
新規事業の旅171 増加する組織再編
2025年4月21日
早嶋です。
最近、非上場を含めた中堅・大企業の中で、グループ会社を再編・統合する動きが目立つようになってきた。これは一部の業界に限った現象ではなく、製造業、建設業、物流業、食品業など、多様な業種で進んでいるように感じる。実際に、私の関与する案件の中でも、10年前にはほとんど話題に上がらなかった組織統合や会社再編が、今では年に複数件あるのが当たり前になってきた。
その背景には、いくつかの大きな構造的な理由があると思う。まず、人材不足だ。特に、管理部門やバックオフィス業務に従事する人材の確保が難しくなっている。人が足りないのであれば、各子会社で経理、人事、総務を個別に持つ意味が薄れてくる。むしろ一元管理し、スリムに運営する方が合理的なのだ。
次に、DX(デジタルトランスフォーメーション)対応の圧力がある。複数の子会社がバラバラのシステムを使っていると、IT投資は無駄が多く、データも統一できない。グループ会社を統合し、同一のERPやクラウドツールを使えば、コストも下がり、業務スピードも上がる。特に、最近のERPはグループ連結でのKPI管理やモニタリングが容易になってきているので、経営としての意思決定が加速するのだ。
資本効率という観点も大きい。100%子会社であれば、再編は比較的スムーズにいく。しかし、少数株主がいる場合には、交渉や価格評価が必要になる。資本の集中や、遊休資産の見直しを行うためには、子会社を統合してガバナンスを強化し、資本政策を見直すという流れが不可避なのだと思う。
また、最近はM&AやIPOを視野に入れている企業が増えている。グループ会社がバラバラのままでは、評価が分散してしまうし、投資家からの印象も良くない。事前に事業再編を済ませておくことで、バリュエーションが明確になり、外部資本を導入しやすくなるのだ。
一方で、組織再編は簡単ではない。100%子会社であれば、法務手続きと税務整理を進めれば良いが、マイノリティ株主がいる場合はそうはいかない。特に未上場会社では、株式価値をどう評価するかが大きな論点になる。DCF法、類似会社法、簿価純資産法などが使われるが、結局は「いくらであれば納得するのか」という実務交渉が中心になる。
実際の現場では、まず経営陣や親会社が第三者評価を取得し、交渉のたたき台をつくる。その後、少数株主に対して説明し、場合によっては買い取りオプションやExitボーナスなどを設けることで納得を引き出す。フェアネス・オピニオン(第三者の公正意見書)を取得することも増えている。
さらに、統合後のPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)も重要だ。人事制度、給与体系、評価制度、システム、ブランド統合が終わってからが本番である。お飾りの統合ではなく、実際に効率化やシナジーが出るように設計していなければ、従業員の不満や退職を招くだけで、逆効果になる。
一方で、再編を行う上で実務家として気をつけておきたいのは、株主間契約やExit条項の設計だ。スタートアップ投資などで使われるタグアロング(マイノリティが、親会社と同じ条件で売却に参加できる)、ドラッグアロング(親会社が合併・売却を決めた際、マイノリティも強制的に同条件で売却させることができる)条項や、プット・コール(将来の一定条件のもとで株式を売る権利(プット)または買う権利(コール)を定める契約条項)オプションをあらかじめ設定しておくことで、再編時の対立を防ぐことができる。
特に、外部ファンドやベンチャーキャピタルが株主になっている場合、合併や株式交換による価値変動に対する期待値とリスクのコントロールは最も重要な交渉項目になる。そのためには、段階的に持分を引き上げておく戦略や、持株会社化して株式の希薄化を避けるなど、複数の再編スキームを組み合わせて検討する必要がある。
つまり、グループ会社の統合は、単なる「コスト削減」の話ではなく、人材の最適化、IT資産の効率運用、資本構造の見直し、そしてガバナンス強化という、極めて戦略的な取り組みなのだと思う。目先の合理化だけではなく、数年先を見据えて、統合後の価値創出まで含めたストーリーを描けるかどうか。これが再編の成否を分けるのだと私は考えている。
(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。
(著書の購入)
「コンサルの思考技術」
「実践『ジョブ理論』」
「M&A実務のプロセスとポイント」
旧暦コラム そうだ、明日山に行こう!
2025年4月18日
早嶋です。
今週は月曜日から鹿児島でした。昨日の夜、福岡に戻ると僅か3日の時差なのに春が近づいている気がした。鹿児島に行く前の週末の朝、筍を掘りに近くの野山へ出かけた。目立って出ている筍はなく、ようやく土から頭を出した二本を見つけたに過ぎない。あれから一週間。明日は穀雨。
たしかに今日は湿度が高く、雨が降って地面を潤すほどでもない。けれど、山の匂いが少しずつ変わってきている。あの空気の底に、土が膨らみはじめる気配がある。明日はもう一度、筍を掘りに行ってみようと思う。今度は、地面の下から一気に伸びてくる気がする。探すことなく、破竹の勢いを感じられるだろう。そういう季節の気配だ。
筍というのは、まるで生き物のようだと思う。掘る人の気配を感じているかのように、ある時はひょっこりと顔を出し、ある時は黙って地中で待っている。油断していると、一晩で手の届かない高さまで伸びてしまう。そして、最近はイノシシとの奪い合いだ。幸いなことに近くの野山は市が管理しており、住宅地の中にポツリと残された自然なので競合相手がいないのだ。それでも、「今しかない」という、あの感覚は今の季節を感じる。
春という季節は、どこか焦らせてくる。花は咲くけれど、すぐに散る。若葉は芽吹くけれど、気づけば初夏の色に変わっている。筍もそう。掘れる時はほんのわずか。しかも、良い筍ほど見つけにくい。けれど、そんな一瞬を追いかける暮らしが、なんとも贅沢だと思うようになった。
スーパーに行けば、一年中たけのこ水煮が手に入る。でも、朝の山に入り、湿った土を手でかき分けて、「あ、いた」と静かに興奮する。そのひとときが、筍をもっと美味しくしてくれるのだ。実際に美味しく変えるのは妻の腕なのだが。
新規事業の旅170 AとBのジレンマの処方箋
2025年4月18日
早嶋です。約2700文字です。
(AとBのジレンマに陥る理由)
組織において、「A=重要だが成果がすぐに出ない取り組み」と「B=目の前の成果が出る取り組み」という構造は、現実的には常に並存している。そして多くの組織において、AとBは戦略的に使い分けられることなく、結果的に両立せざるを得ない構造に陥っている。その背景と要因について、整理する(詳しくは前回のブログも参照して欲しい)。
まずは、A(長期的かつ不確実な取り組み)が機能しない理由だ。個人の能力ややる気に起因するものではなく、組織構造に根ざした問題で、次の4つに集約される。
