早嶋です。9000字を超えますが、地場でナショナルブランドのFCや店舗系事業、メンテナンス事業を行う企業にとっては朗報です。そして、その事業の取組は太陽光よりも継続性が高いと思います。
(東京センチュリーのM&A)
東京センチュリーがオーストラリアのレンタカー会社を買収するというニュースを見た。リース会社がレンタカー会社を買収する構図は理解できる。だが買収規模を考えると違和感がある。更に、店舗運営のレンタカー事業と金融ビジネスは異なる。極めて現場的な事業モデルのためドメインが大きく異なる。
レンタカー事業は、地味で手間がかかるのだ。車を用意し、店舗を構え、予約を管理し、返却された車を清掃し、整備をし、再び貸し出す。利益は車両の回転率に依存し、店舗の立地や人員の管理にも左右される。しかも既に国際ブランドも存在し、地域ごとに強い事業者がいる。華やかな金融ビジネスとは対極の非常に現場的な仕事だ。
仮に対象会社のバーゲンカーレンタルズが、地場オーストラリア最大手だとしても、200億は高いと思った。車両は約5,000台、拠点は13か所だ。ここから資産規模をざっと推計してみる。仮に車両を平均200万円とすると、5,000台で約100億円。しかしレンタカー車両は減価が早く、実際の簿価や残価は更に目減りする。中古価格ベースだと、車両価値はおおよそ50億円から100億程度だろう。次に拠点だ。空港近郊のレンタカー店舗は大規模な設備を必要とするわけではない。土地や事務所、整備設備などを含めても、1拠点あたり数千万円から1億円程度だろうか、13拠点で13億円前後、倍でも20億だ。つまり、車両と設備を合わせても資産規模はざっと80億から100億円程度。それに対して今回の買収額は約200億円だ。もしこの会社が年間10億円の利益を出していたとしても、評価倍率は20倍。20億の利益を出していても10倍。一般的なレンタカー会社のM&Aは、EV/EBITDAで6倍から8倍程度と考えると、やはり割高なのだ。
単純なレンタカー事業として東京センチュリーがM&Aをしたと考えると、この投資は説明がつきにくい。従い、買い手の意図が何かあると思った。
もちろん、リース会社がモビリティ分野に進出すること自体は理解できる。車両というアセットを扱う企業にとって、レンタカーは比較的近い領域にあるからだ。実際、東京センチュリーはすでにANAと共同でニッポンレンタカーの事業にも関与しており、レンタカー事業そのものが全く未知の分野というわけでもない。それでもなお、「なぜ200億も払うのか」という疑問は残る。既に国内でレンタカー事業に関与している企業が、海外のレンタカー会社をこの価格で買収する理由は何だろうか。
そう考えているうちに、視点を少し広げてみる必要があるのではないかと思えてきた。レンタカーという事業を単体で見ると、このM&Aは説明しにくい。しかし、モビリティという産業全体の構造の中で考えると、別の意味が浮かび上がってくるかもしれない。モビリティというテーマは、車の貸し出しだけで完結する話ではない。エネルギー、インフラ、地域経済といった要素と密接につながるからだ。そしてその構造を辿ると、単なるレンタカー事業とは違う景色が見えてくる。
モビリティの世界では、車両そのものよりも、むしろ「車は誰がどこで使うのか」「誰が事業を運用するのか」といった地域のインフラが重要になる。空港、駅、観光地、都市交通といったどこの街にもあるインフラと接続しながらサービスが成立する産業なのだ。そう、モビリティは技術だけで完結する産業ではない。必ず地域のオペレーションが必要になる。ここが、この産業の面白さだ。
AIやクラウドの時代になると、世界は一部の巨大企業が支配する。そんなイメージが先行しがちだが、現実の産業構造は、そうならない。グローバル企業が技術やプラットフォームを握る一方で、地域のインフラやオペレーションを担う企業が必ず必要だ。そして常に両者が共存する、いわば二層構造が続いているのだ。
今回の東京センチュリーのM&Aをきっかけに、この二層構造を整理した。モビリティ、エネルギー、そして最後は蓄電池まで辿り着く。まだ、読者の頭には疑問符が浮かぶかも知れないが、流れを辿って考察すると、最終的に見えるのは、地域インフラを握る企業の重要性だ。東京センチュリーのM&Aから出発し、モビリティ産業の構造を俯瞰し、改めて地方企業の役割を考える。そんな議論を整理した。
