ネットフリックスがワーナー買収へ。世界の「ポスト・ストリーミング時代」が始まる

2025年12月9日 火曜日

早嶋です。約7600文字。

ネットフリックスがワーナー・ブラザースをM&Aする。このニュースが現実になりつつある。既に報道でも具体的な条件まで公表されている。まず、事実関係を整理してみる。

(現時点でのファクト情報)
ネットフリックスはワーナー・ブラザース・ディスカバリー(WBD)の「映画・テレビスタジオ」と「HBO(Home Box Office
:1972年に誕生した米国初の有料チャンネル)/Max(大衆向け・総合型ストリーミング)などのストリーミング事業」を買収することで合意。取引の形は現金と株式の組み合わせで、企業価値ベースで約830億ドル(エクイティ価値で720億ドル)規模と言われている。1株あたり23.25ドルを現金で、4.5ドル相当をネットフリックス株で支払う内容だ。

一方で、CNNやDiscoveryチャンネルなどのケーブルテレビ網は「Discovery Global」という別会社にスピンオフされ、ネットフリックスはそこには手を出さない。ワーナー側はケーブルを切り離し、スタジオとストリーミングだけをネットフリックスに売るのだ。

契約には巨大なブレークアップ・フィー(違約金)も設定されている。もし規制当局の審査などで取引が頓挫した場合、ネットフリックスは58億ドルをWBDに支払う。WBD側にも28億ドルの違約金が設定されていると言われ、両社とも本気度は高い。

スケジュールは、まずWBDがDiscovery Globalのスピンオフを2026年第3四半期までに完了させる。その後、12ヶ月から18カ月かけてネットフリックスによる買収をクローズする流れだ。早ければ2026年末から2027年頭には「ネットフリックス+ワーナー」という新しい怪物企業が誕生する可能性があるのだ。ここまでが前提の事実だ。

(ストリーミング業界の勢力図)
では、このディールが本当に「独占禁止」に抵触するレベルなのかどうか。考えるために、まずストリーミング業界の勢力図を整理してみた。

早嶋の頭の中では、「動画配信=ネットフリックス」というイメージが強かった。実際、数字を見てもネットフリックスの規模は桁違いだ。2024年の売上高は約390億ドル。2015年には約68億ドルだったので、10年足らずでほぼ6倍に成長した計算だ。加入者数で見ると、2023年末時点で約2億6,000万人、その後も伸び続け、2025年5月時点では3億人超と報じられている。そのうち約9,400万人が広告付きの低価格プランだ。広告付きプランだけで、ひとつの巨大なテレビネットワーク並みの規模になっているのだ。

地域別に見ると、2024年時点で売上は北米(米国+カナダ)が約174億ドル、EMEA(欧州・中東・アフリカ)が約124億ドル、ラテンアメリカが約48億ドル、アジア太平洋が約44億ドル。北米がいまだ最大だが、加入者数ではすでにEMEAが北米を抜き、ラテンやアジアもじわじわと存在感を増している。

ライバル側に目を移そう。アマゾン・プライム・ビデオは、2025年時点でプライム会員ベースだと全世界で2億から2億6,000万人規模と推計される。映像だけを切り出した正確な数字は開示されていないが、ストリーミング市場でのシェアは世界全体で2割前後とされ、ネットフリックス、ディズニーと並ぶ「トップ3」の一角だ。

ディズニーは、Disney+単体で見ると2025年時点で約1億2,000万から1億2,500万の加入者を持ち、HuluやESPN+を含む「ディズニーのストリーミング全体」で見ると2億人近い利用者を抱えている。2024年にはストリーミング部門が黒字化し、直近の四半期ではディズニー+Huluの加入者が1億9,600万と報じられている。

ワーナー側のMax(旧HBO Max)も、単独で見ると約9,500万加入者という推計がある。ここにネットフリックスが持つ3億人規模のベースが重なったとき、市場シェアはどう見えるのか。グローバル全体では、アマゾンやディズニー、YouTube(厳密にはSVODではないが、視聴時間ベースでは巨大なライバル)も含めると「ネットフリックス一社が全部を食う」という世界にはまだなっていない。

しかし、世界は「グローバルだけを見ていれば良い」ほど単純ではないと思う。ブラジルを例にとると、この国はすでに「世界第二のネットフリックス市場」だと言われている。オムディアの分析によれば、2025年時点でブラジルにおけるネットフリックスの加入者は約2,060万人で、オンライン有料動画市場のシェアは約30%。次いでアマゾン・プライム・ビデオが14%、ローカル勢のGloboplayが10%を握っている。