1組織文化(風土)
失敗を許容しない文化、完璧を求めすぎる空気が、Aのような不確実な取り組みを着手困難にしている。Aに取り組むことで、結果が曖昧になることや未完成な状態を見せることが、組織内で「やっていない」「失敗している」と見なされる恐れがあるため、A自体が避けられるのだ。
2評価制度
Bのように成果が明確な業務は評価しやすく、評価制度はBを前提に設計されている。一方で、Aの取り組みは評価軸が曖昧で、途中経過やプロセスが可視化されにくいため、評価対象にならない。そのため、人は合理的にBを優先する。
3危機意識の欠如
かつてはBだけで成果を出せる時代が続いた。しかし今は、構造的な変化の中でAの重要性が高まっている。しかし、「いま変わらなくても目先は安定している」という集団的錯覚によって、Aへのシフトが遅れているのだ。
4リソース配分
人材・時間・予算などの限られたリソースは、評価されやすく成果が見えやすいBに集中しがちである。その結果、Aに取り組む余白がなくなり、たとえ志があっても動けないという状態が生まれる。
(AとBが結果的に「両立せざるを得ない構造」になるのか)
上記の4つの要因は、単独ではなく複合的に組織に作用している。そして、たとえ意識的に「Aに専念しよう」としても、日々のB(業務・対応・成果)から完全に切り離すことは困難である。
たとえば、組織の評価制度がBで構成されている限り、Bをこなさないと組織内での信用を失う状況がある。たとえば、リソース配分においてAに割り当てられるのは「余剰」や「空き時間」になりがちで、実際にAを行うリソースをどうやっても工面できない。たとえば、上司や周囲の空気がBを優先していると、Aの着手に対して罪悪感すら生まれる。上司は将来の重要性の意識はあるが、上司すらも短期的な成果でしか評価されない現実がある。
その結果、AとBは戦略的に分離されず、同じ人がAとBを兼務するという構造が常態化するのだ。Aに取り組むはずの時間も、Bに押し流される。兼務体制が前提となると、Aが進まない理由はより強化され、やがて「Aに着手できない構造そのもの」が常態化する。
(処方箋としての5つの提案)
この構造的ジレンマを打破するために、以下の5つの実践的解決策を提示する。これらはすべて「Aに時間とエネルギーをどう確保するか」を意図している。
1:Aの進捗を「見える化」し、可視的な成果として扱う
OKRやKPIをA用に設計する。途中経過や仮説の数、アウトプット数などを定量化する。そして、経過毎のレビュー頻度を設けて、「やっている感」「進んでいる感」を組織的に育てることだ。
たとえば、新規事業開発では、企画書のドラフト数、ユーザーインタビュー件数、仮説検証レポートの本数を週単位で可視化している企業がある。これにより成果が出る前の「動いている状態」が定義され、評価されやすくなる。
2:A専用の「オフサイト時間」をつくる
月に2回とか、週に1回半日とか「B業務を禁止する」時間帯を設けるのだ。Aに取組む場所も社外にするなど、非日常的な空間で思考を構造的に切り替える取組だ。
たとえば、IT企業では「イノベーションフライデー」として、毎週金曜午前を既存業務から切り離し、リサーチ・アイデア創出・外部イベント参加に使う時間として制度化している。場所もあえて本社から離れたコワーキングスペースを用いているなどがある。
3:仮の締切や発表機会を設ける
完成度に関係なく、中間レビューやラフ発表を設けることで、行動のモチベーションと緊張感を創り出すイメージだ。
たとえば、ベンチャー企業では「月1ピッチ大会」を実施し、構想段階の事業アイデアや調査進捗を社内外にプレゼンする機会を設けている。これにより、日常のB業務に埋もれがちなAを「発信前提」で進める文化が醸成されるようになる。
4:チームで進める共有型のAプロジェクト化
Aを個人任せにせず、チームで持つことによって放棄や停滞を防ぐ。他者の目があることで質も進捗も上がるだろう。
たとえば、製造業のある企業では、R&Dテーマに関して3人から5人の「構想小隊」を組み、週次でブレストとタスク分担を実施している。共有責任化により属人性が薄れ、継続性が構造的に高まっている。
5:Aに関する役割・称号を明示する
「Aリーダー」「未来企画担当」など、役割を組織内で明確に定義することで、時間と行動の根拠を持たせるのだ。
たとえば、広告業界の企業では「イノベーション推進役」という職名をあえて与え、毎週10時間を未来構想に費やすことを正式な業務として認めている。周囲の認識も変わり、Aの取り組みが「業務」として定着している。ある中堅企業ではSDGsの取り組みに対して、若手選抜メンバをトレーニングして「SDGsリーダー」という役職を与えた。業務の10%相当の時間をチームで取り組めるようにしている。
(両立の幻想を捨てる)
ここまでの議論で明らかになったのは、AとBを兼務させると、ほぼ確実にBが勝つ構造が存在するということだ。だからこそ、本来的には「分けるべき」である。しかし、分けられない現実の中では、「構造そのものを変える仕組み」が現実的だ。
もちろん、トヨタのような大企業は、資源の豊富さゆえにAとBの両立が可能になる。すなわち、資本とは時間と多面性を買う力があるのだ。中小企業やスタートアップにとっては、むしろ「今はBで堅実に、将来Aをやる」とか、「Aに賭けて一点突破する」など、戦略的選択と集中が求められる。
是非、みなさんも部下を観察しながら問うてみて欲しい。自分の組織は、「いま本当にAをやろうとしているか?」 それとも「やっているフリの中で、Bに流されているだけなのか?」AとBは呼吸のように交互に必要だ。だが、その呼吸を組織として設計できるかどうか。それが戦略の核心であり経営者の役割だと思うのだ。
(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。
(著書の購入)
「コンサルの思考技術」
「実践『ジョブ理論』」
「M&A実務のプロセスとポイント」
新規事業の旅169 重要な取組が出来ない構造
2025年4月17日
早嶋です。2800字。
組織の中で、明らかに「重要」と認識されているのに、なかなか進まない仕事がある。たとえば、部下の育成計画、新規商品の企画、新規事業の構想や調査等だ。いずれも短期的に成果がでにくく、長期的な成果を見込む仕事である。ここでは、これをAとしよう。一方で、日々の業務やルーティン、定量目標の達成など、すぐに成果や評価に結びつく仕事は、誰もが必死にこなしている。これをBとしよう。
Aは必要だと頭ではわかっている。しかし、ついBに時間を奪われてしまう。このような構造的ジレンマを「AとBのパラドックス」として整理してみる。このパラドックスは、どんな組織にも存在しており、ますます深刻で、戦略的に重要な課題として浮上している。
(AとB、二つの仕事の本質)
