
人生の第二領域
2018年8月16日
原です。
タイムマネジメントの分野では、重要度と緊急度の2つの軸があります。
多くの人は緊急な対応に追われ、バタバタした時間や人生を過ごすことに集中しがちです。
一方、緊急ではないが重要な領域を第二領域と言います。
第二領域は、将来を考えると重要なことだと分かっているけど、緊急なことを優先してしまいがちなため実行しないまま日々が過ぎていく傾向があります。
なので、主体的に計画的かつ優先的に実行すべき領域なのです。
私は、30代後半で働きながら経営に関するビジネススクールに入学しました。当時、ビジネススクールで学ばなければ生活できないわけでもなく緊急なことではありませんでした。
しかし、成熟化やグローバル化していく経済環境を考えると安定に対する将来の不安もあり、30代後半からでもビジネスに関しての学びは必須であるのではないかと真剣に考えました。つまり、私にとっては緊急ではないけど重要な領域だったのです。
当たり前なのですが、自分自身で学費を支出し働きながら早朝と深夜、休日、隙間時間を有効活用して2年間を過ごすことで第二領域の目的を実行しました。
現在では、この2年間の学びをベースに経営コンサルティングや研修講師により、微力ながらも日本経済や社会貢献に取り組んでいます。
人生や仕事の目的が曖昧なまま日々の多忙な業務に対応するだけは、虚しい人生だと思います。
人手不足など多忙な社会だからこそ、目的と計画を考え人生や仕事の第二領域を実行することで豊かな人生を過ごすことが可能になります。
皆さんの緊急ではないけど最も重要な「第二領域」は何でしょうか?
そして、その第二領域の内容は、スケジュールの中に記載されているでしょうか?
そして、スケジュールに記載されていることを実行されているでしょうか?
人生100年時代の新・社会人基礎力
2018年8月14日
安藤です。
平成30年2月に経済産業省が『人生100年時代の新・社会人基礎力』を発表しています。
「人生100年時代」や「第四次産業革命」の下で、2006年に発表した社会人基礎力『3つの能力と12の能力要素』は重要性が増しています。
そこで、これまで以上に長くなる個人の企業・組織・社会とのかかわりの中でステージの各段階で活躍し続けることが必要となり、 3つの能力と12の能力要素はかわりませんが、新たに3つの視点 ①何を学ぶか ②どのように学ぶか ③どう活躍するかについて追記されています。
3つの能力とは、一つ考え抜く力(シンキング)、2つ目は、チームで働く力(チームワーク)、3つ目は前に踏み出す力(アクション)です。12の能力要素は、1)の考え抜く力(①課題発見力 ②計画力 ③創造力)、2)のチームで働く力(④発信力 ⑤傾聴力 ⑥柔軟性 ⑦状況把握力 ⑧規律性 ⑨ストレスコントロール力)3)の前に踏み出す力は (⑩主体性 ⑪働きかけ力 ⑫実行力)です。
「新・社会人基礎力」では、能力を発揮するにあたって、目的、学び、組合せのバランスを図ることで自らのキャリアを切りひらいていくことが位置づけられています。具体的には、どう活躍するか(目的)、何を学ぶか(学び続けることを学ぶ)、どのように学ぶか・組合せ(多様な体験・経験や能力を組み合わせる)です。
『キャリアオーナーシップ』という言葉が使われ、主体性を向上させ、自らの『持ち札』を増やすことでキャリアを切り開いていくことの大切さも記されています。
要は、個の成長と企業の成長のベクトルを合わせることが、生産性の向上が実現可能になり、「働き方改革第2章」で求められていることでもあり、主体性・モチベーションの向上がエンゲージメントの向上につながるということです。
益々、これかの時代、個人には主体的にキャリア開発が求められ、企業には個人のキャリア自律への支援・理解、柔軟な人事制度、人材活用方針、自社魅力の魅力化などが求められていきます。
人材開発、人材育成に活かす外部キャリアコンサルタントによる企業内キャリアコンサルティング、組織にキャリアコンサルタントを養成したいなどのご相談がありましたら、弊社にご相談くださいませ。
学習と勉強
2018年8月9日
早嶋です。
勉めることを強いると書いて勉強。勉強はどちらかと言えば強制的な学びを意味します。強制的であれば苦痛が伴うのも無理が無いですね。子供の時に勉強するのはつまらなかった、すごく自然な感想です。
