新規事業の旅38 システム化した社会

2023年2月18日 土曜日

早嶋です。

チャールズ・チャップリンのモダン・タイムズ。小学校の教科書に、工業化が進む文明社会において人は機械の一部になるという強烈な風刺があった。当時の僕の解釈は小さいながら、「ってことは人は意味がある存在だ」と思っていた。全ての部品が機能してはじめて機械全体が存在するからだ。

しかし、今は違う。部品が機能しないことが分かれば、即座に部品番号を検索し、次の日には手元に届き、あっという間に交換することで、全体の機能を維持するからだ。アップルのコンピューターに至っては、エンジニアの工数を鑑みて、一定のソフトウェアでの不具合レベルの判定結果の如何によっては、修理の選択肢より、商品まるごと交換するという荒業までが当たり前になっている。

標準化し、画一化する。ネットで情報が繋がり、ロジスティックのおかげでアトムであっても48時間以内に在庫があれば手元に届いてしまう。全てはスペックで整理され、一定の欠陥がでたら即座に交換、そしてポイ。

小学生の朝。友達や兄の友達、近所の年下のちびっこらが三々五々で集まりながら集団で登校していた。通りを歩くおじさん、おばさんは皆顔見知りで挨拶やちょっとした会話をするのは当たり前。横断歩道や人気の少ない通りに安全員が監視するなどなく、子供たちはある意味、安全な空間に包まれていた。帰りは、近くの商店に立ち寄り駄菓子を食べ、近くの理髪店に入って漫画を呼んで、近くの山の中で暗くなるまで遊び、近くの畑から果実を拝借し、だらだら過ごした。

地元というニュアンスの言葉がピッタリの時代。地域を取り巻く大人や子供は互いに顔見知りで狭い世界でやりにくさもあったけれど、人間らしい感情を伴った生活が当たり前だった。

コロナが強烈に社会を分断した。しかし、実はもっと前からその兆候はあった。2000年のIT革命。そして2007年頃より、スマートデバイスが開発され、全ての環境がネットにつながる。物も人も自由にデバイスを通じて意思疎通ができる環境が整い始めたのだ。1997年、大学の授業でユビキタスという言葉を耳にしたが、専門家ですらそのような時代の到来をかなり未来だと考えていた。が、あっという間にその世界が現実になり、アナログの世界が非現実になりつつある。

地元にあった八百屋、肉屋、魚屋、果物屋、家電、はんこ屋、駄菓子屋。上げればきりがない専門店かつ個人商店が徐々に画一されたコンビニやスーパーになり、屋号は消え、ナショナルブランド一色になりはじめた。小資本より大資本が圧倒的に有利になり規模の経済と経験経済の恩恵をうける。学生の頃は田舎に引っ込んだ生活だったが、国道沿いの風景はどこみ皆同じ。ナショナルブランドのファミレスとコンビニとGMS。ガラが悪いエリアには、ここにパチンコ屋がこれまたナショナルブランドで展開した。地元を彷彿とさせる面影がどんどん消えていき、同じような街並みが全国にコピペされていく。

実際の生活は大きく変わらないが、店や店舗での会話は全てがマニュアルの結果で、特定の人を意識した会話でなく、画一化されている。はみ出すことは効率を下げるため画一化された淡々とした取引が当たり前になる。都会では、壁に面した個人の座席がならぶ食堂が流行り、電車では沈黙を守りながらデバイスに注目する個人が集団となす。

完全にシステム化された世界が到来している。戦後、日本の成長は世界に例を見ないと言われた。実態はそうかも知れないが、地方の農村の働き手が大量に都会に送り出され、大資本家が生産性を追求する社会を構築した。地元の農業や個展はすたれ、都会で成功したビジネスモデルの地方の移植がはじまる。商店街を潰しGMSを誘致する自治体が増殖した。地方の人口流出を課題にあげている一方で、偏差値一辺倒の教育に盲信し、18年後に確実に田舎をでていく若者の大量生産を未だに続けている。

システム化された社会は便利だ。不足する人材があれば情報が筒抜けなので最適なコストで人材を確保することができる。雇われる側も同じで、条件に見合う仕事を見つけ本人の意思で自由に仕事にありつける。しかし、末端の仕事は全てマニュアル化され、半自動化されている。コンビニの店員やファミレスの店員はその象徴のように思う。雇用主の条件があれば彼・彼女である必要はなく、別の彼・彼女でも構わないのだ。これは大企業のエリート社員も、国家公務員も、地方公務員も、政治家も。能力や程度の差は多少あれど大枠は変わらない。入れ替え可能な仕組みになっているのだ。

個人とは何か、自分とは何か、私は誰か。自分の存在を考えても不思議なくらい見えてこない。あなたはあなたという声もあるが、現実世界はデジタルよろしくコピペの対象になっている。

この社会は悪が支配しているわけではない。誰もが国の将来を考え、国民が一人でも生活を楽にして、苦しみから開放され、安全で快適で便利な生活をおくって欲しいと思い時間をかけて構築している。子供の頃の夜はひっそりしていて、夜、外に出ても明かりが無い。笑っていいともは夕方の17時に再放送され、少年ジャンプは都市部と1、2日遅れての販売だった。欲しいものは街の商店に行き、そこで手に入らないものは事実不可能だった。映画が見たければ、街まででかけ、洋服が欲しければ街まででかけ、全ての欲求を満たすのに時間と労力がかかった。それでも全てが手に入らない。

今は盆暮れ正月でも24時間365日、コンビニやスーパーで大体揃う。揃わないものはネットで検索すると2,3日もすれば手元に届いている。気に入らなければメルカリに出すか返品をすればOKだ。映画を見たければサブスクでも、都度お金を払うでも家から出なくても大丈夫だ。誰かと話したければ、瞬時にテキストでも動画を浸かったコミュニケーションのでもできる。学びを深めたければ、専門書を読み、著者が発信する動画を見ながら自分のペースで学習することだってできる。ありえないくらいの進歩があり、確実に安全で快適で便利な生活が実現している。

しかし、システム化された社会の不都合な真実、個人のアイデンティティの欠落や存在意義に苦しむ人は今後も増殖するだろう。情報化が進んだ文明社会において人は機械の一部になってしまうのだろうか。

早嶋聡史の関連事業
・戦略策定と実行支援はビズ・ナビ&カンパニー
・M&Aの実務はビザイン
・M&Aアドバイザーの教育機関は日本M&Aアドバイザー協会
・スイス高級時計のParris DaCosta Hayashima

著書の購入
実践「ジョブ理論」
「M&A実務のプロセスとポイント<第2版>」
「ドラッカーが教える問題解決のセオリー」

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