新規事業の旅 その29 売り手のトラブルは売り手の無知から

2022年12月8日 木曜日

早嶋です。

M&Aは不動産の投資と異なる。不動産の場合、収益物件として購買した後、賃貸等で貸すと期待した利回りを獲得できる。そのために不動産の価格には合理性がある(築年数、広さ、リッチ、工法、間取り等で過去の賃料や売買価格のデータもあり余りヘマをすることが無い)。

一方、中小M&Aは、買い手が買収したからと言って、従来と同じ収益を獲得できるとは限らない。M&Aは、経営権を獲得し、通常は役員以上の人材を買い手が送り込み、買収後は買い手が経営するのだ常だ。しかし超大手企業を覗けば、売り手の経営者が一定の、あるいはそれ以上の影響を経営に与え収益を出してきた。従い、買収してしばらくは収益は続くだろうが、買い手が経営を切り替えて維持、拡大しないかぎり理想とするキャッシュフローは発生しない。

その理屈を分かっているのか、分かっていないのか。M&Aの経験が乏しい買い手は、売り手企業の単体の価値を計算して、お買い得か?否かを考えている。もしこのような発想を持った時点でM&Aはすべきではない。高いに決まっているのだ。

通常レベルの売り案件があったとする。債務超過でもなく、一定のキャッシュフローが望める案件だ。この場合、売り手1社に対して買い手は15社から20社のオファーがあるのが通常だ。多くの買い手企業は成長戦略を実現する目的で常にM&Aの案件を探している。従い、昨今は売り手が優位な状態にある。仮に、売り手と買い手の双方が計算する合理的な価格があったとしても、売り手は優位な立場を鑑み、合理的な価格より高い金額で売却したいと考える。それでも買い手が付くということは、買い手は更にその価格に上乗せした交渉で買収することになる。常に複数の買い手と競い合うからだ。

それでも買い手が買収する意味は、売り手単体の価値に加えて、自社と一緒に事業をした後の化学変化を考えているからだ。よくシナジーという言葉が使われるがまさにそれだ。製造業の場合は、売り手の仕入れ価格を鑑みて、自社と一体になればコストが下がることが想定できる。すると利益が一気に獲得できるなどの算段があれば、プレミアムを払っても投資回収できると考える。商品が優れている売り手に対して、買い手が強烈な営業のネットワークがあれば、販管費を大きく変えずに販売が期待できる。そのような買収した後のシナジーを考え想定できる企業はM&Aの成功を手に入れる可能性が高くなる。一方で、未だにM&Aそのものを金融取引のように考えている経営者は買収した時点で、マイナスとの戦いになるのだ。

ただ悲しいかな、世の中の70%の企業が赤字で、税金もろくすっぽ納めていない状況だ。M&Aアドバイザーの会社が次々に上場して、案件を青田買いしていくと、買い手の需要に対して、売り手の供給が賄わない状態に現在突入している。300万社の中小含めた会社の3割が利益を出しているとする。すると100万社が母数。仮に2割の企業が売っても良いとしても、売却可能性の市場規模はその時点で20万社だ。現在で、年間に4000件程度のM&Aが行われており、規模の大小を鑑みると1万前後はM&Aされている。10年で10万程度だと考えると、市場が枯渇するイメージは湧くと思う。

国が中小M&Aガイドラインを出した2019年頃はM&Aの業者は数百だったが、M&Aの補助金を活用するために登録を促すと1年ちょっとで、その数が2,000を超えた。実際にM&Aを実現しているアドバイザーは少ないとしても、アドバイザーの事業を考えるプレイヤーからみると昨今のこの状況はチャンスと捉えるのだ。その中で、案件は限られている。特にここ5年、M&Aの上場企業が一気に増えたため、確実に案件が枯渇しているのは事実だと思う。

そのため、M&Aアドバイザーは従来案件化出来なかった売り手に対してもアプローチを初めている。初めは、小粒の案件はネットマッチングで対応しようと考えて。しかし、実際は不動産と異なり、簡単に案件化ができない。しばらく大手も放置していたがリアルの事業で収益を得る体制が整った企業の一部はWebでアプローチしてきた売り手企業に対して直接営業をする体制を整えるようになった。実際、本誌を読んでいる経営者も個々数年、M&Aアドバイザー、それも大手の企業からのアプローチが増殖している実感があるだろう。そのくらい、案件がなければ商売が成り立たないビジネスモデルなのだ。

M&Aアドバイザーのビジネスモデルは単純で、売り案件を握って、ふさわしい買い手に提案して、M&Aに関わる一連のプロセスに対して助言を行い、成約までの助言やフォローを行う中でアドバイス料を得る。規模が小さい場合は、着手金も中間金も取らず、成功報酬で行う場合が多い。成功報酬の相場はレーマンレートを軸に取引価格の5%を手数料としてもらう。一方、大手企業は規模の大小に関係なく、売り手企業の案件化をすすめる場合に、着手金を100万から150万円程度を最低に受領し、案件化する際に企業査定をする手数料として50万円かそれ以上の費用を要求する。