一方、学問は本来は、好奇心や興味によって内から湧き出る要求が源泉です。知りたい一心で、銭にもならないのに、向学のため向上のために楽しみながら学びます。興味が強いから質問も矢継ぎ早に止まりません。学びそして問う。これが学問の真骨頂ですね。
師曰く。これを知る者は、これを好む者に如かず。これを好む者は、これを楽しむ者に如かず。
既存企業の存続のため、社命によって新規事業を創造する人たちがいます。多くのパターンは、机上で情報収集して、セミナーで情報収集して、自社の環境分析をして、実際に起業している人にものすごい数のインタビューをしています。が、そこには沸き立つエネルギーがなく、なんとなく作業の延長で淡々と行っています。
マネジメントの管理指標の一部の数字を気にして起業の真似事、新規事業の取り組みを行っても、好きで行っている者には到底叶いません。業務時間に創業のことを考える。四六時中、好きで事業のことを考える。そして、それが苦痛とも思っていない。資源の中で最も重要なのが人。そして、その人の中で限りがあるのが時間。その時間を惜しみなく費やす。かなわないでしょうね。
自ら組織を出て起業する者、右も左も分からずに小資本、あるいは自己資本を犠牲にして好奇心で起業する人は兎に角考えと行動を繰り返しています。失敗したらそこから学びブラッシュアップ。成功してもそこから学び更にブラッシュアップ。人から言われた、コンサルが言った。知識を二次情報で得て取り組む人と、好きでやっているため経験を繰り返す中で整理して取り組む人は全く違う。論語の通りです。
学問も起業も基本は創造的な取り組みです。答えはなく、答えを創造して作り上げていきます。性は相い近し、習えば相い遠し。子供の頃は、自分が興味があるものに、時間を気にせずに取り組んでいます。いつしか答え合わせが目的かのうよな教育によって皆が創造性を失い始めました。習う字は白に羽。白は鳥の胴体を抽象化した形で、そこに羽をつけています。ひな鳥が飛ぶための方法を試行錯誤して練習している様がその意味です。
論理思考の落とし穴
2018年8月8日
早嶋です。
論理思考とは思考の展開に対して筋道を立てて、段階を経て判断する思考方法です。ここで言う筋道は思考の展開に対して因果関係が明確で、合理性にあっている状態です。因果関係が明快とは互いに発生する事象に対して原因と結果の関係の疑いの余地がない状態です。
また、合理性にあうとは、その筋に無駄がなく、どう考えても、そのように考えることがごく自然な状態です。それから段階的な判断とはある根拠や原因をベースに結論や結果を導き、それらをベースに更に次の結論の根拠として論点を整理することです。
思考の筋を示すためには、一部にフォーカスしても完全に整理できたとは言えません。従って全体像を示すことが大切です。事象によっては階層構造が深くなる場合もあるので、結果的に一律で何かを示すことが難しくなります。従い、段階的に判断を行うことが必然的に行われるようになります。
ながながと書きましたが、論理思考は結論に対して違和感なく根拠を示せる状態であり、一定の条件が揃えば同じような結論を導き出すことができる思考方法です。
さて、ビジネスにおいての論理思考について考察します。前提が揃い、同一の入力情報に対して一定の結果や成果がでなければ、ビジネスの現場では混乱が起こるでしょう。同じような取り組みに対して、同じような成果がでることで、安定的に大量に顧客に解決策を届けることができます。不安定な状態は、予想外の取り組みが必要になり、その対処に膨大なコストがかかってしまいます。
そのためある程度の知識レベルの人が同じ入力をしたならば、同じような成果を出せる状態をつくることが企業の標準化といえます。そして、そのような仕組みを構築した企業は、安定的に効率よく大量に商品を世の中に提供することができます。
一見すると素晴らしい状態ですが、競争戦略の視点で捉えると、けしてそうとも言えません。企業はミッションを実現するために、ビジョンを唱え、その実現のために日々戦略を立てて術をこなします。その時の経営の尺度の一つである利益は、売上とコストの差分です。従って経営戦略のパラメーターは差別化を図って高く売るか、同じような商品を誰よりも安くうるかによって実現することが可能です。
