早嶋です。
日本企業の多くが取り入れてきたMBO(目標による管理)は、本来、自ら目標を設定し、その達成に向けて動機づけられた社員が、自律的に動きながら成果を上げることを目的としている。組織全体の目標を分解し、それぞれの部署、個人に落とし込んでいくのだ。全体最適からの逆算が基本構造だ。マネージャーは、社員の目標達成に向けた日常行動を観察し、期中や期末のタイミングで差分を確認しながら評価を行う。
ただし現実には、期末評価が近づくと、社員がアピールを始める。もしくは、評価されることを前提に、目標を「書く」だけになる。つまり、制度が意図された通りには機能していない。とくに管理職が、部下の行動や成長を正しく観察し、フィードバックする力を持っていなければ、その構造は形骸化する。
一方、新規事業やスタートアップの文脈において、このMBOは明らかに馴染まない。なぜなら、新しい挑戦には「予測不能」が付きまとうからだ。年初に設定した目標が、半年後には無意味になっていることすらある。その中で注目されるのがOKR(Objectives and Key Results)だ。
OKRは、O(Objective)という「野心的な目標」と、それに伴うKR(Key Results)という「測定可能な成果指標」のセットで構成される。ポイントは、KRがOに対する通過点であるということ。KRは定量的でありながらも、変動に柔軟だ。プロダクトのローンチ、トライアルユーザー数、PMF到達など、フェーズに応じた具体的アウトカムが設定される。そして、それが常にフィードバックされ、場合によってはO自体も見直される。
つまり、OKRの時間軸は短く、柔軟だ。四半期単位での見直しが基本であり、行動と成果が噛み合っていない場合、すぐにチューニングが行われる。これは、スタートアップが「行動しながら学ぶ」構造と親和性が高い。
たとえば、あなたが言及していた、ある新規事業の現場では、初期段階では「ユーザー10人に課題インタビューを実施する」といったKRが設定され、それを通じて本当に目指すべきO(たとえば市場の解像度を上げる)が見えてくる。KRは単なるto doリストではなく、チームが学習するためのルートマップだ。
既存事業部と新規事業部が共存する組織では、このように評価制度をハイブリッドで運用するしかない。MBOは、繰り返しのオペレーションや、行動指針がある程度確立された職場で力を発揮する。一方、OKRは、「意味の確定すらこれから」という段階での指針になる。組織が両利き経営を掲げるならば、評価制度もまた両利きであるべきなのだ。
しかし、評価は制度だけでは完結しない。報酬の原資は、結局のところ利益である。既存事業が稼ぎ、新規事業は投資段階にある。この非対称性の中で、どう原資を配分するか。そのためには、経営計画の中で、あらかじめ「評価のための原資」を分けて確保しておく必要がある。そして、その使途においても、OKRで設定したチャレンジの質や学習の深さを、定性的にも捉えられる運用が求められる。
さらに近年では、「RSU(譲渡制限付き株式)」や「成功報酬型ボーナス」など、より柔軟なインセンティブ設計が導入されつつある。とくに、長期的な成果を求める新規事業部隊においては、このような未来の配当がモチベーションの支えになる。
いずれにせよ、MBOかOKRか、という単純な二項対立ではない。目的とフェーズ、そして組織の構造に応じて、制度は設計し直されるべきだ。そして制度は、運用されてこそ価値を持つ。結局のところ、最も重要なのは日々のフィードバックの質であり、それは管理職一人ひとりの問いかける力にかかっている。