パルミジャーニとエルメス

2024年1月21日 日曜日

早嶋です。

スイスのノバルティス製薬グループの創業者一族で、世界有数の財団にサンド・ファミリー財団がある。当然にこのような背景を持つ財団であれば医療制度の向上や教育制度の支援を行うと思うだろう。サンド財団はその中で、芸術の支援の一環として同財団が所蔵する時計やオートマタ(からくり人形などの機械)などの修復や管理をミッシェル・パルミジャーニに一任した。

ミッシェル・パルミジャーニは「神の手」を持つ時計師という枕詞がつくほどの技術を有す。スイス高級時計の神秘に惹かれ、時計の修復を学んだパルミジャーニは、クオーツ時計が世の中に登場し伝統的な時計製造業が危機に陥るさなかの1976年、修復専門のアトリエを構えた。修復の仕事を繰り返す中で、パルミジャーニは過去の傑作時計を先生に機構を深く学び、時計づくりの叡智と技術を極めていく。そして1980年に希少な時計コレクションを有する冒頭のサンド財団と出会ったのだ。

時計の修復をする過程で様々な部品工房や職人との関係を大切にしながら関係を強化していき、やがてそのネットワークが時計生産体制の基礎となっていく。そして1996年にサンド財団の全面的な資金援助の下、パルミジャーニ・フルリエをスタートさせた。時計業界では水平分業型で製造する手法と製造工程の95%以上を自社で行うマニュファクチュールの手法があり、パルミジャーニ・フルリエは後者の手法を取った。修復から得た知見や美意識を形にしたモデルは、黄金比に基づくプロポーションと過去の機構からヒントを得た様々な機構が同社の特徴となり比較的新しい時計メゾンであるが、近年では存在感を示すブランドになっている。

パルミジャーニとサンド財団は、時計製造の文化と技術を未来永劫継続的に残し、そして発展させていくためにマニュファクチュールの戦略を取る。ケースメーカー、回転部品や文字盤メーカーなど、次々と傘下にすることで、オート・オルロジュリー(高級複雑時計製造)を製造する体制を整えた。現在では、脱進機もグループ内のアトカルパ社により製造される。

時計業界の内側から見ると、急激なマニュファクチュールへのM&Aは少々やり過ぎ感を感じるものもいるかも知れない。しかし、パルミジャーニは同業者からの外部受注も引き受けている。それがヴォーシェ(Vaucher Private Label)だ。自社では製造できない高品質なムーブメントを若い時計ブランドやミクロブランドに提供するのだ。

そのヴォーシェ一押しのムーブメントは5400シリーズだと思う。スモールセコンドとマイクロローターを搭載した3針ムーブメントだ。パルミジャーニ・フルリエの代表作であるパルミジャーニ・トンダ1950など、自社ブランドでも幅広く展開しているムーブメントだ。我々、パリス・ダコスタ・ハヤシマの処女作モデルである紺碧(KONPEKI)、そして2024年2月にデビューする鏡餅(KAGAMIMOCHI)も同シリーズのムーブメントを載せている。

他の高級メゾンも同ムーブメントの採用は多く、例えばエルメスのスリム・ドゥ・エルメスもそうだ。このモデルは、ドンツェ・カドランのエナメル文字盤の仕様でファッションブランドの粋を超え、機械式高級腕時計として認知された。それもそのはず、エルメスはヴォーシェ・フルリエの株式を25%保有しており確固たる資本業務提携の関係だからなのだ。


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