
プロダクトは一流、顧客体験は昭和
2025年12月6日
早嶋です。約6700文字
キャノンの新商品。RF45mm F1.2を予約購入した。R6Mark3と共にリリースされたバラマキレンズのようで、大玉の明るいレンズなのにコストパフォーマンスに優れた商品だ。キャノンの直販サイトから注文した。いつものように商品の発送時期が不明だ。「やっぱりCanonの顧客対応は昔と変化がない」と、妙な既視感も同時にやってくる。
キャノンのオンラインショップにログインして購入履歴から問い合わせフォームを開く。普通なら、すぐに購入した商品の問い合わせができると期待するが、問い合わせのシステムとの連携がなく、初めから個人情報や注文番号を入力しないと問い合わせが出来ない。諸々入力を済ませ商品の配送状況を問い合せる。
数日後、サポートから届いたのは、こんなメールだ(要約)。ご本人様確認のため「CAから始まる注文番号」をメールで教えてください・・・。
いやいや、その画面を見ているのはそちらではないのか、と思いながら。再びキャノンの購買サイトにログインし、購入履歴を開き、「CA0……」で始まる番号をコピペして返信する。
その結果返ってきたのは、発送予定は現時点でお示しできる情報がなく、かなりお時間をいただく見通しです。という、極めて「教科書的」な回答だった・・・。
ここまでのやり取りを経験して、改めて思った。単にオペレーターの問題ではない。CanonとCanonマーケティングジャパン(以下CMJ)の構造とシステム設計の問題だと。以下、その仮説を整理しつつ、競合各社との比較も交えながら、丁寧に整理した。
(CanonとCanonマーケティングジャパンの関係)
まず僕が商品を予約購入して、商品の状況を把握する際にやり取りする相手を整理したい。
Canon Inc.(キヤノン株式会社)
本体はグローバルな製造・開発会社で、事業はPrinting/Medical/Imaging/Industrialなどの事業部で構成されている。最新のアニュアルレポートによると、2023年の売上は4兆1,809億円、そのうち日本向けが約9,016億円、海外向けが約3兆2,794億円だ。
Imaging Business Unit(イメージング事業)
デジタルカメラ、交換レンズ、コンパクトカメラ、ネットワークカメラなどを束ねる事業だ。2023年の売上は約8,616億円、税引前利益は約1,464億円で、売上構成比でみてもCanon全体の中核事業の一つだ。
Canon Marketing Japan Inc.(キヤノンマーケティングジャパン)
日本国内における販売・マーケティング・ITソリューションを担う会社だ。現在はCanon本体の完全子会社。オフィス機器やコンシューマ向け製品、産業機器などを、日本市場向けに「売る・サポートする」役割を持つ。
オンラインショップでRFレンズを購入し、サポートとやり取りしている相手は、このCMJのお客様相談センターだ。Canon本体(開発・製造)とは別会社で、当然ながら社内のシステムもKPIも異なる。この「製造会社」と「国内販社」の分業そのものは、家電メーカーや自動車メーカーでもよくある構造だ。問題は、その構造とシステム設計が2025年の顧客体験の水準にまったく追いついていないという点だ。
(ログインしているのに、もう一度すべて聞かれる理由)
今回の体験を整理すると、UXとしてはこんな流れだ。
●Canonオンラインショップにログイン
●購入履歴から問い合わせフォームへ
ふつうなら「注文番号」や「名前」は自動で入っていてほしいが、すべて入力を求められる。数日後の返信で、さらに「CAから始まる注文番号をメールで送ってください」と言われる。
ここから推測できるのは、オンラインショップの会員情報・注文情報と、問い合わせ窓口のシステムが「ほぼつながっていない」ということだ。サポート側は、メールで送られてきたテキスト情報だけを手掛かりに検索しているのだ。「本人確認の3点セット」が内規として絶対になっており、その運用にシステムが最適化されているという構造だろう。Canon側から見れば、個人情報保護・なりすまし防止の観点から「本人確認の厳格運用」が優先されているのだろう。コールセンターのオペレーションを、機械的なルールに落とし込んで属人性を減らしたいという「内部効率」の論理が働いているはずだ。
しかしユーザー視点で見れば、ログインして購入履歴から問い合わせている時点で、
「誰が」「どの商品」について問い合わせているかは、すでにCanon側で握っているはずだろう?という感覚になる。
ここに内部最適と顧客体験のギャップがあるのだ。これはおそらく、CMJ側の顧客管理システムと、オンラインショップの注文管理システムが技術的にも組織的にも統合されていない(あるいは統合への優先度が低い)ことの現れだと早嶋は考えた。
(Canonのビジネス構造とカメラ市場の変化)
さきほど触れたように、Canonのイメージング事業は約8,616億円の売上と、1,400億円超の利益を稼ぎだす大きな柱だ。さらにニコンや各種調査をまとめたレポートによれば、2023年の交換レンズ付きカメラ(ILC)の世界シェアは、Canonが実質5割近いと言われている。ミラーレスに限っても、2023年時点でCanonは約41%、Sonyが32%、Nikonが13%程度というデータもある。つまり、「市場全体が縮小している」とはいえ、Canonのカメラ事業は依然として売上も利益も大きく、マーケットシェアもトップというのが現状だ。
Canon全体の売上を地域別に見ると、2023年はざっくり以下のような構成になっている。
●日本:9,016億円(全体の約22%)
●アメリカ:1兆3,124億円(約31%)
●欧州:1兆1,112億円(約27%)
●アジア・オセアニア:8,557億円(約20%)
イメージング事業だけの地域別内訳は開示されていないが、ネットワークカメラや監視用途などのB2B需要も含めると、北米・欧州の比重はかなり高いと考えられる。
一方で日本は、人口構造や所得構造を考えても、「プロ・ハイアマチュアの密度は高いが、ボリュームとしては頭打ち」な市場だ。
ただ、Canonは「プロ向け」と「一般ユーザー向け」の売上比率を公表していない。これはSonyもNikonも同様で、「プロ」「コンシューマ」の線引き自体が難しいという事情もあるだろう。ただし、スマホのカメラがここまで進化した今、 「日常スナップ」はほぼスマホに置き換わっている。それでもわざわざ高価なフルサイズボディと大口径レンズを買う人は、
①プロ
②プロ並みに投資できる金持ちアマチュア
に大きく二分される。この仮説は、統計以上に現場感覚としてかなり妥当だと思う。デジタルカメラ市場全体も、2020年以降は底打ちし、ミラーレスと高付加価値レンズを中心に緩やかな成長に転じているというレポートもある。つまり、今の高級カメラ市場は、「プロ」+「金持ちアマチュア」の財布を、各社が奪い合っている
と言い換えてもいい。そのときCanonの現在の方針、超プロダクトオリエントで、顧客体験は販社任せ、が最適なのかどうか、というのが今回の問いだ。
(Sony/Nikon/OM System/Panasonicをざっくり比較)
Sonyは少し特殊な存在だ。カメラ本体は「エレクトロニクス&エンタテインメント」系の事業(ET&S)に入る一方、イメージセンサーはImaging & Sensing Solutions(I&SS)として別事業で巨大な売上を持つ。Appleをはじめスマホ各社にセンサーを供給しながら、自社のαシリーズに最新センサーをいち早く搭載できる。ここにCanonやNikonにはない強みがある。
マーケティング面でも、動画・Vlog・クリエイターを明確なターゲットに据え、YouTube/Instagramでのインフルエンサー施策、直営のソニーストアや体験イベントを通じて、「ガジェット好き・クリエイター層」の顧客体験をかなり丁寧に設計している印象が強い。プロダクトはもちろんハイレベルだが、製品スペックと顧客体験をセットで設計しているという点で、Canonとは性格が違う。
Nikonは一時期かなり厳しい状況に追い込まれたが、ここ数年は中高級ミラーレスに絞り込むことで収益性を回復させつつある。2023年度の全社売上は約6,281億円、そのうちイメージング事業はミラーレスとレンズの高付加価値化で増収・高収益を維持している。ただし規模はCanonやSonyに比べれば小さく、 「限られたリソースでZシステムを磨き込む」という戦略にならざるを得ない。
プロダクトは非常に良いが、全体の構造としてはCanonと同じく強いプロダクトオリエント+販社主導の顧客接点という印象だ。
オリンパスのイメージング事業は2021年に切り離され、現在はOM Digital Solutionsとして独立している。各種インタビューを読むと、彼らは明確に、小型・軽量・防塵防滴アウトドア・野鳥・登山・ネイチャーといった用途にフォーカスし、「ど真ん中のマス」ではなくニッチの厚みを積み上げる戦略を取っているのが分かる。
マーケティング的には、顧客セグメントをかなり絞ったプロダクト・ポジショニングで、巨大なシェアを狙うより「好きな人が徹底的に好きでいてくれるブランド」を目指しているように見える。
PanasonicのLUMIXは、グループのエンターテインメント&コミュニケーション事業の一部として位置づけられ、デジタルカメラだけでなくプロ用AV機器や放送機材などと一体で事業運営されている。Leicaとの提携による「L² Technology」でレンズ・ソフトを共同開発し、Lマウントアライアンスという「陣営戦略」でシステムを維持する。シェアとしては世界全体で数%レベルだが、動画・シネマライクな画づくり、クリエイター向けの機能性で一定の支持を得ている。
(Canonの「超プロダクトオリエント」とCMJの分断)
ここまでをざっくり整理すると、Canon本体は「Imaging=プロダクトの塊」としての強さでトップシェアを維持。CMJは国内販売とサポートを担うが、システムとマーケティング設計が古い。競合は、規模の差はあれど、 プロダクト+顧客体験+クリエイター・コミュニティを束ねて設計している。
と、そんな構図が見えてくる。僕の仮説では、Canonは意識的か無意識かは別として、プロ向けの一部にはきめ細かく、一般ユーザーには「販社仕様」で対応するという二層構造になっている。プロ・報道・スポーツ用には、CPSなどの専用サポートがあり、 新製品の先行貸出やイベント招待も含めて「手厚い」。一方で、オンラインショップでレンズを買った一般ユーザーは、 「CMJのお客様相談センター」という汎用窓口を通る。
ここで問題になるのは、「オンラインで数十万円のレンズを買うハイアマチュア」が後者に分類されているという点だ。高級カメラ市場が「プロ+金持ちアマチュア」で成り立っているのだとすれば、この層は本来、航空会社でいう「上級会員」に近い扱いを設計すべき顧客だ。しかし現状のCanonでは、購入履歴とサポート履歴が分断され、顧客の資産(ボディ・レンズの所有本数や単価)も把握されておらず、その結果、すべての問い合わせが「一見さん扱い」になっている。
これが、今回の「CA番号を教えてください」から始まる一連の体験の裏側にある、構造的欠陥だと早嶋は見ている。
(もし僕がCanonのマーケティング責任者だったら)
ここからは完全に妄想だが、もし早嶋がCanonのマーケティング側にいたら、プロダクトオリエントを維持したうえで、顧客体験をどう再設計するかを考えてみたい。
デジタル統合ももちろん必要だが、高級カメラの場合、お金と時間に余裕があるハイアマチュアは、わざわざ店に行く。だから早嶋なら、Appleがそうしたように、Sonyも行っているように国内では 東京・大阪・名古屋(+できれば福岡)、そして海外ではCanonが強い北米・欧州の主要都市に、フラッグシップストアを置く。
そこでは、
●ボディ・レンズのフルラインナップを「触って・撮って・比較できる」
●プロ写真家による少人数ワークショップ
●メンテナンス・センサークリーニング・レンタル
●自分の機材構成や撮影ジャンルに応じた「パーソナルコンシェルジュ」
をセットにして、「Canonを使う生活そのもの」を体験できる場にする。
そして、顧客の機材保有状況と購入履歴にもとづいて、航空会社のマイルプログラムのようなステータス制度をつくる。
●ボディ・レンズの合計投資額
●購入頻度・イベント参加履歴
●オンラインショップでの活動
に応じて、
●専用サポート窓口(電話・チャット・メール)
●新製品の優先試写会・貸出
●センサークリーニングや簡易チェックの無償枠
などを段階的に付与する。
重要なのは、「あなたはCanonにとって大事な顧客です」と、行動で伝えることだ。
そして、今回のような問い合わせ体験を根本から変えるには、
●CMJのオンラインショップ
●お客様相談センターのCRM
●保証書・修理履歴のデータベース
を、最低限の粒度で結合することが必要になる。
ログインして購入履歴から問い合わせた時点で、オペレーター画面には、 「誰が」「どの商品について」「どんな履歴を持って」問い合わせているかが 最初から表示されている。本人確認は、ログイン済みであれば最小限の確認事項だけですむ。という状態に持っていく。ここまでやって初めて、「Canonはプロダクトだけでなく、顧客体験もプロ仕様だ」と言えるようになるのだ。
(今回の考察で「分かったこと」と「まだ分からないこと」)
最後に、今回の一連の議論を整理しておきたい。
●事実として確認できること
Canon本体とCanonマーケティングジャパンは別会社であり、 CMJは日本国内における販売・マーケティング・サポートを担う完全子会社である。Canonのイメージング事業は約8,600億円の売上と高い利益を持つ中核事業であり、 世界の交換レンズ付きカメラ市場でもトップシェアを維持している。地域別売上を見ると、アメリカ・欧州での売上規模が大きく、日本は全体の2割強にとどまる。
Sony/Nikon/OM System/Panasonicは、それぞれ
●Sony:センサー+動画+クリエイターで攻める
●Nikon:中高級に絞ったプロダクトシフト
●OM:アウトドア・野鳥などニッチ特化
●Panasonic:動画とLマウント連合
という明確なポジショニングで戦っている。
早嶋が体験したように、CMJのオンラインショップとサポート窓口は、 ログイン済み・購入履歴からの問い合わせであっても、 再度注文番号や個人情報を要求する運用になっている。
●仮説レベルに留まるもの
Canonのイメージング事業の中で、 プロ市場とアマチュア市場がどのくらいの比率なのかは、公開情報からは分からない。ただしスマホの影響を考えると、「高付加価値ゾーン=プロ+金持ちアマチュア」が主戦場になりつつあるという仮説は、かなり妥当だと思う。
オンラインショップ・CRM・修理データベースなどがどの程度連結されているかは外部からは見えない。 ただし、今回のようなUXを見るかぎり、 「少なくとも顧客が期待する水準までには統合されていない」と推測できる。Canonがこの状態を「意図して」プロ向け/一般向けで差別化しているのか、単にプロダクトオリエントに全振りしていて、 顧客体験やデータ統合に投資してこなかった結果なのか、 は現時点では判断できない。
RF45mm F1.2という、アマチュア以上をターゲットにしたレンズを買ったユーザーが、サポートの入口では「一見さん」と同じ扱いを受ける。このギャップは、単なる不親切というレベルを超えて、「Canonは誰を大事な顧客と見ているのか?」という問いを突きつけてくる。
プロダクトとしてのCanonは、世界のトップランナーだ。だからこそ、顧客体験の設計もトップランナーであってほしい。今回の問い合わせ体験は、そんなことを改めて考えさせてくれる、良いきっかけになったのだと思う。
(早嶋聡史のYoutubeはこちら)
ブログの内容を再構成してYoutubeにアップしています。
(ポッドキャスト配信)
アップルのポッドキャストはこちら。
アマゾンのポッドキャストはこちら。
スポティファイのポッドキャストはこちら。
(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。
(著書の購入)
「コンサルの思考技術」
「実践『ジョブ理論』」
「M&A実務のプロセスとポイント」
大手のエースが地場企業でパフォーマンスが出せない構造的な理由
