プロダクトは一流、顧客体験は昭和

2025年12月6日 土曜日

早嶋です。約6700文字

キャノンの新商品。RF45mm F1.2を予約購入した。R6Mark3と共にリリースされたバラマキレンズのようで、大玉の明るいレンズなのにコストパフォーマンスに優れた商品だ。キャノンの直販サイトから注文した。いつものように商品の発送時期が不明だ。「やっぱりCanonの顧客対応は昔と変化がない」と、妙な既視感も同時にやってくる。

キャノンのオンラインショップにログインして購入履歴から問い合わせフォームを開く。普通なら、すぐに購入した商品の問い合わせができると期待するが、問い合わせのシステムとの連携がなく、初めから個人情報や注文番号を入力しないと問い合わせが出来ない。諸々入力を済ませ商品の配送状況を問い合せる。

数日後、サポートから届いたのは、こんなメールだ(要約)。ご本人様確認のため「CAから始まる注文番号」をメールで教えてください・・・。

いやいや、その画面を見ているのはそちらではないのか、と思いながら。再びキャノンの購買サイトにログインし、購入履歴を開き、「CA0……」で始まる番号をコピペして返信する。

その結果返ってきたのは、発送予定は現時点でお示しできる情報がなく、かなりお時間をいただく見通しです。という、極めて「教科書的」な回答だった・・・。

ここまでのやり取りを経験して、改めて思った。単にオペレーターの問題ではない。CanonとCanonマーケティングジャパン(以下CMJ)の構造とシステム設計の問題だと。以下、その仮説を整理しつつ、競合各社との比較も交えながら、丁寧に整理した。

(CanonとCanonマーケティングジャパンの関係)
まず僕が商品を予約購入して、商品の状況を把握する際にやり取りする相手を整理したい。

Canon Inc.(キヤノン株式会社)
本体はグローバルな製造・開発会社で、事業はPrinting/Medical/Imaging/Industrialなどの事業部で構成されている。最新のアニュアルレポートによると、2023年の売上は4兆1,809億円、そのうち日本向けが約9,016億円、海外向けが約3兆2,794億円だ。

Imaging Business Unit(イメージング事業)
デジタルカメラ、交換レンズ、コンパクトカメラ、ネットワークカメラなどを束ねる事業だ。2023年の売上は約8,616億円、税引前利益は約1,464億円で、売上構成比でみてもCanon全体の中核事業の一つだ。

Canon Marketing Japan Inc.(キヤノンマーケティングジャパン)
日本国内における販売・マーケティング・ITソリューションを担う会社だ。現在はCanon本体の完全子会社。オフィス機器やコンシューマ向け製品、産業機器などを、日本市場向けに「売る・サポートする」役割を持つ。

オンラインショップでRFレンズを購入し、サポートとやり取りしている相手は、このCMJのお客様相談センターだ。Canon本体(開発・製造)とは別会社で、当然ながら社内のシステムもKPIも異なる。この「製造会社」と「国内販社」の分業そのものは、家電メーカーや自動車メーカーでもよくある構造だ。問題は、その構造とシステム設計が2025年の顧客体験の水準にまったく追いついていないという点だ。

(ログインしているのに、もう一度すべて聞かれる理由)
今回の体験を整理すると、UXとしてはこんな流れだ。

●Canonオンラインショップにログイン
●購入履歴から問い合わせフォームへ

ふつうなら「注文番号」や「名前」は自動で入っていてほしいが、すべて入力を求められる。数日後の返信で、さらに「CAから始まる注文番号をメールで送ってください」と言われる。

ここから推測できるのは、オンラインショップの会員情報・注文情報と、問い合わせ窓口のシステムが「ほぼつながっていない」ということだ。サポート側は、メールで送られてきたテキスト情報だけを手掛かりに検索しているのだ。「本人確認の3点セット」が内規として絶対になっており、その運用にシステムが最適化されているという構造だろう。Canon側から見れば、個人情報保護・なりすまし防止の観点から「本人確認の厳格運用」が優先されているのだろう。コールセンターのオペレーションを、機械的なルールに落とし込んで属人性を減らしたいという「内部効率」の論理が働いているはずだ。