現在、多くの社会人や経営者が論理思考を身につけています。しかし、正しく論理思考を身に着け、理性的な判断をすればするほど、出てくるアウトプットが同じになるのです。つまり、個性や違いがなくなり、ビジネスの違いが出にくくなるのです。
同じ入力に対して正しい答えを出す技術が、結局はビジネスのコモディティ化を招いているのです。確かに教育の成果としては素晴らしいです。しかし個性という点において論理思考は反対の影響を与えることになります。
マーケティングの概念にニーズとウォンツがあります。ニーズは、現状を好ましいと思わずに、在りたい姿に向けて動きたい状態です。しかし一方で、そのように思いながらも、進んでその状態を解決したいわけではありません。ニーズが満たされていないと、当然解決策があれば受け入れますが、喜んで導入する状態ではありません。従って機能は最低限で良く、できるだけ解決するためのコストも抑えたいと思います。
ウォンツは、現状を悪く思っていません。しかし、更に良い状態にしたいという状態です。既に悪い状況でもないのに、もっとよくしたいと思うので解決策があれば喜んで導入するし、コストが高くても検討します。
従って、ニーズよりもウォンツに目を向けたほうが顧客に対して付加価値の高い商品を提供しやすいです。しかし、市場の多くはニーズ的な部分で満足するため、規模を大きくすることが難しくなるというトレードオフが生じます。
経済学の考え方では、需要バランスによって商品の価値が異なります。ニーズ的な欲求が強く、解決策がなかったときは、ある程度高いコストを支払ってでも顧客はその商品を解決するために導入しました。しかし、論理思考が普及して、皆がニーズに対しての解決策を大量に見出すようになると、その商品が一般化して量販店でも取り扱われるようになります。結果的に価値が下がり、コモディティと化してしまうのです。
考えてみると滑稽ですね。囚人のジレンマのように必死に論理的に解を出す作業を経済活動として続けた結果、皆が同じような解決策を提示して、同じ市場の顧客にリーチするために消耗戦になってしまっているのです。
当然、ここで勝つためには商品軸そのものは同じようになってしまうので、提供するためのコストとスピードが違いを生むためのポイントになるのです。日本企業の強さを鑑みると、コストとスピードは確かに強みの一つですよね。
80年代、ボストンコンサルティンググループは日本の自動車産業においてコストと品質に次ぐ第三の競争コンセプトにスピードを定義し、タイムベース競争論を展開しています。同じような商品がある場合、手に入れるまでのリードタイムを短縮した企業に価値がでるという概念です。また、同じ商品、提供時間であれば、当然に安く提供する企業に価値がでるのです。
整理すると、論理的な思考が蔓延することで、企業が同じインプット、つまり経営環境に対して同じような解決策を示しました。その結果時差はあったにしろ、企業が提供した商品、解決策が同じようになりました。そこで、次の競争の軸をスピードに求め、そして最後はコストにいきつきました。
しかし、この手法も論理的に解釈され、リバースエンジニアリングされ、欧米の企業でも同じように導入された結果、全ての企業が同じような打ち手を提供するようになり、差別化そのものが無くなってしまったのです。
打ち手としては差別化です。ニーズ的な商品で市場が埋め尽くされた今、顧客のウォンツに目を向けて価値を提供することです。しかし、ニーズは顧客が望む最低限の欲求なので、ある程度属性や塊によって共通ですし、基本的な欲求なので分析そのものは苦労しません。
しかしウォンツの部分は、顧客によってことなります。そのために顧客を個の客と捉えて正面から向き合い、個の客の目指したい姿に対して商品を提案することができれば、当然にその個の客は価値を見出すでしょう。
しかしこの作業は非常に手間がかかり、大規模に提供しようとすると、やはり論理思考と標準化の波に押し寄せられコモディティ化します。従って、価値ある商品でビジネスを行う場合は、なかなか規模を大きくすることが難しいのです。
日本文化と感性工学
2018年7月8日
原です。
日本の夏の風物詩の一つに、風鈴(ふうりん)があります。
私は田舎育ちだったので、夏休みになると屋根の軒下に風鈴をぶら下げ、風鈴の音を楽しみました。