2025年12月4日
早嶋です。約4400文字。
地場企業で比較的売上規模が大きな企業と仕事をしている際に度々似たような出来事に遭遇する。それは中央の大企業で絶賛されていたエースが、地場企業に入った瞬間に、機能不全に陥る現象だ。
これらの研究のキーワードは、
●組織の情報処理能力(Information Processing Theory)
●スキルの非互換性(De-skilling / Re-skilling paradox)
●HRO(High Reliability Organization)とローカル企業の違い
●文化適応(Cultural Fit)のズレ
●タレントミスマッチ(Skill–Environment Misfit)理論
● 探索と活用(Exploration vs Exploitation)」の視点
等をベースに議論ができるエリアだ。
バス会社やタクシー会社などの交通インフラ系、SSや飲食や小売などの店舗事業系、建築や土木などの業種等々。地場に密着して、一定の規模で多角化する企業に良くみられる。この因果や理由を理解しておけば、優秀な人材の採用に対しての心構えと活用の仕方が自ずと見えてくるだろう。
まずは、イメージを持っていただきたいので大手企業で優秀だったAさんの地場企業での失速ケースをみてみよう。
(大手企業で優秀だったAさんが地場企業で失速するケース)
Aさんは、誰が見ても優秀だった。大企業に20年。王道のキャリアパスを経験している。商品開発、マーケティング、会計分析、営業企画、どの部署に異動しても結果を出してきた。部長クラスの役職で、社内からの信頼が厚かった。そんなAさんに転機が訪れる。
「地元に戻りたい」「家族との時間を増やしたい」「もっと事業の最前線に立ちたい」
40代に差し掛かり、そう考えるようになったAさんに、地方大手の社長から声が掛かった。その社長も、もともとは大手企業出身者。自分が良いと感じた人材を、これまでも定期的に引き抜いてきていた。
地場企業と言っても企業規模は、売上1,000億超で社員も数千人はいる。規模だけを見ると、Aさんが長らく務めた大手企業と大きく変わらない。Aさんは、社長から「この事業をまるごと任せたい」と役員待遇での採用だった。Aさんは胸が高まり、第二のキャリアをスタートした。
ところがだ。半年経っても、1年経っても何も動かない。状況が変わらないのだ。Aさんは毎日忙しくしている。朝から店舗を回り、夜は本社で資料を作る。会議にもよく出席し、前任者よりも丁寧に現場と対話をしている。だが、事業が動く気配がない。
社長は思う、「Aさん、優秀なんだけどなぁ。なんで成果が出ないんだろう?」
現場の社員は、「Aさん、良い人だけど。結局、何をしたいのかわからない」
Aさん本人も悩んでいた。「事業の全体像がわからない」「商品別の収益資料はどうなっている?」「店舗別の管理会計は?」「業務フローは、どこかにまとまっていませんか?」しかし、答える人はいないのだ。
この企業は、バス事業、タクシー事業、SS(ガソリンスタンド)、飲食店、携帯販売事業など、多角的に事業を展開している。だが、商品企画は中央の企業が担い、地場企業は運用の役割に徹している。そして、管理会計の整備、KPIの言語化、教育体系、データ基盤等は、いずれも整っていない。数字は勘で動き、教育は背中を見て学べだ。意思決定は暗黙知と歴史と人間関係で行われる。
Aさんは、突然「地図のない世界」に放り込まれたのだ。そして、1年が経つ頃、Aさんは、静かに力を失っていくのだ。優秀だったAさんは、なぜまったく動けなくなったのか。これは本人の問題ではない。構造的な問題なのだ。
(大企業のエースが地場企業で動けなくなる理由)
ケースを読んで、そんなことがあるんだ。と思う読者も、そうそうと頷く読者もいたと思う。ここでは、そもそもの違いを整理しよう。
■大企業と地場企業はOSの根本がう
企業の表面的な規模は似ていても、OS(情報の整備度・組織インフラ・文化)はまったく違うのが大企業と地場の大手だ。
大企業のOSはこうだ。
●収益管理は綺麗に整整理されている
●事業別、地域別、商品別、担当別に数字が取れる
●分業化が進み、スペシャリストが揃う
●IT投資が進んでいる
●業務マニュアルが整い、誰でも見える
●合理性が貫通しやすい文化
●教育の仕組みがある
一方で、地場企業のOSだ。
●店舗別・商品別の数字が取れない
●過去データが残っていない
●業務フローは長年の経験
●IT化が遅れ、情報が散在
●教育はほとんど属人的
●合理性よりも関係性が優先される
つまり、仮に売上規模が同じ1,000億企業であったとしても、OSが違えば世界がことなるのだ。そこに気づかず、Aさんを経営陣に据えてしまうと、ほぼ確実に動けなくなるのだ。
■整備された構造の中で最適化された人材
これまでAさんは、大企業という整った構造の中で能力を発揮してきた。大企業の特徴はこうだ。
●データは揃っている
●リサーチも社内で完結できる
●従い、一定の分析力があれば答えが出る
●組織が大きく、関係者が多い
●資料を作れば意思決定は進む
●問題の定義がしやすい
つまり、大企業の人材は、こういう世界で最適化されているのだ。
一方、地場企業は、大手企業と異なるのだ。
●そもそもデータがない
●業務フローも整備されていない
●やたらと暗黙知が多い
●そもそも何が課題かが不明
●改革よりも歴史の方が重たい
●合理性よりも関係性が重視される
そのため、Aさんの最大の武器である構造化された世界での分析力は、前提条件がないと発揮されないのだ。
■大企業出身者は「わからない世界を歩く」ことが苦手
地場企業の経営は、従い常に手探り感が必要だ。それは以下のような特徴につながる。
●現場ごとに文化が違う
●歴史、縦社会、関係性が絡む
●人によって言うことが違う
●物事が言語化されていない
●何が本当のKPIか分からない
そう、このような組織世界では、「探索的な知性」「フィールドワーク」「暗黙知の抽出」が求められる。大企業の人材は、この能力を鍛えられていない場合がある。組織そのものが既に構造化され最適化されているからだ。そのためAさんを責めるべきことではなく、単に前提条件が違うだけの話なのだ。
■地場企業の多角化は大企業よりもとても複雑
地場企業は、バス、タクシー、飲食、SS、介護、携帯販売、不動産、建設事業など、多岐にわたる業界構造が異なる事業を同じ本社機能で抱えている。その複雑さは大企業の比ではない。そして、その一つひとつの規模は大企業の事業と比較して小さい。更に、管理会計の概念が乏しく結構などんぶり勘定なのだ。Aさんは、業界構造も経験もないため、構造を掴むことすら出来ないのだ。
(Aさんの扱いについて)
では、そのようなAさんを、会社はどのように扱うべきか?だ。これまで見て来た通り、大企業のエースが、必ずしも地場企業大手で活躍できるかは難しい。むしろ企業の構造(OS)が異なるため失速するケースが多いのだ。むしろ失敗しないほうが不思議だとも思えて来る。では、どう使うかだ。
まずは、Aさんと経営陣から外すことが重要だと思う。Aさんはトップとして機能しないからだ。責任ではなく、そもそも役割が異なる。地場企業のトップは、泥の中に入り、暗黙知を拾い、現場と一緒に仮説を立て、組織の骨格を作り、人間関係の温度感を読み取り、バラバラの情報を構造化し、仕組みを作る。
そんな組織のOSづくりが求められる仕事だ。Aさんは、このタイプではないのだ。これは能力の欠如ではなく仕様の違いなのだだ。
■Aさんを参謀として再配置する
通常、Aさんは、以下の領域で無類の強さを発揮する。それは、既存データの分析、
行政や本部との交渉、提案書・報告書の作成、全社プロジェクトの企画、新規施策のロジック構築、会議資料の整備、人を巻き込むための理論化等だ。
これは地場企業が苦手としてきた領域だ。Aさんがここを補完すれば、組織は一気に強くなる場合が多いのだ。
■Aさんには必ず現場の翻訳者を付ける
Aさん単独では、現場は動かない。現場はロジックより温度感で動くからだ。だから、Aさんの横に、「現場の右腕」が必要になる。それは、古参の部長や統括店長などのナンバー2の幹部の存在だ。
こうした人物が、Aさんの論理を現場語に訳し、現場の声をAさんに訳し戻す。この翻訳こそ、地場企業のマネジメントにおける核心だ。ただしAさんがそのナンバー2から認められない場合は、この仕組みは成り立たない。関係構築の力があるかはAさんの資質によるからだ。
■Aさんの評価指標を成果から基盤整備へ変更する
Aさんの評価を、売上や利益に置いてはいけない。Aさんは基盤整備型の人材なのだ。評価は次のようなジョブを与えてあげると良い。管理会計の整備、データ収集の仕組み作り、業務フローの可視化、本部調整の円滑化、新規施策の企画、会議体の整理、報告資料の体系化等々だ。
これらは、短期的には利益に見えにくいが、長期的には企業の資産になるのだ。
■Aさんに限定ミッションを与える
Aさんには、広範な責任ではなく、範囲を絞ったミッションを与えないといけない。本来は、丸投げできる人材だと思って採用しているが、OSが違う世界では機能不全に陥る。そのためはじめは限定した役割から初めて、OSに慣れてもらう目的もある。たとえば、管理会計の立ち上げ、ITツールの導入など期間と内容を決めて徹底的に動いてもらう。そして、徐々に全社プロジェクトのPMや新規事業の企画(実行は別)など役割を増やしていく。その過程で、本部との交渉役や多岐にわたる事業、たとえば店舗改善プロジェクトや現場の見える化などの勘所がわかるようになるのだ。
Aさんは「複雑だが整っている領域」では力を発揮するのだ。地場企業が苦手な領域だ。
(Aさんの活かし方)
大企業出身のエリートを地場企業や地場の大手が輝かせるには、配置が極めて重要だ。99%はその要因と言っても過言ではない。大企業で優秀だった人材が、地場企業でも優秀とは限らない。ひどい場合は、無能扱いされることもある。だが、これは完全に誤解なのだ。
Aさんのような人材は、整備された世界で圧倒的なパフォーマンスを出すアプリなのだ。そのため泥の世界でOSを作る人材とは、まったく別の生き物と考えて扱うべきなのだ。使い方さえ間違えなければ、大企業経験者は地場企業にとって最強クラスの戦力になる。Aさんが失速したのは、能力の問題ではない。配置とOSの不一致なのだ。そしてここを理解するだけで、地場企業の人材活用は劇的に精度が上がると思う。
(早嶋聡史のYoutubeはこちら)
ブログの内容を再構成してYoutubeにアップしています。
(ポッドキャスト配信)
アップルのポッドキャストはこちら。
アマゾンのポッドキャストはこちら。
スポティファイのポッドキャストはこちら。
(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。
(著書の購入)
「コンサルの思考技術」
「実践『ジョブ理論』」
「M&A実務のプロセスとポイント」
新規事業の旅 全集
2025年12月3日
こちらは現在連載している「新規事業の旅」の全部のリンクです。
Youtubeは、本ブログを動画に再編集して配信しています。
早嶋聡史のYoutubeはこちら。
ポッドキャストでも配信しています。
アップルのポッドキャストはこちら。
アマゾンのポッドキャストはこちら。
スポティファイのポッドキャストはこちら。
新規事業の旅(1) 旅のはじまり
新規事業の旅(2) 既存と新規は別の生き物
新規事業の旅(3) よし!M&Aだ
新規事業の旅(4) M&Aの成功
新規事業の旅(5) M&Aの活用の落とし穴
新規事業の旅(6) 若手の教育
新規事業の旅(7) ビジネスモデルをトランスフォーメーションする
新規事業の旅(8) 自分ごとか他人ごとか
新規事業の旅(9) 採用
新規事業の旅(10) NBとPB
新規事業の旅(11) 未だメーカーと称す危険性
新規事業の旅(12) 山の登り方
新規事業の旅(13) ポジションに考える
新規事業の旅(14) 経営陣のチームビルディング
新規事業の旅(15) 偶然と必然
新規事業の旅(16) キャズムを超える
新規事業の旅(17) 既存事業の市場進出の場合
新規事業の旅(18) アンゾフ再び
新規事業の旅(19) モノからコトへ転身できない企業
新規事業の旅(20) 自前主義の呪縛とイデオロギー
新規事業の旅(21) 現場とトップのギャップ
新規事業の旅(22) 売ってから始まる事業
新規事業の旅(23) 道具の使い方
新規事業の旅(24) 敵のコトを知りつくそう
新規事業の旅(25) キャズムを超えるまでのKPI
新規事業の旅(26) M&Aの勘所を押さえる
新規事業の旅(27) 仲介会社のビジネスモデルと買い手の事情
新規事業の旅(28) 動画サブスクの落とし穴と処方箋
新規事業の旅(29) 売り手のトラブルは売り手の無知から
新規事業の旅(30) OEは最早役に立たたない
新規事業の旅(31) ジョブと障害とキャズム
新規事業の旅(32) 需要と供給
新規事業の旅(33) ストレッチ目標
新規事業の旅(34) 複利の効果
新規事業の旅(35) 人間は機械の一部になる
新規事業の旅(36) デジタルの弊害を受け入れる
新規事業の旅(37) 会社を居場所に置き換える
新規事業の旅(38) システム化された社会
新規事業の旅(39) 金融リターンではなく事業リターン
新規事業の旅(40) サービス業の苦悩
新規事業の旅(41) 3つの財布
新規事業の旅(42) グループ企業の試練
新規事業の旅(43) 思考と行動
新規事業の旅(44) デジタルバッジ
新規事業の旅(45) デジタル化とOC
新規事業の旅(46) ジョブ発見のコツ
新規事業の旅(47) 器と魂
新規事業の旅(48) Z世代の高級品
新規事業の旅(49) アニメ界のSPA企業が覇者になる日
新規事業の旅(50) PBR1割れの衝撃
新規事業の旅(51) 新規事業の創造3つの方向性
新規事業の旅(52) 別の視点で見るイノベーションのジレンマ
新規事業の旅(53) 新規事業のベストミックス
新規事業の旅(54) サーキュラーエコノミー
新規事業の旅(55) PBR1割れを考える
新規事業の旅(56) 情報の民主化と経済格差
新規事業の旅(57) セキュリティの今後
新規事業の旅(58) サステイナブル経営
新規事業の旅(59) Z世代のアプローチ
新規事業の旅(60) ドローン事業
新規事業の旅(61) ノンカスタマー
新規事業の旅(62) プランB
新規事業の旅(63) Z世代
新規事業の旅(64) 小売とマーケティング
新規事業の旅(65) 高齢者をターゲットにした事業
新規事業の旅(66) ベンチャーキャピタルの実態
新規事業の旅(67) 新規開発の落とし穴
新規事業の旅(68) 覚悟を持って取り組む
新規事業の旅(69) 売れるモノが良いもの
新規事業の旅(70) 性善説と性悪説
新規事業の旅(71) 保身に走らない
新規事業の旅(72) 中国リスク
対立を望まない
新規事業の旅(73) サステナビリティ経営
新規事業の旅(74) ストックオプション
新規事業の旅(75) ゼロイチとM&A
新規事業の旅(76) TAM/SAM/SOM
新規事業の旅(77) 近くと遠く/全体と細部
新規事業の旅(78) 逆境を乗り越えるリーダー
歴史は繰り返す
新規事業の旅(79) ラストイチマイルの柔軟思考
新規事業の旅(80) 業務提携と資本提携
新規事業の旅(81) 部下の視点と視野の狭さはあなたの鏡
新規事業の旅(82) バックキャスティング
新規事業の旅(83) ペット保険にAmazon参入
新規事業の旅(84) ベンチャー企業
衝動買い合戦
新規事業の旅(85) 生成AI1年目の誕生日
グランドセイコーのブランディング
新規事業の旅(86) スケールする前後の組織
新規事業の旅(87) 無線給電
新規事業の旅(88) よく見る風景
新規事業の旅(89) ダイナミックプライシング
新規事業の旅(90) 提携と出資
新規事業の旅(91) アパホテルのプライシング
新規事業の旅(92) コカ・コーラのダイナミックプライシング
新規事業の旅(93) アップルのゴーグル型端末
新規事業の旅(94) 通年採用のススメ
新規事業の旅(95) 情シス事情
新規事業の旅(96) オープンイノベーションの打ち手としてのCVC
新規事業の旅(97) 今後のマーケティング
新規事業の旅(98) エフェクチュエーション
新規事業の旅(99) 2世と3世
そのショッパー有償ですか?