韓国では事情が少し違う。ここではネットフリックスが視聴シェアでトップを走りつつも、地元勢のTVINGやCoupang Playが猛追している。2024年半ば時点で、TVINGは約420万から520万加入者、韓国プレミアムVOD市場全体の16%前後のシェアを持つとされる。

中東・北アフリカでは、MBCグループの「Shahid」がサブスクリプションと広告付きの両方で圧倒的な存在感を持っており、2024年時点で有料会員は約480万人、MENA地域のSVOD加入者の約2割強を押さえている。

つまり、わたしたちがイメージする「ネットフリックス対ディズニー、アマゾン」というグローバル三つ巴の構図の裏側には、ブラジルでのGloboplay、韓国でのTVING、中東のShahidのように、「各国ごとのローカル王者」がしっかりと存在している世界だということだ。

(独占禁止法が懸念される3エリア)
これまでの議論でわかるように、今回のネットフリックスとワーナーのディールで独占禁止の懸念が強く出るのは、米国、欧州、ラテンアメリカの3つのエリアだ。

まず米国。ここは言うまでもなくネットフリックスの最大市場であり、HBO/Maxも強い。しかも、政治的な意味でも「象徴的」な市場だ。トランプ大統領は、買収発表直後から「ふたりをくっつけるとシェアが大きくなりすぎて問題になるかもしれない」と何度も発言している。本人いわく、この案件について自分も審査プロセスに「関与する」と明言しており、DOJ(司法省)やFTC(連邦取引委員会)の独立性をめぐっても議論を呼んでいる。

米国の反トラストの世界では、ざっくり言えば「市場シェア30%」というのが一つの目安だ。もちろん、それを超えたから即アウトではないが、そこを大きく超えると「本気で解体や条件付き承認を検討しましょう」というモードになる。今回のディールで問題になっているのは、Netflix+HBO Maxを足し合わせると、米国の有料ストリーミング市場のシェアが30%を明確に超えるのではないか、という点だ。実際、トランプ周辺や業界アナリストのコメントでも「30%超」が繰り返し言及されている。

さらに、映画館サイドからも反発は強い。ワーナーは「ハリー・ポッター」「DC(DCコミックス:スーパーマン、バットマンなどのアメリカの漫画)」「指輪物語」「マッドマックス」など映画館のドル箱IPを多数持っている。ネットフリックスは基本的に「劇場よりもストリーミング」を優先してきた企業だ。彼らがスタジオごと抱え込むことで、「劇場公開作品が減る」「条件が悪くなる」と警戒するのは当然だろう。映画館業界の団体や一部の監督たちは、「作品の多様性が失われ、クリエイターの交渉力も落ちる」と強く反対を表明している。

欧州は、少し違う視点だ。欧州委員会は、ITプラットフォームに対する規制でも先頭を走っており、メタやTikTokに対しても独禁・デジタルサービス法で強い姿勢を取っている。その文脈で、「米国発の巨大プラットフォームが、欧州でも映像コンテンツまで握るのか」という警戒感がある。今回のディールも、欧州委員会が正式に審査に入ることはほぼ確実で、場合によってはHBOや一部のチャンネルを特定の国では切り離すような「行動措置」を求めてくる可能性が高い。

ラテンアメリカ、とくにブラジルでは、状況は異なる。さきほど触れたように、ブラジルのNetflixシェアはすでに有料オンライン動画で約30%。ここにHBO Maxのシェアが上乗せされると、単純合算では4割前後に達する可能性が高い。もちろん、実際の審査ではYouTubeや無料広告付きサービス(FAST)も含めて市場を定義するかどうかで数字は変わる。しかし、「Netflix+HBO=ブラジルのオンライン映像の半分近くを押さえる構図」は、政治的にも世論的にも相当インパクトがある。ブラジルの競争当局CADEが、このディールを素通りさせるとはわたしには思えない。

こうして見ると、「独占禁止の本丸」は米国とEUであり、その延長線上にブラジルを中心としたラテンアメリカがある、という構図が見えてくる。

(ネットフリックスの戦略)
ネットフリックスはこのハードルを乗り越えるために、どのような条件を提示しうるのか。ここから先は、ある程度、早嶋の推測も含め、現実的なオプションをいくつか考えてみた。