(プラットフォームと金融)
世界のモビリティ産業を俯瞰すると、大きく3層に分かれつつある。1つ目は、顧客との接点を握るプラットフォームだ。アプリを通じて顧客を集め、移動データを蓄積する企業だ。例えば、Uberのような企業は、車は持たないがモビリティの主導権を握ることができる。顧客はアプリを開き、車を呼び、目的地まで移動し、そのまま決済する。つまり顧客接点を握る企業が、サービス全体の入口を支配する。
次は、車両そのものを保有し、資金を供給するフリート層だ。フリートとは、企業や事業者が大量の車両を保有し運用する仕組みを指す言葉だ。レンタカー会社やタクシー会社、配送会社などが典型的な例だ。フリートは金融が極めて重要になる。車両は高価な資産で、数千台単位で保有するには大きな資金が必要になるからだ。
しかも今後は、その負担はさらに大きくなる可能性が高い。例えば、自動運転を前提とした車両は800万円から1000万円程度になるという予測もある。仮に1台800万円の車を1,000台保有すれば、それだけで80億円の資産になる。5,000台規模であれば400億円だ。車両という資産を大量に保有するには、もはや金融の仕組みが不可欠になる。そのため、この領域ではリース会社や金融機関が重要な役割を担う。車両を保有し、資金をプラットフォームに供給し、長期的に回転させる。モビリティ産業の裏側には、こうした金融の構造が存在する。
3つ目は、現場のオペレーションだ。車両の管理、整備、清掃、配車、店舗運営など、日々の運営を担う層だ。レンタカー会社や地域の運営企業が、この部分を日々支えている。こうして見ると、モビリティ産業は、
① プラットフォーム(顧客・データ)
② フリート(車両・金融)
③ オペレーション(現場)
の3つに分類できる。この構造では、必ずしも現場の企業が主導権を握るとは限らない。むしろ強いのは、顧客接点と金融を握る企業だ。顧客データを持つプラットフォーム企業は需要をコントロールできる。そして金融を担う企業は、車両という資産を通じて供給をコントロールできる。この2つがモビリティ産業の上流を押さえる構造になる。
ただ、プラットフォームや金融を握る企業でも、実際に車両を運用する現場を持たなければ、この産業の仕組みを理解するのは難しい。この視点から見ると、東京センチュリーのレンタカー事業は単なる店舗ビジネスとは違う意味を持つように見える。すでに同社はANAと共同でニッポンレンタカーの事業に関与しており、日本国内ではレンタカー運営の経験がある。しかし今回の買収は、それを海外で拡張する動きとも考えられる。レンタカーは現場のオペレーション事業であると同時に、大量の車両を運用するフリート産業でもある。車両の調達、保有、回転率、残価管理。これらはすべて金融の領域と密接に結びつく。そう考えると、今回のオーストラリアのレンタカー会社は、単なる海外事業としての展開ではない。車両金融のモデルをグローバルで実証するための実験場として見ることもできるのだ。
(モビリティとエネルギー産業)
ここでは更に視点を広げる。モビリティ産業の未来は、車という機械だけを見ていても全体像は見えてこない。全体を俯瞰するためには、その車を動かすエネルギーまで関連させることが大切だ。
これまで車の燃料はガソリンだったため、エネルギー産業とモビリティ産業はある程度分離していた。しかし電動化が進めば、この関係は大きく変わる。EVは、電力を消費する巨大な機械になるからだ。
例えば、1台のEVが消費する電力量は家庭数日分とも言われる。もし都市に数万台、数十万台のEVが普及すれば、それは巨大な電力需要を生む。ここからモビリティ産業が、単なる交通産業から、電力インフラの一部になることがみえてくる。
ここまでは、EVは「電力を消費する資産」として見た場合の話だ。しかしEVにはもう1つ重要な側面がある。車両には大容量のバッテリーが搭載されている。つまりEVは電力を消費するだけでなく、電力を蓄えることもできる。
そう考えると、EVは単なる移動手段に加えて、電池を載せたモバイル電源とも言える存在になる。つまり車両そのものが、電力システムの一部になり始めるのだ。この視点から見ると、モビリティ産業は交通産業とエネルギー産業の両方の要素から再編される可能性が見えてくる。従来は、この調整はある程度やりやすかった。需要の波はあっても、供給側は火力などで出力を上げ下げしながら合わせられたからだ。いわゆる「ベースとなる電源」と、需要の増減に合わせて動かす「調整用の電源」で、バランスを取ってきた。
