
新規事業の旅134 北海道事情
2024年8月5日
早嶋です。(約4300文字)
北海道銀行が8月1日に発表した「北海道経済の見通し」を基に、札幌で感じた内容をメモする。
日本全体の経済は、所得改善により回復傾向を維持。物価高の影響で消費は抑制されているが、企業収益の増加に伴い大手から賃上げが促進され個人消費と設備投資は増加。実質GDP成長率ぜ前年比0.6%、名目で2.5%のプラス。
次に北海道経済は、設備投資主導で回復基調維持。特にGX関連や次世代半導体製造の工場投資が経済を牽引している。インバウンドの回復も著しい。道内の成長は実質GDPで前年比1.4%増、名目で3.9%増なので、日本平均よりも経済が活性化している。
道内での物価高の背景は国内とほぼ同じくエネルギーコストの上昇、為替だ。原油価格の高止まりに追従して供給チェーンで問題が生じた。部品不足と輸送コストが増加し、同時に円安の影響で輸入品価格は上昇。一方で大手中心に賃上げ促進した結果、企業のコスト負担が増加傾向。結果的に、個人消費は抑制され家計の購買力は低下。企業の生産コストをコロナあけから順次価格に転嫁した影響もある。
一方で、個人消費が復活しつつある。賃上の影響が個人所得に影響している。労働市場も改善しており雇用状況は良い。海外からの観光客が戻り地元の消費を高めている。実際、札幌市内や郊外の観光地を歩くと中国、韓国、台湾からの観光客が多いことに気づく。24年4月に北海道を訪問した外国人の宿泊者数は45万人で前年比で4割程度の増加だ。北海道全体の外国人観光客のピークは2019年度で年間約678万人だった。再びピークを超す勢いに迫っている。
北海道の設備投資は、GX関連、半導体関連、そしてそれらに付随するDX関連が中心だ。グリーントランスフォーメーション(GX)関連は、脱炭素化のための再生可能エネルギープロジェクトで風力発電施設など投資額が大きく、維持メンテナンスコストも続くことが予測できる。具体的な施設は、宗谷管内および日高管内での風力発電施設の建設だ。風力でも洋上風力発電は室蘭港を拠点港(母港)として開発が進んでいる。
半導体関連では、次世代半導体の製造を目指すラピダス社の工場および試作ライン建設に伴い、設備投資計画が数兆円に上ると報じられている。これにより、道内の設備投資を大幅に押し上げることが見込まれている。エリアは、主に千歳市や苫小牧市近辺が中心で、国内外の半導体関連企業が進出するケースが目立っている。2024年度の実質設備投資は前年比+39.3%(名目:同+41.1%)と予測され、先の述べたGX関連や次世代半導体製造の工場関連の大型設備投資が道内経済を押し上げるのは間違い無い。千歳は新千歳空港のお膝元で、苫小牧は洋上のアクセスが良く、広大なエリアが広がっており今後の開発を鑑みると、札幌エリアの不動産が今後も勢いを増すことが想定できる。
ただし、気になることがある。人材の確保についてだ。次世代半導体の仕事を担う人材は、各種専門的なスキルと知識と経験が求められる。
半導体プロセスエンジニア:半導体製造プロセスの設計と最適化を担当する。物理、化学、材料科学の知識が求められる。
設備エンジニア:製造装置のメンテナンスや運用を担当する。機械工学や電気工学の背景が必要だ。
テストエンジニア:半導体デバイスのテストと品質管理を行う。電子工学や計測技術の知識が重要。
材料科学者:新しい半導体材料の開発と特性評価を担当。材料科学や化学の専門知識が必要。
デバイスエンジニア:新しい半導体デバイスの設計と開発ナノテクノロジーやデバイス物理の知識が求められる。
サプライチェーンマネージャー:半導体製造に必要な材料や部品の調達と供給管理を担当。ロジスティクスやサプライチェーン管理の経験が求められる。
生産計画マネージャー: 製造プロセス全体の効率を最適化し、生産スケジュールを管理。製造業務の経験が重要。
ソフトウェアエンジニア:半導体製造装置の制御ソフトウェアやデータ解析システムの開発を担当。プログラミングやソフトウェア開発のスキルが必要。
データサイエンティスト:製造プロセスから得られる大量のデータを解析し、プロセス改善に役立てる。データ解析や機械学習の知識が求められる。
環境エンジニア:半導体製造の環境影響を評価し、環境規制に準拠した運用を確保。環境科学やエンジニアリングの知識が必要。
安全衛生マネージャー:製造施設の安全管理と労働安全衛生を担当。安全工学や労働衛生の知識が求められる。
と一般的な半導体エンジニアの種類と背景を並べた。これらの多様な専門職が協力し合って、次世代半導体の開発と製造を支えることになる。次世代半導体関連の投資による新規雇用は、ラピダス社の工場および試作ライン建設に伴い、直接雇用と間接雇用を含めて数千人規模だ。国内は技術系を中心に人手は不足している。ここの確保と育成が当面の課題になると思う。
国内の半導体関連は熊本が選考している。TSMCが中心になり、主に最先端のロジック半導体(プロセッサやデジタルシグナルプロセッサなど)を製造している。TSMCの工場では、最新の製造技術を駆使した7nm、5nm、さらには3nmプロセス技術を用いた半導体製造が行われる。TSMCの半導体はスマートフォン、PC、データセンター、自動車などの多様な分野で利用される。
TSMCで必要とされるエンジニアのスキルと経験は、プロセスエンジニアは最先端のプロセス技術(7nm、5nm、3nmなど)に関する深い知識と経験。デバイスエンジニアはロジック半導体の設計と最適化の経験。装置エンジニアは半導体製造装置の運用とメンテナンスに関する技術。テストエンジニアは高度なテスト技術と品質管理のスキルが欲しいところだ。
ラピダスの半導体は、次世代半導体の製造を目指している。最新の製造技術を活用した半導体で、特にAIやIoT、5Gなどの新しい技術に対応するための高性能かつ高効率な半導体だ。用途も、AI、IoTデバイス、5G通信、自動運転車などの新興技術分野に重点を置いた製品が多いと予想される。
ラピダスで必要とされるエンジニアのスキルと経験は、プロセスエンジニアでは次世代技術(AI、IoT、5G向け)の製造プロセスに関する知識と経験。材料科学者は新しい半導体材料の開発と特性評価の経験。デバイスエンジニアはAIやIoTデバイスのための高性能半導体の設計経験。システムエンジニアはAIやIoTシステムの統合と最適化に関するスキルが必要とされるだろう。
同じ半導体関連でもTSMCとラピダスでは、製造する半導体の種類や用途が異なるため、必要とされるエンジニアのスキルや経験にも違いがでる。TSMCでは最先端のロジック半導体の製造に特化した技術と経験が求められる一方、ラピダスでは次世代技術を支えるための新しい材料やプロセス技術に関する知識が重視される。ただ、この流れをみても熊本のエンジニアと北海道のエンジニアの協力は今後活発になり一定の行き来が必要になるのではないだろうか。札幌と阿蘇熊本。どちらも食文化が良く、観光にも自然にも恵まれているエリアだ。テクノロジーの発展とともに南と北の融合にも期待したいところだ。熊本菊陽町の不動産の瀑上がりと人件費の超高騰によって、観光業におけるサービス産業の人員の奪い合いも始まるだろう。大卒エンジニアの初任給を40万程度から取り始めるだろうから、道内の大学も数年かけて半導体エンジニアの育成をはじめるだろう。
熊本の動きは、まずはその道のプロを多数招致している。国内外の半導体業界から専門知識を持つエンジニアや研究者を招致するのだ。そして大学や研究機関との連携をすすめる。半導体分野での研究が進んでいる大学や研究機関と連携し、優秀な学生や研究者を採用するのだ。企業は現地の技術者に対して、専門的な研修プログラムを提供し、半導体製造の知識と技術を習得させる。職業訓練学校も、半導体製造に特化した職業訓練学校を設立し、地元の若者を育成し始めている。他の製造工場よりも供給が不足する間は給与が高いので、雇用される側のやる気も高くなっている。
パートナーシップと協力も進んでいる。半導体関連企業と連携し、研修プログラムや人材派遣を通じて必要なスキルを持つ人材の育成だ。もちろん政府も絡む。政府の支援を受けて、雇用創出と教育プログラムの充実を図るのだ。すると学生の動きも変わってくる。学生や若手技術者に対してインターンシップを提供し、実務経験を積ませる動きが活発になるだろう。経験豊富な技術者の下で見習いとして働くことで、実践的なスキルを習得しようとする技術者も出てくるだろう。
もちろん優秀な人材はすべて現地で調達できない。昨今のDXを活用して地理的な制約を超えて、リモートで技術支援を行うことで、国内外の専門家の協力を得る動きも必要だろう。これだけの動きになると、半導体技術を学ぶ学生に対して奨学金を提供し、優秀な人材を育成する動き、大学や研究機関に対して研究助成金を提供し、半導体関連の研究を推進する動きも活発になる。日本の南と北で半導体を軸に文系くんよろしくねの世界から再び理系くんいらっしゃいの世界が再構築されようとするのだ。これは日本の未来にとって嬉しい限りだ。
北海道を取り巻く設備投資の増加、GX関連と新型半導体関連、そしてそれらに付随するDX関連の大型投資は継続的に続くことが予測できるし、短期的な取組でできる計画ではない。風力発電所施設の建設と運用、データセンターの建設と運用、洋上風力そして次世代半導体関連。これらの事業を立ち上げ運用するためには、圧倒的に技術に明るい、そして一定の専門を持つ人材が大量に必要になる。そしてその仕事をするものは一定の給与水準以上を約束される。一企業の中で省人化やデジタルトランスフォーメーション(DX)の一環に携わっている人材は、給与を比較しながら札幌か熊本に拠点を移して新たな10年、20年のキャリアを開拓することも可能だ。そうなると、中央に在籍するメーカーのエンジニアは人材を捉える格好になるので、自分たちの成長ビジョンを明確に示し、人材のキャリアビジョンを示し、見合った給与を支払うことをしなければ日本の両端に人材を吸収されることになる。
道内の経済だけでなく、日本全体に一定の影響を与える活動になって欲しいものだ。
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新規事業の旅133 台湾事業その3再び物価
2024年8月2日
早嶋です。(約1400文字)