大学からは都会で暮らしはじめ、風鈴をぶら下げる習慣はなくなりましたが、帰省中や旅先で風鈴の音を聞くと、子供の頃に聞いた情緒ある風鈴の音や風情までも思い出し、一時的に子供の頃にタイムスリップした気になれます。
このように、風鈴の優れたところは、「わび・さび」を連想させる形状だけでなく、日本人の本来敏感な情緒的な感覚を刺激するところではないかと実感しています。
つまり、風鈴は長く培われてきた日本人独特の和の暮らしへの関心や美意識を呼びおこす作用を持つ「感性を軸とした製品」と言えます。
一方で、日本家屋が少なくなり、マンションや西洋風の建築が増えました。これらの建築物はエアコンが主流であり、日本式に窓を開け放して風を呼び込むということはしません。なので、若い人たちには「風鈴」を知らない人が増えています。
しかし、最近では、古民家を再生した新たなライフスタイルなど、和の暮らしが見直されてきています。日本人がその伝統的な様式に「癒やし」を見出そうとしていることが背景にあります。
私も災害プロジェクトの起案をきっかけに、オリジナルの風鈴作りに取り組んでいます。風鈴を作ったからといって災害への問題解決にはなりませんが、心の復興にはつながるのではないかと考え実行しました。
今後は、心地よい風鈴の音の解析など科学的な領域も取り入れながら、日本独特の美意識について探求していきます。
成熟化した時代では、モノの豊かさよりも、「心地良さ、癒やし、共感」など、心の豊かさが求められます。感性(右脳)と工学(左脳)の融合による新しい価値の創造が「ビジネスモデル、商品開発、サービス開発、政策形成、企画立案」には必要なのです。
成果主義と内的動機付け
2018年7月8日
安藤です。
やる気には、「外発的動機付け」と「内発的動機付け」があるのは周知のことと存じます。
外的報酬(給料や昇給、昇進・昇格など)は、それを得るための行動を強く引き出す。これを『外的動機付け』といいます。または罰を回避するためといった理由ではなく、自ら主体的にやりたくて何かをしようとする意欲のことを『内発的動機付け』といいます。組織で働くいわば社員として活動することで生活費を得ていることは、報酬=『外発的動機付け』が基本です。しかし、1970年代ころ、作業後に報酬があることが必ずしも意欲を高めることにつながらず、むしろ自発的なやる気を低めてしまう可能性があるという知見がでてくるようになりました。
その現象を『アンダーマイニング効果』といい、報酬が自発的に何かをしようという意欲を低める現象のことです。
例えば、ある人が楽しんでいた行動に対し、「うまくできたらお金をあげます」と言って、外発的動機づけを与えると、その行動自体からお金をもらうという金銭報酬にすり替わってしまいます。そうなると、金銭報酬のためには頑張れるものの、その報酬がなくなると、当初感じられた行動自体の楽しさが失われてしまいます。
また、2種類の物体(時計等)どちらかを使ってゲームまたは物事をトライしようとした場合、その際に、自己選択条件(自分で選ぶ)と、強制選択条件(選ぶことができない・強制的に指示をする)の間で比較します。
自己選択条件の場合は、自分で選んで行動したという“自己決定感”とう感覚があると、失敗してもやる気を失わず
次の糧にしようとする心の働きが生まれるパフォーマンスがアップするともいわれています。
要は、創造的な業務に社員が『内発的動機付け』に基づいて取り組んでいる時に、成果主義を持ち込んで『外発的動機付け』に置き換えてしまわないように注意が必要といえます。
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経営とアート
2018年7月5日
早嶋です。
近年、大手企業やグローバル企業の経営層ではアート感覚や美的意識を鍛える取り組みが行われています。その背景に分析、理論、理屈、理性を基軸とした経営や意思決定が昨今の複雑な環境下では意味をなさない場合が出てきたからです。このことをサポートするポイントが3つあります。
1. 論理的、或いは理性的な情報処理スキルに限界が見えてきたから
2. 世界中の市場が自己実現のための消費に向かっているから
3. 急激な環境変化によって既存のルールや規制が追いついていないから
◾論理的、或いは理性的な情報処理スキルに限界が見えてきたから
論理的、或いは理性的な情報処理スキルの限界について説明します。大きく2つの要因があります。
