新規事業の旅190 アニメ業界における「版権主権モデル」

2025年6月7日 土曜日

早嶋です。

「ロクローの大ぼうけん」を手がけるプラネット・スタジオは、従来のアニメ制作スタジオとは一線を画すビジネスモデルに挑戦している。アニメ業界ではこれまで、製作委員会方式が主流であった。これは複数のスポンサー企業から資金を集める方式で、出資比率に応じてスポンサーが版権や収益権を保有する。その結果、制作スタジオは自らが生み出した作品であっても、自由に二次利用したり、報酬面で十分な対価を得ることが難しい構造があった。

これに対し、プラネット・スタジオは、全額自社で制作費を賄い、アニメーターなどの人材も社員として雇用する体制を構築している。これにより、作品の知的財産(IP)を自社で保有し、グッズ化、ゲーム化、続編制作など、あらゆる二次利用の自由度と収益性を確保する。自社出資・自社IP保有のこのモデルは、スタジオがコンテンツホルダーとして自立することを意味し、日本のアニメ制作の枠組みに変化をもたらす挑戦である。

このような取り組みは他にも存在する。京都アニメーション(京アニ)は、原作出版から制作までを内製化し、アニメーターも正社員雇用するなど、垂直統合型のモデルを採用している。サイエンスSARUはNetflixなどと直接契約を結び、グローバル配信を重視する。WIT STUDIOやTRIGGERもオリジナルIPの自社保有を目指している。

こうしたスタジオに共通するのは、出資やファンディング、配信契約を通じて資金調達をしつつ、IPを自社で管理し、その活用を通じて安定したキャッシュフローを確保する点である。ただし、商業化に失敗し、経営が困難になる例もある。ビジュアルや内容にこだわりすぎて市場と乖離し、ヒットを出せないケースも多い。したがって、クリエイティブだけでなく、事業面・財務面でも複合的な視野が求められる。

アニメ産業の市場は2000年の6,000億円から2023年には3兆円まで拡大した。かつて地上波放送とDVD販売が中心だった収益構造は、映画・動画配信サービス(SVOD)中心へと移行し、グローバル展開が加速している。海外ライセンス収入や劇場作品の大ヒットなどにより、アニメが日本のコンテンツ輸出の柱となりつつある。

ただし、この成長の中で「プレスクール向けアニメ」は相対的に減少している。テレビアニメの本数が減り、地上波での子ども向けアニメの枠が縮小されたこと、主要ターゲットが10代から30代にシフトしたことにより、アニメ作品の多くが暴力や性的描写を含む大人向けの表現へと進化しているためだ。『鬼滅の刃』や『進撃の巨人』などは、確実に子ども向けとは言えない。これは、アニメが熱狂的なファン層を対象とした深夜枠や配信コンテンツに移行し、Blu-ray(円盤)やグッズ、イベントなどによって収益を得る仕組みが成長したことと無関係ではない。

一方で、海外制作のプレスクール向けアニメは日本でも人気を博している。『パウ・パトロール』『おしりたんてい』『ポータウンのなかまたち』などがその例であり、YouTubeやSVODによって高品質な海外コンテンツが容易に視聴できる環境が整っている。

こうした中、プラネット・スタジオは「ロクローの大ぼうけん」を軸に、新しい安定収益モデルを構築しようとしている。その鍵となるのが、関連会社が展開する歯科医院向けの情報提供ツール「デンタルXR」と「デンタルE」である。全国約7,000の歯科医院を顧客に持つこのシステムは、診察券のスマホ化により家庭との接点を拡大している。デンタルEアプリをダウンロードしたスマートフォンで「ロクロー」のアニメやゲーム、メッセージなどを楽しめるようになっており、院内にはキャラクターのぬいぐるみが置かれ、待合室を楽しく演出する。また、子どもへの治療後のメッセージや歯科情報の伝達役として、ロクローがメッセンジャーの役割を担う。

さらに、教育現場への進出も進めている。保育園や幼稚園において、先生が学習教材の一環としてロクローの画像や音楽、振り付け動画を活用できるようになっており、アナログとデジタルが融合した幼児教育支援モデルが構築されつつある。

2026年には、デンタルE経由で「ロクロー」キャラクターを活用した歯ブラシやコップなどのEコマース展開を開始予定である。また、日本で制作したIPをベトナム・タイ・カンボジアなどで現地声優によるローカル言語対応版として配信し、アジアの子ども世代(約30億人)への浸透を目指している。ベトナムのPOPS社との連携により、ローカル化と同時展開のスピード感を確保し、世界市場で勝負できる体制を整えている。

このように、プラネット・スタジオは自社IPを中核に、医療・教育・エンタメを融合させたクロスセクター型の収益モデルを形成しようとしている。従来の「作って終わり」のモデルではなく、継続的な接点と多面的な収益源によって、アニメスタジオとしての持続可能性と創造的自由を両立させているのだ。

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