早嶋です。2300文字です。
今回の出来事は、単なる軍事作戦ではない。秩序の一線を越えた「執行」だ。
アメリカとイスラエルがイラン最高指導者ハメネイを殺害した。国家元首ではなく、宗教的最高権威であり、軍・革命防衛隊を直轄する体制の中枢を物理的に除去した。これは抑止の強化ではなく、抑止の定義そのものを書き換える行為だ。オバマが核合意でイランを「管理」した時代とは明確に違う。トランプは管理ではなく、中枢を断つ行動を実行しているのだ。
背景には3つの要因があった。第1に、イランの反撃能力の衰弱だ。2025年6月、イスラエルとイランは約12日間にわる直接交戦をした。イランは弾道ミサイルと無人機で応酬したが、防空網や革命防衛隊の拠点に大きな損耗を受けた。以後、制空能力と迎撃能力は明らかに低下した。戦闘の余波で通貨は暴落、経済はさらに疲弊。加えて大規模な反政府デモが続き、体制の求心力にも揺らぎが見えていた。
第2に、米軍の成功体験だ。2026年1月のベネズエラ攻撃で、米軍はサイバー戦と精密爆撃を組み合わせ、敵の防空システムを短時間で無力化した。地上部隊を投入せず、米兵の犠牲も出さなかった。この無損耗型の作戦成功は、軍事的自信を大きく高めた。高度な情報優位とスタンドオフ攻撃により体制中枢を断てるという感覚が、意思決定を後押ししたのだ。
最後は、国内政治だ。11月の中間選挙を控え、トランプは歴史的成果を必要とする。支持率が揺らぐ中、「核阻止」と「強いアメリカ」を同時に示す象徴的行為は政治的意味を持つ。リンゼイ・グラムら強硬派の後押しもあり、決断は加速されたと思う。
しかし本質的な論点は「核阻止に資するのか」という点だ。最高指導者の殺害は短期的には威信を示すが、長期的には逆効果になる可能性もある。もしイラン内部が「核を持たなければ体制は守れない」と結論づければ、核開発は加速する。さらに交渉窓口の消滅は、管理可能性の低下を意味する。
更に、第2の衝撃がある。ホルムズ海峡の事実上の封鎖だ。世界の石油需要の約2割が通過する海上動脈が止まれば、戦争は地域紛争から経済戦へ拡張する。商船は待機し、保険料は上昇、原油価格はリスクを織り込む。既に90ドル超の予測も出始めている。これは中東だけの問題ではない。インフレ再燃、欧州疲弊、そしてエネルギー価格上昇はロシアを利するのだ。
加えて、米軍の兵器消耗はアジアの抑止力に影響する。地上配備型の迎撃ミサイルシステムTHAADや、弾道ミサイルを撃ち落とすパトリオットは、台湾や在日米軍基地の防空にも使われる重要装備だ。その在庫が中東で消費されれば、即応力は低下する。抑止とは、持っていることそのものが力になる。数が減れば、心理的均衡も揺らぐ。台湾海峡のバランスは、兵器の在庫という現実に左右される。中東の炎上が、結果としてアジアに空白を生む構図も考えられるのだ。
その上で、核心はここにある。米国の再帝国化か、G0のそもそもの深化なのかだ。
アメリカは世界の警察を否定してきた。だが今回の行為は警察ではなく「執行者」だ。秩序を設計するのではなく、直接排除する。問題は、その行為が秩序を安定させるのか、それとも不確実性を拡大するのかだ。G0とは、力の空白ではなく物語の空白だと整理した。ハメネイ殺害とホルムズ封鎖は、その空白を一撃で埋めようとする試みとも読める。しかし力による埋め合わせは、別の空白を生む可能性がある。
抑止の基準は変わった。国家中枢も安全ではない。エネルギー航路も安全ではない。核を持たない体制は安全ではない、という認識が拡散すれば、世界はさらに不安定化するだろう。
では、日本はどうするのかだ。
ホルムズが事実上封鎖されるという事態は、日本にとって抽象的な地政学ではない。原油の約9割を中東に依存し、その多くがホルムズ海峡を通過する。エネルギーは日本の生命線だ。これまでは「遠い海峡のリスク」として処理できた。しかし今回のように、国家中枢の斬首と海峡封鎖が連動する局面では、単なる価格変動リスクでは済まない。物理的遮断リスクが顕在化したからだ。
ここでは論点を1つに絞る。日本のエネルギー・ポートフォリオは中長期で変わるのか、変えざるを得ないのかだ。
短期的には代替は難しい。LNGの調達先を広げても、中東依存はすぐには消えない。だが今回のような事象が繰り返されれば、エネルギーは「コスト」ではなく「安全保障資産」として再定義される可能性がある。原発の再稼働、次世代炉の議論、再エネの蓄電池接続、アンモニアや水素の混焼拡大。選択肢は既に存在しているのだ。問題は、政治的意思と社会的合意だ。
もう1つの視点は時間軸だ。G0の世界では、不安定性が常態化する。ホルムズが封鎖されなくても、封鎖「されうる」という前提が続くだけで、戦略は変わる。つまり、日本がエネルギー政策を考える際の基準が「最安値」から「最悪事態への耐性」に移る可能性がある。
そして、これは電源構成の話だけではない。調達先の分散、戦略備蓄の拡充、国内生産技術の強化、電力系統の強靭化。エネルギーは経済政策であると同時に、防衛政策でもある。日本は長らく「市場が解決する」前提で動いてきた。しかしG0の世界では、市場は政治の影響を強く受ける。エネルギー価格は経済合理性だけで決まらない。軍事、制裁、封鎖、報復が価格を動かす。
ホルムズの揺らぎは一時的なショックかもしれない。だがもしこれが構造化すれば、日本のエネルギー戦略は中長期で再設計を迫られる。依存度を下げるのか、備蓄を厚くするのか、あるいは安全保障とエネルギーを一体で議論するのか。
空白の時代、日本はこれまでのように受け身で良いのか、それとも耐性を設計する方向性に舵をきるかだ。