新規事業の旅(100)自分事と他人事
テルモンの一貫性
新規事業の旅(101)最近の経営企画
新規事業の旅(102)ドーミーイン
新規事業の旅(103)誰もわからない
新規事業の旅(104)運とリスク
新規事業の旅(105)経済的なインセンティブの大切さ
新規事業の旅(106)スタートアップと採用
新規事業の旅(107)エクイティにおけるインセンティブ
新規事業の旅(108)イノベーションとCVC
新規事業の旅(109)書店の敵は私学進出(アマゾンじゃなかった)
ファイナンス関連の書籍
新規事業の旅(110)30年の停滞
新規事業の旅(111)30年停滞の要因
新規事業の旅(112)30年停滞からの学び
新規事業の旅(113)ワイガヤ再び
新規事業の旅(114)地域を盛り上げる前の分析の視点
安部修仁語録
2代目ジャパネットタカタ
経営者QA 事業承継の際の覚悟、組織からの協力のポイント、大きな決断の覚悟の背景
経営者QA リーダーシップ 育成
新規事業の旅(115)足るを知る
新規事業の旅(116)継続は力なり
新規事業の旅(117)実践の妨げとなる心の豊かさ
新規事業の旅(118)学習性無力感
新規事業の旅(119)学習性無力感を克服するアプローチ
新規事業の旅(120)実践は時間と努力の変数
新規事業の旅(121)必要は発明の母
新規事業の旅(122)アントレプレナーとイントレプレナー
新規事業の旅(123)人事異動の落とし穴
新規事業の旅 (124)マネジメントの共通認識
為替の要因
新規事業の旅(125)高尚なパーパスの落とし穴
新規事業の旅(126)トレランスと遊び
新規事業の旅(127)行動しないことの考察
新規事業の旅(128)先延ばし
新規事業の旅(129)ベンチャー企業と中小企業
新規事業の旅130 設立から上場までの物語
新規事業の旅131 台湾事情2024その1物価
新規事業の旅132 台湾事情2024その2背景
新規事業の旅133 台湾事情2024その3再び物価
新規事業の旅134 北海道事情2024
国家観の再構築
新規事業の旅135 不祥事の元祖と原因と対策
新規事業の旅136 スタートアップと大企業
新規事業の旅137 提携や資本業務提携の契約
新規事業の旅138 LLCとKK
新規事業の旅139 やり抜けない人材排出の背景と打ち手
新規事業の旅140 創発する組織の会議
新規事業の旅141 高級時計ブランドのはじめ方
新規事業の旅142 グリーンファンド
エアラインの業界構造
新規事業の旅143 アニメ産業の現状と課題
新規事業の旅144 勘違いをぶっ壊せ
新規事業の旅145 テーマパーク
新規事業の旅146 自分と部下の育成方法
新規事業の旅147 ハルメクに学ぶ新規事業の初め方
新規事業の旅148 観光公害と言わないで正面から向き合う
中東情勢の理解
新規事業の旅149 世代ごとの消費の特徴
新規事業の旅150 リユースマーケット
新規事業の旅151 価格と向き合う
新規事業の旅152 人的資本経営
新規事業の旅153 脱東京で成長を加速する
新規事業の旅154 オールドメディアの終焉
新規事業の旅155 マーケティング(2Cと2B)の基礎理解
新規事業の旅156 若手とベテランの壁
新規事業の旅157 NDAを結ばない時
新規事業の旅158 小規模農業者向けの流通プラットフォーム
学びの意味
新規事業の旅159 車社会
新規事業の旅160 消費と浪費
新規事業の旅161 ストア派哲学
新規事業の旅162 単一と統合の生態系
新規事業の旅163 問題設定の大切さ
中途半端な正義
新規事業の旅164 脇毛とマーケティング
プレートの連鎖は考えにくい
新規事業の旅165 アメリカの終焉
新規事業の旅166 新しいことのはじめ方
新規事業の旅167 支援と投資のスタンス
新規事業の旅168 中国は金融戦争を仕掛けるか
新規事業の旅169 重要な取組が出来ない構造
新規事業の旅170 AとBのジレンマの処方箋
新規事業の旅171 増加する組織再編
新規事業の旅172 青を焼くか、重ねるか。文化と技術の対話の先。
新規事業の旅173 次の時代の生存戦略
新規事業の旅174 コメ価格高騰の裏側と、これからの日本の米市場
新規事業の旅175 ガソリン価格の高騰の本質
新規事業の旅176 民主主義が絶対主義になる時
新規事業の旅177 ポッドキャストの未来
最近の考古学の研究成果
新規事業の旅178 企業が思考停止に陥る理由とジョブローテーションの制度疲労
新規事業の旅179 生成AIがかえる都市の機能とカタチ
宗教改革から500年
新規事業の旅180 昭和100年
TSMCがもたらした変化
新規事業の旅181 グループ再編の現場の理想とリアル
新規事業の旅182 地方タクシー会社の未来
新規事業の旅183 PMIの失敗要因
新規事業の旅184 植物カルチャーの進化と熱狂の正体
新規事業の旅185 両利きの経営と時間をつなぐ仕事
新規事業の旅186 米問題に関する構造的課題とその処方箋
定着こそ最強の採用戦略クリニックが人を育成するためにすべきこと
新規事業の旅187 ブランドの3要素と成長戦略
新規事業の旅188
新規事業の旅189 少子高齢化と倫理の断絶
新規事業の旅190 アニメ業界における版権主権モデル
新規事業の旅191 シンギュラリティの隠蔽と創造の円環
新規事業の旅192 医療法人の運営と実態
新規事業の旅193 書く行為から見る未来
新規事業の旅194 個人が主導する情報時代の到来
継続は力なり
新規事業の旅195 モビリティ支配権をめぐる争奪戦
新規事業の旅196 ホワイトカラーの再変遷とAI時代の組織デザイン
新規事業の旅197 知識労働にもスマイルカーブ
新規事業の旅198 「貢献」と「利他」のあいだ
新規事業の旅199 「横の関係」が通じないときのリーダーの振る舞い
新規事業の旅200 MBOとOKR
虚構の政治
新規事業の旅201 未来と現実のギャップに苦しむテスラ
新規事業の旅202 権威の終焉とオーセンティック・リーダーシップ
新規事業の旅203 役員の覚悟と姿勢
不安定という制度を輸出するアメリカ
日本版・選挙推し活モデル
新規事業の旅204 ヒューマノイドの今後の考察
新規事業の旅205 ポッキーの立体商標
新規事業の旅206 日本企業の構造的な惰性
新規事業の旅207 ソフトバンクがインテルに出資する理由
新規事業の旅208 SHEIN制裁が映し出す規制機関の存在論
公務員のマネジメントに思う
新規事業の旅209 20Wで世界を制御する人間
新規事業の旅210 人間の進化と悩み
新規事業の旅211 AI導入の本質
首相交代
新規事業の旅212 独占禁止法に思う
最低賃金1,500円がもたらす構造的なシナリオ
米国の構造的なリスク
真実と虚構の間
箱と運営の両軸
ABOHA
H-1Bビザとアメリカの選挙
新規事業の旅213 暗黙知の形式化と活用
新規事業の旅214 破壊と維持と創造
地方と都市部と人材育成
新規事業の旅215 デジタル選挙の課題
新規事業の旅216
新規事業の旅217 組織布教のフレームワーク
採用・定着・出戻りを循環として設計する
日本の米の価格構造
新規事業の旅218 IPの創造
新規事業の旅219 抹茶の定義と言語化の必要性
新規事業の旅220 変えない攻めと変える攻め 牛丼とプロレス
新規事業の旅221 ガチャガチャの事業構造
新規事業の旅222 日本の世界における立ち位置と為替
新聞のトランスフォーメーション
ブランド価値と株価 比例しそうで、しない関係
ポルシェは、いまどこにいるのか
イデオロギーがマイルド保守に向かう理由
ネーミングライツの落とし穴
労働時間と一人あたりGDPの関係
センチュリー:トヨタ5番目のラグジュアリーブランド
ジョブ型社員の解雇に見る今後の組織戦略
映画アニメファンド
最近の若者はすぐに辞めるは「嘘?」
スクイーズアウトという制度
子ども食堂の未来は?
