「我々はこういう国家で、こういう正統性を持つ」という姿を示すための、公的な看板でもある。2つを並べることで、内向きの統合と、外向きの正当化を同時に達成する。これが二本立てにした理由だと考えると分かりやすい。
ここで一つ、重要な点に触れておく必要がある。日本書紀には、聖徳太子が遣隋使に際して「東の天皇から西の皇帝へ」といった趣旨の書簡を送ったと記されている。これをそのまま事実と受け取れば、7世紀初頭の段階で、倭国はすでに「天皇」という称号と対等外交の意識を持っていたことになる。
しかし、この記述が史実そのものかどうかについては、慎重であるべきだと考える。隋側の史料には同様の文言が確認できず、また制度としての天皇制が整うのは、明らかに天武朝以降だ。そう考えると、日本書紀のこの記述は、当時の事実をそのまま記録したというよりも、8世紀初頭に成立した天皇制国家を、過去へと遡って正当化するための編集であった可能性が高い。
これは日本書紀の信頼性を否定する話ではない。むしろ、日本書紀が「過去を記録する歴史書」であると同時に、「国家の成立を内外に説明するための文書」であったことを示している。天皇という制度は、天武の時代に完成した。しかし日本書紀は、それを突然現れた新制度として描くのではなく、列島の長い歴史の中で育まれてきたものとして語り直すことで、国家の成り立ちに連続性を与えた。
ここで重要なのは、物語が現実の後に編まれているという点だ。それは事実を歪めるという意味ではない。国家が生き残るために必要な、共通の理解の枠組みを社会に与えるという役割を、物語が担っているということだ。そして制度は、その物語を長期にわたって支え、維持するための器になる。天武が作ったのは、軍事的な勝利だけではない。制度と物語を噛み合わせることで、「天皇」という中心を、列島の時間の奥行きの中に定着させる仕組みだった。
この新しい国家の構造を、実際に運用したのが藤原氏だった。ただし藤原という名前は、最初からあったわけではない。彼らの元の名前は中臣氏で、古くから宮廷で祭祀と儀礼を司る一族だった。神にどう祈り、どう言葉を捧げ、どう天と王権をつなぐか。その「作法と言語」を専門に扱うのが中臣の役割だった。
乙巳の変で蘇我氏が倒されると、中臣鎌足は天智・天武の王権と結びつき、この祭祀と正統性の専門家としての地位を一気に高める。やがて鎌足は「藤原」という新しい姓を与えられ、中臣氏は藤原氏として再編される。これは単なる改名ではない。天皇を中心とする新しい国家において、「神話と儀礼を管理する一族」として公式に位置づけられたことを意味する。
蘇我氏が握っていたのは、百済を通じて半島と直結する人と技術のネットワークだった。それに対して藤原氏が握ったのは、天皇の血統と神話をどう語り、どう正当化するかであった。天武のもとで天皇制国家が整備されると、藤原は王になるのではなく、王の正統性を外側から支え、管理する立場を選ぶ。これが、天皇と藤原が分業する二重構造の始まりになる。
その後、藤原氏は天皇の后を出すことで外戚となり、政治の実権を徐々に握る。平安時代の摂関政治とは、この構造が制度として完成した姿だ。かつて西日本や朝鮮半島へと開いていた回路は、白村江の敗北とその後の危機の中で閉じられ、国家の重心は畿内に集まった。その畿内の中心で、「天皇という象徴」を言葉と儀礼で支配したのが藤原氏だった。
ここに、筑紫や百済を起点とする外向きの世界が、なぜ最終的に近畿と藤原へと収斂していったのかの答えがある。外のネットワークが危険になったとき、国家は内に閉じ、その中心を強化する。そして、その中心を意味の上で支配できた者が、長期的な勝者になる。藤原は、まさにその場所にいた一族だった。
藤原と天皇が分業するこの二重構造は、その後の日本を長く安定させた。天皇は神話と血統の象徴として君臨し、藤原をはじめとする公家が政治と制度を運用する。武士が台頭した後も、この枠組みは壊れなかった。鎌倉幕府も室町幕府も、天皇の権威を形式的に認め、その下で実務を担うという形をとった。つまり、武士が政権を握っても、「天皇という中心」と「それを支える京都」という構造そのものは維持され続けたのである。
(地方分権と中央集権の反復)
しかし、この仕組みは時間とともに内側から歪んでいく。公家も武士も、京都の権威を奪い合うようになり、天皇と幕府、将軍と守護大名の関係は複雑に絡み合う。やがて、中心を守るための仕組みが、中心そのものを不安定にしていった。
その歪みが一気に噴き出したのが、応仁の乱だった。1467年からの内戦で京都は戦場となり、室町幕府の権威は崩れ、日本は戦国時代へと入っていく。これは、天武と藤原が作った「象徴と実務の分離構造」が、もはや内部の競合を抑えきれなくなった瞬間でもあった。
ここで起きたのは、「天皇・公家・京都という中心の政治的な弱体化」だ。つまり国家の実務は地方へ分散していく。しかし面白いのは、中心が燃えても中心という概念は消えないことだ。戦国大名が上洛を志向し、権威を欲しがり、最終的に天下統一が「京都と天皇をどう扱うか」に回収されていくのは、天武と藤原が作った二層構造が、まだ生きているからだ。中心が壊れても、中心を欲しがる。権威が弱っても、権威を借りる。これが日本の構造のしぶとさだ。
磐井の乱は、列島の西の窓口を畿内が押さえる分岐点だった。乙巳の変は、半島と結びついた私的ネットワークを切って、制度国家へ付け替える革命だった。白村江は、その改革を必要不可欠にした外圧の衝撃だった。そして天武から記紀へ、天皇は制度と物語として固定された。最後に、藤原はその固定された象徴を外側から運用する仕組みを完成させ、以後の日本史は、その枠組みの上で地方分権と中央集権を振り子のように繰り返す。応仁の乱は振り子が大きく地方へ振れた瞬間だが、それでも中心の物語は壊れなかった。
(日本の深い骨格)
日本史をこの流れで眺めると、天皇とは「最初からあった永遠の存在」ではなく、列島が東アジアの激動の中で生き残るために選び取った、1つの答えだったことが見えてくる。筑紫や出雲や吉備が並び立つ多極の世界は、白村江という外圧の前で持ちこたえられなかった。だから列島は、外のパイプを閉じ、内に中心を作り、その中心に物語と制度を重ねた。その中心に置かれたのが「天皇」だった。
磐井の乱は、外の窓口を畿内に集めるための分岐点だった。乙巳の変は、私的な国際ネットワークを切り、国家のネットワークへ付け替える革命だった。白村江は、その改革を避けられなくした起爆剤だった。そして天武と記紀は、その選択を「永遠の物語」に固定した。藤原は、その物語を現実の政治として運用する役割を引き受けた。
こうして生まれた「象徴としての天皇」と「それを支える実務の中枢」という二重構造は、応仁の乱で一度は崩れながらも、その後も日本の奥底に残り続ける。中心が燃えても、人々はまた中心を求める。その中心をめぐる物語と制度こそが、日本という国の、もっとも深い骨格なのだ。
人手不足なのに賃金が上がらない理由 転職市場の数字と企業の評価・育成が噛み合わない現実
2026年1月8日
早嶋です。今回はとても長いです。約16,000文字。
(転職サイトの「年収アップ」は本当か?)
SNSの広告には、「年収◯%アップ」「転職でキャリアも収入も向上」などの言葉がならぶ。ここ数年、人手不足や賃上げニュースも重なり、「転職すれば給料は上がる」という雰囲気が、半ば常識のように語られている。しかし、日本企業の組織構造や賃金制度を知る立場から眺めると、どうにも引っかかる。
統計を確認した。厚生労働省の「雇用動向調査」で、転職し入職した人の賃金が前職と比べてどう変わったかを見ると、令和6年(2024年)1年間では「増加」40.5%、「減少」29.4%、「変わらない」28.4%という分布になっている。つまり、「転職すれば上がる」が常識になっている一方で、現実には下がる人も同じだけいる。上がる人がいるのは事実だが、皆が上がるわけではない。この前提を置くだけで、転職市場が強調する年収アップの見え方は、異なってくる。
日本企業の多くは、いまだに年功的な賃金カーブと職能等級制度を残す。労働組合の影響も強い。従い、特定の個人を突出して高く評価する設計になっていない。特に組合員層は、「同じ年次・同じ等級なら、だいたい同じ賃金」という前提が存在する。
ここで誤解しやすい点がある。賃金が上がりにくい理由を「労働組合がガチガチだから」と説明すると、話が単純化される。実態は、労組の存在そのものより、組合員層における賃金決定の仕組みにある。多くの日本企業では、組合員層の賃金は個別契約ではなく、制度運用として管理されている。等級、年次、評価ランクといった枠組みの中で決められ、個人ごとに大きく例外を作らないことが前提だ。これは、組合員の平等性を守るためという建前で、会社も説明責任を果たし続けるための設計だった。
仮に、ある個人だけを市場価格に合わせて大きく引き上げたとする。すると必ず、「なぜその人だけなのか」「次は誰が対象になるのか」「それは制度上どう位置づけられるのか」という問いが生まれる。ここに明確なルールがなければ、賃金制度そのものが揺らぐ。つまり、突出処遇は、金額以上に制度を壊すコストが伴うのだ。このコストを負担ができるのは、賃金決定が制度外の人材に限る。管理職、専門職、あるいは代替の利かない特定機能を担う人材だ。彼らは最初から「個別に決める」前提で扱われているため、市場価格への寄せ直しが可能だ。逆に言えば、組合員層で賃金が動きにくいのは、労組が強いからでも、会社が冷たいからでもない。制度として公平性と説明可能性を維持した結果、意思決定が慎重になった構造の問題なのだ。
この構造を前提に、「転職しただけで年収が大きく上がる」という話は、直感的に整合しない。むしろ多くの場合、転職先でも年齢や等級に応じたレンジに当てはめられ、賃金は元のカーブに吸い戻されるのが実態ではないか、という疑問が湧くのだ。それにもかかわらず、なぜ転職市場では「年収アップ」が強調され続けるのか。このズレは、単なる誇張や広告表現の問題ではなく、日本の雇用構造と転職市場の見せ方の間にある、もう少し根深い問題を映しているように思えてしまう
(年収が上がる人と、上がらない人)
転職で年収が上がる人は確かに存在する。しかし、その人たちは日本の平均像ではない。その人達は、いくつかはっきりした共通項があるのだ。
まず1つ目は、賃金決定が組合の枠外にある人だ。管理職層、あるいは高度な専門職に属する人たちは、そもそも年功的な賃金テーブルの影響を受けにくい。会社側も「等級」ではなく「市場価格」で処遇を決めざるを得ないため、転職時に条件が大きく動く余地が生まれる。
2つ目は、業界そのものが成長局面にあり、かつ人材が希少な分野にいる人だ。IT、データ、研究開発、医療の一部、建設やインフラでも特殊資格や特定工法を担える人材などは、「人が足りない」のではなく「その機能を持つ人が足りない」状態にある。ここでは、年齢や社歴よりも「代替可能かどうか」が賃金を決める。