1つは、「HBO Maxの扱い」を柔らかくする方向だ。たとえば、米国や欧州では、一定期間にわたってHBO Maxを完全にはネットフリックスの中に統合せず、ブランドもアプリも残したまま「グループ内の別サービス」として運営する。料金も別、ログインも別。裏側の技術やレコメンド、広告販売だけを統合して効率化する、というパターンだ。これはすでに一部メディアで「サービスの運営上は別にする」と報じられており、ネットフリックス自身も「HBOのブランドと劇場公開は守る」と強調している。

2つ目は、「コンテンツの開放」だ。つまり、自社プラットフォームだけにワーナー作品を囲い込まない、という約束をする。たとえば、ブラジルではGloboplayやローカル局にも一定割合でライセンスを続ける、欧州では地場の放送局や他のSVODに対してもワーナー作品の放映権を提供し続ける、といった条件だ。これは過去のメディア合併でもよく使われてきた「ライセンス義務」に近い発想で、規制当局からすれば「コンテンツの窓口がネットフリックスだけになる」ことへの懸念を和らげる効果がある。

3つ目は、「地域ごとの切り売り・パートナーシップ」だ。極端な話、ラテンアメリカの一部地域では、HBO Maxのブランドや運営を共同出資会社に移し、そこにローカル勢(たとえばグローボなど)を資本参加させるようなスキームも考えられる。これは、将来、ネットフリックスが本当にグローバルで4割・5割というシェアに近づいたときに、「いくつかの地域はジョイントベンチャーや提携モデルで運営する」という逃げ道にもなる。

4つ目としては、「価格と広告の約束」がある。たとえば、買収後一定期間、主要市場での値上げを行わない、あるいは広告付きプランの料金を据え置く、といったコミットメントだ。これは消費者保護の観点から政治的にアピールしやすく、米国の議会や欧州議会に対する「見せ札」としても意味を持つ。

現実には、これら複数の条件を組み合わせて、「完全統合までは時間をかける」「一部地域ではライセンス開放やパートナーシップを維持する」「短期的には値上げもしない」といったパッケージとして提示していくと思う。今回のディールには、もし頓挫した場合の58億ドルという巨大な違約金がある。そこまでのリスクを取るからには、ネットフリックス側も、かなり柔軟に条件を飲む覚悟があるはずだ。

(ネットフリックスがワーナーを取り入れて実現したいこと)
ネットフリックスがワーナーを手に入れたい理由は何だろう。早嶋は、ポイントは大きく3つあると思う。

1つ目は、言うまでもなく「IPの塊」を取りにいく動きだ。ハリー・ポッター、DCユニバース、ゲーム・オブ・スローンズ、HBOの高品質ドラマ群。これらは単なる作品ではなく、世界中にコアなファンを抱えるIP資産だ。シリーズ作品、スピンオフ、ゲーム、テーマパーク、グッズ、あらゆる方向に展開できるポテンシャルの塊だ。ネットフリックスはこれまで、自社オリジナルで『ストレンジャー・シングス』や『イカゲーム』のようなIPを育ててきたが、その多くはまだ歴史が浅く、ディズニーのマーベルやスター・ウォーズほどの厚みはない。ここにワーナーのIPが乗っかると、「グローバルIPの厚み」という意味で、一気にディズニーと同等かそれ以上のポジションに近づく。

2つ目は、「スケールと交渉力」の問題だ。映像コンテンツのビジネスは、制作費も配信コストも年々膨らんでいる。ネットフリックスはすでに年間170億ドル前後のコンテンツ投資を行っており、2025年以降は180億ドル規模に増やすと見込まれている。ここにワーナーの既存スタジオや制作ラインが入ってくれば、製作スケジュールの平準化や、グローバルでの著作権管理の統合などで、かなりのコスト削減余地が出てくる。実際、ネットフリックスは「3年目までに年20億ドルから30億ドルのコストシナジー」を公表している。

また、IPホルダーとしての交渉力も変わる。たとえば、ゲーム会社やおもちゃメーカー、テーマパーク運営会社とのライセンス交渉の場面で、「ネットフリックス自身がスタジオと配信を握っている」という構図は非常に強い。ディズニーが自社スタジオとディズニープラスを持っているのと同じように、ネットフリックスも「コンテンツから配信まで自前で回せる」企業になる。

3つ目は、「時間と不確実性をショートカットする」狙いだと思う。これまでのネットフリックスは、大型M&Aを避け、自社制作とライセンスでジワジワと勢力を広げてきた。だが、ここ数年でディズニーやアマゾンだけでなく、アップル、YouTube(YouTube Premium)、さらにローカル勢も力をつけ、ストリーミング市場の成長速度は鈍化している。その中で、今から同じペースでIPを育てていても、「ディズニー+マーベル+スター・ウォーズ」の組み合わせにはそう簡単には追いつけない。