なぜスタバのEチケットはあんなに使いづらいのか?ブレイケージ(未使用残高)で毎年2億ドル超近く利益を出すスタバの経済学
本社と現場の権限配分
大手のエースが地場企業でパフォーマンスが出せない構造的な理由
プロダクトは一流、顧客体験は昭和
ネットフリックスがワーナー買収へ。世界の「ポスト・ストリーミング時代」が始まる
ワーナー争奪戦はM&Aではない!政治と資本が交差する地政学ディールそのものだ。
新規事業の旅223
新規事業の旅224
新規事業の旅225
新規事業の旅226
新規事業の旅227
新規事業の旅228
新規事業の旅229
(時にまつわるブログ)
スイス産業とその歴史・その1
スイス産業とその歴史・その2
腕時計とリトルハイア
日本勢の時計の売り方
スイスの腕時計事情
時計の動きに注目
グランドセイコーとブランディング
システム化した社会
グランドセイコーその1
グランドセイコーその2
グランドセイコーその3
タイミングこそ全てだ
グレーマーケット
GSを最高のブランドにするために
選択と集中・発散と自立
日本のメーカーで観察される過去から将来
自己プライミング
ウブロ
エネルギー源は健康と愛
デジタル機器
近年の社会的変化
視点
サラリーマンもサマータイムを
華麗なる小さな国ルクセンブルク
父曰く
ナイキとアップルウォッチ
ビックベン
色の所有
ペルソナとイメージング
脳のウォーミングアップ
導線
ペルソナ
ブランドコントロール
プロダクト・プレイスメント
パルミジャーニとエルメス
本社と現場の権限配分
2025年12月2日
早嶋です。
本社と現場、本店と支店。その権限をどちらに寄せるべきかという議論は、昔から組織の永遠のテーマのようだ。しかし昨今、この問いそのものがズレ始めていると思う。その理由は、単純だ。市場の変化が圧倒的に速くなり、一方でリスクや規制はむしろ強まった。現場で拾える情報の価値は高まり、本社が抱える責任の重さも増した。つまり、現場の即応力と本社の統制力、この二つを同時に求められる矛盾した時代になってしまったのだ。
そのため、昔のように「本社主導か、現場主導か」という二項対立で組織を決めてしまうと、どちらも機能不全に陥る。いま求められているのは、権限の総量をどちらに寄せるかではなく、速度、再現性、データの扱い、リスクの質という4つの軸に照らしてどのプロセスを、どちらが担うべきかを丁寧に分解することだと思う。
では、この4つの軸を前提に、業界が変わると権限配分はどう姿を変えるのかを、製造業、インフラ、金融、公務員、サービス業、そして地方に多くの拠点を構える企業という6つの領域を取り上げ、それぞれの構造的な違いをベースに考察したい。
実務に関わる多くの読者は、自社の「当たり前」が実は業界固有の構造であったことに気づくきっかけになれば嬉しく思う。
(製造業──「標準化された本社」と「改善する現場」が共存する世界)
製造業において、権限配分の核を成すのは品質と安全だ。製品そのものが物理的であり、ミスが許されない。ゆえに生産技術、品質管理、安全衛生、設備投資といった領域は、本社が強い統制権を持つべきだ。この点では業界間の差はほとんどなく、グローバルでも同じ構造が確認できる。
だが一方で、現場の改善活動は現場にしかできない。生産計画の微調整、不良発生時の判断、段取り替え、ラインの改良などは、現場の速度と思考が価値を生む。工場という組織は「標準化された本社」と「改善する現場」が二階建て構造でかみ合うと、一気に強くなる。この二つの層がズレると、どれだけ理念を掲げても実績は積みあがらない。
製造業は、現場と本社が役割で分かれ、能力で補完する典型的な産業だと思う。
(インフラ──「止めない」ために権限は本社へ集中する)
電力、ガス、鉄道、通信等。この領域に共通する最優先事項は止めないことだ。サービスが止まるということは、社会の基盤が揺らぐことを意味する。だからこそ、安全、法令遵守、技術基準、設備更新の判断基準などは、本社が一手に握らざるを得ない構造になる。
災害が起きたときの緊急対応は現場の役割だ。しかし、その背後にある戦略的な設備投資や政府との調整、保安規程の設計は本社が担うことが合理的だ。ここに現場裁量を広げすぎると、意図せぬ事故が起こり、企業全体が揺らぐことになる。
インフラ産業は、他産業とは異なり、権限の分散よりも責任の集中が優先される。ここが最大の違いだ。分権化すればするほど現場は楽になるが、社会の安全保障としてはむしろ危うくなるのだ。
(金融──市場感とリスク管理が常にぶつかる世界)
金融業はとても不思議な構造を持つ。支店の現場は顧客との接点であり、情報の源泉だ。しかし、本社は巨大なリスク管理の機構を抱えている。金融庁の規制、コンプライアンス、信用リスク、AML(マネーロンダリング対策)、商品設計。これらは完全に本社側の世界であり、現場が関与できる余地はほとんどない。
その一方で、地域の経済を知り、企業の実態を掴み、個人の背景を読み取るのは支店の力量だ。数字では測れない信用の手触りは、どうしても支店の裁量に依存する。
つまり金融は、本社と現場がどちらも正しい構造を持つ稀有な業界だ。本社はリスクの視点で正しく、現場は顧客接点の視点で正しい。両者の摩擦やギャップをどう調律するかで、その金融機関の競争力が決まる。
(公務員──公平性と地域性が常にせめぎ合う)
行政の世界では、法令の扱いに例外が許されない。公平性、透明性、手続の平等性。これらを守るために、本庁(=本社)の権限は必然的に強くなる。予算編成、制度設計、監査、情報公開は、本庁が一元的に持つほかない。
しかし、省庁・自治体がいくら原則を決めても、最終的に住民と向き合うのは現場だ。地域特性や住民の事情を理解し、生活課題に寄り添う役割は、どうしても現場の力に依存する。
公務領域は、現場の裁量を広げれば不公平が生まれ、本庁が統制しすぎると住民に寄り添えないという構造的ジレンマを抱える。民間企業とはまったく違う、独特の権限配分の世界が広がっている。
(サービス業──顧客価値の中心は圧倒的に現場にある)
飲食、ホテル、小売、介護、コールセンターなど、サービス業全般に共通する鉄則は、顧客価値のほぼすべてが現場で生まれるということだ。接客、身のこなし、クレーム対応、空間の空気感、瞬時の判断。これらはどれも現場の判断力と人間力に依存する。
本社はブランドを守り、商品戦略や価格設計を行い、教育とIT基盤を整える。しかし、実際に価値が生まれる場所は現場だ。だから、この業界では本社が権限を握りすぎると、一気に組織が弱くなる。現場の自由度を奪った途端、顧客にとっての魅力が消えてしまうからだ。
サービス業は、本社と現場の役割がはっきり分かれた例だと思う。ブランドは本社がつくり、価値は現場が生む。この二つが適切に分離されると、とても強い組織になる。
(地方に多拠点を持つ企業──地域差こそ価値なのか、それとも統一性こそ価値なのか)
地方に多くの拠点を構える企業は、最後のタイプとして非常に興味深い構造を持っている。たとえば、地方商社、建設、医療・介護、運輸、通信、インフラ子会社などが該当する。
この領域で決定的に重要なのは、「地域差そのものが価値になるのか、それとも全国一律の品質が価値になるのか」という問いだ。
地域によって顧客の気質、行政の姿勢、インフラ、水道、交通、人口動態、競合環境が全く異なる企業では、現場の判断能力が圧倒的に重要になる。地域ごとに「最適解」が違うため、本社の指示がそのまま通用しないからだ。
一方で、安全基準、労務、法務、IT、設備投資、全社最適の取り組みは本社が握るべき領域になる。これは地域差が関係ない。ルールは一つでいい。
つまり、多拠点企業の本質は、「現場の差異が価値なのか、統一性が価値なのか」を冷静に見極め、その上で権限の境界線を引くことに尽きる。
(総括)
本社と現場の権限配分は、もはや、どちらが強いべきか、という単純な議論では立ち行かない時代に入った。速度を求める領域は現場に寄せ、再現性や安全が価値になる領域は本社が握る。データは全社で集め、リスクは質によって線引きする。そして、業界構造によってその最適解が大きく変わる。
●製造業は、標準化された本社と改善する現場の二階建てで強くなる。
●インフラは、止めないために権限の集中が不可欠だ。
●金融は、市場感とリスク管理という相反する力を調律する産業だ。
●公務員は、公平性と地域性の綱引きが永遠のテーマになる。
●サービス業は、顧客価値の中心が現場にある。
●多拠点企業は、地域差が価値なのか統一性が価値なのかを見極め、構造を設計すべきだ。
権限というものは置きどころではなく、設計の問題へと進化した。この視点を持てるかどうかが、これからの組織の強さを決める重要なポイントになる、と思う。
(早嶋聡史のYoutubeはこちら)
ブログの内容を再構成してYoutubeにアップしています。
(ポッドキャスト配信)
アップルのポッドキャストはこちら。
アマゾンのポッドキャストはこちら。
スポティファイのポッドキャストはこちら。
(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。
(著書の購入)
「コンサルの思考技術」
「実践『ジョブ理論』」
「M&A実務のプロセスとポイント」
なぜスタバのEチケットはあんなに使いづらいのか?ブレイケージ(未使用残高)で毎年2億ドル超近く利益を出すスタバの経済学
2025年12月1日
早嶋です。約7900文字。
(スタバのEチケット)
前提として、多くの読者はスタバの「eGift」や「Eチケット」を使ったことがないと思う。ざっくり言えば、LINEやメール、各種SNS経由で送れるデジタル版ドリンクチケットだ。スタバ公式のeGiftは、オンラインで700円・500円などの金額指定のドリンクチケットや、ドーナツなどに使えるフードチケットとして購入できる。送る側はスマホ上で相手を選び、メッセージカードを選び、決済すれば、相手にURLつきのメッセージが届く。受け取る側は、そのURLを開くとメッセージカードとともに「ドリンクチケット」が表示され、レジでQRコードを提示して使う。そんな商品だ。
ここでポイントになる仕様を、事実ベースで押さえておく。
●eGiftは1枚のチケットにつき、1つの商品としか引き換えできない。複数の商品に分割して使うことはできない。
●おつりは出ない。700円のチケットで590円のドリンクを買っても110円はどこかに消える。差額を次回に繰り越すこともできない。
●有効期限がある。公式の利用規約では「発行日から5ヶ月以内の当社が指定する期日まで」とされており、期限を過ぎると自動的に無効になる。もちろん返金はない。
●チケットはスタバカードへのチャージには使えず、モバイルオーダーにも基本的には使えない。店頭レジでQRコードを読み取ってもらう必要がある。
つまり、スタバいわく、「金券」ではなく、あくまで「1回限りの商品引換券」として設計されている、ということだ。
(体験した際のモヤモヤ感)
実際の利用フローは紙のクーポンより複雑だ。LINEギフトで受け取った場合を例にとると、LINEのトークからスタバeGiftのURLを開く。メッセージカードが表示され、その下にドリンクチケットが並ぶ。使いたいチケットをタップするとQRコードが表示される。そして、レジでそのQRコードを読み取ってもらう。
iPhoneの場合、チケット画面から「Apple Walletに追加」ができるが、ウォレットに保存できても、それがなんtの使えない。スタバの公式ヘルプでは、eTicketやQRコードをスクリーンショットで保存して使うことは推奨しておらず、「お会計の際にご利用いただけない場合もございますので、ご利用時に表示したeTicketをご提示ください」とある。そのため、現場のスタッフによっては、「Apple Walletの画面ではなく、LINEで届いた元の画面を見せてください」と案内するケースが出てくる。
そう、ユーザー体験は一気に品雑化するのだ。レジ前でウォレットを開き、店員に「LINEの元画面を」と言われ、トーク一覧に戻り、どのトークだったか探し、ようやくQRを出す。混んでいる時間帯なら、後ろに並んでいる人の視線も気になる。たかがコーヒー1杯を買うのに、ここまでアプリの中を往復しなければならない。「デジタルでスマートに」のはずが、実際はUIの迷路を彷徨うはめになる。
今回私が体験したのは、典型的な「700円ドリンクチケット」だった。仕様として、1枚のチケットで1つの商品、差額の繰り越し不可、というルールがあるので、700円以内のドリンクを1杯だけ買うしかない。
たとえばこういうシーンだ。700円のチケットを持っている。普通にコーヒーだけなら、トールで500円から600円台に収まる。だったらドーナツも一緒に買って、合計780円だな。「チケット700円分+差額80円を現金かカードで払おう!」と考えるのは、人間として自然だと思う。しかし、ここで「1枚のチケットにつき1商品」の壁が立ちはだかる。
コーヒーとドーナツ、2つまとめて精算しながら1枚のチケットで700円分を充当することはできない。チケットを使えるのは、どちらか片方だけ。実際に私が遭遇したときも、「コーヒー2つで700円程度にして差額は払う」と考えたが、速攻でNGを食らう。
さらにややこしいのは、「700円ドリンクチケット」と「ドーナツチケット」の2枚を同時に出したときだ。最初、スタッフは「この2枚を同時には使えません」と言い切った。ところが、レジを操作し直し、奥で誰かに確認した結果、「やっぱり使えます」という結論に変わった。つまり、現場のオペレーションが仕様に全く追いついていない。
更に、有効期限の話もあった。このときのチケットは有効期限がその日までだった。しあbらくラインでもらったことを覚えていて何かのタイミングで使って見ようと思い出した。直感的には「今日が期限なら、今日まとめて2枚使って終わらせたい」と思ったのだ。しかし、スタッフの口から出てきた言葉は、「有効期限があるので、チケットは別の日に使われるのがいいと思います!」という、謎のアドバイスだった。私がレジ前でもたついていて、要領を得ていないのはわかる。レジの後ろに待ち行列があるのもわかる。令和のiPhoneを使った購買体験を準備したのはスタバなのに、なんかとても申し訳ない気持ちになる。それを見計らったかのような提案。店員の目は作ったスマイルで目は笑っていない。
(最低に近い顧客体験のファクト整理)
いや、今日が期限だからこそ、今日使わせてくれ、と思うわけだが、その感覚はどうやら共有されていない。こうして私は、最低に近い顧客体験を、見事に味わうことができた。仕様としての「ややこしさ」と、そこから生まれる違和感。ここまでを、いったん感情を抑えて「事実」として並べてみる。
●eGiftは1枚につき1商品にしか使えない。
●チケット金額内であっても、複数商品への分割利用はできない。
●おつりは出ないし、残額の繰り越しもできない。
●有効期限は発行から5ヶ月以内で、期限切れになっても返金はない。
●モバイルオーダーでは原則使えず、店頭レジでのQR提示が必須。
●スクリーンショット利用は公式には「非推奨」で、店舗によっては受け付けない。
●店舗によっては同一会計で使えるチケット枚数に上限(例えば2枚)が設けられているという利用者報告もあり、現場の説明も統一されていない。
そして、ここに人間の行動側の要素が重なる。
●LINEのトーク内で埋もれ、どのスレッドにチケットがあったか分からなくなる。
●ウォレットに入れたものの、店舗側が「LINEの元画面を」と要求し、行ったり来たりする。
●スクショで保存しても、店舗によっては「お受けできません」と言われるリスクがある。
●「いつか使おう」と思っているうちに、有効期限が過ぎる。
私だけが「面倒だ」と感じたのかと思って、別の場面で何度か話題にしてみた。た追えば、経営者の集まり。都市部で日常的にスタバを利用している層の集まり。普段はほとんどスタバに行かない層の集まり。
いずれの場でも、eギフトの利用体験は総じて満足度が低かった。「期限切れで結局使わなかった」「アプリの中でどこに行ったか分からなくなった」「何となく面倒で放置した」といった話が、いくつも出てきた。送られてうれしくはあるが、使い切る前に忘れてしまうパターンが、かなりの割合で存在している。
ここまで来ると、感覚としてはこうなる。「これは、スタバが意図的にややこしくしているのではないか?」と。
(金券ではなくドリンクチケットという戦略)
スタバ側の合理性を考えるとき、重要なのはeGiftが金券ではなく商品引換券として設計されていることだ。「金券」のように扱うと、会計・税務のルールは一気に重くなる。前払式支払手段としての扱い、残高管理、未使用残高の処理、返金の扱い等々、金融商品に近いルールが適用されてくる。一方、「指定商品の引換券」として設計すれば、より自由度が高く、企業側にとって都合のいい運用が可能になる。
