新規事業の旅 その27 仲介会社のビジネスモデルと買い手の事情

2022年11月16日 水曜日

早嶋です。

M&A仲介を行う上場企業給の与レベルは1,500万円前後で、高い企業は2,000万円を超える。「そんなに?」と思うだろうが、事業モデルとして粗利を稼ぐ力が高いのだ。

昨今のM&Aの背景は、買い手企業が成長戦略を掲げるも、自社のポートフォリオ(事業の組合せ)を思うように変えることが出来ない背景があると思う。既存事業から得られるキャッシュを投資に回し、新たな成長事業を立ち上げる手法は3つある。自社のみで自力で立ち上げる(ゼロイチ)、業務提携やマイノリティ出資などの活用、そしてM&Aだ。事業経験豊富な企業は、3つをバランス良く、目的や事業領域、成長ステージにより使い分ける。経験少ない企業はゼロイチから初めて徐々に資本政策を考えるようになる。その最初の一歩はM&Aに向かう傾向が強い。結果、昨今は買い手の需要が異様に高い状況が続く。

本来、買い手企業はM&Aかゼロイチかの議論よりも、事業ポートフォリオをどうするかの議論が先決だ。しかし、成長のみがフォーカスされ、どの事業領域に資源を投下すべきかの議論はあまりされない。ここにも仲介会社の収益が高くなる理由がある。後で解説する。

M&A仲介のビジネスモデルを考える。仲介は、売り手と買い手の両方の立場に寄り添い、案件探し、マッチング、交渉、価値算定、DDの助言、契約関連、クロージングとM&A取引を円滑に進める役割を担う。当然、仲介事業として成立する条件は、買い手を集めるより、優良な売り案件を獲得することが重要だ。現時点で優良な売り案件を直接グリップすることができれば、初期時点では買い手候補が10社から15社程度は興味を示すのだ。

さらに仲介手数料は、売却金額に応じて高くなる。仲介企業として収益を獲得することのみを考えると、売り手にマッチした企業よりも、高く買収する買い手とマッチングさせることが高い利益を獲得することになる。そのため優良な案件をグリップした後は、高く買収する相手を選定し、買い手に魅力的に提案する力も肝になる。同様に、本来はM&Aをいきなり行うよりも、マイノリティ出資出資など別の選択肢が良い場合もあるが、そのような提案は自分たちの収益を下げることになるので、あくまで支配権を伴うM&Aが全てのように振る舞う。これもビジネスモデルを考えると当然だ。

これまでの議論を整理する。仲介会社が高収益を得られる理由は、買い手企業がM&Aを欲し、しかも自分たちで案件を探すノウハウが乏しいことだ。また、買い手は自社の戦略が不明瞭なのに成長欲求は高い。対して仲介会社は買い手に魅力的な提案をする力もある。総じて、売り手をグリップする能力と買い手に提案する能力が極めて高い、つまり営業力が超強力なのだ。

国内のM&Aの市場規模は年間に4,000件程度で、半数以上は支配権を伴わないM&A、つまりマイノリティ出資だ。一般的に想定する支配権を異動を伴うM&Aの件数は年間に2,000件程度。上場企業が3500社程度で、大手企業がざっくり1万社あると考えても、5社に1社程度しか支配権の異動を伴うM&Aがされていない算段になる。簡単に言うと、買い手が求める売り案件が圧倒的に少ないことがわかる。

買い手企業は、自社で優良な売り案件を探すも、良い案件にたどり着けない。そもそもM&Aやファイナンスに長けた人材は企業にとってマイノリティでメインディッシュの人材ではない。また、M&A担当者は日々金融機関や証券会社から買いの提案を受けるも、自分たちの想定する案件が少ないと感じる。しかし、買い手の担当者としてもM&Aを実施しなければ、自分の評価も下がる可能性があり、戦略を度外視したM&Aを実行してしまう気持ちに陥る。普通の社員の殆どは、資本政策やM&Aは特別なもので、内容の理解や興味がそもそもない。会社の投資の仕方に誰もメスを入れる仲間もいない。そんな時に、上場M&A仲介は、売り案件の獲得営業力と買い手に寄り添った提案ができるため、当初、買い手企業に明確な戦略が無くても、提案を受ける内に担当者はその気になってM&Aに進むことも考えられる。ここは筆者の推測だが。