しかし再生可能エネルギーが増えると、話が変わる。太陽光は昼に発電が伸び、夜はゼロになる。風力も天候で上下する。つまり供給側が、需要ではなく天候に左右されるのだ。分かりやすいのは昼と夜の関係だ。昼間は太陽光の発電量が一気に増える一方で、需要がそこまで伸びない日もある。その結果、電気が余る。逆に夕方から夜にかけては、太陽光の発電が落ちるのに、人の活動は続くから需要は残る。すると今度は電気が足りなくなってしまう。
この「昼に余って、夜に足りない」という歪みを吸収する受け皿が蓄電池なのだ。余った電気を貯め、必要な時間帯に放電する。蓄電池は、再エネ時代の需給調整の中核になっていく。
ここで言う蓄電池は、EVに搭載されている車両用のバッテリーとは少し意味が異なる。今回の文脈で重要になるのは、電力システム全体の需給を調整するための大型の蓄電池だ。再生可能エネルギーの変動を吸収し、電力を安定的に供給するためのインフラとしての蓄電池だ。
もっとも、EVがどこまで普及するのかは、まだ完全には見えていない。ガソリン車が想定以上に長く残る可能性もあるし、逆にEVが急速に普及する可能性もある。日本ではまだ、その分水嶺ははっきりと観察できていない。
一方で海外では状況は少し違う。中国メーカーの安価なEVが急速に市場を拡大し、ガソリン車を凌ぐスピードで普及している地域も出てきている。さらに中東情勢の緊張など、エネルギー供給を巡る不安が高まる局面では、EVシフトが再び加速する可能性もある。
ただし重要なのは、仮にEVの普及が想定より遅れたとしても、電力需要が増える流れそのものは止まらないという点だ。AI、データセンター、半導体。これらの産業は膨大な電力を消費する。プラットフォーマーがAIを中心に巨大なインフラ投資を進めれば、社会全体の電力需要は確実に増えていく。
そして電力需要が増え、再生可能エネルギーの比率が高まれば、需給調整の役割はこれまで以上に重要になる。その中核を担うのが蓄電池になるのだ。
実際、日本では現在稼働している蓄電池容量はおよそ5GW程度と言われている。一方で、再生可能エネルギーの普及を前提にすると、今後は少なくとも15GWから20GW程度の蓄電池が必要になるという試算もある。つまり、日本の電力システムにはまだ大きな不足が存在しているのだ。そのため政府も、この分野への投資を急速に拡大している。再生可能エネルギーと電力需要の増加を背景に、蓄電池は電力インフラの中核として位置づけられ始めている。
つまりEVの普及スピードに関わらず、蓄電池という事業の重要性は今後ますます高まっていくのだ。
(電力インフラと地域企業)
ここまでの議論は、蓄電池が今後の電力システムにとって不可欠なインフラになる可能性が高いということだ。では、その蓄電池は誰が設置し、誰が運用することになるのだろうか。
発電所のように巨大な設備を想像するかもしれないが、蓄電池は必ずしも一箇所に集中的に設置されるとは限らない。その理由を理解するには、電力の仕組みを少しだけ整理しておく必要がある。
電力事業は大きく3つの役割で構成されている。発電、送配電、そして売電だ。発電所で作られた電気は送配電ネットワークを通って各地域に届けられ、売電会社を通じて企業や家庭に供給される。電力会社は、このネットワーク全体を安定させるために、発電量と需要を常に一致させながら運用している。
ここで重要になるのが電力の需給調整だ。電気は遠くへ送るほどロスが増えるため、需要に近い場所で調整する方が合理的な場合が多い。また巨大な蓄電池を一箇所に集中して設置するには莫大な投資が必要になる。そのため実際には、電力系統の各所に分散して設置されるケースが多い。再生可能エネルギーの発電所の近く、工場やデータセンター、物流拠点、そして都市の電力需要の近くなどだ。特に都市部では電力消費が集中するため、需要の近くに蓄電池を置くことが電力系統の安定化にとって重要になってくる。
ここで見えてくるのは、蓄電池が「フリート」に近い性格を持つという点だ。モビリティの世界で車両を各都市に配置する必要があるのと同じように、蓄電池も電力需要のある各地域に資産として配置される必要がある。つまり蓄電池は、1つの巨大設備というより、各地域に分散して配置されるインフラ資産の集合体と見ることができる。