実際、スタバのeGift利用規約では、「有効期限内に使えなかった場合でも返金しない」「スタバカードへのチャージはできない」と明記されている。つまり、使われないまま期限切れになったeGiftの売上は、そのままスタバの収益になるのだ。ギフトカード業界では、こうした未使用残高を「ブレイケージ(breakage)」と呼ぶ。スタバはアメリカ本社の開示でも、ギフトカードの未使用残高に関して「ブレイケージ収益」を計上している。
2025年春の報道によれば、スタバはプリペイドカードやロイヤルティ残高として約18.5億ドル(約2,800億円)の顧客前払金を抱え、その一部が毎年「未使用のまま」残り、年間で2億ドル超(約300億円)がブレイケージとして利益に寄与しているとされる。これは全社売上約362億ドル、営業利益率15%前後という規模の中で、おおよそ利益の4%程度を占める数字だという指摘もある。
要するに、「使われなかった分」は、ほぼコストゼロで利益になるのだ。その構造を、スタバはグローバルに持っている。eGiftも、その一種として設計されていると考えるのが自然だろう。
(欠陥仕様なのに修正しない)
ここで、一旦整理してみる。ユーザーから見れば、eGiftの体験は明らかに分かりにくく、使い勝手が悪い。店舗オペレーション側も仕様を完全に理解しきれておらず、現場で混乱が生じている。それにもかかわらず、eGiftという仕組みは何年も継続され、改善のスピードも遅い。これは「現場が不勉強だから」では説明しきれない。スタバほどデータドリブンな企業が、このレベルの顧客不満を本社レベルで把握していないはずがないからだ。それでも、仕様が大きく変わらないのであれば、そこには企業側の明確な意思があると考えるべきだろう。
●1枚のチケットで1商品に限定させる
●おつりは出さない
●分割利用も認めない
●有効期限を策略的に設定する
●利用フローはデジタルに閉じ紙クーポン化させない
こうした仕様が組み合わさると、ブレイケージは自然に増える。「700円分あるから、今度スタバ行ったときに使おう」と思う。でも、その「今度」がなかなか来ないのだ。気づいたときには、有効期限が切れていて、あるいは、LINEの底の方でチケットが眠ったまま忘れられてしまう。eGiftの設計を、顧客目線で見れば「欠陥仕様」と呼びたくなる。しかし、スタバ本社の目線で見れば、「多少不便でも、ブレイケージと送客の両方を生む優秀なプロダクト」となるのだろう。
(売上構造から見える「甘い飲み物の会社」という正体)
ここから議論を、スタバ全体の収益構造に広げてみよう。スタバの会社全体の売上構成を見ると、世界の直営店ベースで、売上の約7割前後がドリンク、2割から3割がフードやその他商品とされる。2024年の開示でも、直営店の売上のうち飲料が74%、フードが23%、その他3%という構成が示されている。つまり、売上の大半は「飲み物」で稼いでいるのだ。フードやマグカップなどの物販もあるが、あくまでサブという構造だ。
では、その「飲み物」の中身はどうか。スタバのドリンクメニューをざっと眺めれば分かるように、いわゆる「ブラックコーヒー」だけを売っている会社ではないのだ。ラテ、モカ、マキアート、フラペチーノ各種、季節限定の甘いドリンク(代表的なのがパンプキンスパイスラテ)等々。
こうした甘味系・ミルク系ドリンクが、客単価を大きく押し上げている。パンプキンスパイスラテだけを見ても、2003年の発売以来、アメリカを中心に文化的現象と言えるレベルのヒットとなり、スタバの売上拡大に大きく寄与してきた。おそらく、あなたの周りのスタバ利用者を思い浮かべても、「毎回ショートサイズのドリップコーヒーだけ」という人は少数派だろう。
感覚的な仮説として、飲料売上全体を100とするとブラックに近いコーヒー類(ドリップ・アメリカーノ等)が1割から2割。甘めのミルク系・フラペチーノ系ドリンクが残りの大半という比率になっていると考えても、大きく外れてはいないはずだ。
さらに、単価の差がここに乗ってくる。シンプルなコーヒーは、トールサイズで数百円台前半。甘いラテやフラペチーノは、トールからグランデで600円から800円台。サイズを上げれば上げるほど、単価は上がる。原価構成を考えると、シロップやホイップ、ミルクの追加はコストに比べて高粗利になりやすいのだ。
スタバの財務データを見ると、全社レベルの営業利益率は年によって変動はあるものの、おおむね15%前後で推移している。この数字を支えているのは、コーヒー豆単体のビジネスというより、むしろ「砂糖とミルクと視覚効果をまとったドリンクの高マージン構造」だと考えるのが自然だ。
(「甘いものを大きくしたくなる」心理と、経済合理性)
人間の心理から見ても、スタバの設計は極めて巧妙だ。700円のドリンクチケットを持って店に入ると、多くの人はこう考える。「せっかくなら、いつもよりちょっと良いものを飲もうかな」と。ここで、「ブラックコーヒーをショートで」にはなかなか行かない。有料カスタマイズや、サイズアップ、期間限定フラペチーノに目が行く。
●ホイップを乗せる
●シロップを足す
●グランデやベンティを選ぶ
こうして、金額をきっちり使い切る方向に心が動く。スタバラバーズは、eGiftの攻略を得意げに説明して、「700円を使い切るために有料カスタマイズやサイズアップを活用するんだ!」と誇らしげに語る。経済合理性の観点から言えば、シンプルなコーヒーは原価に対して価格差がそこそこ。しかしシロップやホイップの追加は、原価に対する価格差がさらに大きい。サイズアップも、追加される飲料の原価よりも、価格の上昇幅の方が大きい。
つまり、顧客が「せっかくだから」と甘く・大きく・派手に注文するほど、スタバの利益率は上がる構造になっている。eGiftは、その「背中を押す」役割を果たす。
「700円分あるから、今日はフラペチーノにしよう」とか、「せっかくなので、トッピングも追加しよう」と。
このとき、チケット金額をちょうど使い切ることに小さな快感があるかも知れない。しかし、ブレイケージでキャッシュをゲット出来なくても、その裏側では、スタバ側は高利益商品の販売比率と客単価を上げつづけているのだ。
冷静に言えば、スタバは「コーヒー屋」の顔をしながら、実態としては高利益の甘味系ドリンク会社として収益を積み上げている。
(依存構造と「第三の場所」というの魔法)
もちろん、砂糖とミルクだけがリピートの理由ではない。スタバが強いのは、マーケティング、文化、社会心理学、建築、都市の文脈を総動員して、「第三の場所」という物語を作り続けている点だ。
●家でも職場でもない、居心地の良い場所
●ノートPCを広げて仕事をしている(風の)自分
●スマホとスタバカップを並べて写真を撮る自分
●「丸の内で働いている私」「都心で頑張るフリーランスの私」という自己陶酔
極端に言えば、高級バッグや高級レストランほどの出費はできないが、600円から800円のスタバなら頑張れる。それでいて、長時間座っていられる。Wi-Fiと電源がある。周りも似たような「頑張っている人(風)」に見える。
結果として、スタバは多くの人にとって、「自分の居場所をコスパ良く確保できる空間」になっているのだ。ここで重要なのは、お金が潤沢ではない層ほど、スタバに長居する傾向があるということだ。
自宅にワークスペースがない、会社に残りたくない、でもどこかで「仕事している自分」を確認したい。そのとき、スタバはちょうどいい。
●高級オフィスワーカーの下で働く大多数
●都市生活に憧れる地方の若者
●「意識高い系でありたい」と思うが、本格的なラグジュアリーには手が届かない層
ひょっとして、こうした人々の承認欲求、孤独、自己陶酔を、スタバは見事に吸い上げているのでは無いか。eGiftは、その中にさらに「ギフト」という文脈を差し込み、他者から「頑張ってね」と言われた気がする。そのチケットを手に、スタバという舞台に足を運ぶ。そこでまた「頑張っている自分」を演出する。
スタバは、砂糖とミルクの依存構造だけでなく、都市のライフスタイルと承認欲求の依存構造も同時に作っているのだと思う。
(スタバのターゲット層)
ここまで見てくると、スタバのターゲット像はかなり輪郭がはっきりしてくる。高級ブランドをバンバン買える層ではない。かといって、完全な低所得層でもない。高級バッグは買えないが、スタバなら「頑張っている自分」を演出できる。自分の場所を本当の意味で所有することはできないが、スタバで長居することで、自尊心を維持できる。それを「生産的な自分」だと、半ば本気で思っている。
視覚的にも、スタバは徹底している。ロゴの入ったカップ。写真映えするドリンクの色と層。店内の木材と照明、音楽。
これらすべてが「私はスタバでコーヒーを飲んでいる=それなりに良い暮らしをしている」という錯覚を上手に支えるのだ。そしてeGiftは、その世界に「デジタルギフト」という入口を付け加えた。送る側は数タップで完結する。使う側は、アプリを掘ったり、有効期限を気にしたり、レジ前で画面を切り替えたりしなければならない。
そこに、私はどうしてもこういう構図を見てしまう。送り手の手間は徹底的に軽く、受け手の体験は微妙に面倒で、期限切れや残額を通じてスタバだけが最後に得をする。
(スタバは「悪い会社」ではない)
ここまで書くと、「スタバ、ひどい会社だな」と感じる人もいるかもしれない。
しかし、私はそうは思っていない。むしろ、極めて戦略的で、利益志向がはっきりしていて、それでいてターゲット層にはそう思われないように、自分たちのイメージを設計している会社だと捉えている。
実態は高利益の甘味系ドリンク会社。収益を支えるのは、砂糖・ミルク・視覚的演出・「第三の場所」という魔法。ギフトカードやeGiftではブレイケージを巧みに取り込み、年間で数百億円レベルの「使われなかったお金」からも利益を生む。それでも、多くの人は「おしゃれなコーヒー屋さん」として好意的に受け止めている。
こういう会社は、マーケティング・財務・空間デザイン・デジタルプロダクトのすべてが一つのストーリーに束ねられている。だからこそ、スタバのeGiftに違和感を覚えたとき、それを単なる「使いにくいクーポン」として片付けるのはもったいないと考えた。むしろそこには、スタバという企業が大事にしている「本音の設計思想」が、むき出しのまま乗っているように見えたのだ。
(魔法の外側の視点)
私自身、スタバを完全に否定する気はない。偶に利用する。便利な場所にあり、ちょっと時間を潰すにはちょうど良い。エスプレッソをさっと飲んで10分もしないうちに店を出るだけなら、極めて合理的な場所だ。
ただ、今回eGiftを使ってみて、改めてこう感じた。顧客体験よりも、収益構造を優先する設計が、プロダクトの細部にまで染み込んでいるということ。それでも多くの人は、その魔法の中で楽しそうに過ごしている。そのギャップこそ、現代の消費社会の一つの縮図なのだろうと。
スタバのeGiftにモヤッとした人は、それをただの「使いづらいチケット」として忘れてしまうのではなく、一歩引いて「自分はどういう魔法をかけられてしまったのか?」を問いただしてみると良い。一度、魔法の外側に立ってみると、いつものフラペチーノが、少し違って見えるかもしれない。
(早嶋聡史のYoutubeはこちら)
ブログの内容を再構成してYoutubeにアップしています。
(ポッドキャスト配信)
アップルのポッドキャストはこちら。
アマゾンのポッドキャストはこちら。
スポティファイのポッドキャストはこちら。
(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。
(著書の購入)
「コンサルの思考技術」
「実践『ジョブ理論』」
「M&A実務のプロセスとポイント」
子ども食堂の未来は?
2025年11月29日
早嶋です。約5100文字。
ここ十数年で、日本のあちこちに「子ども食堂」が展開されている。はじめに「子ども食堂」という言葉が広く知られるようになったのは、2012年に東京都大田区の八百屋さんが始めた取り組みだと言われる。八百屋の店先で、近所の子どもたちに安く、あるいは無料でご飯を食べてもらう。それが新聞やテレビで取り上げられ、「自分たちの地域でもやってみよう」と動く人たちが現れた。そこから広がった。消費者庁の調査では、現在活動している子ども食堂のうち、活動開始が2011年以降の団体が約98%を占めている。つまり、子ども食堂は、ここ10年から15年のあいだに生まれ、まだ新しい現象なのだ。
(数で見る「子ども食堂」の爆発的な増え方)
子ども食堂の数は、まさに右肩上がりだ。複数の調査をつなぎ合わせると、だいたい次のようになる。
2012年頃:全国で十数か所から数十か所程度。まだ「知る人ぞ知る」活動。
2016年:319か所
2017年:2,286か所
2018年:3,718か所
2019年から2020年頃:5,000〜6,000か所と推計。
2021年:7,363か所
2022年:9,132か所
2024年度の調査:10,867か所と報告。
公立中学校の数(約9,200校)を比較するとイメージが湧くだろう。十数年前まではほとんど存在しなかった活動が、「全国どこに行っても、探せば近くに一つはある」レベルにまで広がっているのだ。子ども食堂は、もはや一部の熱心な人だけのチャレンジではなく、新しい形の社会インフラだと言って良いと思う。
(平均的な「子ども食堂」の姿)
「子ども食堂」のスタイルや運営をイメージしてみる。農林水産省が行ったアンケートでから、開催頻度の分布をみてみる。
●月に1回から2回のペースで開催:全体の4割程度
●週に1回から2回開いている:約2割
●ほぼ毎日のように開いている食堂:ごく少数
1回あたりの参加人数も、そこまで多くない。平均すると、子どもが約15人、大人が約23人で、合計38人程度だ。中央値は31人なので、「子どもが20人前後いて、大人が10人程度利用している」という光景が、典型的な子ども食堂のイメージだ。
参加費も、かなり抑えられている。子どもの参加費は平均134円で、中央値は100円。つまり、100円玉を1枚だけ持ってくれば食事ができる設計だ。そもそも子どもは「無料」のところも多く、アンケートでは、半数以上の食堂が「子どもは無料」と答えている。一方、大人の参加費は平均310円、中央値300円で、こちらもコンビニ弁当より安い。
場所は、公民館や地域センター、自治会館、寺や教会、飲食店の定休日、企業の社員食堂、学校の家庭科室や給食室などが使われている。10食から20食程度の小さなところもあれば、100食以上を用意する大規模なところもあるが、30人から50人前後が集まる中規模の食堂が全体のイメージに近い。
整理すると、平均的な子ども食堂とは、「月1回から2回、多くても週1回から2回ほど開き、1回あたり子どもが20人前後、大人も含めて30人から40人ほどが集まる。子どもは100円か無料、大人は300円程度で食べられる場所」ということだ。
(年間のコスト)
このインフラは、年間どれくらいのお金で支えられているのかを想定してみた。全国の子ども食堂を支援する「むすびえ」が行った大規模な調査では、9,132か所の子ども食堂のデータから、全国全体で1年間に動いているお金が推計されていた。人件費を除いた運営費用(食材費や消耗品費、家賃、光熱費など)の総額は、約216億円(21,632,725,395円)だという。これを1か所あたりに割ると、平均で約236万円/年になる。
人件費の勘案が無い。つまりボランティアで成り立っているので、仮にボランティアの労働を、最低賃金ベースで「お金に換算」してみた数字を出してみた。同じ調査をベースに計算すると全国で約349億円という金額になった。1か所あたりで見ると、約380万円/年だ。つまり、子ども食堂は、現金としては年間236万円ほどの原材料費等と380万円相当のボランティア労働がかかる構造だ(ただし、ここには調理器具や設備投資の減価償却は含まれていない)。
1回あたりの直接費は、参加人数によって大きく違う。参加者が10人から20人規模の食堂では、1回の開催で使うお金の中央値は約6,000円。21人から30人だと約15,000円、31人から50人だと約26,000円、51人から100人で約57,000円、100人を超える大規模食堂になると、1回あたり約88,000円とされている。
ここに、場所代などがさらに加わるので、「子ども一人あたり100円」ではとうてい賄えないことがよくわかる。
(事業として成り立つのか?)