台湾のコンビニやスーパーでは、日本製の食品や薬品、家庭用品が沢山そのまま販売されている。そして値段はどこも日本人からみると割高に感じる。背景は輸入コスト、関税、規模の経済がある。台湾は多くの製品を輸入に依存する。その中でも日本製は高品質と見なされ、輸入コストをかけて販売される。さらに関税も追加されている。従い街中の日本製の商品が割高で販売される。
経済学に規模の経済の概念がある。少量生産よりも大量に生産することで1つあたりの生産コストを下げる効果だ。日本のコンビニエンスチェーンは非常に大きなネットワークを構築して、スケールメリットを最大に活用した事業を展開している。一方、台湾の小売チェーンはその規模に達することが出来ず、スケールメリットを提供することが出来ていない。
更に、特定の商品を消費する傾向も文化として観察できる。一度良いとされる商品にであうと繰り返し利用する、結果的に特定の商品に対しての高い需要が発生する。特に日本製のお菓子や玩具、家電は高品質でプレミアムの価格が付けられても消費が鈍らないのだ。台湾から観光客が押し寄せて、日本製品を爆買いする様子が一時期観察された。2024年は日本の為替の影響も重なり、すべての商品が大バーゲンであり、こぞって買い物したくなる気持ちも良く理解できるのだ。
では具体的な価格の違いを見てみよう。例えばお菓子だ。日本でキットカットを購入する。コンビニでも150円から200円で購入できるだろう。台湾では、約60台湾ドルなので300円近くになる。おにぎりは国内で100円から150円。台湾では40台湾ドルから60台湾ドルなので200円から300円だ。トイザらスで見たレゴセットは台湾で、1,000台湾ドルから1,500台湾ドルだ。同様の商品は日本だと3,000円から5,000円程度だ。
2023年時点、台湾の人口は2350万人。国土は36,000km2。面積は急羽州全体とほぼ同じ大きさだ。九州の面積に2倍の2350万人が暮らして一つの国家を形成している。産業の多くは、半導体やITに傾倒して、不足する食料や製品は輸入に頼る。付加価値の高い産業を育成して、そこで得た益を輸入に当てている。そう考えると実に合理的な国だと言える。
日本は、製造品の中で薬や一般家庭商品や食品は多くのポテンシャルを持っており、その品質は、同様の競合と比較して恐ろしく高いレベルだと思う。ソニーやパナソニックなどの家電メーカーはこぞって世界に進出している。しかし日本の食品メーカーは、国内にこもっており、外貨を稼ぐことを余り行っていない。
台湾で現地で工場を持って展開している企業はビールメーカーのアサヒやキリンぐらいだ。他の食品メーカーは現地に工場を進出せずにせっせと日本から輸出している。国内の人口規模や産業規模を鑑みると以前の電機メーカーのように海外に進出すると良いと感じる。
ジャパンクオリテイは食品にこそ注目が集まるのではないか。その品質を現地で再生して価格で勝負する。その際のきめ細かい品質管理は実は日本のお家芸とも言えるのではないか。ハングリーな食品メーカーが進出して、もっと展開しても良いのではと考えてしまった。
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新規事業の旅132 台湾事情2024その2背景
2024年8月2日
早嶋です。(約8000文字)
台湾がこの10年から15年で急激に成長している背景について考察する。次の視点を立てて考える。
・ハイテク産業の成長
・グローバルサプライチェーンの一部としての役割
・政府の経済政策
・スタートアップ支援
・人材の質
(ハイテク産業)
まずは、ハイテク産業の成長だ。台湾は半導体や電子機器の製造において世界的に重要な地位を占めている。特に、TSMC(台湾積体電路製造)などの大手半導体メーカーは、世界中のテクノロジー企業にとって不可欠な存在になっている。TSMCといえば九州熊本菊陽町の物価や土地建物価格を一気に上昇させた会社でも有名だ。スマフォ、パソコン、自動車など、さまざまな製品に使用される半導体の需要が増加し、台湾の輸出収入が大幅に増加しているのだ。
技術が躍進する足元には必ず戦略的な人材育成があると考える。台湾も同じ用に、再現性高く人材を輩出するメカニズムを持っていると思う。ブログその1でも考察した通り、台湾は人口増加がさほど顕著でない中、質の高い人材を輩出している。台湾の教育システムは、特に科学技術分野に特化して充実させている。理工系の大学や専門学校が多く存在し、高度な技術教育が行われている。また、研究開発に対する奨学金制度や政府の支援プログラムも充実しており、学生が技術分野でのキャリアを追求しやすい環境が整っているのだ。日本は、文系の方が大学に入りやすいからと言って7割が文系という不可思議な発想が未だにつついている。文系はもちろん重要ではあるものの、そのベースに理科系の発想を組み入れることが重要だと思う。
台湾の教育機関は国際的な協力関係を戦略的に構築している。多くの学生が留学や国際的なプロジェクトに参加し、国際的な視野を持つ人材が育成される。あわせて最新の技術や知識を台湾に持ち帰ることにも貢献している。中国と台湾という微妙な地政学の影響も大きく影響しているだろう。同じ島国でありながら、緊張感の差は大きいのだ。
産学官の連携も強い。学生はインターンシップや共同研究プロジェクトを通じて、在学中から実際の業務に触れる機会が多い。そして卒業後すぐに即戦力として活躍できるスキルを身に付けている。もちろん企業での人材育成も工夫されている。企業内での研修プログラムや継続教育の機会が豊富で、社員のスキルアップが図られているのだ。台湾の企業は、教育の充実を離職防止と捉えている。技術者に成長する環境を提供しつづけることが優秀な人材の流出を防ぎ企業内に高い技術力を維持すると考えている。
更に、ベンチャー企業の支援も力が入っている。テック企業の人材育成に加えて若手の起業環境を整備している。これらは台湾そのものの文化とも一致していると思う。教育や仕事に対する高い意欲と勤勉さを持つ文化があり、この文化を技術分野に集中して高い専門性と技術力を持つ人材の育成に寄与しているのだ。
(グローバルサプライチェーンの一部としての役割)
台湾はグローバルサプライチェーンの重要な一部となった。特にアジア地域においてその役割は大きい。台湾企業は、中国、日本、韓国、アメリカなどとの貿易関係が強く、これも経済成長の一躍と考える。いくつか台湾のグローバルサプライチェーンの事例を示そう。
TSMC(台湾積体電路製造)。九州熊本でも有名な世界最大の半導体ファウンドリ企業だ。Apple、NVIDIA、Qualcomm、AMDなどの大手テクノロジー企業に半導体を供給する。TSMCの最先端の製造技術(例:5nmプロセス技術)は、スマートフォン、データセンター、AI、5Gなどの分野で使用される重要な半導体を生産する。これにより、グローバルなテクノロジーサプライチェーンの中核を担っている。
Foxconn(鴻海精密工業)。世界最大の電子機器受託製造(EMS)企業だ。AppleのiPhoneをはじめとする多くの電子機器を製造している。Foxconnの工場は中国やインドなどに広がり、グローバルサプライチェーンの重要な一部だ。Foxconnの製造能力は、製品の迅速な市場投入とコスト削減を可能にし、多くの企業にとって不可欠な存在だ。
AcerとASUS。台湾を拠点とする主要なコンピューターメーカーで、世界市場にパソコンやノートブック、周辺機器を供給する。両社とも、自社の設計および製造拠点を台湾に持ち、部品の調達や製品の組み立てを中国や他のアジア諸国で行っている。同社の強みでもある、コスト効率の高いサプライチェーンを構築し、国際競争力を維持している。
MediaTek。台湾を拠点とするファブレス半導体企業だ。スマフォ、タブレット、スマートテレビなどに使用されるチップセットを設計している。MediaTekのチップセットは、Samsung、Xiaomi、Oppoなどの大手スマフォメーカーに供給され、世界中の消費者に影響を与える存在だ。
Delta Electronics。電力およびエネルギー管理ソリューションの大手メーカーで、電力変換器、エネルギー貯蔵システム、再生可能エネルギーシステムなどを提供する。Deltaの製品は、グローバル市場で使用され、特にエネルギー効率の高い製品の需要が高まる中で重要な役割を果たしている。
Pegatron。台湾を拠点とする電子機器受託製造会社で、Apple、Microsoft、Sonyなどの大手企業に製品を供給する。Pegatronは、製品の設計から製造までの全プロセスをサポートし、複雑な製造プロセスを効率的に管理することで、顧客の多様なニーズに対応する。特に、ノートブック、スマフォ、ゲーム機の製造において強みを発揮している。
これらからわかるように、台湾企業はグローバルサプライチェーンの中で、スマフォやIT機器などの電子機器で特に重要な役割を果たしている。その背景には技術力、製造能力、コスト効率の高さと工夫があり、国際競争力を維持しているのだ。
(政府の経済政策)
台湾政府は技術革新を促進するための政策を積極的に推進している。研究開発への投資やスタートアップ企業の支援、外国直接投資の誘致などだ。結果、産学官の連携が促進され、相乗効果で台湾の成長に寄与している。そのキーワードは集中だと思う。
まずはエリアの集中だ。台湾は特定の地域(例えば、新竹サイエンスパーク)にハイテク企業や研究機関を寄せている。場の力を活用して密な連携とイノベーションを促進する目的だ。新竹サイエンスパークにはTSMC、UMCなどの大手半導体企業のほか、多くの中小企業やスタートアップ、研究機関を集めている。相談相手や商談相手が近場にいることは、偶発的なイノベーションを生むためにも大切な要素で、産学官の連携も自然と強化されていくのだ。
次に分野だ。台湾政府は「五加二産業革新計画」などの政策を通じて、特定の産業(半導体、バイオテクノロジー、グリーンエネルギーなど)を重点的に支援している。この政策は、産学官連携の強化と研究開発への投資も促進している。政府の明確なビジョンと支援が、成功要因になっている。日本は、総花的かつ非連続の支援で複利の効果が効いていないと反省すべきだ。