ただ冷静に考えると買い手の立場からすると明らかにおかしいのだ。その際、M&A仲介のビジネスモデルも思い出してほしい。資本や資産の動きが大きい案件がより仲介会社にとっても実入りの良い話になる。仲介会社は買い手に高く買ってもらった方が都合が良い。仲介会社も上場したからには、常に自社の売上と利益ノルマを満たさなければ株価が下がり、他社に買収されたり、役員であれば飛ばされる。決して仲介が悪いわけでもない。

M&Aの市場に競争がなければ、売り手の価格は合理的な価格(1)に陥る。例えば、合理的な算定根拠が同じだとする。そして売り手も買い手も同じ情報を持っているとする。その場合は、双方とも一定の価格帯に収束するはずだ。しかし、売り手が優位な条件では、つまり買い手が複数社以上いる場合は、売り手は売却金額を更に高く(2)するし当然のことだ。買い手も競争に勝つためならば、当然それを上回る金額(3)で交渉を進めないと取得できない。実際は売り手と買い手は完全に情報は一致せず常に買い手が情報不足の状況になる。算定方法も一定の主観が入るため実際は更に複雑になる。

本来買い手は、売り手が乗せた金額(2)と競争により高くなった金額分(3)については、買収した時点では払いすぎたことになる。しかし、それでもM&Aをする理由は、買収により、買い手の中で発生するシナジーがその金額よりも高くなると算定しているからだ。しかし、そもそも多くの買い手が緻密にシナジーや事業ポートフォリオの向かう先に対して戦略を立てているケースが少なく、そのような議論も行われている可能性が少ない。なんとなくM&Aをして、無理した状況でお買い物を続けるる場合もあるのだ。当然に、買い手にとってM&Aはスタートに過ぎない。その後の経営は買い手が経営陣を調達して、あるいは自社から社員を送り込み、シナジーをしっかりと生み出し、買収した金額の投資をする必要がある。が、同業種ではない限りなかなか経営を上手く行うこともできない。買い手の戦略が乏しければ、どう考えてもM&Aをするたびに逆に苦しくなっていくのだ。

理想は、買い手自身が自力で案件を探し、失敗しながらもノウハウを組織に蓄積する。案件を探す以前に自社の事業ポートフォリオの方向性や全社戦略をしっかりと握る。その戦略実現を前提に、自社に不足する資源やノウハウや時間を整理しながらM&Aや出資や提携やゼロイチなどの複合的な手法を視野に入れて取組むのが正解だ。

当然、その業務の全てを完璧に行うことはできないだろう。交渉やアプローチが難しい組織に対しては第三者の機関をピンポイントで活用する。その際も決して丸投げしないことだ。

目的がM&Aでなく、事業を創造することや、自社の事業の不足を補う成長であれば、業務提携や業務資本提携の話を持ちかけるのも自然だ。一緒に事業を行う中で互いに強力するのだ。この場合はM&Aの交渉ではなく営業の延長になる。アプローチは劇的にやりやすくなる。仲介業者が提携や資本提携を買い手に提案しない。資本や資産の異動金額が目減りし、受け取る対価が小さくなるからだ。ビジネスモデルを考えるとM&A以外を一緒に行うパートナーでは無い。

業務提携や業務資本提携であれば、その先の事業に応じて第三者割当増資等を行い、進める事業に必要な資金を出資企業が追加するなど自然な形でM&Aに向かう場合もある。更に、短期間でかつ競争相手がいる中で進めるDD(買収前調査)では、実際その企業の中身は分からない。M&Aをする前に、対象企業と一緒に何らかのプロジェクトや業務をスタートすることで、じっくりとその会社の特徴や文化がわかるのだ。当然、その先に進む必要が無いと判断すれば、追加投資をしなければ良い。無駄な投資も減らすことができる。

上記を当たり前だと思わない最大の理由は、買い手の担当者や経営陣が資本政策やM&Aの流れや全体の手法に対して経験や知識が乏しいことにあると思う。

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