3つ目は、世代としては比較的若く、賃金カーブの初期にいる人だ。20代後半から30代前半は、もともとの賃金水準が低いため、会社を変えることで「平均値に近づく」だけでも年収アップに見える。実態としては、突出した評価というよりは、歪んだ初期配置が是正されたケースだ。
これらの人たちに共通するのは、「転職によって賃金の決まり方そのものが変わる」点だ。組織内の序列から外れ、市場に直接つながった瞬間に、年収が動く。
一方で、転職しても年収がほとんど上がらない、あるいは下がる人にも、共通する構造がある。最も多いのは、同業・同職種への横移動だ。日本の同業他社は、賃金カーブや等級設計が驚くほど似通っている。結果として、転職先でも「年齢×役割」に応じたレンジに当てはめられ、年収は元の水準に収まる。
次に多いのは、「できるはず」という自己評価は高いが、機能として説明できない人だ。不満や違和感は語れても、「自分が何を生み出せるか」を市場に説明できない場合、転職先は慎重になる。条件は現状維持、もしくは様子見の設定になりやすい。
そしてもう一つ重要なのが、30代後半以降の組合員層だ。この世代は賃金カーブの中盤から後半に差し掛かっており、企業側にとっては「即戦力であっても高コスト」になりやすい。結果として、転職が成立しても条件は横ばい、場合によっては下がるのだ。
注目すべきなのは、能力の高低そのものよりも、賃金制度との位置関係が結果を左右している点だ。頑張ったから上がる、評価されたから上がる、という単純な話ではないのだ。転職サイトで語られる「年収アップ」は、こうした構造の中で、組合外、専門性が明確、若年層、成長産業という、ごく一部の層を切り取って平均化した数字であることが多い。
ここで、もう1つ整理すべき論点がある。転職で「年収が上がった」と語られるとき、その中身が何かは、意外と曖昧なままだ。転職サイトの多くは年収という1つの数字で語るが、現実の処遇はもっと分解されている。残業代の有無や時間数、賞与の算定基準(業績連動か、評価連動か)、住宅手当や家族手当、転勤手当といった各種手当。これらが組み替わるだけで、見かけの年収は簡単に動く。
その結果、「年収は上がったが、基本給はほとんど変わっていない」というケースが頻繁に起きている。初年度は残業が多い、賞与算定が甘い、手当が厚い。だが、それが恒常的な賃金上昇を意味するとは限らない。基本給がどこまで上がったのか。それが、その会社での評価や将来の賃金カーブにどう反映されるのか。この点を見ないまま「年収アップ」を語ると、転職広告の数字マジックに飲み込まれやすくなる。
もう1つ重要なのは、「いつまで上がっているのか」という時間軸だ。転職直後の年収は、採用側の期待値込みで高めに設定されることがある。即戦力として迎える以上、最初は評価を先払いする、という判断だ。しかし、多くの場合、2年から3年経つと、その人は賃金制度の内側に組み込まれる。評価は通常運用に戻り、昇給幅も既存社員と同じルールに従う。そこで初めて、実力と制度の整合が問われるのだ。このタイミングで起きるのが、「転職時は上がったが、その後は伸びない」という現象だ。
これは個人の能力が落ちたわけでも、評価が急に厳しくなったわけでもない。単に、一時的に制度の外に出ていた賃金が、再び制度に回収されただけなのだ。つまり、年収が上がったかどうかを語るなら、「初年度」ではなく、「3年後にどうなっているか」を見なければ意味がない。この視点を持つと、転職による年収アップが、いかに限定的な条件で成立しているかが見えてくる。
(同業他社への転職は、年収アップにつながりにくい理由)
転職を考えるとき、多くの人がまず思い浮かべるのは「同業他社」だろう。理由は、仕事の内容が分かっている、経験がそのまま使える、説明もしやすいなど、本人にとっては合理的な選択に見える。しかし、日本企業の賃金構造を前提にすると、同業他社への転職は、年収という点では最も効果が出にくい移動だ。理由は単純で、同じ業界の企業は、賃金カーブも評価思想も驚くほど似ているからだ。
年齢、勤続年数、等級、役職。これらの組み合わせで処遇が決まる構造は、業界内でほぼ共有されている。結果として、転職先でも「この年次ならこの辺り」という暗黙のレンジに当てはめられ、賃金は元のカーブに吸い戻される。特に30代以降になると、この傾向はより顕著になる。即戦力として期待される一方で、企業側から見ると人件費はすでに高めだ。突出した役割の変更や昇格が伴わない限り、「あえて高く買う理由」がなくなる。
同業転職で年収が上がるケースがあるとすれば、それは実質的に転職ではなく、役割のジャンプが起きた場合だ。管理職として迎えられる、特殊なプロジェクト責任を任される、あるいは人材が枯渇している局所機能を担う。こうした条件が揃わない限り、同業他社への移動は「場所が変わるだけ」の横滑りになりやすい。もっとも、「同業はどこも同じ」と言い切ってしまうと、現場感覚とは少しズレる。実際には、同じ業界の中でも、会社の立ち位置によって役割の厚みは大きく異なる。
たとえば建設であれば、元請けと下請けでは、求められる能力の重心が違う。製造でも、地域専業と全国展開では、工程管理や顧客対応のスケールが変わる。公共工事比率が高い企業と、民需中心の企業では、品質・安全・コストに対する評価軸そのものが違う。業界名が同じでも、仕事の設計が違えば、評価のされ方も違うのだ。
だが、ここで重要なのは、「会社が違うから年収が上がる」のではない、という点だ。同業転職で条件が動くのは、あくまで役割が変わったときに限られる。元請け側の調整機能を担う、広域案件を束ねる、リスクを引き受ける立場に移る。つまり、肩書きではなく、責任の範囲と判断の重さが変わった場合だけ、賃金が再定義される。
逆に言えば、業界が同じで、役割もほぼ同じであれば、どれだけ「会社が違う」ように見えても、賃金は元のカーブに吸い戻される。この意味で、同業転職で起きている差の正体は、会社のブランドではなく、役割のジャンプなのだ。
その意味で、同業転職の本質は、年収アップではなく、評価者を変える、渋滞している昇格ルートを抜ける、環境をリセットする、といった時間とポジションの調整にある。
ある製造系企業の30代前半の技術者の話だ。同業他社への転職時、転職サイト上では「年収80万円アップ」と表示されていた。実際、初年度の年収は確かに上がった。だが内訳を見ると、基本給はほとんど変わらず、残業時間の増加と賞与算定の一時的な上振れによるものだった。
転職先では即戦力として期待され、立ち上がりの1年目は評価も高かった。しかし2年目に入ると、評価は既存社員の等級基準に揃えられ、昇格も見送られた。結果として、年収は元のレンジに吸い戻され、本人は「話が違う」と感じ始める。
会社側に悪意があったわけではない。最初から賃金制度は変わっていなかったのだ。ただ、本人が見ていたのは初年度の年収であり、会社が見ていたのは等級に基づく中長期の処遇だった。このズレは、同業転職では決して珍しい話ではない。
(引き抜きという言葉のミスリード)
同業転職と並んでよく語られるのが「引き抜き」だ。この言葉には、条件が良くなり、特別扱いされるイメージがつきまとう。しかし、実際に起きている引き抜きは、性質の異なる2つのタイプがある。
1つは、機能を買う引き抜きだ。建設であれば特定工法を回せる人、製造であれば特定設備や品質領域を握っている人、インフラや研究分野であれば代替の利かない専門性を持つ人。ここでは、「人が足りない」のではなく、「この機能を持つ人がいない」状態が生まれている。ここで言う「機能を買う引き抜き」は、抽象的な能力の話ではない。現場で具体的に任せられるかどうかが判断基準になる。
たとえば建設であれば、特定領域の施工管理を一通り回した経験がある人、特殊工法の段取りとリスクを理解している人、品質や安全の観点から「止める判断」を任されてきた人だ。単に資格を持っているだけでなく、現場で判断責任を背負った経験が問われる。
インフラでは、運用監視や保安、設備更新の計画に関わり、「止められない設備」のリスクを読める人が該当する。トラブルを未然に防ぐ視点を持ち、異常時にどこまで踏み込めるかを理解しているかが、機能として評価される。
医療でも同じだ。夜勤を含めた運用を安定して回せる、専門領域で患者導線や業務フローを設計できる、若手の教育係を担える。こうした役割を実際に果たしてきた人は、単なる人数補充では代替できない。
このレベルになると、企業が見ているのは「人」ではなく、「その人が担ってきた判断と責任の履歴」だ。だからこそ、条件も仕事の中身も、市場価格で再設定される。この場合、仕事の中身も裁量も変わり、賃金も市場価格で再設定される。これは転職というより、人的資本の獲得に近い。
もう1つは、人数を埋めるための引き抜きだ。人手不足を理由に声がかかるケースの多くは、こちらに該当する。業務内容はほぼ同じ、責任範囲も変わらない。ただ欠員を埋めたい。そうなると、賃金テーブルや社内公平性は動かせず、条件は横ばいになる。同じ「引き抜き」という言葉でも、前者と後者では意味がまったく違う。後者は実態として、同業他社への横移動と大差ない。
建設、製造、インフラといった分野では、慢性的な人手不足が続いている。にもかかわらず、賃金が劇的に上がっているかというと、そうではない。ここには、日本的な構造がある。人が足りないのは事実だが、企業は「仕事のやり方」や「役割設計」を変えるよりも、まず人数で解決しようとする。その結果、必要なのは「誰でもいいから人」になり、賃金は上げられない。
(賃金が動く条件と転職者の勘違い)
賃金が動くのは、あくまで機能が足りないときだ。この差を曖昧にしたまま「人手不足」を語るから、転職市場と現場の実感にズレが生まれるのだ。結果として、人は動く、企業は「人が足りない」と言い続け、賃金は大きく動かない、という循環が生まれていく。
ここまで整理すると、共通点ははっきりする。日本で年収が動くかどうかは、「どれだけ困っているか」ではなく、「その人が担う機能が、制度の外に出ているかどうか」で決まるのだ。同業他社への転職が効きにくいのは、能力の問題ではない。引き抜きが条件改善につながらないのも、不誠実だからではない。どちらも、賃金制度の内側で起きている移動にすぎないからだ。この構造を理解しないまま、「転職すれば報われる」「人手不足だからチャンスだ」という言葉だけが一人歩きしている。ここに、若手の期待と現実のズレが生まれる土壌があるのだ。
(若手の勘違いのメカニズムとその後の運命)
若手の早期離職を語るとき、「最近の若者は我慢が足りない」「成長意欲が高いから動く」といった言い方を聞く。だが、実態を見ると問題は意欲でも忍耐力でもない。自分の現在地に対する認識のズレが、5年前後で表面化しているだけなのだ。
若手の早期離職は、印象論ではなく、数字としても無視できない規模だ。厚生労働省が公表した令和4年3月卒業者のデータでは、就職後3年以内の離職率は、高卒が37.9%、大卒が33.8%だ。「大卒の3割、高卒はそれ以上」という水準が、もはや例外ではなく構造として繰り返されている。この現実を踏まえると、問題は個人の気合や根性では片づけられない、ということが見えてくる。