子ども食堂を「事業」として捉えたとき、どこまで自立できるのかを考えて見よう。分かりやすくするために、いったん人件費をゼロ、つまり「すべてボランティア」と仮定して考えてみる。
典型的なケースとして、1回あたり30人程度(子ども20人+大人10人)が参加し、月2回開催する食堂をイメージする。先ほどの中央値を参考にすると、1回の開催で必要な直接費は15,000円から25,000円程度だ。月に2回開催すれば、合計で3万から5万円になる。
一方で収入はどうか。子どもが20人来て、1人100円を払うと2,000円。大人が10人来て、1人300円を払うと3,000円。合わせて1回あたり5,000円。月2回で1万円の収入になる。そうすると、毎月2万から4万円は赤字になり、その分を寄付や助成金、食材の寄付などで埋める必要がある。年間で見ると、24万から48万円の不足だ。
もう少し規模が大きく、40人から50人が参加し、月4回開催している食堂を考えてみると、毎月のコストは10万から20万円程度になる。参加費収入は、大人も含めて月2.8万円ほど。ここでも、月あたり7万から17万円、年間にすると80万から200万円を、外部の資金で補わなければならない計算になる。
この数字を見ると、「子ども食堂単体を、参加費だけで成り立つビジネスにする」という発想はほぼ不可能だと分かる。もし参加費を本気でコストに見合う水準まで上げるなら、子どもは500円、大人は800円から1,000円といった価格設定が必要になるだろう。しかし、それをやってしまうと、そもそもの目的である「貧困対策」や「孤食対策」とは矛盾してしまう。来てほしい家庭ほど来られなくなるからだ。
従い、現実には、子ども食堂は「事業」というより、「マルチな資金を束ねた社会的な取り組み」として成立している。公的な補助金、企業からの協賛金、ふるさと納税の仕組み、地域住民や企業からの寄付、フードバンクやスーパー・農家からの食材寄付、さらには宗教施設や自治会館の無償提供、こうした資源を総動員することで、ようやく年間200万から300万円の活動プラス、そこに関与する人のボランティアで回っているのが実態なのだ。
(立地のパターンと可能性)
子ども食堂の立地を考えるとき、いくつかの典型的なパターンがある。
一つは、企業の社員食堂を開放する形だ。すでに厨房設備が整っており、衛生管理の体制もある。余った食材や、社食の仕込みの一部を活用することで、食材コストを抑えることもできる。職住近接のオフィスであれば、社員の子どもがそのまま立ち寄ることもできる。企業にとっては、地域貢献(CSR)と、社員のワークライフバランス支援を同時に実現できるモデルだ。ただし、オフィス全体のセキュリティ設計や、社員以外の人の出入りをどう管理するか、といった課題は残る。
次に、学校の調理室や家庭科室、給食室を放課後に活用するモデルがある。すでに子どもたちは放課後も学校にいる。多くの自治体では、放課後子ども教室や学童保育が学校の敷地内で行われている。ここに子ども食堂が組み合わされると、「仕事で帰りが遅い家庭の子どもが、学校でそのまま宿題をして、晩ご飯も食べてから帰る」という形が実現できる。孤食の問題にも直接的に効いてくる。ただ、学校現場の教職員の負担をどう抑えるか、教育委員会や自治体との調整をどう進めるか、という別のハードルがある。
現状もっとも広く使われているのは、公民館や地域センター、自治会館、寺や教会といった、地域の公共空間だと思う。ほとんどの自治体には、こうした場所が何らかの形で存在する。調理室がついているところも多い。高齢者サロンや趣味のサークル、地域の会合といった活動とも組み合わせやすく、子どもだけでなく、地域の大人や高齢者も一緒になって食卓を囲む場を作りやすい。ただし、人気のある公民館ほど利用枠の競争が激しく、使用料も1回数千円から数万円かかることがある。自治体がここを「子ども食堂優先枠」として位置づけ、料金や利用条件を優遇するような制度設計をすれば、さらに広がる余地は大きい。
最後に、ゼロから専用拠点をつくるモデルもある。空き店舗や古民家を改修して、「子ども食堂+学習スペース+地域カフェ」といった複合施設にするやり方だ。昼間は一般向けのカフェとして営業し、夕方から夜にかけては子ども食堂として開放する。場合によっては、コワーキングスペースやフリーランス向けのオフィス機能を備えることも考えられる。こうした専用拠点は、まちの「顔」となりやすく、ブランドも育てやすい。ただし、初期投資や家賃の負担が大きく、運営もそれなりに複雑になる。ここまで来ると、もはや子ども食堂単体というより、「ソーシャルビジネス拠点」の一機能として子ども食堂を位置づける発想が必要になってくる。
(インフラとして成熟した先の税金投入の可能性)
ここまで見てきたように、子ども食堂はすでに「新しいインフラ」としての姿を見せ始めている。全国で1万か所以上あり、多くの地域で、子どもだけでなく大人や高齢者も含めた「居場所」となっている。貧困対策、孤食対策、見守り、高齢者との交流、食育、さらには学習支援や相談窓口など、担っている役割は多岐にわたる。
ここまで役割が広がると、次の問いが浮かぶ。「これは、市民活動としてだけでなく、公共サービスとしても位置づけるべきではないか?」という問いだ。日本は、どうしても「公務員が直接やる仕事」が前提になりがちだが、子ども食堂のような取り組みは、民間やNPOが主体となり、行政が資金や制度面で支える、という形の方が相性が良い分野だと思う。行政がすべてを自前で抱え込むのではなく、地域のNPOや市民団体を「パートナー」として位置づける。その代わり、税金を一定程度投入し、継続性を担保する。
その前提として、本来の公務員の仕事も見直す必要がある。今の行政は、膨大な事務作業やルール運用に多くの時間を費やしている。これを、AIやロボット、デジタルツールにどんどん移していく。会計処理、申請書のチェック、補助金の事務、統計の集計、こうした仕事は機械の方が得意だ。逆に、人間にしかできないのは、子どもの表情の変化に気づくこと、一人ひとりの事情を聞き取ること、地域の信頼関係を紡ぐことだ。
もし自治体が、「人手が必要な支援は人がやる。それ以外は徹底的にデジタル化する」という方針を本気で掲げるなら、子ども食堂のような取り組みに税金を振り向ける余地は十分に出てくるはずだ。
(まとめ)
子ども食堂は、十数年前にはほとんど存在しなかった。しかし今では、全国で1万か所以上が活動し、年間236万円の現金と380万円相当のボランティア労働で支えられている。参加する子どもは平均で1回あたり15人前後。大人も含めると30人から40人が集う。参加費は子ども100円、大人300円程度。数字で見ると、どれだけ「無理をして」成り立っているかがよく分かる。
それでも、このインフラを支えているのは、地域の人たちの「子どもを見守りたい」「一人で食べる子を減らしたい」という思いだ。その思いに、これからどこまで制度が追いついていくのか。NPOや市民活動としての自律性を残しながら、公共サービスとしても位置づけることができるのか。
子ども食堂をめぐる数字を追いかけていると、日本のこれからの福祉や教育、地域社会のあり方が、そのまま縮図として見えてくる気がする。ここから先をどう設計するのかは、政治のテーマでもあり、同時に、地域の一人ひとりが考えるべきテーマでもあるのだと思う。
(早嶋聡史のYoutubeはこちら)
ブログの内容を再構成してYoutubeにアップしています。
(ポッドキャスト配信)
アップルのポッドキャストはこちら。
アマゾンのポッドキャストはこちら。
スポティファイのポッドキャストはこちら。
(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。
(著書の購入)
「コンサルの思考技術」
「実践『ジョブ理論』」
「M&A実務のプロセスとポイント」
スクイーズアウトという制度
2025年11月27日
早嶋です。約2300文字。
大きな資本の動きよりも、むしろ小さな持分の存在が決定的な影響を及ぼすことがある。ある会社が9割以上の株式を持っているにもかかわらず、残り数%の株主が「反対」を示し、合併や組織再編そのものが動かなくなる場合だ。これは実務では珍しくなかった。少数の意見が悪いわけではないが、再編全体が人質のように扱われるケースが続けば、企業の意思決定はいつまでも前に進まない。
この状況を解きほぐすために用意された制度が「スクイーズアウト」だ。日本語では「株式等売渡請求」と呼ばれる。簡単に言えば、9割以上の株式を持つ支配株主が、残りの株主に対して「あなたの株式を買い取ります」と請求できる制度だ。少数株主の同意は不要で、対価は裁判所の制度によって公正が担保される。企業側は速やかに再編を進められ、少数株主側は適正な価値での買取が保証される。いわば、双方が秩序を失わずに出口へ向かうための仕組みだ。
スクイーズアウトが日本で制度化された背景には、古い企業統治の仕組みと、新しい市場の動きが正面衝突するような事件が続いたことがある。企業側がどれだけ多数の株式を持っていても、少数株主が反対すれば再編が動かず、合併も買収も前に進まないという制度的な弱さが目立ち始めていた。九割を持つ親会社がいても、残り一割弱の声で企業統治が止まる。そんな状況をいつまでも続けるわけにはいかない。これがまず、制度設計の根底に流れる考え方だった。
さらに、当時の日本では、企業支配のルールそのものが曖昧だった。誰が支配権を持つのか。何をもって支配権を握ったと言えるのか。その判断基準が国際的な標準とずれていた。そこに「市場で株式を買い進め、新しいルールで企業支配を取りに行く」ようなプレイヤーが現れたとき、旧来型の企業統治は対応しきれなかったのだ。
象徴的だったのは、ライブドアとニッポン放送を巡る一連の買収劇である。ライブドアは何も法を破ったわけではなく、むしろ市場の仕組みを正面から使って株式を買い進めた。大量保有を前提とした海外では当たり前の企業買収の手法であり、経済合理性だけを見れば、極めて標準的な動きだった。海外の投資ファンドであれば、ごく自然に行われる行動である。
しかし、当時の日本ではこの動きを受け止める制度が整っていなかった。持株構造をきちんと整理してこなかった側にも問題があったし、買収防衛策も不十分だった。その結果、市場と裁判所が同時に巻き込まれ、企業支配の問題が長期化してしまった。ライブドアが悪者だったわけではない。むしろ、日本放送とフジテレビ側のガバナンスが旧来型のままで、制度の穴を突かれたことによって混乱が生まれたという方が正しいだろう。
結局のところ、この事件は「誰が悪いか」という単純な話ではない。制度が整っていない国で企業買収が起きると、全員が混乱し、現場は迷走するという典型例だった。市場のルールで動く新しいプレイヤーと、慣行で動く旧来型企業が衝突したとき、日本の制度がその衝突に耐えられなかった。それだけのことだ。
こうした経験が積み重なり、ようやく2006年の会社法改正でスクイーズアウトが整備された。少数株主の権利を守りつつも、企業再編が止まらないようにする。国際標準のM&Aの手続きに合わせ、企業が前に進めるよう制度を整えた。その結果、日本でも支配株主が適正なプロセスで100%子会社化し、再編を高速に進める道が開けた。
スクイーズアウトの仕組みを理解するには、具体的な状況を思い浮かべると分かりやすい。たとえば、ある企業が9割以上の株式を保有する関連会社があったとする。その会社は長らく赤字が続き、債務超過も膨らみ、将来のキャッシュフローも見通せない。経営合理化のために完全子会社化し、最終的には吸収合併したいと親会社は考えている。しかし、残り数%を持つ少数株主が反対しているため、合併に向けた手続きが進められない。
このとき、スクイーズアウトが有効に働く。親会社が9割以上を持っているなら、少数株主の株式を「公正な価格」で買い取ることを請求できる。少数株主は合併そのものを止めることはできず、争えるのは価格だけになる。そして、仮にその会社が債務超過で、将来の収益も期待できない状態であれば、株式の経済的価値はほぼゼロだと判断される。それが第三者との実際の取引によって裏付けられている場合、公正価値として「1円」という評価も十分に成り立つ。
スクイーズアウトが完了すると、親会社は100%の株主となる。ここから先は再編が一気に進む。完全子会社であれば、吸収合併もスムーズに行える。株主総会の手続きも軽くなり、反対株主も存在しない。企業再編のスピードが格段に上がる。制度はまさに、再編の最終段階で会社が立ち止まらずに済むよう設計されている。
仕組みそのものを見れば、スクイーズアウトは強い制度に見えるかもしれない。ただ、導入の背景を辿ると、その本質は「秩序を取り戻すための制度」であることが分かる。少数株主の権利を保護しつつ、それが会社全体の未来を妨げるほど大きな力になってしまうことを防ぐ。企業が責任を持って前に進むための道筋を確保する。その意味では、スクイーズアウトは企業統治の成熟を象徴する制度と言えるかもしれない。
企業再編は、外から見ればドラマのようだが、中に入ると泥臭さや複雑さがどうしても残る。そのなかで、少しずつ整理を重ねながら未来の構造を描いていく。その過程を支える最後の仕組みとして、スクイーズアウトは存在している。制度の文面だけを見るより、歴史や理由を踏まえて眺めてみると、その設計思想がすっと理解できるはずだ。
(早嶋聡史のYoutubeはこちら)
ブログの内容を再構成してYoutubeにアップしています。
(ポッドキャスト配信)
アップルのポッドキャストはこちら。
アマゾンのポッドキャストはこちら。
スポティファイのポッドキャストはこちら。
(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。
(著書の購入)
「コンサルの思考技術」
「実践『ジョブ理論』」
「M&A実務のプロセスとポイント」
最近の若者はすぐに辞めるは「嘘?」
2025年11月26日
早嶋です。約2100文字。
「最近の若者はすぐ辞める」「3年で3割が離職」という言説は、一見、最近の現象のように語られるが、実際は誤りだ。大卒の3年以内3割離職は、1995年以降ほぼ30年間ずっと続いている構造的傾向で、直近だけが特別に離職率が高いわけではない。むしろ高卒では、2000年前後は3年以内に5割が離職というより厳しい時期があり、現在(約38〜40%)は改善しているのだ。そのため「最近の若者は〜」という議論は、データを見る限りミスリードであり、早期離職は昔から一貫して存在する労働市場の特性と捉えるべきなのだ。
厚労省「新規学卒就職者の在職期間別離職状況」および同内容を引用した統計記事より数字を引っ張ってきた。
■ 大卒「就職後3年以内離職率(%)」(主要年のみ抜粋、1990年代〜2020年代)1995年から2025の約30年間、ずっと「3年で3割前後」でほぼ固定している。直近だけが特別高いわけではなく、むしろ2000年前後の方が高かったことが分かる。