日本のイノベーションを鑑みると、様々な規制があるおかげで、未だに大企業や規制起業が守られている。例えばETCの普及など、一気に進めれば良いものの、「クレジットカードを持たない運転者はどうする?」といった議論で前に進まない。渋滞の原因は明らかにETC以外のレーンがキャパオーバーになり発生するのにだ。背景は元公団などの仕事が縮小されることなどがあるとしか考えられない。タクシーのシェアサービスも然り。タクシードライバーはプロの免許を持たない運転手は危ないとか、素人は研修を受けていないとかでシェアを100%受け入れない。それらを含めて技術の力で仕組みを変えるのがDX、つまりデジタルの力を使ったトランスフォーメーションなはずが、既存のタクシー業界を守るためにシェアサービスが変な形で導入された。ちょいと事例を探せばキリが無いくらい無数に出てくる日本と比較して台湾は柔軟なのだ。産学連携を促進するために、大学や研究機関が企業と共同研究を行いやすい法規制が整備されているのだ。また企業が大学や研究機関と連携して研究開発を行う場合、税制上の優遇措置や補助金が提供されることもある。結果、企業はリスクを低減しながら研究開発を進めることができるのだ。
大学の考え方も成長にフォーカスしている。日本は、アカデミーという名前が選考して実務に程遠い教育を未だに提供する学術機関が良しとされる。情報が民主化され、知的な情報は独学でも学ぶことは可能になった。従い、知っていることそのものは価値が薄く、それらを実践して結果を出すことではじめて価値となる。それでも学びを軸にした学問が未だ多い。一方、台湾の大学は、産業界との交流を重視し、多くのインターンシップや共同研究プログラムを提供する。例えば、国立台湾大学は、TSMCやFoxconnなどの大手企業とのインターンシッププログラムを通じて、学生に実務経験を積ませる機会を提供している。結果、産業界のニーズに即した人材が育成されて、卒業とともに即戦力が増強される仕組みが整っているのだ。
台湾の文化も背景にあるかもしれない。それは、協力と共同作業が重視されることだ。企業、大学、政府機関が密接に連携し、共同で問題を解決する文化が根付いている。このような文化的背景が産学官連携の成功に寄与しているのだ。協力と協業を街中で観察したければ、いつも賑わっている鼎泰豊を覗いてみると良い。常に待ち行列の小籠包で有名な飲食チェーンだ。あらゆる客層に柔軟に対応し、店舗スタッフは寡黙に休みことなく気持ちの良い接客をする。阿吽の呼吸で飲食の提供や顧客の案内、次の顧客を案内するまでの間のテーブルのセットなど、気持ちの良いサービスが提供される。そしてその協業ぶりは実に見事だ。
この協力体制は国内のみならず、常に世界に視野を向けている。台湾の大学や研究機関は、国際的なネットワークを活用して、海外の大学や研究機関と連携している。例えば、国立交通大学は、アメリカやヨーロッパの多くの大学と共同研究プロジェクトを行っている。そして最新の技術や知識が台湾に導入され、国内の研究開発が更に促進するという良いサイクルを構築しているのだ。これらの要因が組み合わさることで、台湾の産学官連携は成功しているのだ。政府の積極的な支援、法規制の整備、文化的背景、国際的な視野が、特に重要な役割を果たしていると言える。
(スタートアップ)
企業や地域が成長する前提として、その卵が沢山産まれることが前提だ。台湾のスタートアップは政府や学術機関、それから民間の支援も重なりユニークな特徴を持っている。そして台湾がスタートアップやイノベーションを促進するための重要な要素となっていのだ。
台湾政府は「Startup Taiwan」プログラムを通じて、スタートアップ企業への資金援助やインキュベーション施設の提供を行っている。このプログラムには、資金調達、ビジネスモデルの開発、マーケティング支援などが含まれ、スタートアップ企業が初期段階での課題を乗り越えるための包括的な支援が提供される。そして場とネットワークの提供として、台湾には多くのインキュベーションセンターやアクセラレーターが存在し、スタートアップ企業に対してオフィススペース、メンターシップ、ネットワーキングの機会を提供している。例えば、台北市政府が運営する「Taipei Tech Arena」は、スタートアップ企業に対して技術支援やビジネスマッチングの機会を提供し、多くの成功事例を生み出している。
台湾のスタートアップは、中国を市場として考える一方で世界にも目を向けている。内向きの事業も外向きの事業も非常にポテンシャルが高く、始めから国際的なネットワークを見ているのも特徴と言える。更に、台湾のスタートアップは、政府や民間の支援を受け国際的な市場へのアクセスを得やすい環境にあるのだ。例えば、「Asia Silicon Valley Development Plan」の一環として、台湾はシリコンバレーとの連携を強化し、スタートアップ企業がアメリカ市場に進出するための支援を行っている。また、国際的なスタートアップイベントや展示会に参加する機会が多く、グローバルなネットワークを構築しやすい環境にあるのだ。
鶏と卵ではないが、成長する源泉にはその成長によってリターンを得たい組織のネットワークも構築される。その証として、台湾には多くのベンチャーキャピタル(VC)が存在する。スタートアップ企業に対する投資が活発で、政府もVCファンドに出資し、スタートアップ企業への資金供給を促進していり。これにより、スタートアップ企業は必要な資金を迅速に調達できる環境が整うのだ。
繰り返し述べてきたが、台湾は場所と業種を一定絞ってのイノベーション開発を行っている。半導体やICT(情報通信技術)の分野で世界的に重要な地位を占め、スタートアップ企業もこれらの先端技術を活用しやすい環境にあるのだ。そして官民問わず積極的に協業を行いながら小さな実験を積み重ねる機会を多数生み出しているのだ。「Taiwan Startup Stadium」は、政府、民間企業、大学が協力して運営されており、スタートアップ企業に対して包括的な支援を提供している。このような連携により、スタートアップ企業は多様なリソースを活用できる環境が整う。まさに台湾のベンチャー起業支援は多様で包括的だ。スタートアップ企業が成功するための土壌が整っているのだ。政府の積極的な支援、インキュベーションセンターの存在、国際的なネットワーク、VCの活発な投資、技術力の強化、そして公共・民間のコラボレーションが、台湾のスタートアップエコシステムを支えていると言っても過言では無いのだ。
(人材の質)
台湾の人材の質は高い。台湾の人口動態を見ると、日本と同様に高齢化が進んでいる。2010年の時点では平均年齢は39.5歳だったが、2024年では44.6歳に達している。2020年の日本の国政調査の結果から、日本人の平均年齢は47.6歳なので台湾と日本の平均は大きく変わらないといって良い。
台湾の出生率も日本と同様に長期的に低下傾向だ。2023年の時点で、出生率は8.386人/1000人だ。また、総出生率(TFR)は2022年に0.87人/女性で、これは世界平均の2.3人/女性を大きく下回り、日本と比較(2021年で1.3人)してもかなり低い。現時点で台湾の65歳以上の人口割合は2023年に18.4%に達しているので、今後の台湾でも急速に高齢化が進むことがわかる。この人口動態の変化は、台湾の社会保障制度や労働市場に大きな影響を与える。高齢者人口の増加は、医療費や年金支出の増加を招き、若年層の労働力不足が経済成長を抑制する可能性があるからだ。台湾政府は、これらの課題に対処するために、出産奨励政策や高齢者の社会参加を促進する政策を実施していり。また、技術革新と自動化を推進し、生産性の向上を図る取り組みも行っている。日本でも同様の取組を行っているがスピード感や集中といった点で大きく結果が水分されているのだ。
日本と台湾は同じ島国だ。日本は隣国や中国やロシアとの脅威が常にありながら人口減少に対して明らかな打ちては見せていない。一方台湾は、中国からの侵略リスクに対してもハイテク産業と軍事産業のバランスを取っているように観察できる。台湾は、ハイテク産業で培った技術を軍事産業に応用し、両者のバランスを取っている。例えば、半導体技術や通信技術は、軍事装備や防衛システムの強化に役立っているのだ。ハイテク産業の人材が間接的に軍事力の強化に貢献しているのだ。これはイスラエルも同様だ。人材が少ない国々で軍需が豊かな国はハイテクと軍需の両立を担うことでバランスを取っているのだ。
それから台湾は予備役制度を強化している。平時は民間のハイテク企業で働き、緊急時には軍事産業や国防任務に従事できるようにしているのだ。このシステムも若い労働力を軍事とハイテク産業の間で柔軟に配分することに成功している。
ただ、台湾のように一定の科学技術分野にリソースを集中しすぎると、他の業界では人手不足を生むのではと考えるだろう。台北市内を歩くと、建設ラッシュが今も進んでいることがわかる。諸々話を聞くと日本と同様に人で不足は問題視されている。特に中堅技術者や職人、機械操作員の不足が顕著だ。2022年には、建設業界全体で約11万8000人の労働者が不足していると報告されている。背景は日本似ている。若者が建設業界に参入することを敬遠する傾向があるのだ。建設業は低賃金で労働条件が厳しいと見なされ、親世代も子供にこの業界を勧めない傾向があるのだ。また、他の業種と比べて社会的地位が低いとされることも要因の一つだ。
そこで台湾政府は、労働力不足を補うために外国人労働者の導入を推進している。最近では、新たに8000人の外国人労働者を建設業界に受け入れる計画が発表し、需要に応じてさらに1万5000人に増やす可能性もある。政府はまた、移民労働者の雇用を容易にするための新しい人口政策と移民政策を推進している。これには、外国人専門職や留学生を引き寄せ、既存の外国人技術労働者の定着を図るプログラムだ。これにより、即戦力となる外国人労働者の確保を目指しているのだ。
もちろんこれだけでは根本の解決にはならない。そこで建設業界の魅力を高めるために、政府と業界団体は職業教育の推進や職業資格の価値向上に取り組んでいり。これにより、若い世代が建設業に関心を持ち、参入する動機づけを提供することが狙いだ。ただ今の不足感を見ると、やはりハイテク産業に人員を割かれ、政府の思惑通りに建設業界の問題が解決するということは簡単に実現できないだろう。