特に大卒の場合、入社から数年が経つと、ある種の感覚にたどり着きやすい。日々の仕事の流れは一通り理解できるようになる。自分が担当している業務が、全体のどこに位置づいているのかも見えてくる。上司が何を考えて判断しているかも、表面的には追えるようになる。そして、現場を見ていれば、「ここはこうした方が良いのではないか」という改善案も自然と浮かぶようになる。
これは、間違いなく成長の証だ。ただし同時に、非常に強い錯覚を生む段階でもある。仕事の全体像が見えるようになることと、その仕事の責任を背負えるようになることは、本来まったく別だ。だが若手ほど、この2つを無意識に重ねてしまう。「全体が見えているのだから、もう一段上の仕事もできるはずだ」「なぜ自分にはまだ任せてもらえないのか」という感覚だ。
一方、会社側はどうか。多くの組織では、責任を段階的に背負わせる設計や、その理由を言語化して伝える仕組みが用意されていない。若手には、仕事は渡すが、判断の重さや失敗のコストまでは見せない。上司が裏で引き受けている調整やリスクは、あえて見せない構造になっている。結果として、若手の側には「見えている範囲」だけが広がり、「背負う重さ」がどこまで違うのかが伝わらない。
この空白が埋められないまま時間が過ぎると、認識のズレは別の形で解釈され始める。「評価されていないのではないか」「この会社にいても成長できないのではないか」といった不満だ。本来、成長途中にあるがゆえの違和感だが、その原因は会社や上司の問題として理解されてしまう。
そして、この空白に入り込むのが、転職サイトやSNSで語られる「数字」だ。年収◯%アップ、20代で◯◯万円、スピード昇進。そこには、責任の範囲も、失敗のコストも、役割の違いも語られない。ただ結果の数字だけが提示される。若手にとっては、その数字が、自分の感じている違和感に対する答えのように見えてしまう。
こうして、成長の途中で生まれるはずの「認識のズレ」は、社内で解消されることなく、社外の物差しで測られるようになる。若手が勘違いをするのではない。勘違いが生まれる余地を、組織が構造として放置しているのだ。この構造を理解しないまま、早期離職を「意欲の問題」や「価値観の変化」で片づけてしまうと、同じ現象は何度でも繰り返されることになる。
この状態は、成長の証でもあるが、同時に錯覚を生む。「もう一段上の仕事ができるはずだ」「正当に評価されていないのではないか」等だ。しかし多くの場合、ここで見えているのは仕事の全体像であって、責任の重さや失敗のコストではない。結果として、能力が伸びたという事実と、役割が変わらない現実の間に、認識のズレが生まれる。このズレを埋める言葉や説明が社内に無ければ、若手は原因を「会社」や「上司」に求めてしまう。そして転職市場に、答えがあるような気がしてしまうのだ。
統計を見ると、大卒者の3年以内離職率はおおむね3割前後で推移している。5年程度まで含めると、4割近くが一度は会社を離れる。では、その後のキャリアはどうなっているのか興味があると思う。
全体傾向として最も多いのは、同業・近接職種への転職だ。仕事の説明がしやすく、即戦力として入りやすい。ただし年収は横ばい、もしくは一時的に下がるケースも多い。次に多いのが、異業種・異職種への移動だが、ここは二極化する。言語化能力が高く、機能として自分を再定義できる人は伸びる。一方で、肩書きやイメージで選んだ人は迷走しやすい。
重要なのは、平均すると条件は大きく改善していないという点だ。転職直後は「環境が変わった」「評価されている気がする」という心理的改善があるが、数年後に同じ不満が再燃するケースも少なくない。
一方で、高卒の早期離職については、やや慎重に見ておく必要がある。一般に、高卒の離職率は大卒よりも高く、離職後のキャリアが必ずしも安定しているとは言い切れない。非正規雇用への移行や、一定期間の非就業状態に入る割合が高い層が存在することも、複数の調査で示されている。
それを踏まえた上で、ここで述べておきたいのは、統計的な優劣の話ではない。私の仮説として言えば、高卒で早期離職を経験した人材の中には、仕事や会社に対する期待値が比較的現実的になりやすい側面がある、という点だ。初職での経験を通じて、「仕事とはこういうものだ」「どこに行っても簡単には変わらない」という感覚を早く持つ人も多い。その結果として、次の職場で過度な幻想を抱きにくく、心理的には安定しやすいケースがあるように見える。
ただし、これはあくまで傾向の話であって、結果を保証するものではない。高卒の離職後に雇用の質が上がるかどうかは、公的職業訓練の利用や、資格取得、現場での技能蓄積といった条件によって大きく左右される。これらを伴わない移動であれば、賃金も職務内容も横ばいのまま固定化される可能性が高い。
つまり、高卒の離職後が「安定している」と言うよりも、「期待と現実のギャップが早く是正される人が一定数いる」と表現した方が、実態に近いだろう。一方で、大卒の場合は、期待値が高い分だけ、移動後も同じズレを抱え続け、再び不満を感じやすい構造がある。この違いは、能力の差ではなく、最初に与えられた期待と、その修正プロセスの違いによって生まれている。
(不満を持って辞める人材の価値)
あらかじめ但し書き記したい。もちろん、組織側の判断ミスによって、優秀な人材が辞めてしまうケースは存在する。上司との相性、配置の失敗、評価の偏り。こうした要因で、本来なら活躍できたはずの人材が力を発揮できないまま去ることもある。それ自体を否定するつもりはない。
ただし、これから扱うのは、そうした個別の悲劇ではない。問題視したいのは、「不満を主語にした離職」が、ある規模で、あるタイミングで、繰り返し発生しているという事実だ。もし原因が個々の上司の資質や偶発的な相性だけであれば、これほど再現性をもって若手の離職は起きない。多数の離職を生んでいる主因は、個人の善悪ではなく、構造の側にある。
その前提に立ったうえで、「不満を持って辞める人材は使いにくい」という表現を、少しだけ正確に言い換えておきたい。ここで言う「使いにくい」とは、能力が低いという意味ではない。組織の中で役割や期待値をすり合わせるための適応コストが高い、という意味だ。
不満を動機に離職する人材の多くは、評価を構造としてではなく、感情として捉えやすい傾向がある。「なぜ評価されないのか」「なぜ任せてもらえないのか」という問いは立てるが、「自分は今、どの役割を担い、どの責任を引き受けているのか」という相対化が弱い。その結果、会社との認識のズレを、制度や役割の問題としてではなく、納得できない感情として処理してしまうのだ。
企業側から見れば、価値を感じている人材は、簡単には手放さない。期待され、仕事が集まり、役割が増え、内部で調整が行われる。一方で、不満が前面に出ている人材は、その調整コストが高くなりやすい。これは性格の問題ではなく、構造的な相互理解の難しさだ。結果として、「扱いにくい」という評価が生まれる。
重要なのは、これは断罪ではない点だ。不満を持つこと自体が悪いのではない。不満が生まれる背景を、組織が説明できず、相対化の機会を与えてこなかったことが、同じパターンの離職を生み続けているのだ。個人を切り捨てる話ではなく、組織が自らの設計をどう見直すか、という話なのだ。
これは能力不足というより、自己認識と市場認識のズレだ。転職市場では、「何ができるか」「何を任せられるか」が問われる。そこに不満や被害感情を持ち込むと、評価は慎重になる。結果として、条件は据え置きになり、次の職場でも同じ摩擦が起きやすいのだ。
つまり、「使いにくい」の正体は、スキルの有無ではなく、組織の中で自分をどう位置づけるかの視点が弱いことにある。
ここまでを整理すると、因果はかなり明確になる。若手は成長する。だが、その成長の意味を会社から説明されない。自分の現在地も、次の段階も見えない。その結果、「評価されていない」「ここにいても意味がない」という不満に変換されるのだ。そこで、不満を理由に辞める。だが、構造は変わらないのだ。次の職場でも、同じ壁に当たるだろう。問題は若手の甘さだけではないのだ。期待と現実のズレを、組織が放置していることにあると思う。
(企業は採用から育成を戦略として取り入れるべき)
ここまで見てきたように、転職市場や若手の早期離職をめぐる問題は、個人の意識や努力だけでは説明がつかない。むしろ問われているのは、企業側が人材をどう設計し、どう使おうとしているのかという視点だ。
多くの日本企業では、「新卒一括採用」「年次別育成」「横並び評価」が前提になっている。だが、この前提そのものが、すでに現実と噛み合っていない。とりわけ建設・製造・インフラといった分野では、人手不足が慢性化し、若手の定着が難しくなっているにもかかわらず、採用と育成の設計は昔のままだ。ここで一度、発想を切り替える必要がある。
まず高卒人材についてだ。従来、高卒採用は新卒一択で語られてきた。しかし現実を見ると、高卒の新卒定着率は高くない。一方で、早期離職を経験した高卒者の中には、現場経験を通じて仕事観が現実的になり、「次は続けたい」「ちゃんと身につけたい」と考えている層が一定数存在する。
企業にとって合理的なのは、高卒新卒だけを追いかけることではなく、早期離職者を含めた再スタート層を戦略的に採用することだ。この層を受け入れる際に重要なのは、最初から一律のキャリアを押し付けないことだ。一定期間、現場で徹底的に鍛え、基礎的な耐性や技能を身につけさせた上で、定期的に選択肢を提示するのだ。1つは、大卒者と同等の経験・学習環境に進むルート。もう1つは、従来型の高卒キャリアとして、現場の熟練者として価値を発揮するルート。
どちらが正解かを会社が決めるのではなく、要件と期待値を明示した上で、本人に選ばせる。これによって、過剰な期待も、被害者意識も生まれにくくなる。選ばなかった人材も、会社にとっては必要な戦力として位置づけられ続けると思う。
一方で、大卒人材の扱いは、これまでとは逆の意味で再設計が必要になる。大卒の若手が辞める最大の理由は、仕事がつまらないからでも、給料が低いからでもない。自分の立ち位置が分からないまま、時間だけが過ぎることにある。そこで企業がやるべきなのは、単に仕事を与えることではなく、3年から5年というスパンで、意図的に「相対化の機会」を組み込むことだ。仕事全体の構造はどうなっているか。自社が業界の中でどこに立っているのか。同年代の他社社員と比べたときの自分の強みと弱み。5年後、10年後に任される役割の違い。こうした情報を、仕組みとして定期的に見せる。
放っておけば、若手は勝手に比較する。SNSや転職サイトを通じて、歪んだ物差しで自分を測り始める。それならば、会社の側が、より現実に近い比較軸を提供した方がいいのだ。もちろん、その前提として、10年スパンで見たときに「この会社にいた方が明らかに優位になる」経験設計が必要だ。難易度の高い仕事、長期的に効いてくる技術、責任のある役割への段階的な移行。これらが用意されていなければ、相対化は逆効果になる。