まず、AとBの違いを明確にしておこう。Aは「組織の中で明らかに重要と認識されているが、なかなか進まない仕事」。Bは「日々の業務やルーティン、定量目標の達成など、すぐに成果や評価に結びつく仕事」。AとBは「どちらが重要か?」という問題ではない。どちらも重要で、どちらかだけでは組織は成り立ちにくい。
問題は、Aをやりたくてもやれない構造が組織内にあることだ。そして、その構造を自覚しないまま、組織はAを後回しにし続け、結果的に持続的な成長が難しくなっていく。
A:長期的に重要だが、すぐに成果が出ない仕事。成果が不確実/評価されにくい/習慣化しにくい。
B:目の前で重要で、すぐに成果が出る仕事。成果が明確/評価されやすい/習慣化しやすい
(Aが機能しない組織の構造的な原因)
読者の組織で、Aに相当する仕事は何があるだろうか。そして、その根本的な原因は何だろうか。20年間、さまざまな業種・業界、規模の大小の組織を観察してきて、私はその理由が大きく4つに集約されると考えている。すなわち、文化(組織風土)/評価制度/危機意識の欠如/リソース配分の失敗である。
文化(組織風土)
これは、失敗が許容されない文化や、完璧を求めすぎる空気が、結果としてAを妨げている。あるいはAの着手を、極端に高い壁のように勘違いさせる個々人や組織のマインドがある。Aは成果が不確実で、評価されにくい。前例が無いので習慣化されにくい。従い、Aに取り組んでいる場合、中途半端な取り組みや、失敗するチームのように思われるのではないかと、過度に恐れてしまう。
評価制度
Aに取り組んでいること自体が評価されない組織では、そもそも誰も動かない。Bは数字で評価しやすいが、Aはプロセスや途中経過を評価する設計が必要だ。さらに、Aは「どのような状態になれば成功か」という定義すら曖昧なままのことが多い。多くの組織が、短期成果偏重の制度に収束してしまっている。評価されない仕事であるがゆえに、誰もAに時間を割かなくなるのだ。
危機意識の欠如
そもそも、Bの仕事だけをこなしていれば、給与が安定して得られた時代があった。しかし、社会は変わった。多くの人が、Aの必要性を「なんとなく」感じている。だが、Bをやっていれば目先の未来は安定するという幻想にとらわれている。Aの必要性が高まっているにもかかわらず、組織内ではその温度感にズレがある。それがAの停滞を引き起こすのだ。
リソース配分の失敗
上記の3つの流れの結果として、人材も時間も予算も、目先の成果が見えるBに投下される。経営陣も含めて、Aに必要な「余白」の概念を理解できず、作れない構造になっている。そのため、Aの仕事にかける量も回数も期間もバラバラになり、何をやっても成果が出ないように見えてしまう。
そう、Aを妨げるのは、能力ではなく構造なのだ。
(Aだけをやる組織、Bだけをやる組織)
主力事業が成熟もしくは衰退期に差し掛かっている企業は、AとBの両立を目指すことが多い。だが、意図的にAのみ、あるいはBのみを行う組織も存在する。
Aを徹底するのは、主に起業フェーズやイノベーション企業だ。仮説を立て、未来を見据え、形のないものを信じて動く。これはとても尊い営みだと思う。だが、成功すればするほど、Aで生まれた製品やサービスがBに変わる。商品が売れるようになれば、非線形のイノベーションよりも、線形的な改善やオペレーションの効率性、そして拡張が求められるようになる。すると、組織は知らず知らずのうちに、Aの取り組みが弱まり、Bの効率と再現性に最適化されていく。
逆に、Bだけを続ける企業もある。「変わらないこと」を強みにする戦略だ。たとえば、日本の地方銀行や地場の中小企業などが該当する。さらに大きな組織でも、戦略的にBを続ける場合がある。トヨタなどはその好例で、B(ハイブリッド)を軸に据えつつも、A(Woven City、水素、電気自動車)にも継続的に投資している。
そして興味深いのは、“30年以上Bを続けてきた「日本そのもの」”だ。今、世界が変調をきたす中で、日本の存在が浮かび上がってきている。変化が美徳とされた時代に、「変わらないこと」に価値が出る局面が生まれている。グローバル化・IT化・資本主義の先鋭化を突き進んできた諸外国が混迷する中、日本のように変化を最小化してきた社会が、「安心」「秩序」「清潔」「安全」として再評価されているのだ。観光、農業、製造業、文化財など、「守り続けてきたこと」が強みに変わる、希有な例と言えるかもしれない。
(戦略提言:資源量に応じてAとBのバランスを変える)
冒頭で述べたとおり、AとBは「どちらが重要か?」ではない。両方ともに必要だ。問題は、Aをやりたくてもやれない構造を持ってしまうことだ。そして、構造がそれを許さない場合には、明確にどちらかに振り切る必要がある。
組織としてAとBを同時に追うには、それなりの資源が必要だ。トヨタは、既存の強いB(オペレーション)からキャッシュを生み出し、それを原資として未来志向のA(Woven City、水素自動車、電気自動車)に投資している。いわゆるPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)理論を、極めて合理的に体現している。
一方で、資源が限られた中小企業やスタートアップは、AかBのいずれかに戦略的に絞るべきだ。両方を中途半端にやれば、どちらも成果を出せず、やがて組織が疲弊してしまう。だからこそ、今はBで耐えて資本を貯めるのか、それともAに賭けて未来の市場を先取りするのか、戦略的に決断することが求められる。AとBを曖昧に共存させるのではなく、意図的に選択し、明確に言語化して組織全体で徹底することが重要なのだ。
AとBは、対立する概念ではない。呼吸のように、変化と定着、探索と深化のリズムで、組織を循環させるものだ。問題は、それを意図的に設計できているかどうか。AとBのバランス、そして「いま自分たちはどちらをやるべきなのか」という問いを、静かに組織の中で問い直す時期に来ているのだ。
(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。
(著書の購入)
「コンサルの思考技術」
「実践『ジョブ理論』」
「M&A実務のプロセスとポイント」
新規事業の旅168 中国は金融戦争を仕掛けるか
2025年4月12日
早嶋です。950文字。
トランプ政権が発端となった米中の貿易戦争。中国には関税が直撃し、それ以外の国々には90日の猶予が与えられた。だが、同時期に起きていたのが「米国債の売り」だ。注目すべきは、日本と中国という米国債の二大保有国の動向だ。
2025年3月末時点で、米国の総債務残高は36兆ドルを超える。そのなかで日本は約1兆793億ドル、中国は約7608億ドルの米国債を保有している。中国の数字は、表向きだ。実際には第三国を経由した保有もあるため、実質保有額は1.2兆ドル程度になる可能性がある。
では、中国がこの「米国債カード」を切る可能性はあるのか。答えはイエスでもありノーでもある。当然、分からない。