まず、大学機関や研究機関の進歩、或いは企業研修等の発達によって、大勢の経営陣やマネジメント層が論理的な情報処理のスキルを身に着けました。その結果、世界中の経営の現場において、いわゆる正解の氾濫が生じています。論理思考は長らく、経営のツールとして必須とされてきました。しかし、論理的に情報を処理するということは、前提や観察した条件が一定であれば、皆が同じ解にたどり着くことを意味します。結果的に差別化の要素が薄まり、極端な話、どの企業も打ち手が同じになってきます。従って、感覚的な解やアートの感覚を取り入れることをしない限り、この状況を脱しにくくなったのです。
もう一つは、論理的な情報処理のスキルに対して、方法論の限界が見えてきました。VUCAというキーワードを聞いたことがあるでしょうか。元は米国陸軍が世界情勢を分析した際に表現する時に使われた言葉です。Volatility:不安定。Uncertainly:不確実。Complexity:複雑。そしてAmbiguity:曖昧。昨今の時代の特徴を表現する言葉を並べられた造語です。
VUCAの時代は論理的に問題解決をすると、経営に対してミスリーディングを招く可能性が出てきています。従来の前提条件は、問題の発生とその因果を比較的整理して言語化、構造化して理解することが出来ました。しかし、問題を構成する因子が急激に増加して、そしてその因果関係もより複雑に絡み合っています。そのような際は、厳密に現状を整理することが難しく、結果的に問題解決のアプローチが使えなくなっているのです。
VUCAの時代に合理性を求めれば、そもそも整理が出来ないため、いつまでも解が整理できず、結果的に経営の意思決定が出来なくなるのです。そこで、合理性の対局である、モノゴトの全体を、直感で捉え解を導き出す創造的な能力が求められるようになっています。
◾世界中の市場が自己実現のための消費に向かっているから
2000年ころからIT革命がスタートして、2007年頃にスマート革命が始まりました。その頃から急激に世の中の経済が世界レベルで成長しはじめています。昔は、世界規模で成長を遂げている地域や国はほんの一握りだったのに対して、昨今は地球規模での経済成長が観察されるようになりました。結果、多くの市場において自己実現を求める傾向が強まっています。
欲求5段階説の提唱者であるマズローによれば、人間の欲求は低位の欲求である生存欲求から上位の欲求である自己実現の欲求に分類できるといいます。経済成長の恩恵により
人々はこれまでの安全で快適な暮らしを追い求める安全欲求から徐々に集団に属する帰属欲求、そして他者から認めてもらいたい承認欲求と進んでいきます。そして最終的には自分らしさを実感できる生き方を実現したい、自己実現欲求へと進展します。
このように世界的に経済が発展すると精密な企業のマーケティング活動を用いて論理的に機能優位性や価格優位性を説いても人の自己実現欲求を満たすには物足りなくなっていきます。そして結果的に感性や感情、美意識が重要になってくるのです。当然、企業にとっても意思決定の最前線にいる経営陣やマネジメントに対しても感性や美意識を磨くことで競争優位を勝ち得る要因となっていきます。
◾急激な環境変化によって既存のルールや規制が追いついていないから
急激な技術進歩の結果、法律や規制が現実の世界に追いつかない事例が多々観察されるようになっています。法律やルールは、何らかの変化が起こると必ず遅行して制定されます。そのため変化の激しい、そしてVUCAで表せられる昨今は、既に明文化された法律や規制だけを拠り所に経営の意思決定を行えば結果的に倫理観を大きく損ねる恐れがあります。旧ライブドアの事件や一連のDeNAの不祥事はまさに上述を示す事例として考えることが出来ます。
変化が目まぐるしい昨今、法律や制度や規制は、変化に追従する形で常に遅行して議論が開始され、時差を経て制定されます。そんな世界において高い質を維持しながら意思決定するためには明文化された法律やルールだけで判定するのではなく、個人の感覚や美的センスなどを加味することが大切です。
昨今の人工知能の研究を深める企業の多くは、内部に倫理的な議論を進める組織を併設しています。変化とスピードが早い人工知能の世界で経営的な意思決定をする場合、その活用を内部の別の価値観で判断するようにしているのです。このような意思決定を見ると上述のIT会社との格の違いを感じます。