特定の技能をすでに持っている人材は別として、多くの大卒は「すぐに差がつく」わけではない。だからこそ、短期成果で競わせるのではなく、時間を味方につけた設計が重要になる。
ここで1つはっきりしてくるのは、戦略的な人材活用とは、「全員を同じように扱うこと」ではない、という点だ。高卒も、大卒も、同じ入口、同じ育成、同じ期待値、という設計は、もはや機能しない。
必要なのは、
●どの層を、どの時間軸で育てるのか
●どこで分岐し、どんな価値を発揮してもらうのか
を、最初から織り込んだ設計だ。分けることは、切り捨てることではない。むしろ、分けないことが、無用な不満と離職を生んできたのだ。この視点に立てるかどうかが、これからの企業の人材戦略の分かれ目になる。
(人材戦略は管理職だけでは既に制度疲労を起こしている)
ここまで整理してきた人材戦略を、いざ評価制度に落とそうとすると、多くの企業で同じ壁にぶつかっている。「それは管理職がやればいい」「現場で部下を一番見ているのは上司だ」という発想だ。
だが、結論から言えば、この設計を管理職任せにするのは無理がある。これは管理職の能力や人格の問題ではない。日本の組織構造そのものが、そうなっていないからだ。日本の管理職の多くは、年齢や勤続年数を重ねる中で昇格してきた層だ。現場の実務には強く、人としても誠実で、部下思いの人も多い。しかしその一方で、「人を評価し、育成し、将来の分岐を設計する」という訓練を体系的に受けてきたわけではない。
更に彼ら自身も、相対評価を明確に示され、市場価値という言葉で説明され、キャリア分岐を自ら選ばされた経験を持たないまま、ここまで来ている。その結果、評価はどうしても「今の成果」「手がかからないか」「自分に合うか」といった、短期・主観的な軸に寄りやすくなっている。育成は「背中を見せる」「我慢して覚えろ」という形になり、若手が感じている不安や焦りを、構造として受け止めることができないのだ。これは怠慢ではない。そういう役割として管理職を設計してこなかったことが、最大の原因だと思う。
もう1つ、問題を深くしているのが、日本の評価制度そのものだ。多くの企業では、評価制度は、給与を決めるため、昇格を決めるための仕組みとして設計されている。その結果、評価はどうしても「序列づけ」になり、評価面談は「結果の通知」になり、育成は評価の副産物に追いやられている。
ここで若手が求めているのは、「給料を上げてほしい」ことよりも、「自分は今どこにいて、次に何が待っているのか」を知ることなのだ。だが、評価制度がそれを加味していない。管理職もその認識がない。結果として、若手は会社の外に答えを探しに行くしか無いと考えるのだ。この構造を変えない限り、どれだけ「育成が大事だ」「定着が重要だ」と言っても、評価制度そのものが若手を外へ押し出す力として働き続けるのだ。
そこで必要になるのが、評価と育成を機能として切り出す発想だ。管理職の代わりに評価をするのではない。人事の延長でもない。キャリア相談の外注でもない。切り出す役割は明確だ。管理職が「今の仕事と成果」を見るのに対して、この専門組織は「人の時間軸」を見るのだ。
ここで、この専門組織の位置づけを、もう一段だけ明確にしておきたい。というのも、この手の仕組みは、境界線が曖昧なまま導入されると、「管理職の仕事を奪うのではないか」「人事の監視装置になるのではないか」という誤解を招きやすいからだ。実装の成否は、この線引きをどれだけ最初に共有できるかにかかっている。
まず管理職の役割は変わらない。日々の業務アサイン、成果の確認、一次評価、現場での業務指導。これは引き続き、管理職の責任領域だ。専門組織がここに介入することはないし、判断を覆すこともない。管理職は「今の仕事」と「今の成果」を見る存在であり続ける。
人事部の役割も同様だ。等級制度や賃金テーブルの設計、評価制度全体の整合性、労務・労組対応、最終的な運用統制。人事は全体最適を担う機能であり、個別の若手一人ひとりの時間軸を長く追い続ける役割とは性質が異なる。この分業は崩さない。
その上で、この専門組織が担うのは、管理職と人事の「あいだ」に空いている領域だ。若手一人ひとりについて、数年単位の時間軸で面談を行い、評価の背景を翻訳し、期待値のズレを調整する。部門をまたいで若手の悩みや詰まりどころを整理し、「どこで何が起きているのか」という傾向を構造として抽出し、人事や経営に改善案として返す。個人の決定を代行するのではなく、判断に必要な視点を揃える役割だ。
だからこそ、この専門組織は意思決定権を持たない。昇格も処遇も決めない。評価を下す側にもならない。あくまで、評価と育成が機能するための補助線を引く存在である。この線引きが明確であればあるほど、「監視装置」ではなく「現場を楽にする仕組み」として受け入れられる。
運用の単位についても、あらかじめ現実的な絵を描いておいた方がいい。1人あたり100名前後を上限に担当する設計にするのだ。これ以上広げると、面談は形式化し、時間軸を追うという本来の役割が果たせなくなる。
たとえば社員数が1000人から2000人規模の会社で、入社1年目から7年目までの若手が全社で400人いると仮定する。初年度から全員を対象にする必要はない。離職が多い部門や、若手が集中している部門を中心に、まず150人程度をパイロット対象にする。担当は2名。1人あたり70人から80人を受け持ち、定期面談と管理職とのすり合わせに時間を使う。このくらいの単位感であれば、「実験」ではなく「業務」として回し切れる。
初年度にやるべきことは、制度を完成させることではない。この専門組織が入ることで、管理職の評価面談が楽になる、若手との認識ズレが減る、拗れそうな案件を早めにほどける。その実感を、限られた人数でつくることだ。境界線と運用単位を最初に明確にすることは、そのための前提条件なのである。
若手一人ひとりについて、現在の能力レベル、社内外での相対的位置、この会社で積める経験の価値を整理し、言語化し、本人と管理職の双方に共有していく。役割1人あたりで100名前後を上限に担当し、定期的に面談を行い、評価の背景を翻訳し、キャリアの分岐点を一緒に設計するのだ。重要なのは、意思決定権を持たないことだ。昇格や処遇を決めるのは、あくまで管理職と人事。専門組織は、それを支える材料と視点を提供するのだ。だからこそ、管理職の「補佐・保管」であり、「敵」にならない。
ここで、既存のキャリアコンサル制度にも触れておく必要がある。多くの企業で導入されているキャリアコンサルは、「守秘義務」を前提に、個人の悩みを聞くことに重きを置いている。だが、この設計は、組織の視点では致命的な欠陥を抱えていると思うのだ。個人の悩みは、その人だけの問題ではないという点だ。5年目前後の社員で同じ不満が繰り返されるなら、それは組織構造の問題だ。
それにもかかわらず、悩みは共有されず、ナレッジは蓄積されず、同じ問題が何度も発生している。これでは、育成はいつまでも個別対応に留まり、組織は学習しないままだ。ここで提案している専門組織は、感情やプライバシーは守るが、構造・傾向・制度的な歪みは会社の知として残すのだ。それが、「本気で育成を考える会社」の最低条件だと思う。
この専門組織は、人事部と対立するものではない。むしろ、人事が本来やりたくてもできなかった役割を補完する存在だ。人事部は、制度設計、等級や賃金の管理、法令、労務、労組対応という「全体最適」を担う。一方の専門組織は、個人の時間軸をながく取り、評価の解釈、納得形成という「個別最適と構造の接続」を担うのだ。両者が並走することで、評価制度は単なる序列の仕組みだけでなく、人を育て、残し、収益性を高めるための経営の仕組みに変わるのだ。
ここまでの話を整理すると、こうなる。評価制度を、管理職の善意や経験に委ねるのをやめる。育成を、個人の我慢や根性に委ねるのをやめる。その代わりに、人の成長と時間を、会社として設計する。若手が辞めない会社とは、甘い会社ではない。評価が厳しくても、納得できる会社だ。この専門組織は、離職率を下げるためのコストではなく、人材投資の回収率を高めるための仕組みとして位置づけるべきだと思うのだ。
(組織に実装するやり方)
この仕組みを導入する場合、企業が最初にやりがちな失敗は、「すぐに成果を測ろうとする」ことだ。離職率を下げる、エンゲージメントを上げる、若手の満足度を高める。どれも重要だが、初年度からこれを前面に出すと、制度はほぼ確実に壊れると思う。
1000人から2000人規模の組織で初年度にやるべきことは、はっきりしている。制度を完成させることではなく、「この機能があると現場が楽になる」と理解させることだ。
別の建設系企業では、若手の離職そのものよりも、評価面談のたびに起きる摩擦が問題になっていた。「評価に納得できない」「何を期待されているのか分からない」。面談後に不満が残り、管理職も疲弊していた。そこでこの会社は、評価制度を変える前に、評価面談の前段を設けた。評価を下す前に、若手本人・管理職・第三者的な専門担当が入り、「今の役割」「期待しているレベル」「次に背負わせたい責任」を整理して言語化したのだ。すると、評価結果そのものは大きく変わらなかったが、面談後の揉め事は明らかに減った。管理職からは「評価を通知する場から、仕事を設計する場に変わった」という声が出た。若手が辞めなくなった、という派手な成果はない。ただ、評価をきっかけに関係が悪化するケースが減り、管理職の負荷も下がった。この会社がやったのは、育成制度の刷新ではない。相対化の機会を、評価の前に一つ差し込んだだけだ。それでも、現場の空気は確実に変わったのだ。
事例で見たように、最初にやるべきは、制度の説明ではない。経営トップ、人事、そして一部の管理職との間で、「この仕組みは何をしないのか」を共有することだ。評価は奪わない。決定は覆さない。管理職を査定しない。
あくまで、人をどう見ているかを整理し、言語化し、納得をつくる手助けをする。この前提が腹落ちしないまま全社展開をすると、「人事の監視装置」「評価を横取りする組織」と誤解され、現場から拒絶されるだろう。その上で、初年度は必ず対象を絞るのだ。全社員ではない。全管理職でもない。離職が多い、若手が多い、評価に悩みが溜まりやすい部門を2つから3つ選び、そこで始める。
この段階での主な仕事は、制度運用ではなく「対話」だ。管理職からは、部下をどう見ているか、どこに不安があるかを聞き取る。若手からは、評価や将来について何が見えていないのかを丁寧に拾う。重要なのは、ここで得られた情報を個人の悩みとして終わらせないことだ。「5年目前後で将来が見えなくなる」「評価は不満というより説明不足」「上司と本人で期待値がズレている」こうした傾向を整理し、経営と人事に返すのだ。
初年度に会社が得るべき成果は、数字ではなく、構造の理解だ。後半に入って初めて、評価制度との接続点を小さくつくる。評価面談の前後で、この専門組織が整理役として入る。管理職の判断を否定せず、「どう伝えるか」「どこまで期待しているか」を言語化する。初年度の終わりに問うべきなのは、「辞めた人数」ではない。「この機能がなかったら、もっと拗れていた案件はいくつあったか」そこが実感できれば、この仕組みは次年度に進める。