台湾の人材は、非常に勤勉で優秀だ。なんか昭和の頃の日本のような感じを受ける。自国の成長や今の生活水準を上げるために皆が黙々と高みを見ている感じだ。もちろん台湾の教育システムは非常に競争力があり、高い教育水準を誇っている。特に科学技術分野での教育が充実しており、多くの学生が国際的な競技会で優れた成績を収めている。ただ、今の日本と比較するとすごいな!と思うが1980年代の日本も同じような傾向だったのではないか。
台湾の経済は活発で、多くの人々が朝から夜まで働いている。特に都市部では、夜市や24時間営業の店舗が多く、街全体が活気に満ちている。戦後の日本とまではいかないが、発展している国の街中はどこを歩いても活気がある。日本が低迷しているのではなく、なんとなくある程度の地位を獲得してしまって、そこからさらなる高みを見るとこを忘れてしまったのでは無いだろうか。
台湾は少し前の日本なのかもしれない。怒られるかもしれないが、皆新設で、民度が高く、社会全体の活気や人々の高い生産性に国民が一丸となって貢献しているように感じる。教育、経済活動、社会文化のいずれもが台湾の人々の優秀さと活力を支えているのだ。
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新規事業の旅131 台湾事情2024その1物価
2024年7月31日
早嶋です。(約2300文字)
2024年7月31日現在で台湾の状況を報告する。
(マクロ的な数字)
マクロ的なデータを見ると2024年の第1四半期で前年同比で6.56%の経済成長を記録している。台湾の経済は貿易、投資、消費の三つの主要な要素に支えられる。特に貿易は、過去5年間で19%増加。アメリカ、中国、日本、ASEAN諸国との貿易が大幅に拡大している。また、2024年の輸出額は5,230億米ドル、輸入額は4,240億米ドルと予測され、依然として高水準を維持する見込みだ。さらに、台湾の消費は観光業の回復により支えられる見通しもあり、インフレ率も2024年には1.6%に減少する予測が立てられている。今後も消費者の購買力が向上し、経済全体にプラスの影響をもたらすことが期待されている。
では、どのくらい台湾の経済が成長しているかを見てみる。2010年から直近2024年のGDPの変化だ。2010年が4403億ドルで2024年が7900億ドル。倍近い成長を遂げている。
人口のデータは、2010年2,316万人で2,024年で2,395万人。経済の成長スピードと比較して人口はあまり増えていない。一人当たりGDPで比較すると、2010年が18,997ドルで2024年で32,982ドル。この成長は改めてすごい。成長スピードを確認する目的で日本と比較すると2010年は42,823万ドルが2024年は37,722(推定)ドルだ。為替の影響もあるとしても日本は成長が止まっているどころか徐々に衰退していることがよく分かる。
(ミクロ的な数字)
私が最後に台湾に訪問したのは2016年12月。為替の影響で物価が高いと思ったが経済データを諸々調べて見ると、単に台湾の物価が経済成長とともに高くなっていることが理解できる。先に肌感覚でどの程度の価格が上昇したのかを示すために食べ物と交通インフラとホテルの価格の違いを見てみる。
まずは食べ物だ。と言っても僕が個人的に好きな食べ物3つを選んだ。牛肉面、小籠包、胡椒餅だ。どれも台湾名物の屋台やレストランで食べるのだが、2024年7月31日現在で、当時2017年12月の最後の記憶と比較して高い!と思ったが直感は正しかった。
台湾ローカルフードの値段も確実に価格が上昇しているのだ。牛肉麺。2010年頃の牛肉麺の相場価格は約100台湾ドル(約3.2米ドル)だった。それが2024年現在で約160台湾ドル(約5米ドル)だ。次に小籠包。2010年は10個で約80台湾ドル(約2.5米ドル)が2024年は10個で約150から200台湾ドル(約5-6.5米ドル)になっている。そして胡椒餅。2010年は1個で約40台湾ドル(約1.3米ドル)が2024年で約60から70台湾ドル(約2-2.3米ドル)になっている。総じて1.6から1.8倍の価格差と言ったとこだ。
次は交通インフラだ。タクシーと鉄道(MTR)を見てみよう。2010年の台北市のタクシー初乗り料金は70台湾ドル(約2.3米ドル)で、1キロあたりの追加料金は20台湾ドル(約0.65米ドル)だった。2024年現在、初乗り85台湾ドル(約2.7米ドル)で、1キロあたりの追加料金は25台湾ドル(約0.8米ドル)だ。約25%程度高くなっている。MTR(Mass Rapid Transit)は地下鉄やJRのイメージを持って貰えば良い。2010年は台北MRTの基本運賃は20台湾ドル(約0.65米ドル)で、距離に応じて追加料金が課されていた。2024年現在もこの料金に変化は感じられない。
最後にホテルだ。一般的なホテルとラグジャリーホテルを比較した。2010年の一般的なホテル(3つ星ホテル)は1泊あたりの料金は約2000から3000台湾ドル(約65から100米ドル)だった。2024年現在、3000から4500台湾ドル(約100-150米ドル)だ。高級ホテル(5つ星ホテル)も同じように、2010年は約6000から10000台湾ドル(約200-330米ドル)で、2024年現在で8000から15000台湾ドル(約265-500米ドル)になっている。台湾で宿泊するリージェントホテルの相場もおよそ同じ程度の上昇率だった。ホテルも総じて30%から50%程度の値上げ幅だ。
(所得水準)
約15年の間でこれだけの物価が上昇すると所得も増えなければ国民は大変だろう。そこでどの程度の推移になっているか調べた。平均賃金は、2010年で月収は約36,000台湾ドル(約1,200米ドル)が2024年で約57,866台湾ドル(約1,890米ドル)だ。最低賃金ベースで、2010年は月額18,780台湾ドル(約625米ドル)で、2024年は月額27,470台湾ドル(約900米ドル)だ。約15年で台湾の平均賃金は約6割増加している。先に見た屋台やレストランの価格の高騰と賃金の高騰はおよそ同じ水準なので、生活感が苦しくなることは無いと予測できる。ただ、これは平均値なので、実際に台湾での生活は地域によって異なると思う。台湾でも他国同様、地域や業界による賃金差はある。例えば、台北市では平均年収が約882,000台湾ドル(約29,400米ドル)で、台湾全土を見るとやはり高い。また、技術職や管理職など特定の業界では平均以上の収入を得ることができる。
台湾と言っても、私は2017年12月もその前も、基本は台北のしかもかなりの都市エリアしか動いていない。ただそれでもわずか数年の変化が如実に感じられるのはすごい。逆をいえば、日本がどれだけ変化していないのか、どれだけ低迷していることに気が付かないのかを考えるきっかけになる。
(過去の記事)
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キャリアコンサルタントの役割について
2024年7月30日
安藤です(国家資格1級キャリアコンサルティング技能士)
2016年4月に施行された改正職業能力開発促進法により、事業主による労働者の自律的なキャリア開発支援が義務化され、キャリアコンサルティングがキャリア開発支援の中核に位置づけられました。これを契機に、企業が人材戦略に基づき従業員の主体的なキャリア形成を支援する継続的な取り組みを指す「セルフキャリアドッグ」が導入されています。
キャリアコンサルタントの活動範囲は企業によって異なりますが、社員との1対1の個別面談を基本とし、キャリア開発に係る人事制度の整備やキャリア研修のプログラム開発、情報提供や宣伝活動、上司・経営者への介入など多岐にわたる活動をおこなっています。
キャリアコンサルタントの役割は、下記のことがあります。
①社員の自己理解の支援 ②社員のキャリアプラニングの支援 ③上司や職場への介入 ④経営者への情報提供と組織活性化の支援等です。
2020年に、下村英雄著「社会正義のキャリア支援」~個人の支援から個を取り巻く社会に広がる支援へ~が発行されました。
『個人の成長が、組織の成長につながる』「組織と個人の共生」をテーマに、“ワークエンゲージメント” “働きやすい職場づくり” “心理的安全性の必要性”などを投稿させていただいておりますが、故木村周先生が強調する「労働の人間化」が、社会正義のキャリア支援と直接関連していると書かれておりましたので、 その一部を引用いたします。
「労働の人間化は」は古い概念ですが、おもに1970年代にヨーロッパを中心に広がりを見せた国際的な動向で提唱された言葉です。労働の内容や質をより人間的にしようという運動で、当時のいいかたではME化(マイクロエレクトロニクス化)によって細分化された職務を、より人間的な労働に再編成することなどを議論していました。この時、労働の内容は次のような要件を備えなければならないとされました。
1.【変化】労働の内容に手応えがあること。単に忍耐をようするというだけでなく、適当な変化があること。
2.【学習】仕事から学ぶことがあること。継続的に妥当な量の学習があること
3.【自立性】自分で判断する余地があること。自分の責任で決められること。
4.【他人との協調関係】人間的なつながりがあること。同じ職場の人々が互いに他人を認め合う関係にあること。
5.【社会的意義】仕事に社会的意義があること。自分の労働と社会をつなげて考えらえること。
6.【成長】将来にとってプラスになること。何らかの意味で良き将来につながること。
「労働の人間化」の考え方は、現在の日本の職場環境、キャリア環境をより良いものにするために不可欠のものです。そのことが、離職防止、企業の成長につながることになると思います。昨今は、人事・労務の部署の方々がキャリアコンサルタントの資格を取得し、企業内キャリアコンサルタントとして活動されている方も増加傾向にあります。
クレームは宝の山⁉グッドマンの法則
2024年7月25日
高橋です。
私がコンサルティングをしている『営業プロセス研修』のエッセンスを、毎回お伝えしています。
今月のテーマは「クレームは宝の山⁉グッドマンの法則」です。前回、前々回と顧客満足、顧客感動をテーマとしてきました。今回は顧客対応が企業の長期的な業績を左右するお話しです。