たしかに中国が保有する米国債を売却すれば、米国の金利は急騰し、ドルは売られ、米経済に打撃を与える可能性がある。だが一方で、その影響は中国自身にも跳ね返る。米国債市場が混乱すれば、人民元が不安定化し、中国国内の金融秩序にも影響が出る。つまり、相互依存が前提のグローバル経済では「武器」を使えば「自傷行為」にもなりかねないのだ。
もう一つの選択肢は「通貨戦争」だ。中国は人民元のレートをコントロールできる立場にあるため、意図的に元安を進める可能性がある。これは輸出競争力を高める一方で、海外からの資本流出リスクも高まる。2015年の切り下げ局面では、実際にそのような状況が起きていた。
さらに注目すべきは、米国の制裁に対抗する形で中国がロシアやイランなどと築いている「制裁逃れの枢軸」だ。人民元や金などドル以外の通貨で貿易を行い、アメリカの経済制裁の効果を弱めようとする動きが見られる。これは金融戦争というよりも、経済秩序のパラダイムシフトになる。
結局のところ、中国が米国に対して金融的な一手を打つ可能性はある。ただし、それは常に「自国経済への影響」との天秤の上で判断される。金融戦争はボタン一つで始まるものではなく、状況を見ながら、ジワリと仕掛けられるものだ。
今後の展開次第では、米中の経済衝突は通商や軍事ではなく、金融領域で火花を散らすことになるかもしれない。そうなったとき、問われるのは各国の「通貨主権」と「金融耐性」だ。そして日本もまた、そこから無関係ではいられない。
(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。
(著書の購入)
「コンサルの思考技術」
「実践『ジョブ理論』」
「M&A実務のプロセスとポイント」
旧暦コラム 筍(たけのこ)が育たない理由
2025年4月11日
早嶋です。
今日は4月11日。今年は筍(たけのこ)の成長があまり良くないらしい。毎月佐賀の某所で山作業をしている。この時期には筍の匂いが鼻を突くが、まだあまり出回っていないし見当たらない。実際、農家の人も、山に入る人も、「今年は少ない」「出てこない」と言っている。理由はなんだろうか。
旧暦で見ると、昔からの自然のリズムが見えてくると思う。
筍は、春の訪れとともに地中から顔を出す。この「顔を出す時期」がいつかというと、旧暦の三月、ちょうど今の4月上旬から中旬にかけてだ。旧暦では、今は三月十三日(2025年4月11日)だ。そして、昔の人は「二十四節気(にじゅうしせっき)」という自然の節目を使って季節を読んでいた。
その中に、「清明(せいめい)」と「穀雨(こくう)」という節気がある。清明は、4月4日頃。春の陽気が満ちて、すべてが清らかに明るくなる頃だ。穀雨は、4月20日頃。春の雨が穀物を潤す時期だ。このあたりの時期に、春の雨が降り、気温が上がると、地中のたけのこが一気に伸びてくるのだ。逆に言えば、雨が少なく、気温も低ければ、筍はなかなか出てこない。
今年はどうだったか。福岡も、関西も、東京も、3月下旬から4月初旬にかけて、雨が少なかった。気温も、一時的に冷え込んだ日が多かった。確かに、季節外れの雪もあった。これは、筍の成長にとってはかなり厳しい条件なのだろう。
昔の記録にも似たようなことが書いてある。江戸時代の和漢三才図会には、「たけのこは春の雨により地を破る」とある。春の雨がなければ、たけのこは地上に出てこれないのだ。つまり、今年の筍不作は、「たまたま」ではない。旧暦や二十四節気で見ると、雨と気温のバランスが悪い年には、たけのこが出にくいのは昔からの自然のリズムだったというわけだ。
いまのような「地球温暖化」や「気候の乱れ」が影響している面もあるかもしれないが、昔の人たちは、自然の微妙な変化をちゃんと見ていたんだと思う。優雅な時間の過ごし方だ。
新規事業の旅167 支援と投資のスタンス
2025年4月11日
早嶋です。1800文字です。
支援と投資のスタンス。最近は「人に張り、構造を変える事業を支援する」のが私のスタンスだと思う。
多くの起業家と出会い、事業の芽を議論して見てきた。話を聞き、行動を観察し、助言をしながら、一緒に可能性を探った案件も多々ある。その中で確信を持つようになったのは、事業の初期において一番重要なのは「何をやるか」ではなく「誰がやるか」だということ。アイデアは変わるし、市場も環境も動く。予測はずれ、困難は起きる。そのときに諦めず、もがきながらも行動を続けられるか。仲間を巻き込み、信頼を積み上げられるか。そこにすべてがかかっている、と思っている。
だから私はまず、「なぜその事業を始めたのか?」「この事業で何を実現したいのか?」という二つの質問をする。単に思いついたからではなく、原体験や問題意識があるか。その人にとって、どれだけ「どうしてもやりたいこと」なのか。それがあるかどうかで、困難を乗り越える粘りも、仲間を惹きつける磁力も全然違う。
ただ、想いだけでは投資も支援もできない。「誰の、どんな痛みを解決するのか?どんな喜びを生み出すのか?」「その市場はどれくらい広がるのか?」そういった構造的な問いにも、私は必ず向き合う。自分の時間を費やしたり、少額であっても資本を入れる以上、スケールの見込みがなければ意味がない。リターンが見えないなら、それは自己資本でやった方が幸せになれることもある。だから、良い事業でも、現時点で小さすぎる市場であれば、私は率直に「今は違う」と伝える。
一方で、最近は海外で既に成立している事業モデルが、日本では規制のせいで導入できないというケースに多く出くわす。戦後、日本がまだ脆弱だった時代につくられた制度が、今もそのまま残っている。当時は必要だったかもしれないが、今となっては小さな企業の挑戦を妨げ、大企業が利益を独占しやすい構造になっている。本来、国家がすべきことは、良質なサービスを誰もが手の届く価格で受けられる環境をつくることだと思う。だからこそ、私はそうした「構造の歪み」に風穴を開けようとする起業家を支援し応援したいと思っている。まだ日本では通用しないかもしれない。けれど、彼らの行動が将来の当たり前になると信じている。
もし今はタイミングでないとしても、「この人はいつか何かをやる」と思えたら、僕は連絡を絶やさない。時に人を紹介し、機会をつくり、細くても繋がりを持ち続ける。そして彼らがピボットして、市場が広がり、制度が変わったりしたタイミングがきたら、再びゼロベースで検討する。それでも他の投資家や支援する人に先を越されれば、自分の目が甘かった、判断が遅かったということだ。悔しさは残るが、それを糧にし、次の出会いを探しに行く。それでいいと思っている。
私は「人に張る」。そして「構造を変える力」に張る。その両方が重なったとき、私は迷わず動く。そういう支援や投資をしていきたいと思っている。
(自分の中のフレームワーク)
【支援の有無や資本を出すための3条件】
1.強い大義と原体験がある(意志)
2.解決する課題が明確で深い(ペイン or ゲイン)
3.スケーラブルな市場が存在する(リターンの見込み)