この仕組みが特に効く業界には、共通点がある。第1に、仕事が高度に分業化され、成果がすぐに見えにくいことだ。建設も製造もインフラも医療も、1人の成果は全体の中に埋もれやすい。若手ほど「自分がどれだけ価値を出しているのか」が見えない。
第2に、育成が属人的になりやすいこと。OJT、現場経験、見て覚える。これは強みでもあるが、同時に評価や期待値が言語化されにくい。結果として、「評価されているのか分からない」という不満が溜まる。
第3に、人手不足と安全・品質要求が同時に存在すること。簡単に人を入れ替えられない。失敗のコストが高い。だからこそ、本来は人を長く育てる設計が必要だが、現実にはその余裕がなく、場当たり的な対応になりがちだ。
建設や製造やインフラに加えて、医療も同じ構造を持っている。専門性が高く、年次や資格で役割が決まり、横断的なキャリアの説明がされにくい。その結果、若手ほど「この先が見えない」と感じやすい。
こうした業界では、「評価を上げる」「給料を上げる」よりも先に、自分の立ち位置を理解させる仕組みが効く。管理職が日々の業務を回しながらそれを担うのは、現実的ではない。だからこそ、管理職を責めず、評価を奪わず、その横で時間軸と構造を補完する専門機能が意味を持つのだ。
(評価と育成を組織の機能として設計し直すこと)
まとめて見よう。この取り組みは「人事施策」ではない。人をどう使い、どう残し、どう価値に変えるかという、経営の話だ。転職しても給料は簡単には上がらない。同業に移っても構造は変わらない。不満を持って辞める人材の多くは、使いにくいのではなく、位置づけられていないだけだ。それならば、企業がやるべきことは明確だ。採用で期待を煽るのでもなく、管理職に丸投げするのでもなく、評価と育成を、組織の機能として設計し直すことだ。初年度は小さく始める。成果を急がない。人の時間を、会社として引き受ける。この覚悟がある企業だけが、人手不足の時代に、人材を「コスト」ではなく「資産」として扱えるようになると思う。
煩悩と108に理解を示し心を穏やかにする
2026年1月6日
年の終わりに鳴らされる除夜の鐘の回数は108と聞く。この数は煩悩を表す数として知られる。しかし、なぜ108なのかと問われると、「煩悩がたくさんあるから」「昔からそう決まっているから」と濁してしまう。実際、108という数字は単なる慣習や語呂合わせではない。人の心の理解において、知的な概念が関連しているはずなのだ。
そもそも煩悩とは何かだ。怒りや欲といった感情そのものを指す言葉だと思われがちだが、そこまで単純ではない。煩悩とは、出来事そのものではなく、心が自動的に起こしてしまう反応に注目する。何かを見て、聞いて、感じたときに、「これは嫌だ」「これは欲しい」「これは私を脅かす」と意味づけし、その反応を何度も繰り返す。その止まない反復こそが煩悩だ。
通常、怒りや不安、欲といった煩悩を、「自分の性格」や「その場の出来事」のせいにしがちだ。相手の言い方が悪かった、今日は疲れていた、タイミングが悪かった。確かにそれも一理ある。だが、それだけで説明すれば、なぜ同じような場面で、何度も同じ反応を繰り返してしまうのかが説明できない。
たとえば、何気ない一言に過剰に反応してしまうときがある。言葉そのものは大した内容ではないのに、強い苛立ちや不安が湧き上がる。あとから冷静に振り返ると、「そこまで怒る必要はなかったな」と思う。それでも、似た場面になると、また同じ反応を示す。ここに、煩悩を「出来事」や「気分」だけでは捉えきれない理由がある。
釈迦は、この繰り返しに目を向けた。単発の感情ではなく、なぜ同じ反応が、同じような条件で立ち上がるのか。その構造を注視したのだ。煩悩を道徳や性格の問題にせず、「起き方」の問題として捉え直したのだ。この理解に立つと、煩悩は単体では存在しないと言える。煩悩は条件がそろったときに立ち上がる現象なのだ。これらを整理すると、識、種、習気(じっけ)、縁という概念が生まれてくる。
識とは、目や耳に入ってきた情報を、「これは何か」「自分にとってどういう意味を持つのか」と切り分ける働きだ。同じ言葉を聞いても、ある人は冗談として受け取り、別の人は非難として受け取る。その分かれ目にあるのが識だ。識が動くことで、世界はただの刺激ではなく、「意味を持った出来事」として捉えられる。
種とは、その意味づけが過去に繰り返された痕跡だ。うれしかった経験、傷ついた記憶、うまくいかなかった感覚。そうした体験は、その場限りで消えるのではなく、心の奥に沈殿し、次に似た状況が現れたときに反応する準備を整える。種は善悪を判断しないが、条件がそろえば反射的に芽生えるのだ。
習気とは、その種が何度も発芽した結果として形づくられる反応のクセだ。怒りやすい、不安になりやすい、身構えやすい。これらは性格というより、これまでに繰り返してきた過去の反応の蓄積に近い。確立された習気は、意識しない限り、同じ方向に心を動かし続ける。
縁とは、これらを動かす引き金になる条件のことだ。相手の言葉や態度といった外的な要因だけでなく、疲れや空腹、緊張といった内側の状態も含まれる。縁が重なり、識が働き、種が刺激され、習気が一気に表に出る。その結果として、煩悩が立ち上がるのだ。
煩悩は、f(識・種・習気・縁)と表現してもよい。掛け算(識✕種✕習気✕縁)で表現しないで関数っぽく表現した理由は、「これらが同時にそろったときに現れる状態」と理解したほうが仏教的だからだ。どれか1つが欠ければ、煩悩は同じ形では起きない。つまり、煩悩とは固定した実体ではなく、縁起の束が一時的に「煩悩」という名前で現れているだけなのだ。
ここまで、煩悩を「結果」として見てきた。識や種や習気や縁が重なったときに、煩悩という状態が立ち上がる。だが、これを更に引いて眺めてみると、別のことが見えてくる。識もまた、何かがあって突然生まれたわけではない。過去の経験や学習、身体の状態や環境との関係の中で形づくられてきた働きだ。種は言うまでもなく、過去の縁の蓄積だし、習気もまた、縁の反復によって作られた軌跡にすぎない。つまり、煩悩を生み出す側だと思っていた要素そのものが、すでに縁の産物として成り立つのだ。
すると、「すべてが縁なのか?」という問いに辿り着く。仏教的には、その通りだ。ただ、何でも偶然だとか、責任がないという意味ではない。すべては条件の組み合わせとして成立し、条件が変われば結果も変わるのだ。識も、種も、習気も、それ自体が縁によって生じ、縁によって変化する。だからこそ、観察し、ずらし、緩める余地が生まれてくるのだ。
話を煩悩の数、108に戻そう。なぜこの複雑な心の動きを108という数に表したのだろうか。単に「煩悩はたくさんある」という意味だけなら、100でも1000でもよかったはずだ。それでも108が選ばれたのは、この数が人間の心の動きを分解し、構造として示すのに都合がよかったからだと思う。
まず、釈迦は人間が世界と接触する入口を6つに整理した。目、耳、鼻、舌、身、そして意だ。見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れる、そして考える。世界は直接心に入り込むのではなく、必ずこの6つの感覚のどれかを通って立ち上がる。ここが最初の分岐点になる。
次に、その感覚をどう受け取ったかという違いがある。受け取り方は3つに分けられる。快、不快、そしてどちらでもない、だ。同じ出来事でも、心地よく感じることもあれば、不快に感じることもある。あるいは、特に何も感じずに通り過ぎることもある。この受け取り方の差が、次の反応を大きく左右するのだ。
さらに、時間の軸が重なる。過去、現在、未来だ。過去の出来事を思い出して後悔することもあれば、今起きていることに反応することもある。まだ起きていない未来を想像して不安になることもある。煩悩は、必ずしも「今ここ」だけで生まれるわけではない。
ここに、もう一つの視点が加わる。それは、そこに執着が生じたかどうか、という点だ。快であっても、ただ感じて終わる場合もあれば、それにしがみつく場合もある。不快であっても、受け流せることもあれば、強く拒絶してしまうこともある。この「染まったか、まだ染まっていないか」という違いが、迷いを決定的なものにしていく。
このように見ると、人が煩悩に陥る分岐点が浮かび上がる。どの感覚を通じて世界に触れたのか(6)、それをどう受け取ったのか(3)、それがどの時間軸にあったのか(3)、そして、そこに執着が生じたかどうか(2)。この分岐を整理して掛け合わせた結果が、108という数になる。108とは、煩悩の実体の数というより、人間の心が迷いへと変わっていく道筋を一覧にした数だと言ったほうが近い。
なお、執着の現れ方そのものには傾向がある。欲しがる心、拒む心、そしてよく分かっていない心。いわゆる三毒で、貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)だ。三毒は、108を構成する数の軸というよりも、迷いがどの方向に傾いていくかを示す「質」の整理だと考えたほうが分かりやすい。
ここで、「では先ほど述べた、識・種・習気・縁とは別の話なのか?」という疑問が浮かぶかもしれない。だが、両者は矛盾していない。見ている角度が違うのだ。108の整理は、煩悩がどこで分岐するかを横から切り取った地図のようなものだ。一方で、識・種・習気・縁は、その分岐がどのような条件の重なりによって実際に立ち上がるのかを、縦に捉えた説明だ。108は静的な整理であり、識・種・習気・縁は動的な説明だと言ってもよい。
両者は同じ心の動きを、別の見方で説明している。108で「どこで迷うか」を示し、識・種・習気・縁で「なぜ迷いが現れるか」を説明している。この二つを重ねて見ることで、煩悩は単なる数でも、単なる感情でもなく、条件の束として理解できるようになる。そして最終的には、ここに行き着く。煩悩も、その構成要素である識や種や習気も、すべて縁の中で生じ、縁の中で変化している。108という数は、その事実を人間が理解できる形に、いったん固定した思考のための道具なのだと思う。
こうして見てくると、108という数の意味も、少し変わって見えてくる。108は、煩悩を1つずつ消し去るための数ではない。むしろ、人の心がどこで、どのように迷いへと傾いていくのかを、丁寧に照らし出すための数だと言ったほうが近い。
除夜の鐘は、煩悩を叩き落とす音ではないのだと思う。心の中で起きている反応の仕組みを、1つひとつ思い出させる音だ。識が動き、過去の種が刺激され、習気が立ち上がり、縁が重なって、また同じ反応をしてしまう。その構造に、静かに気づくための時間をつくる音なのだ。
もし煩悩が固定した実体ではなく、条件がそろったときに現れる現象にすぎないのだとしたら、私たちにできることは多い。反応を責める必要もないし、無理に消そうとする必要もない。ただ、どこで心が動いたのかを観察し、少し距離を取る。その余地があること自体が、すでに変化の入口になる。