では、再び経営とアートについて考えてみます。アートと捉えると、マーケティングを行う際の広告宣伝のセンスの良さや、商品パッケージの見た目をイメージするでしょう。しかし経営におけるアートは一つ上の視点で捉えると理解が深まります。
例えば合理的で実践的な経営判断の良さは、経済的な利益の追求に加えて、倫理的な側面、企業のミッションに即した判断、従業員の価値を大切にした取り組み、顧客にフォーカスした真摯さ、社会に還元する正しさなど、複数の取り組みを総合的に判断する必要があります。それらの判断基準は全てを合理的に記述して表現することは難しく、ある種の特殊な能力が必要とされます。アートはその側面を持ち合わせた能力なのです。
伝統的な経営はさまざまな経営指標によって管理されて来ました。資本回転率や生産性などです。しかし、これらは全体の経営のごく一部しか表現しておらず、かつ計測可能な側面にしか触れられていません。米国のコンサルタントの1人、エドワーズ・デミングは次のように言っています。「測定できないものは管理できない、と考えるのは誤りである。これは代償の大きい誤解だ。」と。
これらの世界は、本来の日本的な経営に宿った捉え方だったと思います。もともとは個人や組織の判断基準があり、しかしそれが言語化されず、組織で暗黙のうちに守られてきました。そして逸脱した考えは恥という認識で皆が良心を持っていました。この感覚的な部分こそがアートなのです。
参照:世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 山口周著
競争とポジション
2018年7月4日
早嶋です。
競合と競争する場合、業界や地域での立ち位置を意識することが大切です。巷にあふれる事例や理屈の多くは1位の企業になることを前提としています。しかし、1位の企業と2位以下の企業は全く異なる経営のメカニズムがあります。
例えば、コンビニエンスストアの中で首位の企業を思い出してみてください。すぐに、セブンイレブン、ファミリーマート、ローソンの名前が出てくることでしょう。どれも同じコンビニですが、中身は全くことなります。
セブンイレブンは、店舗数が約2万店舗で、平均単価が約660円、1日あたり1,000人の顧客が店舗を訪れます。一方、ファミリーマートは約1.7万店舗で、平均単価は約580円、1日あたり約900人の顧客です。ローソンは店舗数が約1.4万店舗で、平均単価は約590円、1日あたり約900人の顧客です。
首位のセブンイレブンは、1日あたりの来店数が10%以上多く、単価も7、80円も高いのです。更に、セブンイレブンは自社開発商品の売り上げが高いので利益率も2社と比較して突出しています。もし、この状況を知らないで下位の企業が首位の企業を追い抜こうと頑張っても、そもそも生き物が違いうので、到底追いつくことは無いのです。
そこで経営を考える際には、業界や地域の中での立ち位置によって、ある程度の戦い方の定石があり4つの分類に分けて考えます。セブンイレブンのように首位の企業をリーダーと呼びます。リーダーに次ぐシェアを維持し、リーダーと真っ向勝負を行う企業をチャレンジャーと呼びます。そして、リーダーやチャレンジャーの次のポジションで、上位企業の戦い方を模倣する企業をフォロワーと言います。更に、例えばヤマザキデイリーストアやポプラのように小さいながらも独自のポジションを持つ企業をチャレンジャーと呼びます。
■リーダー企業の特徴
リーダー企業は業界のトップシェアを誇ると同時に、強いチャネルを持っています。例えば主要な立地条件に店舗を構えていたり、主要な都市に必ず地域一番店に相当する規模の店舗を持っています。
コンビニの代名詞と言えばセブンイレブンという感じで、業界=リーダーのような認識が一般消費者にはあります。従って、広告宣伝をせずともその認知度から顧客が獲得できる構図を作っているのです。
通常、リーダー企業はその地域や業界の中でシェアを占めています。これはそれだけボリュームディスカウントが様々なところで効くことを意味します。製造業であれば、原料や材料の調達コストを低減することができ、また大量の製造を一気に行うことで単価をぐっと下げることも可能です。流通店であれば大量の店舗があっても物流センターや拠点などを効率的に置けるため、やはりコストを押させることが可能です。