さらに重要なのは、蓄電池は単に電力を貯める装置ではないという点だ。電力市場では電気の価格が時間帯によって変動する。発電量が多く電気が余る時間帯には価格が下がり、需要が高まる時間帯には価格が上がる。蓄電池は電気が安い時間帯に充電し、需要が高まる時間帯に放電することで、この価格差から収益を生み出すことができる。
日本の電力市場では、この取引が24時間、30分単位で行われている。つまり蓄電池は、電力系統の安定化に貢献するインフラであると同時に、市場の価格変動を活用して収益を生む資産にもなるのだ。
(地方インフラになる蓄電池)
では、こうした蓄電池はどこに設置され、誰が主要プレイヤーになるかだ。蓄電池は、土地が必要になる。さらに電力系統への接続が必要であり、地域の電力需要との関係も考えなければならない。蓄電池は、機械設備というより、地域の電力ネットワークと一体になったインフラなのだ。
実際、蓄電池が設置される場所は限られている。再生可能エネルギーの発電所の近く、工場や物流拠点、データセンター、港湾、工業団地、そして都市の電力需要の近くだ。いずれも、地域の産業やインフラと密接に結びつく場所だ。
もう1つ重要なのは、系統接続だ。電力網に接続するためには、送配電ネットワークの容量や地域の需給状況を踏まえた調整が必要になる。さらに、大規模な設備を設置する以上、土地の確保や地域との合意も不可欠になる。
こうした条件から、蓄電池は単なる技術ビジネスではなく、典型的な地域インフラの性格を持つ事業なのだ。ここで浮かび上がるのが、地方盟主企業の存在だ。
日本の地方には、長年にわたって地域インフラを担ってきた企業がある。例えば福岡にはイデックス、鹿児島には南国殖産、岡山には両備といった企業だ。これらの企業は、ガソリンスタンドやエネルギー事業、物流、交通、食品、不動産、建設などを通じて地域の生活基盤を常に支えている。こうした企業の強みは、単に事業規模が大きいことではない。土地や拠点を持ち、地域の産業とつながり、長期的なインフラ投資を行ってきた経験があることだ。つまり、地域のインフラを運営するノウハウを既に持っているのだ。
蓄電池というインフラも、この文脈の中で理解できる。土地、電力需要、地域合意、インフラ運営。こうした要素が必要になる以上、蓄電池事業は自然と地域に根ざした企業と結びついていく可能性が高い。
ここで、最初に触れた産業の二層構造を思い出してほしい。それはAIやデータ、プラットフォームを握るのはグローバル企業だった。しかし、実際のインフラを地域で運用するのは地方企業だ。モビリティの世界でも同じ構造が見られるように、エネルギーの世界でも同じ構造が現れ始めている。つまり、蓄電池という新しいインフラは、単に電力市場の問題ではない。グローバルな技術と地域インフラが交差する、新しい産業領域なのだ。
そして、この構造を考えると、東京センチュリーのM&Aもまた少し違った意味を持つように見えてくる。
(車は個人の資産から社会インフラへ)
ここまで議論を進めると、モビリティ産業の見え方が大きく変わる。従来、車は個人が所有する交通手段として理解されてきた。多くの人は車を購入し、自宅の駐車場に置き、必要なときにだけ利用する。実際に走っている時間は一日のうちわずかで、ほとんどの時間は止まっている。経済的に見れば、車は稼働率の低い資産だったとも言える。
しかし電動化と自動運転が進むと、この前提は少しずつ変わり始める。自動運転が実用化されれば、車は人を降ろしたあと自動的に次の利用者のもとへ向かうことができる。都市のように人と物が24時間動き続ける場所では、車を個人が所有するよりも、フリートとして運用した方が合理的になる可能性がある。つまり車は、個人の所有物というよりも、社会的インフラとしての資産へと位置づけが変わっていくかもしれない。
この構造は、すでに別の産業では見られる。航空業界では、航空機を保有しているのは航空会社ではなく、リース会社であることが多い。航空会社は機体をリースで使い、運航に集中する。資産は金融が保有し、オペレーションは現場が担う。モビリティも、これに近い構造へと変化する可能性があるのだ。
ここで金融の役割が大きくなる。車両は資産であり、EVになると高価なバッテリーを搭載する。もしフリートとして数万台、数十万台の車両を運用するなら、その資産を保有し、残価を管理し、供給する仕組みが必要になる。この役割は、リース会社や金融機関と極めて相性が良い。東京センチュリーのような企業がモビリティ分野に積極的に投資するのも、こうした構造を考えると自然な流れに見えてくる。