年の終わりに鐘の音を聞くとき、108という数を数え切る必要はないのかもしれない。ただ、自分の心がどんな条件に反応しやすいのかを、ひとつ思い出す。それだけでも、来年の同じ場面は、少し違って見えてくるはずだと思う。どうだろう。
しだないくんから始まる問い
2026年1月3日
早嶋です。約3900文字。
岩手県盛岡市の 萪内遺跡 から出土した土偶に、「しだないくん」がいる。縄文時代の土偶に、現代のキャラクターの名前が与えられている。なんとも軽い名だが、しだないくんは、他の土偶と異なり大きい、等身大に近い。しだないくんは、頭部に加えて、胴や脚と思われる破片が、少し離れた場所から見つかっている。偶然壊れたのではない。意図的に分けられ、埋められた可能性が高い。
ただ、1つ補足しておく。縄文時代の土偶は、そもそも完全な姿で出土するほうが珍しい。多くの場合、頭だけ、胴だけ、あるいは手足が欠けた状態で見つかる。壊れた土偶が遺跡から出ること自体は、特別なことではない。従い問題は、「壊れているかどうか」ではなく、どのように壊され、どのように配置されていたかになる。
しだないくんの場合、頭部だけでなく、胴や脚とみられる破片が、少し離れた場所から見つかっている。これは、単なる破損や廃棄では説明しにくいのだ。縄文人は、ここまで手間をかけて、人の大きさに近い土偶をつくり、それを分解し、土に返している。
祭器をわざわざ生み出せる社会とはどのようなものか。しだないくんのいた時代は約4000年前だ。縄文後期と呼ばれる時代。この時代に、食料でも道具でも武器でもない、純粋に祭祀のためだけの造形物がつくられているという事実は、思っている以上に重い。
土偶は、生存の直接的な手段ではない。それでもつくられたということは、安定した食料供給があり、役割分担があり、専門的な技術を持つ人間がいたということを意味する。つまり、萪内遺跡周辺の社会は、決して未熟ではない。むしろ、相当高度だったと思う。ただ、これほどの文化的成熟があっても、国家は生まれていない。文字も見当たらない。戦争や大量殺戮の痕跡もほとんど出てこないのだ。
ここで視点を変えて見よう。萪内遺跡が営まれていた約4000年前、世界の他の地域での出来事だ。西アジアでは、メソポタミア文明がすでに都市国家を形成していた。楔形文字が使われ、王が統治し、法が刻まれ、徴税と軍事が制度化されていた。文字は、倉庫の管理、労働の記録、命令の伝達に使われていた。これは明確な「管理社会」だった。
ナイル流域の古代エジプトでも同様だ。ヒエログリフと呼ばれる文字が発達し、官僚制度が整えられ、巨大建築を維持するための人と物の管理が行われていた。そこでは王権が神格化され、支配は当然の前提だった。
中国でも、二里頭文化から殷にかけて、青銅器とともに王権的な中心が生まれ、やがて甲骨文字という記録体系が成立していく。占いや命令、祖先祭祀が文字によって固定されていった。
同じ時代、世界の多くの場所では、文字と管理と支配が既に明確に存在していたのだ。そもそも、上記の文明は、文字と管理が必要になったのだろうか。その鍵は、気候と環境だ。
メソポタミアは肥沃だが、雨が少なく、灌漑に失敗すれば一気に飢饉に陥る。エジプトはナイルの氾濫に依存しており、その周期を外せば破綻する。中国の黄河流域も、洪水と旱魃を繰り返す不安定な環境だった。
これらの地域は、人が住めるが、放っておけば生きられない場所だった。水を管理し、土地を管理し、人を動員しなければ、集団は簡単に崩壊する。つまり、文字と管理は、文明の贅沢品ではなく、生存のための必需品だったのだ。
だが、同じ約4000年前に、まったく違う姿の文明も存在していた。それは、インダス文明の都市 モヘンジョダロ だ。モヘンジョダロは、整然とした都市計画があり、上下水道が張り巡らされ、排泄がきちんと管理されていた。だが、王宮らしき建物はなく、巨大な神殿もなく、城壁も弱い。武器の出土も少ないのだ。ここは管理は存在しているが、支配が見えない遺跡だ。当時のインダス流域は、現在よりも湿潤で、モンスーンが安定していた。農耕と牧畜が両立し、資源は比較的豊かだった。奪い合うほど逼迫していなかったのだ。この環境では、強い支配構造をつくらなくても、秩序が維持できたのだろう。
再び、日本列島に目を戻してみる。縄文時代、とくに中期から後期にかけて、日本は現在より温暖で湿潤だった。いわゆる縄文海進の時代だ。照葉樹林が広がり、木の実、魚、獣が豊富に存在していた。人は、自然を過度に管理しなくても生きていけた。この環境では、暴力的な支配や厳密な管理は、むしろコストが高いのだ。
縄文社会とモヘンジョダロには、驚くほど多くの共通点がある。管理はあるが、支配が前に出ていない。都市や集落は成立しているのに、王権や軍事が社会の中心になっていない。こうした類似を前にすると、「もともと人の性質が違ったのではないか」あるいは「遺伝的に穏やかな集団だったのではないか」という考えが、頭をよぎる。
だが、現在わかっている限り、縄文人とインダス文明の人々のあいだに、社会の型を決定づけるような決定的なDNAの違いは見つかっていない。むしろ違っていたのは、人そのものではなく、人が置かれていた環境条件だったと考えるほうが自然だ。同じ人類が、資源が比較的安定し、外圧が低く、奪い合いが合理的でない環境に置かれたとき、似たような社会の形を選ぶのだ。その結果として、縄文とモヘンジョダロは、よく似た姿を見せているのではないだろうか。
もちろん、インダス文明は、やがて衰退する。原因は戦争ではない。モンスーンの不安定化、河川の流路変化、乾燥化といった気候変動だ。一方、日本列島では、縄文の終盤から弥生にかけて、人の流入が始まる。戦争や飢饉、国家形成の圧力の中で、東へ追いやられた人々だ。
彼らは、稲作、鉄器、青銅器、土木技術、織物、暦といった高度な技術をもたらした。だが同時に、戦の文化、略奪の発想、境界を引く思想、そして文字と管理の感覚も一緒に持ち込んでしまったのだ。光と影は、常に一体だ。
ここで早嶋は、あらためて考えた。管理とは、そもそも何だったのかをだ。管理は、最初から支配を目的として生まれたものではない。それは、人口が増え、集団が大きくなり、水や食料、排泄といった問題をその場の話し合いや暗黙の了解だけでは処理しきれなくなったときの、応急処置だったはずだ。誰かが全体を見渡し、調整する。衝突が起きそうになれば仲裁する。余剰が出れば分け、不足すれば耐える。この段階では、管理は役割であって、力ではなかった。一時的で、状況依存で、人格に支えられたものだったのだ。
だが、人類はここで一つの「発見」をしてしまった。人を管理すれば、集団を意図的に動かせる、という発見だ。それは、火や道具の発見と同じくらい、人類史にとって大きな転換点だったのかもしれない。問題は、その発見そのものではない。問題は、その力にどう向き合ったかだ。
管理という仕組みは、本来、手放せるものだ。状況が変われば、役割も終わる。だが、その力に安心を感じる人間が現れたのだ。自分が上に立つことで、世界が分かりやすくなったように錯覚する人間だ。集団を動かせることに、優越や正当性を見出してしまう人間。それを失うことに、強い不安を覚える人間。そこには、能力の問題というより、心の弱さがある。その弱さは、やがて次の欲求を生む。この力を、一時的なものではなく、恒常的なものにしたい。自分がいない場所でも、自分の意志が通るようにしたい。
ここで、文字が必要になったのでないだろうか。文字は、対話のための道具ではない。むしろ、対話が成立しなくなったときに使われる。顔の見える関係が壊れ、空気や慣習だけでは人が動かなくなったとき、命令を固定し、正しさを保存し、疑問を封じるために使われる。そう考えると、文字は理性の結晶というより、不安を抱えた支配者が、自分を守るために磨き上げた道具だったのではないか、という疑念が浮かぶ。
再び、しだないくんに視点を戻そう。等身大に近い身体。役目を終えたあと、壊され、分けられ、土に返された痕跡。縄文の土偶は、壊されて出土することが多い。だが、ここで重要なのは「壊された」という事実そのものではない。壊すことが、終わりではなく、ひとつの行為として組み込まれていたという点だ。
しだないくんは、記録されるために作られた存在ではない。後世に残すための像でもない。その場に立ち、その時間を生き、その役割を果たし、そして消えていくことまで含めて、意味を持っていた。そこでは、文字は必要なかった。正しさを固定する必要もなかった。命令を書き残す必要も、力を永続させる理由もなかった。身体を通して共有され、儀礼として繰り返され、集団の記憶の中に溶け込んでいった。記録ではなく、記憶。命令ではなく、合意。支配ではなく、調整だった。
縄文社会やモヘンジョダロのような世界は、人類がまだ「管理を発見する前」の未熟な段階だったのではない。むしろ、管理や支配という強い仕組みを必要としない条件が、かろうじて成立していた社会だった。だが、気候が変わり、人が移動し、資源が不安定になったとき、管理は応急処置として現れ、やがて発見され、一部の人間の心の弱さと結びつき、文字とともに固定化されていった。
それは進歩だったのか。それとも、生き延びるために選ばざるを得なかった、ひとつの分岐だったのか。
しだないくんは、語らない。だが確かに、問いを残している。人類は、かつて、管理と文字に深く依存しなくても、秩序を保ち、意味を共有し、社会を営んでいた。その事実を、等身大の身体で、壊され、土に還るというかたちで、今に伝えている。管理と文字とデータに覆われた現代に生きる我々は、その問いの前に立っている。
安定軸で再設計すべき日本のエネルギー政策
2025年12月25日
早嶋です。約4,000文字です。日本のエネルギー政策は環境や再生可能エネルギー等の文脈ではなく、安定軸で設計すべきだと思う。
(提言)
日本のエネルギー政策は、「脱炭素」や「再生可能エネルギー比率」といった単一指標だけで設計すべきではない。電力の安定的供給、価格が外部要因に左右されないなどを重要しする指標として、電源構成を組み直す段階ではないだろうか。
早嶋の結論は以下だ。地熱を1%以下の構成から数%レベルに引き上げる。原子力は25%前後を1つの現実的な目標として位置づける。その分、輸入依存と価格変動リスクの大きいLNGや石炭火力を減少。太陽光は、すでに大規模新設の余地が乏しい。今後はペロブスカイト等、建物や都市に溶け込む形での補完的な役割として活用する。
(現在の日本電力構成)
日本の電力は、今どのような構造で成り立っているのか、まず事実を確認したい。
2023年度の日本の総発電電力量は、およそ9,800億から9,900億kWh規模で推移している。この電力が、どの電源から生まれているかを見ると、再生可能エネルギーが約2割強、原子力が1割弱、残りの約7割を火力発電が占めている。