結果的に、他の企業よりも規模のメリットを出しやすく金額を下げて提示しても利益を十分にとれる体制を整えているのです。結果、更にその資金力や技術力、チャネルの力を活用して業界のあらゆる顧客層に対してフルラインナップ戦略をとることが多いです。
■チャレンジャー企業の特徴
リーダー企業に次ぐシェアを持ち、常にリーダー企業に競争を仕掛ける企業です。しかし、上記の特徴をみて分かる通り、実際に真っ向勝負をしても勝ち目は薄いのです。
そこで、チャレンジャー企業はリーダーに勝つ方法として、リーダー企業が比較的強化できていないエリアやセグメントを探して、そこに対して自社の資源を投下してシェアを奪う取り組みを行います。自分たちよりもシャアが低い領域や企業を見つけては徹底的に攻撃してシャア拡大を望みます。
結果的に、全方位的に品ぞろえを行うリーダー企業と対比して、製品の差別化が進み、時には思い切った商品戦略や価格戦略を実行する場合があります。
■フォロワー企業の特徴
フォロワー企業の特徴は興味深いです。リーダーやチャレンジャーを刺激しないで、自分の立ち位置を維持することに徹するのです。基本戦略としては、リーダーやチャレンジャーがあまり好ましいと思わない市場にフォーカスして基本的な収益基盤を作ります。そして、自社で積極的に商品開発やプロモーション開発を行わないでリーダーやチャレンジャーが業界で試した商品や企画を模倣して自社の立ち位置を保持する取り組みを行います。
規模はリーダーやチャレンジャーからすると比較的小さくなるので、全方位のリーダーや、差別化しながらも全方位を狙うチャレンジャーとことなり、ある程度のセグメントを選択して集中する取り組みを行います。
■ニッチャー企業の特徴
ニッチャーはフォロワー企業よりも、もっとセグメントや領域を絞り込み完全に特化した戦い方をします。その市場は魅力的でも、リーダーやチャレンジャーからすると規模が小さい、収益が上がらないようなセグメントを見出し、そこで粛々とシェアを獲得するのです。
例えるならば、リーダー企業は大きな池の大きな魚で、ニッチャー企業は小さな池の小さな魚です。小さな魚ですが、池のサイズが小さいので、他の入り込む余地はなく、小さな魚が十分に収益を出せる状態です。
限られたエリアや分野でオンリーワン企業として活躍します。しかし、注意点はあまり成長しないことです。理由は、池のサイズが大きくなると、周囲からかならず見つけられ、大きな魚がやってきて、気が付いたらパクリと食べられてしまうからです。従って、成長しないというストイックな意思決定をする必要があります。
毎月、多くの経営者とお話することがあります。ある人はいつもニコニコしており、ある人はいつも何かに追われるような状況です。例えるならば銅メダリストと銀メダリストです。
何らかの競技をみていると、銅メダリストは非常に喜ばしい表情をしていることが多いです。一方で、銀メダリストは何故か表彰されていても笑顔が少なく、時には悔しさでいっぱいの時があります。
戦い方として、銅メダリストはニッチャーやフォローで、自分のポジションを業界全体で捉えて戦っているため、そのポジションを最大限に謳歌しているのです。一方で、銀メダリストはあたかもチャレンジャーで常にリーダーを追い越すことに躍起になっています。しかし、1位と2位の壁は非常に厚く、いつまでたっても近づけません。周囲からはすごいねとは言われます。しかし、自分の中では全くその地位を喜ぶことが出来ずに苦しんでいるのです。
企業して2年で2億の壁を突破しました。その経営者は突っ走ります。きっと止まることを知らずに常に走り続けるでしょう。その地位を追われたくなく、常に不安な気持ちが先行して、それを拭うためにまた努力を続けます。なにやらすごい脅迫観念があるのかもしれません。リーダー企業はその地位が当たり前で、金メダルを取った瞬間から追われる立場になり、次もとることが当たり前になるのです。
企業において、重要なことは上位の4つのポジションのどれかが良いではなく、自分自身が何を目指しているかを明確に持っていることが大切なのです。
メディアとポピュリズム
2018年6月6日
早嶋です。