3つが揃って初めて、「外部資本の意味がある」。揃わなければ、事業として素晴らしくても、自己完結型で行くのが誠実な道だ。
【支援と投資スタンス】
1.事業より人に張る。でも「人の想い」が「スケーラブルな構造」に乗ってこそ、投資は成立する。
2.見送りは関係の終わりではない。その人の可能性を信じ続けるからこそ、支援し、観察し、再検討もする。
3.うまくいかなかったら、自分の目を磨く。執着せず、悔しさは肥やしにする。
【張るスタンス】
1. 「人に張る」:想い・覚悟・継続力を見抜く
•「なぜそれをやるのか?」「何を実現したいのか?」を問うことで、事業の背骨を確認
•一時的な困難でも諦めず、行動し続ける執念と誠実さがあるかを重視
2. 「社会に張る」:規制や構造の歪みを突く意思を評価
•古い制度が成長を阻んでいる分野で、「それでもやる」と決めた事業家にこそ希望を見る
•特に海外で証明されたモデルを日本に導入する文脈では、制度改革の起点になる可能性がある
3. 「合理的に張る」:市場性・スケール・再現性も見る
•課題の深さと対象者の数、市場の大きさを冷静に評価
•外部資本を使うなら、リターンの合理性がなければ意味がない
•市場が小さいなら、自己資本でやる方が幸せになれることも伝える
(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。
(著書の購入)
「コンサルの思考技術」
「実践『ジョブ理論』」
「M&A実務のプロセスとポイント」
新規事業の旅166 新しいことのはじめ方
2025年4月10日
早嶋です。約1500字です。
なにか新しいことを始めるときは、まずそのゴールイメージを持つこと。次に、取り組みの骨子を整理し、実際の行動に落とし込んでいく。最初の一歩は小さくていい。慣れていなければなおさら、小さく始めてあたりを付ける。必要に応じて修正・アップデートを繰り返しながら進めていく。コツコツと、そして柔軟に。ゴールイメージに向かって、仲間と共にその姿を思い描きながら、徹底して取り組む。
「新しいこと」は、初めての人にとっては確かに新しい。でも、今日が1日目であれば、明日には“経験者”になる。この姿勢で取り組み続けると、1ヶ月後には「1ヶ月やってきた人」になる。3ヶ月、半年、1年と継続していく中で、業界構造やビジネスモデルの輪郭が見えてくる。関係者とのネットワークも自然と形成されていく。
そして1年前の自分と比べたとき、確実に“経験者”になっているのだ。これは誰がどう見ても正論で、当たり前のこと。だけど、いざ新しいことに直面すると「自分にはできない」と思い込んでしまいがちだ。
でも本当に大切なのは、「行動すること」だと思う。最初に描いたアイデアを実際に試してみて、修正を重ねるうちに、全く違う形の事業として成果が出る。そんなことは、よくある話だ。アイデアは最初は曖昧で、確度も低い。でも行動を通じて、それが少しずつ“形”になっていく。だから、行動して試行錯誤を繰り返せる人は強い。
こうした取り組みを、ジャンルやレベルを問わずいくつもやっていくと、「可能性」に敏感になる。ただ闇雲に動くわけじゃない。知らない領域でも、徹底的に調べ、一定の方向性を描く。その時々の判断で、もっとも合理的だと思える選択肢を取りながら、行動し続ける。判断基準を持っているからこそ、行動の結果を定期的に測り、検証することができる。もし違っていたなら、前提や仮説を見直し、次の行動をブラッシュアップする。こうなると、「失敗」という概念は「成功へのプロセス」に変わっていく。
情報収集に“完璧”はない。限られた時間の中で、集められるだけの情報を整理する。時間は有限だから、ダラダラと調べ続けない。時間を決めて、集めた資料を読み込む。過去の事例、類似の事例、少し分野は違っても似た構造のケース。実体験できるなら、一次情報を得る目的でトライする。この繰り返しで、情報感度が高まっていく。そしてたいていの場合、「合理的に考えると、AかBだな。ならAだ」と迷いが少なくなる。もしAかBで悩むなら、どっちでもいい。どちらかを始めてみれば、答えは動きながら見えてくる。
新しいことを立ち上げ続ける人は、ときに「考えがコロコロ変わる」と見られることがある。でも、遠くから全体を見れば、最初に描いたゴールイメージは変わっていない。変わっているのは“進め方”や“アプローチ”だけ。本人にとっては、実証やリサーチの結果、プランBの方が良いと判断したから切り替えただけなのだ。
つまり、新しい取り組みでは、まず「向かう方向」を決める。そして骨子を整理し、そこに至るシナリオを構築する。そのシナリオを、行動に落とし込む。特別なテクニックやノウハウなんて必要ない。これは、誰でも確実にできるやり方だ。アイデアそのものには、実はあまり価値がない。特許や権利で守られていれば別だが、実行されていないアイデアは“存在しない”に等しい。本当に大事なのは、そのアイデアを「形にする行動」そのもの。だからこそ、「何をやるか」を一通り議論したあとは、「どうやるか」を試しながら修正していく力こそが、問われるのだ。
(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。
(著書の購入)
「コンサルの思考技術」
「実践『ジョブ理論』」
「M&A実務のプロセスとポイント」
契約後のフォローが営業の成否を分ける!(その2)
2025年4月7日
高橋です。
私がコンサルティングをしている『営業プロセス研修』のエッセンスを、毎回お伝えしています。
今月のテーマは「契約後のフォローが営業の成否を分ける!(その2)」です。前回に引き続き、契約後のフォローについてお伝えします。フォローをしっかりすることによって、お客様の満足度を上げ、リピーターや紹介による新規顧客の獲得を狙います。今回も、契約後のフォローで重要なポイントを解説します。
③ 追加提案のチャンスを逃さない
契約後のフォローを通じて、お客様のニーズが変化することがあります。適切なタイミングで追加提案を行うことで、アップセル(より高価な商品・サービスの提案)やクロスセル(関連商品・サービスの提案)につなげることができます。
アップセルの例
「現在のプランをより便利にするオプションもありますが、ご興味はございますか?」
クロスセルの例
「他のお客様には、〇〇の商品もセットで導入される方が多いです」
注意すべきなのは、お客様の満足度が高まる前に追加提案をすると、不信感を持たれる可能性があることです(売り込みとみられる)。まずは信頼関係を築くことを優先し、その上でお客様のメリットになる提案を行いましょう。
④ クレームやトラブルの対応を迅速に行う
どんなに良い商品・サービスでも、トラブルが発生することはあります。問題が起きたときの対応が、その後の関係を大きく左右します。
お客様の話をしっかり聞く(まずは共感を示す)
迅速に対応策を提示する(「対応します」ではなく「いつまでに何をするか」を具体的に明確にする)