火力の中身を分解すると、中心はLNGと石炭だ。石油火力はピーク対応や非常用として残っているが、基幹ではない。ここで重要なのは、日本の電力の大半が、海外から燃料を輸入することで成立しているという事実だ。この構造は、エネルギー安全保障の観点から見ても、企業経営のコスト構造の観点から見ても、決して強いとは言えない。燃料価格は日本の努力では制御できず、為替や国際市況、地政学リスクによって大きく振れるからだ。実際、2022年以降の電気料金の上昇は、発電技術が急に劣化したからではない。LNG価格の高騰と円安が、そのまま電力コストに転嫁された結果だった。
原子力は「賛成か反対か」ではなく「どこまで使うか」の問題として議論できる時期にきた。原子力は、どうしても感情的になりやすい。しかし、政策として考えるなら、論点は単純だ。原子力をゼロにするか否かではなく、どの水準で使うのが最も合理的かだ。福島の震災前、日本の原子力発電は電力量の3割強を担っていた。現在はその水準から大きく落ち込み、1割に満たない。政府は中長期的に原子力比率を2割程度まで戻す方向性を示しているが、ここで考えるべきは「その先」だ。
原子力は、燃料費の占める割合が小さく、天候にも左右されない。つまり、運転さえできれば、発電コストと供給量が読みやすい電源だ。一方で、新設や再稼働には巨額の安全対策投資が必要で、廃炉や最終処分といった長期的な社会コストも無視できない。この両面を踏まえると、原子力を3割以上に戻すのは、社会的・政治的な負荷が大きすぎる。一方で、2割ではベース電源としてやや心許ない。そこで25%前後という水準が、コスト、安定性、社会的許容のバランスが比較的取りやすい現実解だと思う。
次に火力発電を見てみる。LNGや石炭は、技術としては完成度が高く、出力調整もしやすい。しかし、日本にとって最大の問題は、そのほぼ全量を海外に依存している点にある。燃料価格は国際市場で決まり、為替が直撃する。有事が起きれば、供給不安と価格高騰が同時に起きる。備蓄があるとはいえ、それは一時的な時間稼ぎに過ぎない。エネルギーは、食料のように長期保存できるものではない。だからこそ、電源構成の中で、輸入燃料への依存度を下げること自体が、エネルギー政策の中核になる。これは環境論以前に、経済と安全保障の問題として取り扱うべきなのだ。
同様に再生可能エネルギーについても、期待と現実を切り分けて考える必要がある。再生可能エネルギー全体の比率は2割強まで伸びてきたが、その中心は太陽光だ。水力は安定しているものの、すでに開発余地は限られている。風力やバイオマスも一定の役割はあるが、主力電源になるには至っていない。太陽光については、これまでのような大規模地上設置型は、土地制約、系統制約、地域との摩擦といった理由から、今後は伸びが鈍化する可能性が高い。今後の焦点は、建物一体型や都市部への分散導入だろう。ペロブスカイト型太陽電池は、その文脈では有効だ。ただし、重要なのは、太陽光が電力全体の比率を劇的に押し上げる存在ではないという点だ。役割はあくまで補完であり、分散であり、非常用である。
ここで地熱発電を考えたい。日本は、世界的に見ても有数の地熱資源国だ。技術力も国内にある。それにもかかわらず、地熱発電の比率は0.3%程度にとどまっている。理由は技術ではないのだ。地熱の適地が温泉地や国立公園と重なりやすく、地域経済や観光との調整が極めて難しいからだ。制度、規制、合意形成のコストが高く、民間任せでは前に進まない。しかし、地熱は再生可能エネルギーの中では例外的に、ベース電源として使える。天候に左右されず、設備利用率が高く、国産エネルギーである。電源構成に地熱を組み込む目的は、再エネ比率の見栄えを良くすることではない。電力システム全体の安定性を底上げすることにある。
発電量ベースで見れば、地熱を2%程度まで引き上げることは現実的だ。政治的な判断と制度設計が伴えば、7%程度まで視野に入る。その分、調整力や輸入燃料への依存を確実に減らすことができる。
(地熱発電の可能性)
「日本は地熱資源大国なのに、なぜ増えないのか」という議論はよく見かける。だが、もう一歩踏み込んで考えると、実はどこまでなら現実的で、どこからが政治的・制度的な限界なのかは、ある程度説明がつく。
前提として、日本の年間発電電力量はおよそ 9,800億から9,900億kWh(約985TWh) 規模だ。この分母に対して、地熱をどの程度入れられるかを考える。
発電量ベースで2%というのは、約 20TWh に相当する。地熱発電は設備利用率が非常に高く、7割から9割程度で安定運転できる電源だ。仮に設備利用率を8割とすると、必要な設備容量はおよそ 2.8GWから3.0GW 程度だ。この水準が「現実的」と言える理由は、以下と考える。
日本にはすでに地熱発電所が存在し、規模は小さいながらも運転実績と技術は蓄積されている。未開発の地熱資源も、国立公園の外縁部や、既存温泉地と比較的距離を取れるエリアに一定数存在する。これらは、調査期間が長く、地元調整は必要だが、制度設計を工夫すれば個別案件として積み上げ可能な領域だ。また、2%程度であれば、日本の再生可能エネルギー全体の構造や、地域社会との摩擦の大きさを考えても、「国家として無理をしている」とまでは言われにくい。つまり2%という水準は、技術的にも、社会的にも、政治的にも積み上げ型で到達できるライン”だ。
次に、7%を考える。発電量ベースで7%というのは、約 70TWh。同じく設備利用率8割で逆算すると、必要な設備容量は 8GWから9GW規模になる。この規模になると、単に「条件の良い地熱地点を選んで建てる」という発想では足りない。温泉地・国立公園・観光地と重なるエリアに、本格的に踏み込まざるを得なくなる。
地熱資源のポテンシャルは確かに大きいが、その多くは自然公園内、あるいは温泉観光と強く結びついた地域に存在する。7%水準を狙うということは、こうした地域に対して、国が前面に立って合意形成を行い、地元経済への利益還元や補償スキームを設計し、万一の湯量変化や観光影響に対する責任を、民間ではなく国家が引き受けるといった、明確な政治判断と制度設計を行うことを意味する。
ここまで来ると、地熱はもはや「エネルギー技術の話」ではない。地域政策であり、観光政策であり、環境政策そのものになる。だから7%という水準は、「技術的に不可能」なのではなく、政治的に本気にならなければ到達しない上限だと言える。
では、10%やそれ以上はどうかだ。理論上の地熱資源量を持ち出せば、数字を盛ることはできる。しかし現実には、調査から稼働までに10年以上かかるし、掘削リスクが高く、失敗確率も無視できない。また、地域社会との摩擦が指数関数的に増え、国立公園・景観・観光との衝突が避けられない。こうした要因が重なり、電源構成全体の中で主役級に据えるのは現実的ではないのだ。地熱は、万能電源ではない。あくまで、ベース電源の厚みを増すための戦略的な選択肢として使うのが良いと思う。
ここで重要なのは、地熱を増やす目的だ。それは「再生可能エネルギー比率を誇るため」ではない。調整力と輸入燃料への依存を、確実に減らすためだ。地熱は、天候に左右されない。出力が読みやすい。稼働率が高い等万能だ。つまり、太陽光や風力が増えたときに必要になるのだ。これがあれば、火力の待機運転、出力調整、蓄電池や需給調整市場といったシステムコストを下げる方向に効くのだ。
2%であっても、これは効く。7%まで行けば、効き方はさらに明確になる。従い、2%は現実解で7%は政治の覚悟次第ということになる。地熱を2%まで引き上げることは、制度を丁寧に整え、案件を積み上げれば十分に現実的だ。一方で7%は、技術の問題ではなく、国家がどこまで地域と向き合い、責任を引き受けるかという政治の問題になる。そして、そのどちらの水準であっても、地熱を増やすことは、日本の電力システムにとって、運用コストと不安定性を下げる方向に確実に寄与する。だからこそ、地熱は「夢の電源」ではなく、冷静に選び直すべき現実のカードなのだ。
(まとめ)
結局、日本のエネルギー政策に必要なのは「思想」ではなく「運用」だ。日本のエネルギー政策は、もっと地味でいい。安さを過度に強調せず、理想を語りすぎない。大切なのは、止まらないこと、振れないこと、そして外部環境に振り回されないことだ。地熱を増やし、原子力を25%前後で安定させ、輸入火力を減らし、再生可能エネルギーは無理のない形で社会に溶け込ませる。この構成は、派手さはないが、運用としては強いだろう。日本のエネルギー政策は、そろそろ思想ではなく、現場の運用から逆算する段階に来ていると思う。
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競争がある市場は、なぜ成長するのか? AI広告騒動から見た、ブランドと集合知の考察
2025年12月23日
早嶋です。約6000文字です。
ここ数年、生成AIを広告制作に活用する動きが、グローバル企業の間で一気に加速している。背景には、制作コストの削減やスピード向上だけでなく、「新しい表現手法」としてAIを前面に出すこと自体が話題になる、という判断もある。
その中で、2024年から2025年にかけて、いくつかの象徴的な事例が注目を集めた。1つは、コカ・コーラによる生成AIを使ったホリデー広告だ。長年続く「Holidays Are Coming」という定番の世界観を、AIを活用して再構築する試みが行われたが、公開後、SNSやクリエイターコミュニティを中心に「人間味がない」「魂が感じられない」といった批判が広がった。コカ・コーラ側は、AIを人間の創造性を補完する存在として位置づけ、表現の可能性を広げる試みだと説明したものの、賛否が割れる状況が続いている。
続いて話題になったのが、2025年末にマクドナルド・オランダが公開した生成AIによるクリスマス広告だ。ホリデーシーズンの慌ただしさやストレスを描いたこの広告は、映像表現の多くをAIで生成したもので、公開直後から「不気味」「冷たい」「この時期に期待される温かさと合わない」といった反応が相次いだ。YouTubeのコメント欄は停止され、最終的に広告そのものが非公開となった。マクドナルド側は、意図と受け止め方の間に大きなギャップがあったことを認め、今回の件をAI活用における学びだと位置づけている。
これらの事例は、単に「広告の出来が悪かった」という話にとどまらない。日経新聞をはじめとする複数のメディアは、著名ブランドであるコカ・コーラやマクドナルドがAIを前面に出した広告で消費者から批判を受けた点に注目し、生成AIの活用とブランド価値の関係、さらには消費者側のAI受容の限界について論じている。特に、クリスマスやホリデーといった感情的価値が強く求められる文脈において、AI特有の表現や制作プロセスが、必ずしも歓迎されていない現実が浮き彫りになった。
一方で、この動きは「AIを使うか、使わないか」という単純な二項対立ではなくなっている。AIを積極的に表に出す企業が批判を受ける一方で、競合ブランドがあえて「人間」「本物」「手触り感」を前面に出すことで評価を高める場面も見られるようになった。生成AIを巡る議論は、技術論を超えて、ブランドがどの立場に立ち、何を信じ、何をユーザーに委ねるのかという、より根源的な問いへと移行しつつある。
では、なぜこれらのAI広告は、ここまで強い反発を招いたのだろうか?
