早嶋です。
組織的に意思決定した取り組みを修正せずに、ひたすら続ける傾向が観察される。特に日本の大きな組織にはその傾向が顕著にみられる。その際、プランBの存在と活用が肝になるが、プランBがあっても活用されない。それは一体なぜなのか。
プランAをまっしぐらに突き進む組織は「思い込み」により、組織的に議論できない空気をつくり上げる。そこで悪魔の代弁者などを活用し、議論を誘発する取組が注目されている。
(幻のプランB)
対案や代替案。これらをまとめてプランBと呼ぼう。立案し突き進むも、何らかの因果で頓挫する、若しくはその可能性が高くなる。その際はプランBに切り替えて、「よろしくね」となれば歯切れは良いが、世の中そうは問屋が卸さない。概念としては誰もが知っていることなのに、現実の世界では議論さえされないし、準備があっても行使されないのがプランBだ。
2019年12月、武漢から広がったcovit-19。有ろうことに世界的なパンデミックに発展した。日本は2020年のダイアモンド・プリンセス号の寄港以来、入国制限などの水際対策と飲食店やサービス業を中心とする移動制限を軸にコロナ対策が始まる。他国と違い、コロナとの戦いは多少の試行錯誤は観察できたが、基本方針は変わらずプランAのまま。その間に他国の事例や研究者の見解などはどんどんアップデートされる。そして他国や他のエリアはプランA(当初の計画)を放棄し、コロナ共生などを打ち出し、プランBに切り替える報道も相次いだ。
間違いなく日本政府のシナリオにはプランBは存在しただろう。霞が関の官僚は頭脳明晰で優秀な人材を揃えている。戦略立案のセオリーとして、代替案が存在しないこと自体考えにくい。しかしここで議論すべきは、我が国の大組織では、プランBが仮に存在していたとしても、一度決めたことを何となく突き進む傾向があるという問題だ。
(議論されないプランB)
名著「失敗の本質」では、ノモハン事件、太平洋戦争、第二次世界大戦前後の日本軍の敗戦原因が研究された。歴史研究と組織論を組み合わせた取組だ。当初から大東亜戦争は客観的に見て勝てない戦争という認識が一般だった。しかし「良い勝ち方」「都合の良い負け方」があることを前提に各作戦が遂行された。結果、敗戦が続く。本書の結論では、「失敗の本質」を以下のようにまとめている。当時の日本軍は、「環境に適応して判断すること」「官僚的で属人的なネットワークを廃して学びながら意思決定をすること」「自己革新と軍事的な合理性の追求」が出来なかった、と。
作家の山元七平は「空気の研究」で、プランAからプランBに変更するタイミングにおいて、「ことの良し悪しの議論すらはばかられる」と、空気の存在を指摘した。会議中、どうも発言しにくい雰囲気があり、ずるずるとはまり込む。「空気」は各人の意識の集合体で実体がない。にもかかわらず、あたかも実体を持つかのように会議やプロジェクトを支配するという。そしてプランAは強気に暴走をはじめる。
「集団思考」という言葉がある。集団で合議する際に不合理、危険な意思決定が容認される組織的なバイアスだ。米国の心理学者、アーヴィング・ジャニスは真珠湾攻撃、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ピッグス湾事件、ウォーターゲート事件などの記録調査から誤った政策決定につながる集団思考の心理傾向をモデル化した。その内容な、団結力がある集団が、構造的な組織上の欠陥を抱え、刺激が多い状況に置かれた時に集団思考に陥りやすいという事だ。
(プランBの阻害要因)
これまでの議論を整理するとプランBが発動されない阻害要因は「思い込み」といえる。組織に縛られているという組織バイアス、気が付かないまま色々な思い込みが個人や組織の行動を抑制しているのだ。
組織バイアス
組織の大小に関係なく複数の人間が集まると縛りができる。ドイツの哲学者イマヌエル・カントは自らの意思によらず、他からの命令や強制による行動を他律的行動と呼んだ。「プランAはトップが決めたから」とボトムは思うかもしれない。「内心プランBが良いと思っても、俺が決めたしね」とトップは思うかもしれない。相互に他律的行動が重なり組織ぐるみの非合理的な土壌が耕されてしまう。
アンコンシャス・バイアス
無意識に「ものの見方や捉え方や歪や偏り」などを形成し、人は何かの判断をする。これがアンコンシャス・バイアスだ。過去の経験や知識や価値観や信念などが重なり認知や判断のメカニズムが構築される。普段の言動や行動にも表れ自分でも意識しづらく歪みや偏りがあることに気が付かない。危機的状況でも「私は大丈夫」と思い都合の悪い情報を無視して過小評価する。過去の継続が素晴らしいと思い新たな一歩を踏み出さない。今の立場に固執しても損失が増大することが分かっても引くに引けない。組織のトップは全てにおいて優れていると勘違いしてしまう。自分を正当化する情報を意図的に集め反証を完全に無視する。書き出せばきりがない程、我々は思い込みに侵されているのだ。
(解決策の方向性)
カトリックにおける列聖や列福の審議に際し敢えて候補者の欠点を指摘する役割がいる。「悪魔の代弁者」とされる。指摘された欠点を聖職者が論破するプロセスを繰りし、その信者は客観的かつ公平に選ばれるという。
この意味から派生して、ある主張の妥当性を明かすために、あえて批判や反論を主張し、その役割を組織の中に意図的に役割として活用する取組が注目されている。そしてプランBの議論と行使の吟味も悪魔の代弁者の出番になるのだ。
政治学者のジョン・スチュアート・ミルも著書の「自由論」で、健全な社会の実現に向けて「反論の自由」の重要性を述べている。「ある意見が、いかなる反論によっても論破されなかったがゆえに正しいと想定される場合と、そもそも論破を許されないためにあらかじめ正しいと想定されている場合とのあいだには、きわめて大きな隔たりがある」と。反駁、反証する自由があれば組織の行動の指針として正しいとされる条件になるのだ。
米軍は2000年代に入り、シリア空爆などの重要テーマがある場合、期間限定でレッドチームを招集する。レッドチームは悪魔の代弁者で、必ず期間限定で招集される。組織の意思決定に対して、内部のしがらみがなく、内部の情報を知るのが悪魔の代弁者の条件で、チームは外の目と内の目の両方の視点が必要だ。
レッドチームが招集されると、チームは組織トップ直属に配置される。周囲からの威厳を保ち、縦割りの弊害をなくすためだ。活動目的はトップの意思決定の情報収集で、チームは意思決定をしない。問題の指摘はするが戦略を決める権限を持たせていない。組織における悪魔の代弁者の活用、レッドチームの事例は参考になるだろう。
ミッションの追求に向けて組織を動かすトップは、今後も激しい環境変化の中、意思決定を続ける必要がある。一方で、その意思決定に対しても状況に応じて柔軟に立ち回ることが大切だ。戦略を決める際は、プランAに対して常にプランBを持ち、変化に即応して計画を変更する発想は素晴らしい。しかし多くの組織が「思い込み」によって、プランAを継続する過ちが観察されている。トップは、その事実を理解して、自分たちは大丈夫と思わずに、常に過ちがあることを前提に動くことが肝要だ。
参考:集英社インターナショナル 尾崎弘之 「プランB」の教科書を参考に筆者で加筆作成
(過去の記事)
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新規事業の旅62 プランB
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