売り手企業も、アプローチされた時に、色々とアドバイザーの状況や報酬体系、契約の中身を調べれば良いものの、大手の信用を過信して、契約を締結する傾向が昨今急増している。ここで勘違いしたらいけないのは、大手M&Aアドバイザーは全く悪くないのだ。自分たちも上場し、株主に対して成長を求められる。しかし、M&Aの案件は枯渇している。そこで少しでもキャッシュを獲得する必要があり、本来、自社のボリュームゾーンでなかった中規模小規模案件にも営業をしなければ、自分たちが維持できない状況になっているのだ。

売り手企業にも問題がある。自社の経営の状況を把握していないのに、何故か周囲の売却事例の話を聞いて、自社も1億で売れるんだと勘違いをする。債務超過で役員報酬もろくに払えない企業なのに、冷静に考えるとおかしな話なのに、それが出来ていない場合が多い。実際、相談が急増しているのが、本来は大手のM&Aアドバイザーが関与するレベルではない、小規模の売り案件を大手M&Aアドバイザーと契約した話だ。そして契約の内容を理解していない場合が多い。

例えば、案件自体はかろうじて2,000万円程度で売却できるとする。しかし大手のM&Aアドバイザーの着手金は100万から200万。そして、売買が成約した場合の最低報酬は1,000万とか2,000万になっている。ここをまず見逃している。更に、その契約は仲介をベースにしている。買い手企業が、該当の売り手企業に興味を持った場合、同じM&Aアドバイザーの会社が間に立ち、売買の取引をすすめる。その際、買い手もおそらく成功報酬として、売買の成約報酬に2,000万円の費用を別途アドバイザーに支払う仕組みだ。

売り手が勘違いしている点はいくつかある。まず成約した際の報酬は、売り手がアドバイザーに払わなくても良い勘違いだ。契約書を余り理解しないのだ。しかし、仲介の場合は、不動産の両手と同じで、買い手と売り手の双方からアドバイザーフィーをもらう。そのため売り手も支払う必要がる。次に、専属の契約であることだ。売りては契約を結んだ後に、アドバイザーの会社と馬が合わないとする。その際に、別の中小に寄り添う地域のアドバイザーに相談しても、彼らも困るのだ。セカンドオピニオンとしてアドバイスはできるものの、専属の大手企業が全てを取り仕切る契約になっているからだ。それから、3つ目はテール条項という考えだ。仮に、契約を結んで、契約解除をしたとしても、1年から2年は、M&Aの動きを別のアドバイザリーで行ったとして、大手のM&Aアドバイザリーのテール条項に抵触する可能性が高い。大手も案件の大小に関わらず、売り案件を握ったら買い手に営業をしているはずだ。その営業先が、M&Aアドバイザリーの会社を中抜して契約して手数料をセーブしようとされない為に、契約を打ち切った後に、M&Aアドバイザリーの会社がアプローチした企業とM&Aが成立した場合は、想定の金額を受領するという内容にしているのだ。この条文の理解をせずに売り手は安易にアドバイザリーと契約を結ぶのだ。

なんども言うが、大手のアドバイザリーは全くの合法だ。売り手も契約を結ぶ際に、ちゃんと契約の内容や、金額のこと、契約破棄した後のことについて理解を得れば、他のアドバイザリーを検討したり、色々とオプションが有るのだ。

上記のようなトラブル、というか売り手が内容を理解していないがための誤解から生じるトラブルが今後続発するとこが予想できる。これもM&Aが世の中にM&Aが本格的に普及し始めた証拠だと思う。将来自社の売却、事業承継、精算などの出口を考えている経営者がいたら、早めに準備をしていくことをおすすめする。その際は、私どもでも良いし、近くのM&Aアドバイザリーの会社でも良いし、日本M&Aアドバイザー協会でも良いし、気軽に相談してほしい。そして、滅多にないチャンスなのだから誰かに丸投げすることなく、書籍に1冊や2冊は読んでから望むことをおすすめする。

上記の事例で、1,000万〜数千万で実際に売れる案件で、買い手がプラスで手数料を2,000万円払う必要があれば、通常はその時点で諦めるだろう。そして、アドバイザリーと契約を破棄してもテール条項の関係でおそらく2年程度は、企業の売却が出来ない状態が続くだろう。一方で、初めから地場のM&Aアドバイザリーや1億以下を売買価格の中心にしているアドバイザリーと契約していれば、数千万円の案件の手数料は、150万円から350万円程度なので、売り手も買い手も納得の金額になるのだ。

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