対応後にフォローを入れる(「その後、問題は解決しましたか?」と確認)
クレーム対応をしっかり行うことで、逆に信頼関係が強まるケースも少なくありません。
⑤ 感謝を伝え、関係を深める
「契約して終わり」ではなく、長期的な関係を築くためには、感謝の気持ちを伝えることが大切です。
定期的に感謝のメッセージを送る(お礼のメール、手書きのカードなど)
特別な情報を提供する(業界ニュース、セミナー案内など)
感謝を伝える機会を作る(契約1周年のお祝い、記念品の送付など)
「この営業担当者は、自分のことを大切にしてくれている」と感じてもらえれば、リピート率や紹介率が格段に上がります。私は保険営業時代、お客様の誕生日にバースデーカードを毎年送っていました。
3. まとめ:契約後のフォローが「次の契約」につながる
契約後のフォローは、単なるアフターサービスではなく、次のビジネスチャンスを生み出す重要な活動です。
初期対応を迅速に行い、信頼を得る
定期的なフォローで不安を解消する
追加提案のタイミングを見極める
トラブル対応を誠実かつ迅速に行う
感謝を伝え、長期的な関係を築く
この5つを意識すれば、お客様との関係が深まり、リピーターや紹介が増え、売上アップにつながるはずです。
営業プロセス、営業研修、人材育成、セールスコーチなどをご検討の経営者・経営幹部・リーダー・士業の方はお気軽に弊社にご相談ください。
新規事業の旅165 アメリカの終焉
2025年4月5日
早嶋です。5500文字です。
トランプは、輸入品に対する関税額を引き上げた。アップルなど地球規模でサプライチェーン構築する企業は、結果的に米国で販売する商品の金額が跳ね上がる。例えばiPhoneが20万だったのが30万を超える等だ。一方で米国の商品を海外に輸出しても報復関税で相手国も関税を課す泥沼になる。そもそも魅力が少ないアメリカ商品は安くても売れない。米国での商品も価格は上がり、企業の経済活動も低迷する。結果、当然不況になる。なぜトランプは関税政策を執行するのだろうか。
いくつか理由はあると思う。1つ目は、アメリカ第一主義の実践だ。トランプは一貫して、グローバル化の中で損をしてきたアメリカの「労働者階級」や「製造業」を再生することを訴えている。関税を課すことで、2つのねらいがある。海外からの安価な製品にストップをかけ、アメリカ国内の産業を守るということだ。そして、アメリカ企業が海外ではなく国内に工場を戻す、いわゆるリショアリングを促すことだ。
2つ目の理由は、中国との経済戦争(テクノロジーと覇権)だ。特に中国との関税合戦は、「不公正な貿易慣行」や「知的財産の盗用」に対する制裁として打ち出された。これは経済的制裁でありつつ、米中覇権争いの一環でもある。
そして、最後は選挙における支持基盤へのアピールだ。トランプの強固な支持層は「ラストベルト(衰退した工業地帯)」などの製造業従事者や白人労働者階級だ。彼らにとって「関税=外国に対抗する正義の象徴」であり、「雇用を取り戻す手段」とも見られる。これはポピュリズム的な政策とも言える。
しかし、結果として誰も得しない。物価上昇(インフレ)が米国内で発生する。関税でコストが上がり、最終的には消費者が負担するからだ。消費者の購買意欲が下がり、企業活動の停滞がすすむ。サプライチェーンが混乱し、投資も減るだろう。もちろん、既におきつつあるが、貿易相手国との関係悪化がすすむ。皆が報復関税をして、輸出減少、不況のスパイラルとなるのだ。最終的には、米国は経済の孤立化を招く可能性が高い。
少し考えると分かる行動を平然とすすめるトランプ。経済学的にはマイナスが多いのだが、トランプにとっては「政治的にメリットがある」と考えているのだろう。経済の損失よりも、「支持者へのアピール」「強硬姿勢の演出」が選挙での票につながると考えているのだ。
しかし、どうだろうか。アメリカの製造業と言ってピントくるものはあるのか?彼らは世界のサプライチェーンを無視して独自で製品が作れるのだろうか?さらに、仮に作れたとしても、アメリカの高額な人件費で製造した場合の製品のコストが高まるのではないか?さらに、ラストベルトの人材は、アルコール中毒、薬中毒でまともな労働者が少なく、働き手が足りないのではないか?諸々と湧いてくる疑問を整理してみる。
そもそもアメリカの製造業は、伝統的な自動車(GM、フォード)、航空機(ボーイング)、重工業(キャタピラー)、鉄鋼、化学などだろう。ハイテク産業は、IT機器、半導体、医療機器などもあるが、多くは設計・開発はアメリカで、製造はアジアという形でサプライチェーンを構築している。つまり、現代のアメリカの製造業は「グローバル製造モデル」に依存しているのだ。
そして、そのアメリカが世界中のサプライチェーンを無視して独自に製造ができるかの答えは確実にNoなのだ。iPhoneを例にとるとわかりやすい。そもそも部品は日本(センサー、ガラス)、台湾(チップ設計)、韓国(ディスプレイ)、中国(組み立て)など、多国間にまたがっているのだ。それを無視して全てアメリカで作ろうとすると、工場のインフラ、人材、ノウハウ、部品の供給網すべてが不十分なのだ。つまり非現実的かつ高コストの取組を始めようとしていることになる。
アメリカでの人件費も無視できない。当然に、製造コストが圧倒的に高くなり、価格競争力を失う。例えば、同じスマホを中国で100ドルで作れるとしても、アメリカなら200〜300ドルかかるだろう。結果として製品価格が上がり、 消費者は購買意欲がわかなくなるだろう。もちろん、それらの商品を世界に輸出出来たとしても、高すぎて買う人がいなくなるだろう。
紙面ではあまり報道されないが、ラストベルトの労働力は質が低い。アメリカの汚点でもあるのだ。ラストベルト(五大湖周辺の工業地帯)は過去数十年で衰退し、大量の失業、人口流出、教育水準の低下を招いている。そして、薬物・アルコール依存が深刻な地域も多い。仮に、企業が工場を戻しても、そもそもまともに働ける人がいないし、仮にいても、訓練されていないし、訓練しようがないかもしれないのだ。さらに、若年層はITや都市部に流れており、肉体労働を好まない傾向は世界中同じなのだ。結果として、「製造業の復活」は理論的には可能でも、現場が成立しないのだ。
それでもトランプが強硬する理由は、現実よりもイメージを重視して、政治に利用しようとしているとしか考えられない。「アメリカに工場を戻す」「外国に頼らない強いアメリカを取り戻す」という夢を語り、実際にはコストも人材も合わないが、そう主張することでラストベルトからの指示を得られ続けるのだ。