卒業年 離職率
1992年 23.7%(突出して低い)
1994年 27.9%
1995年以降:30%台が定着
1996年 33.6%
1999年 34.3%
2000年 36.5%
2001〜2004年 35〜37%(山の時期)
2007年 31.1%
2009年 28.8%(リーマン後の低さ)
2013〜2019年 31〜33%
2021年 34.9%
2022年 33.8%
■ 高卒「就職後3年以内離職率(%)」(主要年のみ抜粋、1990年代〜2020年代)
2000年前後は「3年で半分が辞める」という極めて高い水準だった。現在(約38〜40%)は当時より明確に低く改善していることが分かる。
卒業年 離職率
1995年 46.6%
1996〜2004年 47〜50%(ピーク帯、最大50.3%)
2006年 44.4%
2007年 40.4%
2008年 37.6%
2010〜2016年 39〜41%
2018年 36.9%
2021年 38.4%
2022年 37.9%
厚生労働省の統計を30年スパンで確認すると、離職率は構造的な数値でむしろ高卒の離職率は改善していることがわかる。
大卒に関しては、就職後3年以内に約3割が離職するという構図は、1995年以降ほぼ一貫して続く。むしろ2000年前後には35%から37%と、現在より高い時期もあった。言い換えれば、現在の離職率は例外的に高いどころか、過去30年間の延長線上にある安定したトレンドなのだ。
一方で高卒については、2000年前後は3年以内に5割が離職するという極めて高い水準だった。しかしその後は改善が進み、現在は約38%から40%程度まで低下している。つまり、高卒の早期離職率は長期的にはむしろ良くなっているのだ。
これらを総合すると、「最近の若者はすぐ辞める」という言説は、統計的には支持されない。若者の離職率はこの30年間で大きく増えていないどころか、部分的には改善すらしている。早期離職は現代特有ではなく、日本の労働市場に長く根付いた構造的な現象であり、若者の気質変化ではなく、職場環境・労働条件・キャリア観・産業構造などの要因に左右され続けてきた結果なのだ。
ここに一つ、補足の議論を加えたい。それは、高卒離職率の高さを説明する要因として、しばしば挙げられる「女性の結婚退職(いわゆる寿退社)」についてである。確かに1990年代前半までは、女性が20代前半で結婚を機に離職することが一般的で、高卒女性の離職率を押し上げていた側面は否定できない。これは統計の年齢帯とも重なっており、一定の影響を与えていたことは確かだろう。
しかし、結婚退職は高卒離職率のピーク(1996年から2004年、離職率47%から50%)を生み出した主因ではない。理由は明確だ。
まず、女性の結婚後の就業継続が本格的に増加したのは2005年以降で、離職率ピークの時期と一致しない。次に、同時期の高卒男性の3年以内離職率も40%から45%と極めて高く、女性だけに起因した現象とは言えない。更に、企業側要因、バブル崩壊後の雇用悪化、非正規化の進行、労働負荷の高い業種構造、小売・飲食・製造などにおける労働環境の厳しさが高卒離職の主因として強く作用していたことが分かっている。加えて、2010年代に離職率が低下した背景も、女性の継続就業が増えたからだけでは説明できない。むしろ、人手不足の深刻化に伴う企業の離職防止施策、労働条件の改善、若年層に対する研修整備、働き方改革に伴う時間外労働の抑制など、企業側の努力による部分が大きい。結果として、かつてよりマッチングが改善し、辞めにくい職場が増えたことの方が説明力を持つ。
以上の事実を踏まえると、「最近の若者はすぐ辞める」という言説は、データにも歴史的推移にも支えられていないのだ。むしろ、1990年代後半から2000年代初頭にかけての方が、離職率は高卒・大卒ともに高かった。早期離職は新しい現象ではなく、労働市場の構造変化、景気循環、業種ごとの労働環境、企業側の受け皿の質といった要因の中で長く続いてきたものである。若者の気質の変化よりも、労働環境や採用構造の側に目を向けた方が、実態に即した理解につながるだろう。
(早嶋聡史のYoutubeはこちら)
ブログの内容を再構成してYoutubeにアップしています。
(ポッドキャスト配信)
アップルのポッドキャストはこちら。
アマゾンのポッドキャストはこちら。
スポティファイのポッドキャストはこちら。
(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。
(著書の購入)
「コンサルの思考技術」
「実践『ジョブ理論』」
「M&A実務のプロセスとポイント」
映画アニメファンド
2025年11月25日
早嶋です。約5500文字です。
日本のアニメ産業がまた面白くなる。みずほフィナンシャルグループが立ち上げた、アニメ映画向けの投資ファンド「Talent of Talents(タレント・オブ・タレンツ)」だ。
●アニメ業界の資金調達課題で、製作委員会方式が中心で、金融機関からの出資スキームが定着していない。
●海外(例として韓国)では映画製作にファンドが深く入り込み、資金規模や作品機会の差につながっている。
●ファンドの設計・仕組みは、50作品候補から2から3作品に絞り出資する。
●目安として1作品あたり製作費7億円、うち5億円をファンドで賄う。
ファンド規模の表記はないが、5億円程度を3作品からなので、規模は15億から20億をベースにスタートさせるのだろう。直近の目標として 国内外の個人・機関投資家を巻き込み、アニメ産業を支援し、制作現場・クリエイターに還元できる仕組みを構築することをビジョンに掲げている。
みずほが指摘するように、日本では「製作委員会方式」という独自の仕組みがアニメ映画の制作を支えてきた。しかし、近年、この構造が限界に近づいている。クリエイターへ利益が戻らない問題は本ブログでも指摘してきたが、それ以上に深刻なのは、IP(知的財産)の長期的育成が阻害され、作品が持つ本来の経済価値を十分に活かせていない点にある。
みずほのアニメ映画ファンドは、こうした日本アニメ産業の構造疲労に対して、金融サイドから新しい血を入れる試みだ。しかし、みずほのサイトを読むだけでは、なぜファンドが必要なのか、どこに本質的な課題があるのかの表面的な部分にしか触れていないと感じた。そこで本ブログでは、みずほファンドの背景を整理しつつ、韓国、中国、ハリウッドの映画ファイナンスと比較しながら整理した。最後に、もし日本のアニメ制作スタートアップが100%IPを保持したまま、みずほファンドから出資を受けた場合、収益はどのように分配されるのかを、数値に基づいてシミュレーションした。
(製作委員会方式の限界)
みずほがファンドを立ち上げた背景に触れるためには、日本特有の「製作委員会方式」の特徴を理解する必要がある。この仕組みは、テレビ局や出版社、広告代理店、玩具メーカー、音楽レーベルなど複数の企業が出資し、共同で作品のリスクを取りながら、出資比率に応じて収益を分け合うというものだ。
一見すると健全な分散投資の仕組みに見える。しかし現実は違うのだ。製作委員会方式は、制作会社やクリエイターが作品の成功から十分な利益を得られない構造になっているからだ。委員会を構成する企業は、自社の利益回収を最優先に考え、制作会社の取り分はごくわずかだ。さらに意思決定は合議制で、スピードが求められる現代のIPビジネスには不向きだ。
さらには、制作会社がIP(著作権)そのものを持てないケースが多い。制作会社は命を削るように作品を作っても、IPのオーナーシップは出版社やテレビ局が握り、続編・グッズ・ゲーム・海外ライセンスといった本丸の利益にアクセスできない。結果として、制作会社には次の挑戦のための資金も、クリエイターに還元する余力も生まれず、業界全体としての発展が阻害されている。
これらの解決が、みずほが立ち上げたファンドの背景だ。つまり製作委員会方式の外側に、より合理的な資本スキームを作ろうとしている。金融の仕組みを使ってIPを持つ側に力を戻す。その構造転換こそが、今回のファンドの本質だ。
なお、アニメ業界の現状と課題については、早嶋の別のブログを参照して欲しい。
(日本以外の映画ファンド)
「アニメ映画ファイナンス」と聞くと複雑に感じるが、世界を見渡すとむしろ日本のほうが特殊だ。資金がどのように集まり、どのように回収されるか。これがその国の映画産業の育ち方を決める。だからこそ、海外との比較は避けて通れない。みずほのファンドを理解するためにも、海外の映画ファイナンスの特徴を外観することでより、みずほの課題認識を理解できるようになる思う。
韓国では、アニメや映画は国家的産業として育成され、映画ファンドの仕組みが驚くほど整っている。特に重要なのが、韓国映画振興委員会(KOFIC)が運営する「母胎ファンド(Motae Fund)」だ。これは公的資金を核にしつつ、民間の投資マネーを呼び込み、制作会社へ直接投資するための仕組みだ。韓国の映画ファンドは、制作会社がIPを保持することを前提に作られている。投資家はあくまで映画単体の収益から回収する。つまり、映画は広告塔であり、IP全体の価値は制作会社に残るという構造だ。そして、ウォーターフォール(収益分配の順番)も合理的だ。劇場収入から配給やマーケ費用を回収し、その後、投資家の元本・優先利益を回収する。そのうえで残った利益を制作会社とクリエイターが分け合う。透明で、公平で、制作会社が成長できる設計になっている。韓国映画が世界的に存在感を増している理由の一端は、この合理的な金融設計にあると思う。
中国は興行市場が巨大だが、映画ファンドの構造は制作側に厳しい。ハリウッド作品が中国で稼いでも、スタジオ側には興行収入の25%しか戻らない。劇場や配給、税金が非常に強く、プロデューサーの取り分は総興行収入の38〜39%が限界だと言われている。つまり、中国市場は売上は大きいが、制作側に残る利益は小さい。映画を収益源として見る場合、この国の構造はあまり魅力的ではない。逆に言うと、中国では映画そのものより、グッズ、ゲーム、モバイルアプリなど、IP派生ビジネスが本丸になる。映画はきっかけに過ぎないのだ。
ハリウッドでは、投資回収の仕組みが精緻に体系化されている。「Recoupment Waterfall(レクープメント・ウォーターフォール)」という概念が一般的で、投資家がどの順番で回収されるかが厳密に決められている。最優先はデット(銀行やプライベートクレジット)。その次にエクイティ投資家が元本と優先リターンを回収し、最後に制作会社やプロデューサー、監督やキャストが残余利益を受け取る。ハリウッドが強い理由は単純だ。仕組みが透明で、資金が集まりやすく、制作会社にも利益が残る設計になっているからだ。その構造がIPの継続的な拡大につながっているのだ。
世界を見れば明らかだが、映画の構造が変われば、IPの価値の育ち方も変わる。日本の製作委員会方式は閉じた設計だったが、韓国やハリウッドはIPオーナーが育つ仕組みになっている。そして、みずほのファンドが挑んでいるのは、この日本の古い設計の外側に、新しい資本スキームをつくることだろう。
(みずほファンドの不明点)
みずほのファンドは、アニメ制作会社やクリエイターに光を当てようとする試みであり、その方向性は評価できる。しかし、記事には収益の具体的な分配方法、いわゆるウォーターフォールが書かれていない。早嶋はここを最も重要な部分だと考える。
海外のスタンダードでは、映画ファンドは 映画に直接紐づく収益(興行、配信、海外rights、BD/DVD、劇場物販)にのみ関与する というルールがある。そして、IPそのものの長期的な収益(グッズ、ゲーム、アプリ、出版、テーマパーク、海外ローカライズなど)には一切関与しない。これが世界標準だ。したがって、もし日本のアニメ制作会社がIPを100%保有したまま映画化を行う場合、ファンドはあくまで映画P/Lの中だけに入る構造になる。これは制作会社にとって極めて有利だ。なぜなら、映画によって上がるIP価値の果実はすべて自社に残るからだ。映画はあくまで広告塔であり、真の利益は映画の外側にあるのだ。これが、国際水準でのIPビジネスの考え方だ。
みずほがここを明確にしないのは出資案件ごとに、細かく出資契約等を結び条件を交渉する考えがある。或いは、何らかの理由で明かしていないと思う。
(ケーススタディ)
みずほアニメ映画ファンドが示すように、映画の制作費7億円に対して5億をファンドが出資する場合、収益の流れが、どのようになるか整理した。ここでは、その「ウォーターフォール(収益の流れる順番)」を示してみよう。
前提として、日本のアニメスタートアップが100%IPを保有し、制作費7億円の映画をつくる。みずほファンドは5億円を出資し、その見返りとして「優先リターン(年15%)」を要求する。興行収入はロー・ミドル・ハイの3つのケースで試算し、日本の業界慣行である劇場50%、配給10%、制作側40%のシェアを前提にした。
映画による総収入は、観客が劇場で支払ったチケット代の総額だ。売上が100とした場合、50が映画館、10が配給会社に支払われ、残りの40が制作側の取り分になる。この40をファンドと制作会社で配分する原資となる。その際の40の分配の順番を示したのがウォーターフォールだ。順番はシンプルだ。
1:ファンドの元本5億を最優先で回収する
2:次に、ファンドが出資した元本に対する優先リターンとして、元本の15%を回収する
3:そのうえで、残った利益をファンドと制作会社で分け合う(配分はファンド40%、制作会社60%が一般的。制作会社が強い、IPが協力な場合は配分はファンド30%、制作会社70%になる場合もある。ここは交渉だ。)
この優先リターンは、利益の15%ではない。ファンドが出資した元本に対して年間15%の利回りを約束するという意味だ。つまり5億円を1年間運用した見返りとして15%の7500万円をファンドは先に回収する権利を持つ。映画ファンドは通常のファンドと比較して投資期間が短い。制作から公開まで1.5年から2年程度だ。通常の10年ファンドの利回りを考えたら、年15%は妥当な数字だ。短期高リスク故のプレミアムと捉えることができる(参照:ベンチャーキャピタルの実態)。
では、実際、映画の総収入が6億の場合(ローケース)、12億の場合(ミドルケース)、20億の場合(ハイケース)で実際のお金の動きをみてみよう。
■ ローケース(興行6億)
興行収入6億の場合、劇場は50%の3億、配給会社は10%の0.6億を取る。残る40%の2.4億が制作側の取り分だ。ローケースの場合、ファンドは元本の5億を回収することはできない。そのため2.4億は全てファンドの元本返済に回り、制作会社の取り分はゼロだ。ただし、制作会社は現金を受け取らないが「損はしない」とも考えることができる。映画が完成し、劇場公開されることでIPの知名度は確実に向上する。映画は広告塔で、収益の本丸はその外側にあるからだ。制作会社(スタートアップ)にとっては、ダウンサイドが限定されるのだ。