リアルから新聞、ラジオ、TV、そしてネット、現在はSNSまで。政治の支持率を得るための媒体が変遷するごとに対象層に対してのアピールの仕方も変わり、なんだか本質的な活用がされていないと感じます。政策の内容や将来の方向異性の議論よりも、いかに群衆から票を取るかが主体になっています。
女性とシニアの支持率は、テレビのワイドショーにかなり影響があると考えます。各種媒体の調査でも主婦やシニア男性は家庭でテレビを見る時間が他のセグメントよりも長い傾向があります。朝から夕方まで民法各局が放映する内容にかなり洗脳される傾向が強いです。
構図としては、シニア男性の考えは、ある時期を越えると徐々にシニア女性に浸透します。現在と違い、内助の功がまだ強く働く世代、従ってシニア女性に影響を与えるためのツールは、まずはシニア男性というわけです。
自民党でメディア戦略を担当している方の見解を読むと、「支持率に反応するのはストレートニュースよりも、ワイドショーだ」というコメントが物語ります。あながち上記の仮説は的外れではないようです。
20代から30代の男性はテレビよりもネットの影響が大きく起因します。この世代はネットでの情報収集が標準的でその依存度も高いです。これは各種調査でも明確に定量的に分析されています。
近年の傾向として面白い現象を感じます。週刊誌の情報が新聞やテレビで取り上げられると政治にインパクトを与えるニュースになるという傾向です。NHKや民法各社含めて、一部週刊誌という表現を含めて、週刊誌の内容を報道することも増えています。
これらを総合すると、週刊誌にテレビ側の人間が情報を持ち込み、それを新聞とテレビとネットに拡散するということで大衆を操作する。という仮説が成り立つのではないかと思います。実際、このような構造をメディア側は常に整理するでしょうから、実際におこなっているよね。と感じるニュースがあとを経たないですね。
実際、群衆、つまり民意はすべてというのは正しいと思います。しかし現在の状況は結構極端な部分も観察できます。中西輝政氏の本質を見抜く考え方で、次のような言及があります。「国民は、自分たち多数派も間違うことがあるという認識を持って、こうしたあえて栄達を求めない真剣な専門家や政治家の意見にも耳を傾け、自分の頭で謙虚に考えていかなければなりません。」と。
実際、国民の一人ひとりが自分の頭でしっかりと考え、自説を持って政治に関心を持つことが重要です。しかし、そのベースとなる情報が果たして正しいのか?と考えると、怖いです。メディアはスポンサーがいて、そのスポンサーは対象そうの視聴率を伺います。したがって、その層の数字が取れる内容に番組を作ることが番組プロヂューサーに求められます。
はじめはネットの世界は自由に情報が流れていましたが、当然企業はネットの世界でも広告費を払い、自社をアピールしたいです。従って情報メディアも同じように対象そうのいいねを欲しがります。結果的にテレビや他の媒体と同じような傾向になるのは仕方がないことです。
が、その情報ソースがベースに民意の考えが形成されるとしたら、怖いことです。だからと言って、いまから群衆の情報リテラシーを高め、二次情報はファクトで確認する。できいる限り足を使って一次情報を信頼する。などと諭すことは不可能です。
となると地域や国がポピュリズムに走ってしまうと、今のメディアの構造、情報収集のメカニズムを考えると良い方向に向かわない可能性が高くなると感じます。
ハーレーの電動化
2018年6月4日
早嶋です。
「電動二輪はエレキギターみたいなものだ。」日本法人のグレッグ・ウィルス社長はハーレダビッドソンの電動車の展開についてコメントしています。感覚的には、ハーレは伝統を重んじる最も遠い自動二輪の会社ですが、既存オーナーが欲すると自信満々です。
ハーレダビッドソンは数年前に「プロジェクト・ライブワイヤー」を発表しています。電動モーターのトルクとアメリカンの組み合わせは実は相性が良いそうなのです。しかし難点は走行距離を確保できることでした。
今朝の日経新聞を見る限り、その問題もクリアして2019年を目処に商品化が決まるようです。ハーレーは電動化の業界で世界のリーダーを目指し、2010年から始まったこのプロジェクトがいよいよ集大成を迎えます。しばらくバイクに乗っていませんでしたが、こちらはなんとなく購買欲が湧いてきます。
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