さて、どのような仕事でも、常にお客様にご満足いただけるわけではないですね。時にはお客様からお叱りの声をいただくこともあるでしょう。そのお叱りの声、いわゆるクレームは貴重なものです。クレームは宝の山であることを、グッドマンの法則が教えてくれます。
グッドマンの法則(厳密にはグッドマンの第一法則)とは、『不満を企業に伝えてくる顧客のうち、対応に満足した顧客の再購入決定率は申し立てなかった顧客に比べて高くなる』というものです。
詳しく見てみましょう。まず、企業に不満を感じた顧客のうちクレームを言ってくれる顧客はわずか4%、残り96%は不満を感じてもクレームを言ってくださいません。まずはクレームを言ってくださることがいかに貴重なことか、分かります。そして、そのクレームを言ってくださらない96%の顧客のうち、再購入してくださるのは9%のみ、あとの91%のお客様とはそれきりとなります。
クレームを言ってくださった4%の顧客に対して、企業側が迅速に対応した場合の再購入率82%、解決に満足した場合の再購入率54%、不満だが納得した場合の再購入率19%という結果になります。
企業側の対応いかんで、お客様とのご縁(再購入)が続くか、それとも縁が切れてそれまでとなるかが変わってくるのです。きっと対応に満足し再購入してくださるお客様なら、これからもお客様であり続けてくださるだけでなく、他のお客様も呼んできてくださるのではないでしょうか。口コミや評判というのは、そのようなものでしょう。クレームへの対応が信頼を生むのです。
先日、ある大手化粧品会社を見学させていただきました。その企業は顧客感動のトップ企業だと私は思っているのですが、そのこだわりは並々ならぬものがあります。お客様の肌の悩み相談に2時間かけるのは当たり前(しかもコールセンターで)、ご本人よりその人の肌の履歴を知っていたり(記録している)、手が不自由なお客様がいらっしゃれば開けやすい容器を特別に用意したり、普通の企業ではとてもできないことを長く実践しておられます。
今では顧客感動のトップ企業ですが、しかし、その取り組みのスタートはクレームだったそうです。以前強引なセールスが不評をかい、返品の山ができたそうです。その時に販売を3か月間全てストップして徹底的に社員で議論し、自社の理念から見直したそうです。そこから生まれたのが今の顧客対応の体制です。「100人のお客様に買っていただくより、1人のお客様に100回買っていただく」ことを目指しておられます。
いかがでしょう、まさに「クレームは宝の山」を実践しておられます。どの企業でも顧客満足を言われますが、それをどのような行動(企業の取り組み)にしているのかで結果は違うモノです。今一度、自社の顧客満足・顧客感動を考えてみましょう。
営業プロセス、営業研修、人材育成、セールスコーチなどをご検討の経営者・経営幹部・リーダー・士業の方はお気軽に弊社にご相談ください。
新規事業の旅130 設立から上場までの物語
2024年7月24日
早嶋です。(今回も超長文です。約11,500文字)
ベンチャー企業が上場するまでの流れ。メモ的内容。設立、プレシード、シード、シリーズA、B・・・、上場準備、上場。資金調達を軸に整理している!
(設立:Founding)
設立時。企業のビジョンやミッションを確立し、基本的なビジネスモデルや製品アイデアを定義する。主な活動は、創業メンバーを集め、会社を登記し、初期市場の調査や商品(製品やサービス)の初期コンセプトを開発する。会社を登記する前に、創業者やメンバで集り、コンセプトを固め、ワイガヤで議論する期間。夢と将来しか無い楽しい時間だ。このステージの資金調達は、ブーツストラッピングと言い、創業者やメンバの自己資金や友人・家族から調達することが多い。予め将来的にIPOやM&Aなどの出口を考えているのであれば、設立段階から資本政策は考えておくべきだ。タダよりも高いものは無い経験が待っている。
設立時に調達する資金額は、事業の種類や規模、ビジネスモデル、創業者の目標により大きく異なる。テクノロジー関連のスタートアップ(例えば、ソフトウェア開発、ハードウェア製造、バイオテクノロジーなど)は、研究開発や初期プロトタイプの作成に多額の資金が必要だ。この場合、設立時に数百万円から数千万円、場合によってはそれ以上の資金調達が必要になることもある。一方、比較的少額の初期投資で始められるサービス業や小売業では、数百万円程度の資金で始めることができる。
スケールできるビジネスモデル、つまり急成長を目指すビジネスモデル(例:サブスクリプションサービス、オンラインプラットフォームなど)は、初期段階での市場投入やマーケティングに多額の資金が必要となるため、設立後に数千万円以上を調達することもある。一方で、地域密着型のビジネスモデル(例:カフェ、レストラン、小規模製造業など)は、初期投資が比較的少なく済む。数百万円から多くても数千万円程度の資金で十分だ。
多くのスタートアップは、初期段階で創業者の自己資金や家族・友人からの資金提供を受ける。事業に精通している人が起業する際は、エンジェル投資家にアプローチして資金を調達することもある。その場合、数百万円から数千万円が一般的だ。もちろん、初めの時期に高いシェアを与えないように資本政策についての知識はあったほうがよい。近年はインキュベーターやアクセラレーターが主催するプログラムに参加し、数百万円程度のシード資金と、ビジネス支援やメンタリングが提供されることもある。随分と環境が良くなったと思う。
もちろん資金調達額は、地域や国によっても異なる。例えば、シリコンバレーやニューヨーク、ロンドンなどのスタートアップエコシステムが発達した地域では、設立時に調達される資金の額が比較的大きくなる傾向が観察できる。
(プレシード:Pre-seed)
プレシードは、ビジネスアイデアの検証、初期プロトタイプの開発、初期市場の反応を確認する。詳細な市場調査を行い、プロトタイプの開発とテスト、初期の顧客やパートナーの獲得を目指す。この時期の資金は、エンジェル投資家やインキュベーターからの小規模な投資だ。規模や内容によっては、設立とプレシードを重ねて行う場合もある。
少額のプレシード投資は、数十万円から数百万円程度で、一般的なプレシード投資は数百万円から数千万円だ。テクノロジー関連(ソフトウェア、ハードウェア、バイオテクノロジーなど)の事業は研究開発やプロトタイプの作成に多額の資金が必要だ。従い、数百万円から数千万円のプレシード資金が必要になる。サービス業や小売業などは、比較的少額の初期投資で始められるため、数十万円から数百万円のプレシード資金で十分な場合もある。資金調達が少額で良い場合は、設立とプレシード、もしくはシード時期の資金調達を一気に行う場合もある。逆に、テクノロジー関連の事業は、設立時にビジネスプランやチームを整える構想を得て、プレシードでその実現の一歩を踏み出す。創業経験が過去にある場合、スタートアップで会社を設立した後、ビジネスプランを片手に投資家を口説きまわって資金を調達する。そして、プレシード段階でアイデアを固めて、より多くの資金を調達するのだ。
(シード:Seed)
シード時は、製品やサービスの市場適合性(Product-Market Fit)を確認し、初期顧客基盤を構築する。商品(製品やサービス)のプロトタイプの改善とフィードバック収集を行い、マーケティング活動を開始する。それから初期の売上獲得を画策する。資金調達はエンジェル投資家、シードファンド、クラウドファンディングなどから探す。
少額のシード投資だと、数百万円から数千万円程度。一般的なシード投資だと、数千万円から数億円程度だ。ただ繰り返すが、テクノロジー関連(ソフトウェア、ハードウェア、バイオテクノロジーなど)は研究開発やプロトタイプの作成、市場投入に多額の資金が必要で、金額は高くなる。サービス業や小売業など、は必要な資金も少ない場合が多い。
スケーラブルなビジネスモデルで急成長を目指す印象が強ければ、調達額も大きくなるし、創業者や創業メンバーに経験者がいる場合も同様の傾向だ。ただし、金額が大きければ良いものではない。シリーズA以降で、シード期に出資した企業や個人、つまり誰が株主になっているかは極めて重要だ。シード期に、著名なエンジェル投資家やシードファンドが既に投資している場合、それが新しい投資家にとって信頼性を高める要因になるからだ。これらの投資家が投資していること自体が企業のポテンシャルを示すサインとして受け取られる。また、シード期は他の投資家が持つ専門知識やネットワークが、企業の成長に役立つ可能性もある。既存の株主や投資家が業界に精通している場合、その知識やネットワークが企業の成長アクセルになる。信頼できる共同投資家の存在は、新たな投資家にとって安心材料であり、次のシリーズA以降で有利になる場合が多いのだ。
シード期のマーケットフィットはとても重要だ。企業が提供する商品(製品やサービス)がターゲット市場のニーズや要求に適合している状態がマーケットフィットだ。顧客がその商品を強く求め、満足し、積極的に購入や利用を続ける状態が理想になる。理想的なマーケットフィットの特徴は、顧客の需要を発掘し、高い満足度を提供する。そして持続可能な成長の糧になり、顧客からもポジティブなフィードバックを得る要因にもなる。
マーケットフィットは、製品やサービスが顧客の問題を効果的に解決し、顧客がその価値を認識している状態。すなわち顧客の需要を発掘したことになる。顧客はその商品を使いたいと思い、購入意欲が高くなる。顧客が商品に満足することで、リピート購入や利用を継続する。そして口コミや紹介を通じて、新たな顧客を自然に引き寄せる力も持ち合わせる。広告費をかけて企業が宣伝するよりも満足度が高い顧客が直接推奨している商品に信頼度は上がることは明らかだろう。これらのサイクルは商品の売上や利用者の増加をもたらし、持続可能なビジネスモデルを形成することに欠かせない。顧客基盤の拡大が見込まれるのだ。商品が市場に浸透するにつれて顧客からのフィードバックはありがたい。ポジティブなものは、改善点を反映させることでさらに満足度を高める要因につながり、開発サイクルが効果的に回りはじめる。