■ ミドルケース(興行12億)
興行収入12億の場合、劇場は50%の6億、配給は10%の1.2億をとる。残る40%の4.8億が制作側の取り分だ。ミドルケースでもファンドの元本5億には届かないため、制作会社の取り分はゼロだ。しかし映画公開前後から動き始める収益があるだろう。グッズ、YouTube、IP関連の売上や、海外展開など、映画外の売上だ。IPは確実に動きがあるので、制作会社にとって、この状況は悪くないのだ。
■ ハイケース(興行20億)
興行収入20億の場合、制作側の取り分は8億円だ(劇場が10億、配給が2億の残り)。ようやく映画プロダクションの損益計算書として意味のある数字になる。まず、ファンドが元本5億を回収する。残りは3億だ。次に、優先リターンとして 0.75億円 をファンドが受け取る。残る 2.25億円 をファンド40%、制作会社60%で分け合う。従い、ファンドは0.9億、制作会社は1.35億を得る。
整理すると、ファンドは、元本5億+優先リターン0.75億+残余利益0.9億円=6.65億円を回収する。制作会社は映画プロダクションの売上として1.35億円を得る。しかし、もっと重要なのはこれ以降だ。映画がヒットすると、指名検索は跳ね上がり、グッズは売れ、海外での評価も高まる。IPの価値は爆発的に伸びるだろう。映画は単体で儲けるものではなく、IPを世界に知らしめる媒体だ。映画で得た利益は 1 億円かもしれないが、その後ろに続くIPの外側で立ち上がる数億規模の収益こそが本丸になるのだ。
(映画を認知媒体として活用)
映画で儲けるの発想ではなく、映画でIPを世界に認知する媒体として活用するのだ。これまで、日本のアニメ制作会社が抱えてきたジレンマは、制作委員会方式の中に閉じ込められ、IPを持てなかったことだ。しかし、IPを自社で持ち、ファンドから資金を得て映画を制作することで、構造は一変する。映画の収益はファンドと分け合えばいい。しかし、映画によって増幅されたIP価値、そこから生まれる長期収益の全ては、自社に残るのだ。映画をゴールにするのではなく、起点と考えるのだ。IPが持つ世界観を、映画という最高峰の表現で一度爆発させ、その後の10年、20年の収益を目指すのだ。
みずほのアニメ映画ファンドは、こうした国際標準のIPビジネスモデルを、日本のエンタメ産業にもたらす可能性がある。製作委員会方式という古い器から、制作会社がIPを保持し、金融がリスクを取り、作品が世界市場へと飛び出していく。日本でIPを育てる企業、特にスタートアップにとって、この変化は大チャンスだ。映画を作ることはゴールではない。映画をきっかけに、世界の子どもたちに知られたIPへと成長させる。そのための仕組みが、ようやく日本にも生まれつつあるのだ。
(早嶋聡史のYoutubeはこちら)
ブログの内容を再構成してYoutubeにアップしています。
(ポッドキャスト配信)
アップルのポッドキャストはこちら。
アマゾンのポッドキャストはこちら。
スポティファイのポッドキャストはこちら。
(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。
(著書の購入)
「コンサルの思考技術」
「実践『ジョブ理論』」
「M&A実務のプロセスとポイント」
ジョブ型社員の解雇に見る今後の組織戦略
2025年11月24日
早嶋です。約2000文字です。
「ジョブ型社員・解雇は容易か?(2025年11月24日・日経朝刊)」をベースに、
日本企業の低迷と今後の提言について考えた。
記事の概要はこうだ。三菱UFJ銀行が、年収3,000万円の専門職人材を、業務廃止を理由に解雇した。その有効性を東京高裁が認め、判決が確定した。大きなポイントは、職務(ジョブ)を契約上限定した高度専門人材は、職務そのものが消滅した場合、整理解雇の4要素を満たせば解雇が可能になる、と司法が明確に示したことだ。
「整理解雇の4要素」とは、1975年の判例以来、日本の労働法で基準となっている判断枠組みだ。人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性、手続きの妥当性
の4つだ。この条件を満たすか否かで解雇の正当性が判断される。
人員削減の必要性は、会社が事業撤退や部門縮小など、合理的な理由で人員整理を行う必要があるかだ。解雇回避努力は、配転・教育・再配置・希望退職募集など、解雇以外の手段を尽くしたかだ。3つ目の人選の合理性は、解雇される人の選定基準が客観的で、公正かだ。そして最後は、手続きの妥当性だ。説明や協議を適切な手順で行い、透明性があったかだ。
今回の判決では、三菱UFJ銀行が業務移管先への受入れ打診、別職種の提案、再就職支援金提示(4600万円)など、解雇回避努力を尽くした点が重要だった。裁判所は、年収3,000万円という専門性と市場流動性の高さを考慮し、「同水準の職務を新しく作る義務まではない」と判断した。もちろん、いきなり解雇ができるわけではない。しかし、今回の判決は「市場価値に応じた人材の流動化」を示唆する強いメッセージだ。
今後、ジョブ型採用を前提に、専門性の高い人材を外部から積極的に採用する企業は、より挑戦的で、大胆な経営判断ができるようになると思う。新規事業を立ち上げ、失敗したら解散し、専門人材を次へ送る。この循環が、産業や組織の新陳代謝を生み、競争力を高める。一方で、従来型のメンバーシップ雇用の企業は、労働組合との関係や、社内の「公平感」に縛られ、大胆なジョブ型採用を実行できない。
例えば、新規IT化で1000人分の事務を数人の高度専門職で代替できるとしても、
「平均700万円の会社で、年収2000万円を払うことは不公平だ」という理由で止まるだろう。結果として、変化を恐れて現状維持を選択する企業と、変化を前提に市場と向き合う企業の間に、決定的な差 が生まれるのだ。
たとえば、自動車産業は象徴的だ。世界は、自動運転レベル4・レベル5に向けて熾烈な競争を続けている。テスラ、Waymo、BYDは、膨大な走行データを機械学習し、アルゴリズムを強化し続けている。本質は「データを蓄積した者が勝つ」構造だ。一方、日本はどうか。安全性や法規制、社会受容性を理由に、議論は「慎重」ではなく、ほとんど「停止」していた。そして、労働組合は運転手の雇用維持を理由に、自動運転の本格導入に消極的だった。しかし、反対し続けることで守れるのは数年の猶予だけで、最終的には、変化を受け入れた国と企業が全て奪っていくことになるのだ。
地方公共交通はさらに深刻だ。人口減少、運転手不足、採算悪化。本来なら、AIによるダイヤ編成、自動運転バス、オンデマンド交通が必須になるはずだ。しかし多くの自治体は、「既存雇用の保護」を理由に新しい仕組みを拒んできた。結果として、利用者は更に減り路線は縮小している。サービスの質も落ち、最終的には撤退し、地域ごと交通網が消えるのだ。守ることが目的化する組織は、最後に自らの存在を失う。その典型だと思う。
メディア産業も同じ構造に見える。テレビ局や新聞社は、デジタルへの本格転換を「既存モデルの保護」を理由に遅らせてきた。結果、若者の接触率は激減し、広告はGAFAに吸い取られた。にもかかわらず、彼らが主張するのは日本の文化の危機だ。デジタルは質が低いとか、既存メディアの維持が必要だとか、導入しない前提を軸に議論すら進めていない。しかし市場は既に別次元に移動している。変わるべきは世界ではなく、自分たちなのだ。
短期的に雇用を守ろうとする力は、長期的に雇用を破壊する。自動運転を反対してバス会社全体が衰退する構造と、何も変わらない。雇用の流動性の低さ、労働組合の硬直化、内部の公平性の呪縛。これらは、日本企業が30年停滞した本質的原因のひとつだ、と私は考える。
未来の企業は、二つに分かれるだろう。
① 高度専門人材を市場価値で採用し、新陳代謝を前提に挑戦する企業。
② 内部公平性を守るために挑戦できず、緩やかに衰退する企業。
今回の判決は、日本がどちらの道を選ぶかを問うメッセージだ。未来は、挑戦する者だけに開かれている。皆さんはどちらを選びたいだろうか?
(早嶋聡史のYoutubeはこちら)
ブログの内容を再構成してYoutubeにアップしています。
(ポッドキャスト配信)
アップルのポッドキャストはこちら。
アマゾンのポッドキャストはこちら。
スポティファイのポッドキャストはこちら。
(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。
(著書の購入)
「コンサルの思考技術」
「実践『ジョブ理論』」
「M&A実務のプロセスとポイント」
最新記事の投稿
カレンダー
| 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | |
カテゴリー
リンク
RSS
アーカイブ
- 2025年12月
- 2025年11月
- 2025年10月
- 2025年9月
- 2025年8月
- 2025年7月
- 2025年6月
- 2025年5月
- 2025年4月
- 2025年3月
- 2025年2月
- 2025年1月
- 2024年12月
- 2024年11月
- 2024年10月
- 2024年9月
- 2024年8月
- 2024年7月
- 2024年6月
- 2024年5月
- 2024年4月
- 2024年3月
- 2024年2月
- 2024年1月
- 2023年12月
- 2023年11月
- 2023年10月
- 2023年9月
- 2023年8月
- 2023年7月
- 2023年6月
- 2023年5月
- 2023年4月
- 2023年3月
- 2023年2月
- 2023年1月
- 2022年12月
- 2022年11月
- 2022年10月
- 2022年9月
- 2022年8月
- 2022年7月
- 2022年6月
- 2022年5月
- 2022年4月
- 2022年3月
- 2022年2月
- 2022年1月
- 2021年12月
- 2021年11月
- 2021年10月
- 2021年9月
- 2021年8月
- 2021年7月
- 2021年6月
- 2021年5月
- 2021年4月
- 2021年3月
- 2021年2月
- 2021年1月
- 2020年12月
- 2020年11月
- 2020年10月
- 2020年9月
- 2020年8月
- 2020年7月
- 2020年6月
- 2020年5月
- 2020年4月
- 2020年3月
- 2020年2月
- 2020年1月
- 2019年12月
- 2019年11月
- 2019年10月
- 2019年9月
- 2019年8月
- 2019年7月
- 2019年6月
- 2019年5月
- 2019年4月
- 2019年3月
- 2019年2月
- 2019年1月
- 2018年12月
- 2018年11月
- 2018年10月
- 2018年9月
- 2018年8月
- 2018年7月
- 2018年6月
- 2018年5月
- 2018年4月
- 2018年3月
- 2018年2月
- 2018年1月
- 2017年12月
- 2017年11月
- 2017年10月
- 2017年9月
- 2017年8月
- 2017年7月
- 2017年6月
- 2017年5月
- 2017年4月
- 2017年3月
- 2017年2月
- 2017年1月
- 2016年12月
- 2016年11月
- 2016年10月
- 2016年9月
- 2016年8月
- 2016年7月
- 2016年6月
- 2016年5月
- 2016年4月
- 2016年3月
- 2016年2月
- 2016年1月
- 2015年12月
- 2015年11月
- 2015年10月
- 2015年9月
- 2015年8月
- 2015年7月
- 2015年6月
- 2015年5月
- 2015年4月
- 2015年3月
- 2015年2月
- 2015年1月
- 2014年12月
- 2014年11月
- 2014年10月
- 2014年9月
- 2014年8月
- 2014年7月
- 2014年6月
- 2014年5月
- 2014年4月
- 2014年3月
- 2014年2月
- 2014年1月
- 2013年12月
- 2013年11月
- 2013年10月
- 2013年9月
- 2013年8月
- 2013年7月
- 2013年6月
- 2013年5月
- 2013年4月
- 2013年3月
- 2013年2月
- 2013年1月
- 2012年12月
- 2012年11月
- 2012年10月
- 2012年9月
- 2012年8月
- 2012年7月
- 2012年6月
- 2012年5月
- 2012年4月
- 2012年3月
- 2012年2月
- 2012年1月
- 2011年12月
- 2011年11月
- 2011年10月
- 2011年9月
- 2011年8月
- 2011年7月
- 2011年6月
- 2011年5月
- 2011年4月
- 2011年3月
- 2011年2月
- 2011年1月
- 2010年12月
- 2010年11月
- 2010年10月
- 2010年9月
- 2010年8月
- 2010年7月
- 2010年6月
- 2010年5月
- 2010年4月
- 2010年3月
- 2010年2月
- 2010年1月
- 2009年12月
- 2009年11月
- 2009年10月
- 2009年9月
- 2009年8月
- 2009年7月
- 2009年6月
- 2009年5月
- 2009年4月
- 2009年3月
- 2009年2月
- 2009年1月
- 2008年12月
- 2008年11月
- 2008年10月
- 2008年9月
- 2008年8月
- 2008年7月
- 2008年6月
- 2008年5月
- 2008年4月
- 2008年3月
- 2008年2月
- 2008年1月
- 2007年12月
- 2007年11月
- 2007年10月
- 2007年9月
- 2007年8月
- 2007年7月
- 2007年6月
- 2007年5月
- 2007年4月
- 2007年3月
- 2007年2月
- 2007年1月
- 2006年12月
- 2006年11月
- 2006年10月
- 2006年9月
- 2006年8月
- 2006年7月
- 2006年6月
- 2006年5月
- 2006年4月
- 2006年3月
- 2006年2月
- 2006年1月
- 2005年12月
- 2005年11月
- 2005年10月
- 2005年9月
- 2005年8月
- 2005年7月
- 2005年6月
- 2005年5月
- 2005年4月