ワーナーを丸ごと取りにいくことは、まさに「時間を買う」行為だ。すでに100年近い歴史を持つ映画会社、テレビスタジオ、HBOというブランド、そして膨大なライブラリー。それを一気に自社のビジネスに組み込むことで、「2030年代を見据えたポジション取り」を一気に前倒しするのだ。早嶋は、今回のディールの本質はそこにあると思う。

(M&Aが成立した後のネットフリックス)
ここまで議論した条件と調整を経て、12ヶ月から18カ月後に買収が成立したとしたら、ネットフリックスはどんな姿になっているだろうか。

まず、「世界最大の映像ストリーミングサービス」という肩書きに加えて、「世界有数の映画・テレビスタジオを併せ持つIPコングロマリット」になる。ディズニーはテーマパークと古典アニメとファミリーIPを軸にした巨大企業だが、ネットフリックス+ワーナーの組み合わせは、もう少し「大人向け」の色が強い。HBOの大人向けドラマ、DCのダークなヒーロー、ゲーム・オブ・スローンズのような過激なファンタジー。そこに、ネットフリックスが得意とする韓国ドラマやスペイン発のスリラー、ドキュメンタリーなどが混ざる。多様性という意味では、ディズニーとは違う方向の「世界の縮図」が出来上がる気がする。

ビジネス面では、売上規模は単純合算で500億ドルに近づき、フリーキャッシュフローは80億ドル超に達すると見込まれる。広告付きプラン、ゲーム事業、ライセンス収入を含めると、もはや「サブスク企業」というより、「IPを起点にした複合エンターテインメント企業」と呼んだほうが近い姿になるだろう。

ライバルの反応も当然激しいはずだ。ディズニーは、さらなるコスト削減とIP活用の深堀り(ゲーム、体験型イベント、リアル施設など)に一段と舵を切るだろう。アマゾンは、プライムビデオ単体ではなく、「ショッピング+映像+音楽+ゲーム+クラウド」というエコシステム全体の価値を前面に押し出し、「ネットフリックスと真正面からサブスクで戦うのではなく、生活全体のプラットフォームとして戦う」という戦略を一層強めると思う。

ローカル勢も黙ってはいない。ブラジルのGloboplayは、ディズニーとの共同制作やスポーツ中継、ニュースとの連携をさらに強化して、「ブラジル人にとって一番身近なプラットフォーム」というポジションを固めにいくだろう。  韓国ではTVINGとCoupang Playが合従連衡しながら、Kドラマとスポーツ、バラエティを武器に「ローカル最強」を目指す。中東ではShahidが、アラブ圏のローカルコンテンツとニュース、スポーツを束ねるハブとしてさらに成長するだろう。

つまり、ネットフリックスがワーナーを飲み込んだとしても、「全世界で一強」という世界がすぐに訪れるわけではない。むしろ、「グローバルに2社から3社の巨大プレイヤー」と、「各国ごとのローカル王者」が共存しながら、時に提携し、時に戦うという構図がしばらく続くのだと思う。

ただし、その中でネットフリックスが握るカードは、やはり別格になる。3億人を超える会員基盤、ワーナーのIPとHBOブランド、そして自社のデータとレコメンド技術。これらをどう組み合わせるかで、映像コンテンツの「意味」と「価値」の付け方が、これから大きく変わる可能性がある。

作品がヒットするかどうかは、もはや脚本と演技だけではない。どの国で、どのタイミングで、どの層に、どの順番で提示するか。その「編成」と「編集」の力こそが、次の10年の競争領域になっていく。ワーナーを手に入れたネットフリックスは、そのゲームの盤面をかなり自分に有利なように組み替えることができるだろう。

今回のディールが最終的に認可されるのか、それともどこかの規制当局がストップをかけるのか。現時点では誰にもわからない。ただ1つ確実なのは、この1年から1年半にわたる攻防が、「ポスト・ストリーミング時代」の勢力図を決定づけるイベントになる、ということだ。

DVDからストリーミングに移行した第一幕のさらに先、「ストリーミング同士が統合していく第二幕」の入り口に立っている。ネットフリックスとワーナーの交渉は、その象徴的な一手になるはずだ。この物語の結末は、ネットフリックスが放映するどの番組よりもワクワクする。



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