もちろん簡単ではない。マーケットフィットを見極めるためには地道な取組が必要だ。ベースはユーザーインタビューと調査だろう。顧客の声を直接聞くことで、製品の強みや弱み、改善点を明確にできる。アンケートやフィードバックセッションなども活用する。ただあまりにも革新的な商品やイノベーションの場合は、顧客がまだ商品の概念を理解できていない。そのような場合はしばらくは顧客の声を度外視して進めるのが良い。
既に一定のテストマーケティングにより購買する顧客がいる場合は、新規と既存顧客の行動パターンを分析する。リピート率や解約率などの基本的なデータを基に試行錯誤を続けるのだ。近年は満足度の代わりに、NPSを用いることも多くなった。顧客がどの程度商品を他者に推薦する意向があるかを測る指標だ。高いNPSは顧客満足度が高く、マーケットフィットを示す一つの指標となるし、NPSは満足度よりも利益との相関が高いことが分かっている。
マーケットフィットの重要性は理解できたと思う。この取組をプレシード期に行う理由を議論したい。プレシード期は、ビジネスアイデアの検証、初期プロトタイプの開発、初期市場の反応を確認する。この段階で、アイデアが市場に受け入れられるかどうかの仮説を立て、初期の顧客インタビューや市場調査を通じて仮説を検証することはもちろん重要だ。しかし、完全なマーケットフィットの確認は難しい。まだベンチャー自体の仮説が固まっていないからだ。
そのためにシード期で商品(製品やサービス)のマーケットフィットを真剣に考えるのだ。製品やサービスが顧客の問題をどれだけ解決できるか、顧客がその価値をどれだけ認識しているかを評価するのだ。顧客インタビュー、プロトタイプのテスト、市場調査などを通じてフィードバックを収集し、製品を改善していく。
シリーズA以降は、商品の市場投入後の成長加速、マーケティングとセールスの強化、チームの拡充が目的になる。この時期以降は、一定の程度のマーケットフィットが確認できていることが前提になる。シリーズA以降は、製品のスケールアップや市場シェアの拡大が主な焦点で、マーケットフィットが確立されていることで、投資家からの信頼を得る。従い、マーケットフィットを考えるべき段階は、シード期が最も重要なのだ。
(シリーズA:Series A)
シリーズAは、ビジネスモデルを拡大し、持続可能な収益を確保する、つまり商売に結びつけるための取組だ。製品やサービスのスケールアップを行うために、マーケティングと営業の強化を進める。ベンチャーキャピタル(VC)やコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)からの投資を積極的に受け成長を目指す。そのため調達する金額は少なくても数千万円、通常は数億から数十億程度を集める。
シリーズBでは、2回目の資金需要として、更なるビジネスモデルの拡大、市場シェアの獲得、新市場への進出などを行う。回数が増えてC、Dと続く度に資金は大きくなる。より大規模なVCやCVCなどと関係を密にして展開する。規模が大きなベンチャーなどは、大規模な事業拡大、国際展開、新製品ラインの追加、M&Aなどの計画を実行するための資金として数十億から数百億を集めることもある。ここまでくるとグローバルVC、大手金融機関、戦略的投資家、プライベートエクイティ(PE)なども調達候補として上がってくる。
ところでシリーズAから一気に上場準備に進めない理由もある。ベンチャー企業は急成長を目指し、革新的なアイデアや技術を活用して新市場を開拓することが多い。初期段階のシリーズA前後で、製品やサービスの市場適合性(Product-Market Fit)を確認し、初期の顧客基盤を構築する。シリーズB以降では、事業の大規模な拡大が必要となり、さらなる資金調達が求められる。前に入れた金額を凌駕するための企業価値にしなければ、投資家もリターンを得られない。得たとしても十分な金額にならないという投資家再度の理由もある。
もちろん、市場シェアとの戦いに一定の目処をつける目的もあるだろう。ベンチャー企業といえども、同じような製品やサービスが育ってくれば、やがてその事業は一定の市場を成し成長市場と化す。その中で競争が激化する。市場シェアを迅速に拡大するためには、マーケティングや営業、製品開発に多額の資金が必要となるのだ。各シリーズでの資金調達は、この成長を支えるためのガソリンになるのだ。
さらなる企業価値を高めるためには、新市場への進出や新製品ラインの追加が重要な場合もある。ここにも大規模な資金が必要となり、シリーズC以降の資金調達が行われる。各資金調達ラウンドでは、企業価値(バリュエーション)が上昇することが期待され、投資家は次のラウンドでの高い評価額を期待して投資する。成長期待には天井がなく、大規模な事業拡大、国際展開、大規模な設備投資、新規M&Aなどをすることで確率が高まるのであれば、シリーズEやFと続くこともあるのだ。近年のユニコーン企業(評価額が10億ドル以上のスタートアップ)は、シリーズEやFまで資金調達を行うことも多い。上場前にさらなる成長資金を確保するためただ。
シリーズA以降の資金調達をしたものの、目的を達成できない企業も数多く存在する。というかベンチャー企業の特徴を鑑みたら珍しくもない。いくつか理由を整理してみる。
まずは、需要不足だ。要は売れると思ったが、そこまで売れなかった場合だ。企業が提供する製品やサービスに対する市場の需要が予想よりも低かったのだ。Quirky(クワーキー)は2009年6月にベン・クウフマン(Ben Kaufman)によって創業された。GEや大手VCなどから合計185万ドル(当時約222億円)の投資資金を調達していた。しかしその年の9月22日、Quirkyは、米国破産法第11条に基づく倒産手続処理の申請をした。Quirkyは社名の通り、誰でも自分の商品アイデアを提案でき、コミュニティと改善しながら支持を集めて、商品化されればロイヤリティを得られることで人気を集めたプラットフォームだった。実際、登録ユーザーは113万人で400以上の商品が生み出された。しかし思うような需要がなく、最終的に破産したのだ。
競争激化もある。同業他社や新規参入者との競争が激化して、市場シェアを思うように獲得できなかった場合だ。現在でもウェアラブルデバイスはポジションが曖昧でこれと言った目立った企業が無いと思う。そのウェアラブルデバイスでは老舗的存在だったJawbone(ジョーボーン)も1999年の創業からポジションを取ると思われたが、2017年6月に資産売却が報じられ、既存ユーザーへのカスタマーサービスやアフターケアがなおざりになり結果的に、Fitbitなどの競合にも対抗できずに事業を閉鎖した。
経営上の問題もある。経営陣の戦略ミスや運営上の問題が原因で事業が息詰まった場合だ。血液検査スタートアップとして有望視されたTheranos(セラノス)は、内部の経営問題や技術の信頼性に関する問題が原因で失敗した。創業者兼CEOだったエリザベス・ホームズと元COOのラメシュ・バルワニは、投資家、医師、患者を騙した詐欺罪で起訴されたのだ。
資金管理からの失敗もある。調達した資金の使い道が不適切で、資金不足に陥った場合だ。バッテリー交換式の電気自動車の普及を目指したイスラエルのスタートアップ、Better Place(ベタープレイス)。2007年に創業のベタープレイスは、これまでに8億5,000万ドルもの資金を調達していた。しかし、2013年に破産申請を行っている。ビジネス展開の読みが甘く、10年かかると考えられた事業をわずか1年で実現しようとして急激な投資と資金ショートに陥ったのだ。資金の管理がうまくいかず、破産に追い込まれた。
技術的な問題もある。商品(製品やサービス)の技術的な問題が解決できず、顧客の期待に応えられなかった場合だ。2011年8月米国カリフォルニア州に本社を置く、太陽光発電パネルメーカーのSolyndraは、連邦倒産法第11章に基づく申請を行い倒産した。同社は、CIGS型薄膜太陽光パネルメーカーとして2005年に創業。クリーンエネルギーの担い手として、オバマ大統領からも絶賛されていた。VCからは10億ドル以上の資金を調達し、米国エネルギー省からも債務保証を受け、仮に債務不履行となった場合に、エネルギー省が負担をする契約もとりつけていた。しかし中国メーカーや他の企業のコスト競争と技術に追従することができずに競争力を失ったのだ。
規制や法律の変更に追随できず失敗した事例もある。Aereoはテレビ番組をパソコンや携帯端末で見れるサービスを展開した。従来Apple製品などに限定していたサービスを主要ブラウザに拡大し、多くの人が主要テレビ局(ABC、CBS、NBC、FOXなど)の番組をパソコン等でストリーミング視聴できるようになるサービスだ。しかし、時期が早いのと、エスタブリッシュメントからの反撃と法的問題で事業を継続できなくなった。
ハイリスク・ハイリターンにかけるベンチャー。シリーズA以降の資金調達を成功した企業でも、様々な理由で目標達成できなかった事例を紹介した。市場の需要、競争、経営、資金管理、技術的な問題、規制の変更、顧客獲得の失敗などが主な要因だ。これらのリスクを管理し、適切な戦略を持つことが、ベンチャー企業の成功にとって重要なのだ。
ちなみに、シリーズAを通過したスタートアップの約50%が、その後のラウンドで資金調達に成功せずに事業を閉じている。これは、シリーズAを獲得した企業の約半数がシリーズB以降に到達せずに失敗することを意味している。CB Insightsの統計では、シリーズAを受けた企業の約60%がシリーズBに到達、その企業の約65%がシリーズCに進むことができ、シリーズC以降も同様のパターンで減少する。この統計だと、100社がシリーズAに進んでも、シリーズCで残っている企業は39社にとどまる。
他の統計では、すべてのスタートアップのうち約90%が最終的に失敗すると言われている。このうち、シリーズAまで到達するスタートアップは少数で、シリーズA以降の段階で事業が失敗する確率も高い。シリーズB以降にフォーカスした統計でもやはり多くの企業が市場の競争や経営上の問題で失敗している。シリーズBを通過した企業の約30から40%が最終的に成功(例えばIPOやM&A)すると言われている。スタートアップの成功は多くの要因に依存し、資金調達の成功だけではなく、マーケットフィット、競争力、経営の質などが重要な要素となるのだ。
(上場準備:Pre-IPO)