しかし、金融だけではこの産業は成立しない。車両の清掃、充電設備の管理、車内設備のメンテナンス、事故対応、地域交通との調整。こうした細かなオペレーションは必ず地域で運用される必要がある。つまりモビリティ産業は、資産を保有する主体と、現場を運用する主体が分かれる構造になる可能性がある。金融がフリートを保有し、地域企業がオペレーションを担うという分業だ。
さらにここに、もう1つの要素が加わる。それが電力だ。EVは単なる移動機械ではない。電力を消費する機械で同時に電力を蓄える資産でもある。つまりEVは、モビリティ資産であると同時にエネルギー資産でもある。車両は走行し、電力を消費し、どこかで充電する。その背後には充電インフラがあり、さらに電力ネットワークや蓄電設備が存在する。こうしてモビリティとエネルギーは、同じインフラの上で動く産業になり始めている。
ここで少し整理しておきたいのは、EVの車両バッテリーと、電力インフラとしての蓄電池は似ているようで役割が異なるという点だ。EVのバッテリーは車両を動かすための電源であり、走行のために充電と放電を繰り返す。一方で電力系統用の蓄電池は、電力需給の調整を目的としたインフラ設備だ。再生可能エネルギーは発電量が変動するため、その変動を吸収し、電力ネットワークを安定させる役割を持つ。
しかし両者は完全に別の世界ではない。EVが普及すれば、車両は必ずどこかで充電を行う。自動運転の時代になっても、この構造は変わらない。車両は走り、電力を消費し、そして充電する。その充電拠点の背後には、電力ネットワークと蓄電設備が必要になる。つまりEVの普及は、地域の電力インフラと密接に結びつくことになる。
さらに言えば、EVの普及が想定より遅れたとしても、このインフラの意味は失われない。再生可能エネルギーが増えれば、電力需給を調整するための蓄電池は必ず必要になるからだ。つまり蓄電池は、EVのためだけの設備ではなく、電力インフラそのものとして成立する事業でもある。
この構造は、どこか既視感がある。かつて地域の交通を支えてきたガソリンスタンドの姿だ。ガソリンスタンドは、地域の交通インフラを支えるエネルギー拠点として、長年地場企業が担ってきた。もし電動化が進めば、このエネルギー拠点は、充電インフラや蓄電設備を含む新しい形のエネルギーインフラへと姿を変える可能性がある。
つまりモビリティとエネルギーの融合は、新しい技術の話であると同時に、地域インフラの再編という側面も持っている。
ここでも、これまで見てきた二層構造が現れる。上層では、グローバル企業が技術やプラットフォームを握る。AI、データ、ソフトウェア、車両技術。こうした領域は世界規模の企業が主導する。一方で、車両の運用、充電インフラ、エネルギー設備、地域交通といった分野は、地域に根ざした企業が担うことになる。
つまりモビリティとエネルギーの融合は、グローバル企業と地方盟主企業の二層構造を、むしろ強くする可能性がある。
東京センチュリーのM&Aというニュースは、一見すると単なるレンタカー事業への投資に見える。しかしモビリティをフリート資産として捉え、金融とエネルギーのインフラという視点で見てみると、少し違った意味が浮かび上がってくる。車両という資産を保有し、回転させ、残価を管理する。この仕組みは金融と極めて相性が良い。そして電動化が進めば、その車両はエネルギーインフラとも結びつく可能性がある。そう考えると、このM&Aは単なる海外展開ではなく、モビリティのフリートをグローバルに運用するための実験とも見えてくる。
今回の議論は1つのM&Aから始まった。しかし視点を広げていくと、モビリティ、エネルギー、そして蓄電池へと話は広がっていった。そして最後に見えてくるのは、地方企業の役割である。AIやプラットフォームが世界を変えることは間違いない。しかし電力や交通、物流といったインフラは、必ず地域で運用される必要がある。
これからの産業構造は、グローバル企業と地方盟主企業の二層構造になる。そしてモビリティとエネルギーの融合は、その構造をさらに強くしていく可能性がある。東京センチュリーのM&Aを見た違和感は、実はその後の変化の入口だったのだ。