早嶋の考えも交える。1つは、生成AIそのものの技術的な完成度の問題がある。映像の細部や人物の動き、表情の連続性など、視聴者が無意識に「現実」と照合してしまう領域で、AI特有の違和感が残ったことは否定できない。ただし、それ以上に大きかったのは、広告が置かれた文脈とのズレだ。クリスマスやホリデーシーズンは、多くの人にとって「効率」や「新しさ」よりも、「温かさ」「安心感」「毎年繰り返されるお決まりの情緒」が求められる時間帯だ。そこに、制作プロセスとしてのAIが前面に出たことで、意図せず「省力化」「合理化」「人の手を減らした表現」という印象を与えてしまったのだ。
コカ・コーラもマクドナルドも、これまで長年にわたって、ホリデー広告を通じて「変わらないもの」を積み重ねてきたブランドである。トラックが走り、家族が集まり、いつもの味がそこにある。その反復がブランドの信頼を形づくってきた。その文脈において、AIという新しい技術が「裏方」ではなく「主役」として現れた瞬間、消費者の中で無意識の期待との齟齬が生じた。結果として批判は、映像の出来不出来を超えて、「そのブランドが、何を大切にしてきたのか」という問いにまで広がっていった。
興味深いのは、この動きに対して、競合ブランドがまったく異なる立ち位置から反応している点だ。
まず、マクドナルドの直接の競合であるバーガーキングだ。バーガーキングは長年、「王道」よりも「反骨」を選び続けてきたブランドだ。マクドナルドが安心感や規模、日常性を前面に出してきたのに対し、バーガーキングは、不格好なワッパー、直火焼き、挑発的なコピー、そして競合を名指しでからかう広告を繰り返してきた。そこに一貫してあるのは、「完璧である必要はないが、嘘はつかない」「人が作っていることを隠さない」という態度だ。
今回のAI広告を巡る騒動において、バーガーキングは大々的な反論広告を打ったわけではない。しかし、実際のアクター、実物のバーガー、現場感のある映像を使い続けることで、「こちらは本物だ」という立ち位置を自然に浮かび上がらせた。AIを否定するメッセージを声高に掲げる必要はなかった。競合がAIを前に出して批判を浴びた結果、バーガーキングの従来のやり方そのものが、相対的に人間的に見える構図が生まれたからだ。
同じ構造は、コカ・コーラとペプシの関係にも見られる。コカ・コーラが「王道」「伝統」「世界共通の物語」を守り続けてきたのに対し、ペプシは一貫して「カウンターカルチャー」「若さ」「反主流」を武器にしてきた。ペプシチャレンジに象徴されるように、ペプシは常にコカ・コーラという巨大な存在を前提に、自らの意味を定義してきたブランドだ。
今回、コカ・コーラのAI広告が賛否を呼ぶ中で、ペプシが公式にAIを巡る対抗広告を大々的に展開したわけではない。それでも、SNSや広告業界の文脈では、「人が作ったもの」「リアルな現場感」「人間のエネルギー」といった価値が、相対的にペプシの文脈と重ねて語られる場面が増えている。これは、ペプシがその都度戦術を変えたというよりも、長年積み上げてきたブランドの立ち位置が、環境変化によって再評価されている状態だと言える。
ここで重要なのは、バーガーキングやペプシが「AIを使わない」という選択を声高に主張したわけではない点だ。彼らは単に、これまで通りのブランド戦略を続けただけである。にもかかわらず、競合がAI活用で揺れたことで、両者の立ち位置はより鮮明になった。王道と反骨、安心と挑発、変わらない物語と変わり続ける姿勢。その対立軸が、結果として消費者の認識の中で再び強く浮かび上がった。
この一連の動きは、AI活用の是非を超えて、ブランドがどの対立軸に立ち、どの価値を繰り返し提示してきたかが、環境変化の中でどのように作用するのかを示している。生成AIは単なる道具だが、その使い方は、既存のブランド構造や競争関係を否応なく照らし出してしまう。今回の炎上とその周辺で起きた反応は、企業がAIを導入する際、単に技術の問題としてではなく、競争と意味の設計として考える必要があることを示している。
ここまで見てきた一連の騒動は、生成AIの是非を巡る議論であると同時に、もう一つ別の問いを見出した。それは、「なぜ、これほどまでに話題が広がったのか」という点だ。
マクドナルドのAI広告が批判され、コカ・コーラの取り組みが賛否を呼んだのは、単に有名企業が失敗したからではない。そこには、必ず比較対象となる明確なライバルの存在があるのだ。コカ・コーラの背後には常にペプシがいる。マクドナルドの動きは、必ずバーガーキングと並べて語られる。重要なのは、これらのブランドが単独で存在しているのではなく、「対立する二項」として、長年にわたって消費者の認識の中に定着してきたという事実だ。王道と反骨、伝統と若さ、安心と挑発。その構図があるからこそ、一方の動きが、もう一方の意味を浮かび上がらせるのだ。
ここで立てたい仮説がある。シンプルだけど興味深いものだ。それは、明確なライバルが存在する市場のほうが、実は市場全体として活性化しているのではないか?だ。
今回のAI広告騒動も、その構図の中で理解すると、別の輪郭が見えてくる。この仮説を検証するために、視野をハンバーガーや清涼飲料水の業界から広げてみたい。同じような構造は、実は多くの業界で繰り返し確認できる。
たとえば、ITの世界では、かつてWindowsとInternet Explorerが市場をほぼ独占した時期があった。競合であるNetscapeが姿を消し、明確なライバルが不在になると、ブラウザの進化は一気に鈍化した。表示速度も、セキュリティも、ユーザー体験も、長い間ほとんど変わらなかった。しかし、Firefoxが登場し、続いてChromeが現れた瞬間、市場の空気は一変。高速化、標準化、UIの刷新が一気に進み、「ブラウザとは何か」という問いそのものが更新された。競争が戻ったことで、技術だけでなく、物語が再び動き始めるのだ。
半導体の世界でも同じことが起きている。2010年代前半、IntelがCPU市場をほぼ支配していた時代、性能向上は年々小さな改良にとどまり、ユーザーにとって世代交代の意味は薄れていった。しかし、AMDがRyzenを引っ提げて本格的に復活すると、コア数、性能、価格のすべてが同時に動き出す。製品のスペックだけでなく、「次はどうなるのか」という期待感が市場に戻った。競争は、単に価格を下げるのではなく、未来を語る力を取り戻させた。
航空機産業では、競合が弱まった結果、別の歪みが生じた。ボーイングが事実上の選択肢となった局面では、安全や設計思想よりも、コストや財務的合理性が前に出やすくなった。結果として起きた一連の問題は、競争が技術だけでなく、倫理や緊張感を保つ役割も担っていることを示している。
日本の携帯電話市場も分かりやすい例だ。iモード全盛期、ドコモが圧倒的な存在感を持っていた時代、料金体系は複雑化し、ユーザー体験は内向きに進化した。しかし、iPhoneとソフトバンクの登場によって、競争軸が一気に変わる。価格、UI、サービスの分かりやすさが前面に出て、通信は「分かりにくいもの」から「選べるもの」へと変わっていった。
これらの事例に共通しているのは、競争が単なるシェア争いではなく、市場に緊張感をもたらし、物語を生み、価値創造のスピードを引き上げている点だ。ライバルが存在することで、企業は自らの立ち位置を語らざるを得なくなる。「なぜ自分たちは存在するのか」「何が違うのか」。その問いに答え続ける過程で、技術は磨かれ、体験は更新され、市場全体が前に進む。
逆に、ライバルを駆逐し、対立軸が消えた市場では、緊張感は急速に薄れる。説明責任は弱まり、物語は途切れ、消費者の関心は静かに冷えていく。競争がなくなると、企業は強くなるのではなく、市場そのものが痩せていく。
今回のAI広告を巡る騒動も、こうした文脈の中で捉えると理解しやすい。コカ・コーラとペプシ、マクドナルドとバーガーキングという明確な対立軸があるからこそ、一方のAI活用は単なる技術導入では終わらず、もう一方のブランドの意味を浮かび上がらせ、市場全体の会話量を押し上げた。批判も称賛も含めて、結果的に「飲み物」や「ハンバーガー」を再び語る理由が生まれている。
ここから先に問うべきなのは、「競争をどう避けるか」ではない。むしろ、「競争をどう設計するか」である。AIの活用は、その設計を壊すこともあれば、逆に浮き彫りにすることもある。今回の事例は、企業がAIを導入する際、単なる効率化や話題作りとしてではなく、競争、対立軸、そして集合知の形成という視点から向き合う必要があることを示している。
ここまで見てきた事例を踏まえると、一つの結論に行き着く。
それは、競争は自然に任せるものではなく、意図的にデザインすべきものだという考え方だ。今回のAI広告を巡る騒動も、単なる技術導入の成否では説明しきれない。コカ・コーラやマクドナルドがAI活用で批判を受けた一方で、ペプシやバーガーキングは相対的に評価を高めた。しかし重要なのは、どちらが正しかったかではない。明確なライバル関係が存在していたからこそ、この出来事が市場全体の関心を集め、議論を生み、消費者の意識を再びそのカテゴリーへと引き戻したという点だ。
これまで議論してきた他業界の事例も同様である。ブラウザ、CPU、航空機、通信。いずれも、競争が消えた瞬間に進化が鈍り、緊張感が失われ、市場が静かに停滞していった。一方で、ライバルが再登場した途端、技術だけでなく物語が動き出し、価値創造のスピードが一気に加速した。
ここから確認できる理屈はシンプルだ。競争は、価格やシェアを奪い合うための摩擦ではなく、市場にエネルギーを供給する仕組みなのだ。競争が存在すると、企業は自分たちの立場を説明せざるを得なくなる。「なぜ自分たちなのか」「何が違うのか」。この問いに答え続けることが、ブランドの物語を生み、価値を言語化し、顧客との関係を更新する。逆に、競争が消えると、その問い自体が不要になり、説明も物語も失われていく。市場が痩せるのは、その結果に過ぎない。だからこそ、企業にとって重要なのは、競争を避けることでも、勝ち切ることでもない。戦いが続く構図を、どう意図的に作るかなのだ。
では、この考え方を、企業はどのように自社のマーケティングやAI活用に取り入れていけばよいのかをまとめてみた。
第1に、競争相手を「消す対象」ではなく、「意味を生む存在」として捉え直すことだ。ライバルがいるからこそ、自社の立ち位置が浮かび上がる。マクドナルドが王道であるのは、バーガーキングが反骨であり続けるからであり、コカ・コーラが伝統であるのは、ペプシが若さや反主流を掲げてきたからだ。マーケティングとは、競合比較を避けることではなく、比較される前提で自分たちの物語を磨く行為だと言える。
第2に、AIの活用を「効率化の道具」ではなく、「競争軸を際立たせる補助線」として位置づけることが重要になる。AIを使って同じような表現、同じような最適解に収束すれば、競争はむしろ弱まる。しかし、AIを通じて自社らしさを強調し、ライバルとの差異を浮き彫りにできれば、競争はより立体的になる。AIは競争を消すための道具ではなく、競争を可視化するための道具として使われるべきだ。
第3に、あえて対立軸を明確にする勇気を持つことだ。すべての人に好かれようとすると、物語は薄まる。王道か、反骨か。安心か、挑発か。人間か、テクノロジーか。どこに立つのかを明確にし、その立場を繰り返し提示することで、ブランドは集合知として定着していく。競争をデザインするとは、敵を作ることではない。選ばれる理由を、はっきりさせることに他ならない。
今回のAI広告騒動は、生成AIの限界を示したというよりも、企業が競争と意味の設計をどこまで意識しているかを露わにした出来事だった。技術は進化する。しかし、競争の構図をどう描くかは、人間にしかできない。AIの時代だからこそ、企業には「競争をどう設計するか」という問いが、これまで以上に突きつけられている。
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