このままでは、アメリカは四面楚歌になるかもしれない。伝統的な自動車はそもそも今でも商品の魅力は薄い。GMやフォードがBMWやベンツ。トヨタや高級車のレクサスに勝てる要素はない。ボーイングはここ数年品質トラブルの温床でまともな製造が出来ているとは考えにくい。キャタピラー等の重工業も三菱やヒュンダイなど多くの競合がひしめく。鉄鋼、化学なども同様だ。ハイテク産業は、IT機器、半導体、医療機器等があるが、米国はそもそも設計や開発しかしていない。そうなると日本、欧州、中国の企業がこぞってその技術者を引き抜き、彼らが企画開発を強化するだろう。そして、マーケティングは欧州、精密部品は日本、ディスプレイ関連は韓国、半導体は台湾。組み立てなどもアジアで行うという流れになるのだ。グローバルサプライチェーンから米国を排除して、それ以外の国は元の関税の枠組みに戻すことで、アメリカは一気に失墜するシナリオだ。
実際、その動きは1回目のトランプで検証されている。トランプ政権の移民制限政策、とくにH-1Bビザの発給制限は、アメリカのIT産業にとって長期的に痛恨の一撃となっている。そして、インド・中国・台湾のIT産業に大きな追い風となった。H-1Bビザは、高度技能職向けの就労ビザだ。特にIT・エンジニア系の外国人労働者(インド人が最多)が多く活用していた。1回目のトランプ政権下、2017年から2020年にかけて「Buy American, Hire American(アメリカ産を買い、アメリカ人を雇え)」政策を強化したのだ。H-1Bビザの発給数を制限、審査を厳格化した結果、多くの企業や人材が米国での就職を断念し、更にグリーンカード審査の長期化・停止も重なり、米国定住をあきらめる優秀人材が続出した。
その人材は母国に戻り、同様の仕事をするため、結果的にインド、中国、台湾のITが強化されたのだ。インドでは、元Google、Apple、Amazonの人材がインドに帰国し、バンガロールなどに自社スタートアップを設立。コロナ禍のリモートワークも後押しとなり、グローバル案件を自国内で受託する体制が進展している。2023年以降、生成AIやフィンテック分野での成長が著しいのだ。インド政府も「Digital India」「Startup India」などで強力に後押している。
中国では、米中摩擦を契機に、「帰国者(海亀:ハイグイ)」が増加した。中国国内でクラウド、AI、半導体設計分野の人材供給が充実し、国家レベルでの「自給自足戦略(内循環)」にも人材が貢献している。HuaweiやBYD、Tencentなどが米国依存から脱却し独自技術で躍進している背景はトランプが撒い種とも言えるのだ。
台湾でもやはり、TSMCやMediaTekなどの半導体企業が高い報酬と働き方改善で人材を呼び戻し、アメリカで経験を積んだ人材が帰国し、先端チップやAI設計に反映する。やはり台湾政府も積極的なR&D投資とスタートアップ支援を強化した。
トランプ1次政権では、短期的には国内雇用を守ったように見えるが、高度人材を自ら放出した。そして、シリコンバレーの革新力が鈍化した。世界中で「次のイノベーションはアメリカ発ではない」という空気感が定着しているのは偶然ではないのだ。
今回の関税の横行は、アメリカを外すと案外さっぱりしている。米国と付き合うのをやめようぜ。的な空気が働くことで、米国の経済は一気に冷え込む。リストラを直ぐに行うアメリカは、優秀な人材から他国の同業者に流れるだろう。たとえ、米国に住み続けても、仕事はオンラインでアメリカ以外の企業に勤めることになるだろう。その際にいの一番に引き抜かれ、転職する人材がこれまでアメリカ企業で「企画・設計・ブランド力」を生み出した人材だ。それと連呼して業績が落ちたAppleやGoogleにいた人材はリストラされるか、自主的に退職して欧州やアジアの企業にヘッドハンティングされるだろう。「知の中心」がアメリカからシフトするのだ。ポイントは、トランプ1次政権では、「外国籍の知の移動」がおきたが、今回は「アメリカ国籍の知の移動」がはじまるのだ。
そして、徐々に脱アメリカ連合の流れになる。日本は、精密機器、ロボティクス、素材技術。韓国は、ディスプレイ、有機EL、バッテリー。台湾は半導体(TSMC)、IC設計。中国は製造・スケーラビリティ。欧州はマーケティング、環境技術、規格設計。東南アジアやインドは製造拠点、開発支援とグローバルサプライチェーンがアメリカ抜きを加速する。
その結果、アメリカは確実に弱体化する。米ドルの信認は減少。取引がアメリカを通らなくなると、基軸通貨の地位は当然に揺らぐだろう。世界標準が変わるのだ。これまでアメリカ企業が主導してきた標準(例:Apple製品の仕様、WindowsのOSなど)が、新興勢力や欧州主導のものに移るのだ。アメリカ製品の孤立がはじまり、iPhoneもTeslaも「高価で時代遅れ」と見なされる可能性が高まる。米国市場は巨大だが、確実に内需だけでは維持できない。世界から無視されたテック企業は急速に縮小する。つまり、アメリカは孤高の消費大国に成り下がる危険性が十分にあるのだ。
トランプは、今や短期的な将来しか考えない。所詮は不動産屋さんなのだ。トランプや一部支持層は、短期的な支持獲得が目的で、10年後の構造的崩壊には無頓着だ。「自国中心」や「独立経済圏」を夢見ているが、現代は複雑に絡み合ったサプライチェーン経済。彼らの世界観は、1980年代のアメリカの再現を目指しているが、それはもはや幻想だ。
アメリカ依存のパラダイムを捨て、アメリカ以外で進化できる、或いはせざるを得ないフェーズになったのだ。アメリカの過去の特権に依存しない経済が、合理的かつ持続可能になる。その動きをアメリカが止めようとしても、逆に世界からの信頼を失う加速装置になりはじめていく。
ここまでのシナリオは中国の存在を無視している。中国が米国を除く協調路線に従うか、いやいや大中華思想の元祖ですよと、今後も独自路線を貫くかで、将来のシナリオは大きく変わるだろう。そういう意味で、将来のシナリオは2つのパターンを予測することが出来るかもしれない。
中国が脱アメリア連合に賛同し参加した場合をAシナリオとしよう。Aシナリオの場合、世界最大の製造力が協調に組み入れられたことになる。脱アメリカ連合に中国が入れな、供給能力と価格競争力が爆発的に増すだろう。特にEV、半導体中間材、通信機器(例:ファーウェイ)での連携が深まると思う。中国は、表では「一帯一路」の延長線上に経済協力を進め、裏ではインフラやデジタル網の支配力を拡大するだろう。そして、台湾やASEANとの緊張を和らげ、サプライチェーンの平和的共存を選ぶのだ。その結果、世界のGDPの50%以上が「脱アメリカ圏」になる。アメリカが圧倒的に孤立化し、国内製造も、軍事優位も相対的に弱体化する。中国は「世界の製造工場」から「世界の経済運用者」へ進化するのだ。
次に、中国がやはり独自路線を貫く場合をBシナリオとしよう。中国一極の世界観の実現だ。中国はサプライチェーンでは協調するが、政治的・軍事的には排他主義だ。台湾・南シナ海問題で緊張を生み、欧州や日本との信頼関係が不安定になる。経済では連携を装いつつ、デジタル通貨、標準規格、AIインフラで主導権をしたたかに狙うだろう。技術標準を中国流に差し替えることで、中国依存の経済圏を形成するのだ。その結果、世界が「脱アメリカ vs 中国 vs 多国間協調」という三極化に向かっていく。脱アメリカ連合は、日本・欧州・インド・韓国などで結束を強化し、非覇権的な協調経済圏として独立を維持する。アメリカと中国は互いに孤立気味となり、覇権を争うが中心にはなれない構図ができあがるのだ。