これまで見てきたシリーズA以降の取組は、成長加速、組織拡大、資金の適切な運用、事業モデルの検証と拡張などに焦点をおいた。しかし上場準備では、上場に向けた準備を整え、企業の透明性とガバナンスを強化する。内部統制の整備、監査の実施、IPOチームの結成、証券取引所への申請準備、証券会社との連携などを整えるのだ。
当然創業者や創業チームの役割も変わってくる。シリーズA以降の取組は、リーダーシップ、戦略的意思決定、資金管理等が役割だったが、上場準備ではガバナンスの強化や外部対応、そして組織や事業の透明性の確保が必要になる。そのため多くのベンチャーではこの部分の機能が不足するため専門家を導入する傾向が高い。CFOや法務責任者など、特定の分野に精通した専門家だ。創業者や創業チームは、外部専門家をチームにいれることで従来の企業ビジョンと戦略実現に集中することができる。重要なことは、創業者や創業チームが企業文化とビジョンを維持し続けることだ。専門的な役割を他のメンバーに委任しつつ、自身はリーダーシップを発揮し、企業全体の方向性を示すことが求められるのだ。
上場準備に必要な資金調達の調達手段も変わってくる。プレIPOファイナンスやブリッジローンなどを活用することもあるからだ。
プレIPOファイナンスとは、企業が新規株式公開(IPO)を行う前に行う資金調達を指す。この段階での資金調達は、IPOを成功させるための準備や最終的な成長の促進を目的とする。企業がIPOを実現するためには、一定の規模と成長率が必要だ。プレIPOファイナンスは、この成長を加速させるための資金を提供する。また、IPO前に財務状況を強化することで、投資家に対して安定した企業であることを示すことができる。更に、企業がIPOの準備を進めるためには、多くの運転資金が必要となる。IPO関連の費用(弁護士費用、監査費用、マーケティング費用など)も当然も含まれる。更に、プレIPOファイナンスは、企業の市場認知度を高める目的としても活用される。大手投資家からの資金調達は、企業の信頼性を高め、市場での地位を強化するのだ。
ブリッジローン(Bridge Loan)とは、短期間での資金ニーズを満たすために提供される一時的なローンを指す。通常、次の資金調達ラウンドや特定の財務イベントが完了するまでのつなぎ資金として使用される。ブリッジローンは、数ヶ月から1年程度の短期間で返済されることが一般的だ。そのためリスクは高いと判断され、金利は高めに設定される。ただしブリッジローンは緊急の資金ニーズを満たすため、通常のローンよりも迅速に承認され、資金が提供される。そしてブリッジローンは担保付きで提供されることが多い。担保は、不動産や将来の資金調達による株式などが利用される。ブリッジローンは、従来の調達手段と異なるので、実施についてはCFOや他の専門人材と議論して進めるべきだが、そうは言ってられない時期で、あと少しお金があればIPOできるというプレッシャーが思考の判断を誤らせることも良く聞く話だ。ブリッジローンの存在がIPOでの企業評価に影響を与えることもある。高金利や短期返済の負担が短期的な業績の評価を下げる要因になる場合だ。
上場準備に要する期間はもちろん様々だ。しかし一般的な目安はある。シードラウンド後からシリーズAまでの期間は、通常12ヶ月から24ヶ月だ。更に、シリーズAからシリーズBまでの期間も、通常12ヶ月から24ヶ月。そして、シリーズBからシリーズCまでの期間は、通常12ヶ月から24ヶ月。シリーズA以降、何回もラウンドを回せば良いというものではないが、1年から2年費やせば結果をだせるでしょう!というのが投資家目線の考えなのだ。そして上場準備。上場準備には通常6ヶ月から18ヶ月が必要とされると言われる。予め上場を意識して財務、法務、組織の透明性を高めている企業は1年かからないかもしれないし、それ以上かかる組織もあるかもしれない。そんなニュアンスだろう。
(上場:IPO)
IPOは、公募価格で株式を市場に公開し、大規模な資金調達を行う。活動は、IPO申請の最終手続き、投資家向けロードショー、株式の価格設定、上場初日等だ。公募株式を売却することで資金調達するのがIPOで、企業によっては数百億円から数千億円を調達することもある。
IPOにおける公募価格(オファー価格)は、企業価値を反映し、投資家にとって魅力的である必要がある。この価格を決定するプロセスはとても複雑だ。多くの要因を考慮する必要がある。ここは事務屋の出番だ。
まず、財務分析と企業評価だ。企業の財務状況、成長見通し、業績、収益性などを詳細に分析し、収益の予測やキャッシュフローの分析を行い、企業価値(バリュエーション)を算出する。この分析は、大型のM&Aをする際と同じと考えて良い。その後、DCF法や比較類似会社法、市場乗数法等、複数の評価手法で企業価値のあたりをつけていく。
次に、証券会社(アンダーライター)との協議だ。証券会社は、企業の価値を評価し、公募価格を決定するための助言を提供する。証券会社は市場の動向や投資家の需要を考慮して価格設定を行う。
投資家向けプレゼンテーションをロードショーと言う。企業の経営陣や証券会社の担当者が、主要な投資家が所在する複数の都市や地域を巡回しながらプレゼンテーションを行う形式から言葉の由来が来ている。今でこそZoomで説明などが可能だが、昔は投資家が一箇所に集まるのではなく、企業側が投資家の元へ出向いて説明会を行っていた。ただ泥臭い作業であることはかわりない。直接投資家にプレゼンして意見交換することで、投資家の関心と需要を把握し、公募価格の適正範囲を確認するのだ。
上記の調査や分析を経ながら初期の価格帯(プライスレンジ)を設定する。この価格帯は、最終的な公募価格を決定する際の参考になる。続いて、ブックビルディング(需要積上)を行う。投資家に対して一定期間内に価格帯の中での購入意向を確認し、その需要を集計するのだ。ここでもその意向や結果を踏まえて公募価格の決定の参考にする。そして、最後に、企業と証券会社が協議して、最終的な公募価格を決定する。需要が強ければ価格帯の上限近くで、弱ければ価格帯の下限近くの株価に設定される。
ここで忘れてはならないのが、シリーズA、Bなどの上場準備前に行った資金調達の額やその時の株価だ。当然にIPO時の公募価格に大きな影響を与える。投資家は過去のバリュエーション履歴を参考にして、現在の企業価値を評価するのだ。将来のキャッシュフローは事務屋が描いた餅まではいかないが、実務的な投資家は過去を参考にしたがるのだ。シリーズA、B、C等で高い評価額を受けた企業は、IPO時にも高い評価額が期待されるのだ。
それから既存投資家の持ち分希薄化(エクイティ・ディリューション)の程度がIPOの価格設定に影響する。新規投資家の株式が既存投資家の持ち分をどの程度希薄化するかだ。毎回、適切なバリュエーションを維持するために、各ラウンドでの資金調達額と発行株数を慎重に管理している。これまで説明してきたように、各資金調達ラウンドは、企業の成長ステージを反映している。シリーズAは初期成長、シリーズBは拡大期、シリーズCは成熟期等で、この活動に応じたバリュエーションも加味する必要がある。実際、将来のキャッシュフローを予測するのは極めて難儀なため、過去にフォーカスする傾向が投資家には強いのだ。そのため直前の資金調達ラウンドでの株価が高ければ、IPO時の株価もそれに基づいて高くなる傾向がある。プレIPOファイナンスで敢えてブリッジローンを組み入れるのも高い株価を維持したい目的などが見えてくるだろう。
整理するとIPOの価格設定とこれまでの資金調達の歴史は無視できないのだ。各資金調達ラウンドは連続した評価の過程で、IPOはその延長線上にある。過去の評価額と調達額がIPO時の評価に自然に組み込まれるのだ。それから各ラウンドで発行する株式数と調達額を慎重に管理し、既存株主の持ち分希薄化を最小限に抑えながら成長資金を確保する。これにより、IPO時の株価維持が可能となる。投資フェーズが早いほど、資金の回収リスクが高まる。その理屈から希薄化に関しての意味合いが理解できるだろう。結局、各ラウンドでの成功や成長成果を示すことで、投資家の信頼を維持し、IPO時の高評価を目指すのだ。それが市場の期待に応えることにつながるのだ。
(まとめ)
ベンチャー企業はシード期、シリーズA、B、C、・・・と資金調達を行い、成長と拡大を図る。シード期では、製品やサービスの市場適合性(Product-Market Fit)を確認し、初期の顧客基盤を構築するために資金を調達する。シリーズAでは市場適合性をさらに確認し、シリーズBではスケールアップ、シリーズCではさらなる拡大を目指す。これらの段階での評価額や株価は、IPO時の公募価格に大きく影響する。
IPO前のプレIPOファイナンスやブリッジローンも重要で、これらの資金調達が企業の成長と市場信頼を支える役割を果たす。上場準備段階では財務整備、法的準備、組織の透明性強化が求められ、投資家向けプレゼンテーション(ロードショー)を通じて投資家との信頼関係を築く。ロードショーでは企業の成長戦略や財務状況を説明し、投資家からのフィードバックを得て最終的な公募価格を設定します。IPOの成功は市場環境、企業の財務状況、ガバナンス、投資家の需要など多くの要因に依存するが、慎重な準備と戦略的対応が鍵となるのだ。と考えると、IPOは結果的に確実にコントロールできるものでも無いと思う。まさに神のみぞ知る領域なのでは無いか。
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新規事業の旅129 ベンチャー企業と中小企業
2024年7月23日
早嶋です。(約1700文字)
ベンチャー企業と中小企業は、似て非なるもの。とまではいかないが、いくつかの観点から異なる。ベンチャー企業は急成長を目指し、革新的なアイデアや技術を活用して新市場を開拓することが多い。ベンチャーキャピタル(VC)やエンジェル投資家から資金調達を行い、短期間で大規模な成長を実現しようと試みる。一方で中小企業は地域密着型や特定のニッチ市場に焦点を当て、安定した経営を重視する。持続可能な維持、もしくは成長を目指し、自主資金や銀行からの融資を主な資金源としている。
株主の特徴からもわかる通り、ベンチャー企業はリスク耐性が高い。一般的にハイリスク・ハイリターンな事業モデルのため、経営者が金融機関などから貸付を行うにはリスクが高い。そのため一定の経験値と理解を示すVCやエンジェル投資家が理解を示しながら投資を行う。ただVCや個人投資家はお金を出すだけではなく、その事業の成功を加速させるため初期段階では、経営支援やネットワークの提供も行う。
