新規事業の旅103 誰もわからない

2024年4月11日 木曜日

早嶋です。

投資の仕方や意思決定の仕方は皆異なる。人は基本的に同じではなく違う。世代も、育った環境も、地域も文化も食生活も全て違う。結果、人は他人と異なる知識と経験と素養を持つ。考え方が異なることが当たり前だ。

知識は学習によって補うことができるが、個々人が生きた中の体験は、間接的な学びよりはるかに説得力がある。従い、投資に対しての考え方やスタンスも異なるのだ。

一方で、自分の経験をベースに議論を進めると、その考えが自分の中でマジョリティになる。当然だ。強烈な説得力の中で他を知ることが無いからだ。しかし仮に人口が80億人だとしたら、個人の考えは誤差だ。同じ知的レベルであっても、この母数を考えると投資に関する考え方が大きく異なって然りだ。

整理すると、我々は個々人の体験に基づき、異なる視点をとして物事を判断する。結局、誰も世の中の事業の仕組みを完全に理解できていない。無数に存在する仕組みの中でごく僅かな部分しか経験できないからだ。

一方で、判断をする際の傾向地は少しは分かりつつある。一つはいつ生まれたかだ。個々人が生涯にわたる投資判断は、その人がどんな時代に生まれたか、そしてその時代に経験した取組に左右されるという。

インフレ率が高い時代に育った人は、その後の人生で株式に投資する額が多くなる。今の50から60代前半のバブル世代は、いまのZ世代と比較するとお金に対しての考え方や使い方が明らかに異なる。豊かで快適な生活を求め、Z世代から考えると大盤振る舞いする豪快な投資をしている用に見えるはずだ。

1990年代後半から2012年頃に生まれたZ世代は、世の中(少なくとも国内)の目まぐるしい経済変化を体験していない。はじめからインフラが整い、貧富のさが少ない。そんな中で特段努力しても報われない。そのような思考が投資判断に影響するのだ。

更に、投資判断において面白い側面がある。人は、経験に加えて投資判断を下す際に、その時点で得た情報を自分の世界観に取り込み正当化することだ。FBから日々流れるエセ情報でも、確実な筋から得られた情報でも、当人には関係ない。独自の世界観で判断を下し、自分の中のストーリーに埋め込んで自分自身を納得させるのだ。

少し話を飛躍させよう。結果、我々は経済的な判断が苦手だと考えても良い。その理由を別の視点でみると歴史が浅いことに気がつく。お金は昔からあったが、世界で初めての通貨制度は紀元前600年頃。現在トルコのリュディア、アリュアッテス王がつくったとされる。しかし、投資という概念はこの時間軸でみるとごく最近だ。

老後をゆとりを持って生活するという概念は2世代前頃からで、第二次世界大戦迄は、基本的に多くの人が死ぬまで働いていた。老後の人生を豊かにはじめる投資判断も、学資ローンを受けてその後の人生を考える判断も、投資家から資金調達をしてベンチャー企業を行う判断も、極めて歴史が浅いのだ。

歴史が蓄積されたものではないので、個々人の中で合理化されるストーリーが正しく思うのだ。投資というお金のゲームは新しく、皆がおかしなことをしている。20年から50年程度の経験しかない金融システムに対して、独自の経験に基づき、その時々の意味に自分の判断基軸を交えて合理化しているだけなのだ。

(過去の記事)
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