最後に、日本の立場を考察してまとめよう。Aシナリオでは、中国の巨大マーケットと製造力を活かしつつ、「安心な中核技術国」として価値を発揮するだろう。Bシナリオでは、「中国には技術を渡さない」「アメリカにも巻き込まれない」というバランス外交と、EU・インドとの連携強化がカギになる。どちらにしても、日本は信頼性ある中立国としての価値を最大化できるポジションにあることが分かるのだ。
(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。
(著書の購入)
「コンサルの思考技術」
「実践『ジョブ理論』」
「M&A実務のプロセスとポイント」
最新記事の投稿
カテゴリー
リンク
RSS
アーカイブ
- 2025年11月
- 2025年10月
- 2025年9月
- 2025年8月
- 2025年7月
- 2025年6月
- 2025年5月
- 2025年4月
- 2025年3月
- 2025年2月
- 2025年1月
- 2024年12月
- 2024年11月
- 2024年10月
- 2024年9月
- 2024年8月
- 2024年7月
- 2024年6月
- 2024年5月
- 2024年4月
- 2024年3月
- 2024年2月
- 2024年1月
- 2023年12月
- 2023年11月
- 2023年10月
- 2023年9月
- 2023年8月
- 2023年7月
- 2023年6月
- 2023年5月
- 2023年4月
- 2023年3月
- 2023年2月
- 2023年1月
- 2022年12月
- 2022年11月
- 2022年10月
- 2022年9月
- 2022年8月
- 2022年7月
- 2022年6月
- 2022年5月
- 2022年4月
- 2022年3月
- 2022年2月
- 2022年1月
- 2021年12月
- 2021年11月
- 2021年10月
- 2021年9月
- 2021年8月
- 2021年7月
- 2021年6月
- 2021年5月
- 2021年4月
- 2021年3月
- 2021年2月
- 2021年1月
- 2020年12月
- 2020年11月
- 2020年10月
- 2020年9月
- 2020年8月
- 2020年7月
- 2020年6月
- 2020年5月
- 2020年4月
- 2020年3月
- 2020年2月
- 2020年1月
- 2019年12月
- 2019年11月
- 2019年10月
- 2019年9月
- 2019年8月
- 2019年7月
- 2019年6月
- 2019年5月
- 2019年4月
- 2019年3月
- 2019年2月
- 2019年1月
- 2018年12月
- 2018年11月
- 2018年10月
- 2018年9月
- 2018年8月
- 2018年7月
- 2018年6月
- 2018年5月
- 2018年4月
- 2018年3月
- 2018年2月
- 2018年1月
- 2017年12月
- 2017年11月
- 2017年10月
- 2017年9月
- 2017年8月
- 2017年7月
- 2017年6月
- 2017年5月
- 2017年4月
- 2017年3月
- 2017年2月
- 2017年1月
- 2016年12月
- 2016年11月
- 2016年10月
- 2016年9月
- 2016年8月
- 2016年7月
- 2016年6月
- 2016年5月
- 2016年4月
- 2016年3月
- 2016年2月
- 2016年1月
- 2015年12月
- 2015年11月
- 2015年10月
- 2015年9月
- 2015年8月
- 2015年7月
- 2015年6月
- 2015年5月
- 2015年4月
- 2015年3月
- 2015年2月
- 2015年1月
- 2014年12月
- 2014年11月
- 2014年10月
- 2014年9月
- 2014年8月
- 2014年7月
- 2014年6月
- 2014年5月
- 2014年4月
- 2014年3月
- 2014年2月
- 2014年1月
- 2013年12月
- 2013年11月
- 2013年10月
- 2013年9月
- 2013年8月
- 2013年7月
- 2013年6月
- 2013年5月
- 2013年4月
- 2013年3月
- 2013年2月
- 2013年1月
- 2012年12月
- 2012年11月
- 2012年10月
- 2012年9月
- 2012年8月
- 2012年7月
- 2012年6月
- 2012年5月
- 2012年4月
- 2012年3月
- 2012年2月
- 2012年1月
- 2011年12月
- 2011年11月
- 2011年10月
- 2011年9月
- 2011年8月
- 2011年7月
- 2011年6月
- 2011年5月
- 2011年4月
- 2011年3月
- 2011年2月
- 2011年1月
- 2010年12月
- 2010年11月
- 2010年10月
- 2010年9月
- 2010年8月
- 2010年7月
- 2010年6月
- 2010年5月
- 2010年4月
- 2010年3月
- 2010年2月
- 2010年1月
- 2009年12月
- 2009年11月
- 2009年10月
- 2009年9月
- 2009年8月
- 2009年7月
- 2009年6月
- 2009年5月
- 2009年4月
- 2009年3月
- 2009年2月
- 2009年1月
- 2008年12月
- 2008年11月
- 2008年10月
- 2008年9月
- 2008年8月
- 2008年7月
- 2008年6月
- 2008年5月
- 2008年4月
- 2008年3月
- 2008年2月
- 2008年1月
- 2007年12月
- 2007年11月
- 2007年10月
- 2007年9月
- 2007年8月
- 2007年7月
- 2007年6月
- 2007年5月
- 2007年4月
- 2007年3月
- 2007年2月
- 2007年1月
- 2006年12月
- 2006年11月
- 2006年10月
- 2006年9月
- 2006年8月
- 2006年7月
- 2006年6月
- 2006年5月
- 2006年4月
- 2006年3月
- 2006年2月
- 2006年1月
- 2005年12月
- 2005年11月
- 2005年10月
- 2005年9月
- 2005年8月
- 2005年7月
- 2005年6月
- 2005年5月
- 2005年4月










