新記事業の旅 その28 動画サブスクの落とし穴と処方箋

2022年12月6日 火曜日

早嶋です。

企業の悩みの一つに、「成熟したポートフォリオをどう組み立て直すか?」がある。皆既存の事業運営コストを下げ利益体制にし、新規事業に夢を求めて躍起になる。既存と新規の両利きの経営には、社員教育は不可欠で、今まで以上に重要性が増す。そこにコロナの影響もあり、対面研修が激減し、変わりに動画やオンラインを活用した取組が急速に普及する中、危険な側面を観察できる。

例えば、動画のサブスクを社員全員に提供することで、教育を代替する取組だ。自社で作成した動画や監修した動画であれば一定の意味はあると思うが、サードパーティが汎用的に作成した動画を全社員が見れるようにIDを配布して教育を置き換えてしまう行為は大いに疑問を感じる。人事としては「公平性の観点から全員に動画のIDを渡して好きな動画を見て成長してほしい」というメッセージを出すが、余り意味が無いと思う。放題にした場合、ほとんどの確率で見る必要が無い人はどんどん見て、見る必要がある人程視聴しないのだ。

この事実に気がつくと、企業の対応が本末転倒になる。せっかく契約したからには社員に動画を見てもらわないと困る。ということで、視聴履歴を管理しはじめるのだ。するとやはり見てほしい社員ほど見ていないことが検証される。それでも契約期間がまだ残っているし、すでに投資した金額をサンクコストと捉えることは難しく、回収しなければならないと思ってしまう。そして半ば強制的に動画を見せさせる行動にはしる。すでに見ている人も、「履歴管理を初めたら再び見なさい」などと、意味不明な管理だ。

面倒だと感じる社員の中には、動画をすっ飛ばして倍速や3倍速、あるいは一気に早送りして1時間の動画を5分で見たことにして、視聴履歴を作る社員も続出する。そこで人事は、視聴した動画に確認テストを取り入れ、確認テストに合格しないと視聴を認めないなど、イタチごっこが始まるのだ。

本来、社員教育は、社員の自主性に任せるべきではない。そのため、社員のキャリアビジョンと自社の戦略の方向性を紐付け、各々の社員に必要な能力やスキルレベルを示しつつ、当人に不足する能力や概念を教育しなければならない。その場合、階層教育のように一定レベルの底上げをする教育以外は、個々人によってカスタマイズしなければ学びの意味は薄い。それらを放棄して、「動画を見て学習してね!」は潔さは感じるが、一方で怠慢感もたっぷりだ。

サブスク見放題であれば、「あなたは今、●●の問題を抱えている。だったら、△△の動画を見て、それをベースに再挑戦することで見通しが明るくなるよ」というように、本人の状況に応じて、タイミングよく動画やコンテンツを案内することができれば、動画サブスクも活用できるだろう。多くの社員は、動画が200シリーズとか300シリーズ用意されていても、どれを見れば良いのか検討もつかないし、強制的に見なければならないという動機のもとに視聴しても、入ってくる情報も蓄積されない。社員は自分のスキルレベルを把握しているわけではないし、自分に取っての不足が想像つかないのが当たり前の状態になっている。

サブスク動画を有効的に活用するのであれば、社員の能力レベルを仕組みで把握して、不足する情報を適切なタイミングで社員に案内する工夫など、コンテンツの提案がすごく大切になる。逆に、そのような提案が適切に行われるようになると、社員が自発的に学びはじめるので、動画でのインプットはかなり有益になるだろう。

また、放題の動画の中から人事や管理者が選定して、事前にインプットさせ、その内容を参考に、業務についてブレストさせるとか、何らかのお題を与えてワークさせるなど、視聴で終わるのでは無く、そのコンテンツを活用したアウトプットを組み合わせることも非常に重要だ。これらができれば動画のID投資も瞬殺で回収することになるだろう。

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