株主は、短期間での急成長を重視し、早期の利益よりも、市場シェアの拡大や技術開発に焦点を当てることが多い。そのためにVCやエンジェル投資家は、企業の戦略的方向性に積極的に関与し、取締役会に参加し、企業の成長をもサポートする。そして、IPO(新規株式公開)やM&A(企業の合併・買収)などの流動性イベントを通じて、投資資金の回収を期待するのだ。
一方で中小企業は、銀行からの融資や自己資金で運営されることが多く、外部からの大規模な資金調達は行っても稀だ。中小企業に投資する投資家がいた場合は、頼まれて投資をするか、たまたま知っていて半ばドネーションのような感覚で出資をする。成長よりも安定した収益と長期的な経営を重視する中小企業が多い。中小企業はリスクを最小限に抑え、安定したビジネスモデルを追求する。地場のネットワークや知名度を活かして、既にナショナルブランドが開発した事業モデルをFC等を通じて行う中小企業も多い。明らかにマージンを抜かれるナショナルブランドのFCを敢えて行う傾向を見てもリスクに対して耐性が極めて低いことが納得できる。
ベンチャー企業の風土は若く、ダイナミックな組織文化を持つ。迅速な意思決定や柔軟な働き方を重視し、創業者やリーダーのビジョンが強く組織や経営に反映されることが多い。中小企業はまちまちだ。安定した組織構造でも、従業員の雇用を重視しているとはいえ、制度が充実していない場合も多く、福利厚生も教育耐性もまちまちだ。地理的な拡大をすることもないので、結果的に地域に根ざす場合も多い。地域社会との関係を大切にし、伝統や文化を尊重している企業も多いが、結果的にその状態を維持している場合も見受けられる。
ベンチャー企業は新しい市場やグローバル市場への進出を目指し、革新的なアプローチを取る。ハイリスク・ハイリターンの事業モデルを多く取ることと、資本家から集めた資金を元手に企業価値を高める必要もあり、結果にスケーラビリティを追求し、急速な市場拡大を目指す状況に追い込まれるのも事実。中小企業は、大きな成長は望まず、結果的に地域密着型のビジネスを展開している。戦後起業した事業で、ファミリービジネスで規模が大きく変化していない企業は、拡大よりも安定した顧客基盤の維持に力を入れている。その結果、2代目、3代目が引き継ぐ頃には、事業規模が縮小する傾向も良く観察できる。
初期のベンチャー企業は、組織や仲間に対して、将来の企業価値を配分することで人材を調達する。中小企業は、給与レベルは高くは無いが、一定の安定とその地域から出る可能性が低いため、人口が一定数増加している時は採用もそこそこ実現できていな。現在は、中小企業を中心に人手不足が慢性的に続いている。企業のビジョンや教育体制が整っておらず、業務フローも昔ながらのアナログ。そのため、SNS等の影響で情報が民主化された今、人手不足の企業に人材が慢性的に流出する傾向に歯止めをかけれない状況が続いている。
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【動画】2024年度 QTnetインターンシップ
2024年7月22日
本ページは、2024年度QTnetインターンシップ体験WS向けのページです。
『新規事業を考えるインターンシップ体験ワークショップ@QTnetgroup』
2024年8月29日、9月18日のインターンシップ体験ワークショップに参加される関係者は、以下の動画を視聴下さい。
事業チャンス(社会課題)の発見(約25分)
新規事業を考える際のヒントを社会課題からみつけます。本動画は、事業を取り巻く環境変化から将来のビジネスチャンスを発見する方法について説明しています。新規事業を考えるワークショップに参加する関係者は、動画のフレームを使って社会課題や事業環境の変化からビジネスチャンスを自分なりに整理した上で参加ください。
新規事業の基礎(約40分)
新規事業のアイデアの出し方、ビジネスモデルの考え方、計画立案の考え方を整理しています。インターンシップに参加する皆さんに取って、新規事業を創り出す力や考え方は、多くの企業から求められる能力です。今回の2日間の体験ワークショップで実際にどのように新規事業を生み出すかを考え、その流れを体験下さい。こちらの動画は、全体のイメージを持っていただくために視聴ください。
新規事業の旅128 先延ばし
2024年7月22日
早嶋です。(約2400字)
Procrastination. プロクラステイネーション(先延ばし)は、タスクや行動を遅らせ、先延ばしにする行為だ。ストレスや締め切りを逃す原因となる。生産性や健康に影響を及ぼすこともある。
一方で、プロクラステイネーション(先延ばし)には思考を熟成させる側面がある。適度な先延ばしは、アイデアを深め、新しい視点を見つけたりするための時間を提供する。
利点として、創造性の向上がある。時間をかけて熟考することで、より創造的で斬新なアイデアが生まれる場合がある。問題解決能力の向上もある。一旦タスクから離れて再び取り組むことで、異なる視点から問題を捉え、新たな解決策を見つけることがでる。ストレス軽減にもつながる。急いで取り組むよりも、じっくり時間をかけることでストレスを軽減し、冷静に対処できるようになるからだ。そして直感も活用できる。時間を置くことで直感が働きやすくなり、より良い判断ができるのだ。
そもそも、プロクラステイネーション(先延ばし)は多くの人が経験する現象だ。ということは、その背後にはいくつかの心理的および神経学的な要因があるはずだ。いくつか、先延ばしする主な理由を示してみる。
まずは感情的な理由だ。不安やおそれが考えられる。失敗への恐れや、タスクが困難だと感じることが先延ばしの原因になる。人はこのネガティブな感情から逃れるために、タスクを避けようとする。また完璧主義も邪魔をする。完璧に物事を行いたいという欲求が強いと、ミスを避けるためにタスクを先延ばしにすることがあるのだ。
動機づけの欠如もある。タスクがつまらない、興味がないと感じると、取り組むモチベーションが低くなり、先延ばしをするのだ。脳科学的には報酬の遅延などと呼ばれる。即座に報酬が得られないタスクに対しては、モチベーションが低くなり、先延ばしが起きやすくなるのだ。
自己制御の問題もある。短期的な快楽を求める衝動が強いと、長期的な目標よりも目先の楽しさを優先してしまい、先延ばしをしてしまう。自己効力感が低い場合もだ。自分がタスクを完了できるという自信がない場合、タスクに取り組む意欲が低下し、先延ばしに繋がるのだ。
脳の構造と機能も関係する。脳内の報酬システムが関与して、即座に得られる報酬を好む傾向があり、長期的な利益よりも短期的な満足を求めることが多い。これは前頭やの役割として近年研究されている。前頭前野は計画や意思決定、自己制御を担当しているが、この部分の機能が低下すると、先延ばしの傾向が強くなるのだ。
もちろん環境にも左右される。周囲の環境に気を散らすものが多いと、集中力が低下し、タスクを先延ばしにしやすくなる。更に、適切なサポートやフィードバックがないと、先延ばしの傾向も強くなる。
先延ばしは、悪のように見えるが、活用することで脳の創造性を活用できる。ポイントはバランスをとることだ。無計画な先延ばしは避け、あらかじめ計画を立てた上で適度に時間をかけるのが良い。例えば、期限の少し前に一度タスクから離れ、その後再度取り組む時間を確保するなどだ。そのためには、タスクに対して明確な期限を設けることだ。先延ばしが無期限に続くのを防ぐことができる。そして休憩のテクニックも必要だ。長時間集中するのではなく、適度に短い休憩を取る。すると思考をリフレッシュでき、アイデアを熟成させる時間を持つことができるようになる。更に、進捗の確認も有効だ。定期的に進捗状況を確認し、先延ばしが生産性に悪影響を与えていないかチェックするのだ。最後に、適度なプレッシャーを与える。ある程度のプレッシャーはモチベーションを高め、効率的にタスクを進める助けになる。自分に合ったレベルのプレッシャーを設定するのだポイントだ。
上記を踏まえて、先延ばしをいい感じに取り入れ克服するための方法論をまとめてみた。
まずは、タスクを小さなステップに分けること。大きなタスクは圧倒されることがあり、先延ばしの原因になる。そこでタスクを小さく分け、取り組みやすくする。
次に、具体的な目標を設定する。明確で達成可能な目標を期限付きで設定するのだ。これにより、緊急性と方向性が生まれる。もちろん、タスクの優先順位をつけるのがよい。予定表や優先順位マトリックスを使用して、最も重要なタスクから取り組みくむ。
そして、気を散らす要因を排除しよう。ソーシャルメディアや騒がしい環境、不必要な中断など、気を散らす要因を特定し、排除するのだ。職場は、強制的にこの手の環境要因を排除しているため集中力が持続するのも納得できるはずだ。そのために時間管理も大切だ。ポモドーロ・テクニック(集中して作業し、休憩を取る方法)などのテクニックを使用して、生産性を維持し、燃え尽きを防ぐのだ。職場や学校が時間を管理して休憩を与えるやり方は、ここから来ている。
これらを習慣化する。一貫したルーチンを確立することで、習慣を築き、先延ばしの傾向を減らす。一人でできない場合は、友人や家族、同僚と目標を共有し、彼らに進捗を確認してもらうことで責任感を持たせる。
報酬による管理も良い。タスクを完了した際に報酬を設定し、モチベーションを高め、達成感を与えるのだ。
もちろん、今回記述した根本的な原因を理解することも有効だ。なぜ先延ばしをするのかを考える。失敗の恐れ、完璧主義、興味の欠如などの原因を特定し、それに対処することだ。先延ばしをしてしまったとき、自分に対して優しく接してよい。先延ばしは誰にでもあることだと認識し、自己批判ではなく、前向きな変化に焦点を当てるのだ。
プロクラステイネーション(先延ばし)は必ずしも悪いことではなく、適度に取り入れることで思考の熟成や創造性の向上につながることがある。重要なのは、無計画な先延ばしを避け、計画的に取り入れることでバランスを保つことだ。
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