しかしユーザー視点で見れば、ログインして購入履歴から問い合わせている時点で、
「誰が」「どの商品」について問い合わせているかは、すでにCanon側で握っているはずだろう?という感覚になる。

ここに内部最適と顧客体験のギャップがあるのだ。これはおそらく、CMJ側の顧客管理システムと、オンラインショップの注文管理システムが技術的にも組織的にも統合されていない(あるいは統合への優先度が低い)ことの現れだと早嶋は考えた。

(Canonのビジネス構造とカメラ市場の変化)
さきほど触れたように、Canonのイメージング事業は約8,616億円の売上と、1,400億円超の利益を稼ぎだす大きな柱だ。さらにニコンや各種調査をまとめたレポートによれば、2023年の交換レンズ付きカメラ(ILC)の世界シェアは、Canonが実質5割近いと言われている。ミラーレスに限っても、2023年時点でCanonは約41%、Sonyが32%、Nikonが13%程度というデータもある。つまり、「市場全体が縮小している」とはいえ、Canonのカメラ事業は依然として売上も利益も大きく、マーケットシェアもトップというのが現状だ。

Canon全体の売上を地域別に見ると、2023年はざっくり以下のような構成になっている。

●日本:9,016億円(全体の約22%)
●アメリカ:1兆3,124億円(約31%)
●欧州:1兆1,112億円(約27%)
●アジア・オセアニア:8,557億円(約20%)

イメージング事業だけの地域別内訳は開示されていないが、ネットワークカメラや監視用途などのB2B需要も含めると、北米・欧州の比重はかなり高いと考えられる。
一方で日本は、人口構造や所得構造を考えても、「プロ・ハイアマチュアの密度は高いが、ボリュームとしては頭打ち」な市場だ。

ただ、Canonは「プロ向け」と「一般ユーザー向け」の売上比率を公表していない。これはSonyもNikonも同様で、「プロ」「コンシューマ」の線引き自体が難しいという事情もあるだろう。ただし、スマホのカメラがここまで進化した今、 「日常スナップ」はほぼスマホに置き換わっている。それでもわざわざ高価なフルサイズボディと大口径レンズを買う人は、

①プロ
②プロ並みに投資できる金持ちアマチュア

に大きく二分される。この仮説は、統計以上に現場感覚としてかなり妥当だと思う。デジタルカメラ市場全体も、2020年以降は底打ちし、ミラーレスと高付加価値レンズを中心に緩やかな成長に転じているというレポートもある。つまり、今の高級カメラ市場は、「プロ」+「金持ちアマチュア」の財布を、各社が奪い合っている
と言い換えてもいい。そのときCanonの現在の方針、超プロダクトオリエントで、顧客体験は販社任せ、が最適なのかどうか、というのが今回の問いだ。

(Sony/Nikon/OM System/Panasonicをざっくり比較)
Sonyは少し特殊な存在だ。カメラ本体は「エレクトロニクス&エンタテインメント」系の事業(ET&S)に入る一方、イメージセンサーはImaging & Sensing Solutions(I&SS)として別事業で巨大な売上を持つ。Appleをはじめスマホ各社にセンサーを供給しながら、自社のαシリーズに最新センサーをいち早く搭載できる。ここにCanonやNikonにはない強みがある。

マーケティング面でも、動画・Vlog・クリエイターを明確なターゲットに据え、YouTube/Instagramでのインフルエンサー施策、直営のソニーストアや体験イベントを通じて、「ガジェット好き・クリエイター層」の顧客体験をかなり丁寧に設計している印象が強い。プロダクトはもちろんハイレベルだが、製品スペックと顧客体験をセットで設計しているという点で、Canonとは性格が違う。

Nikonは一時期かなり厳しい状況に追い込まれたが、ここ数年は中高級ミラーレスに絞り込むことで収益性を回復させつつある。2023年度の全社売上は約6,281億円、そのうちイメージング事業はミラーレスとレンズの高付加価値化で増収・高収益を維持している。ただし規模はCanonやSonyに比べれば小さく、 「限られたリソースでZシステムを磨き込む」という戦略にならざるを得ない。

プロダクトは非常に良いが、全体の構造としてはCanonと同じく強いプロダクトオリエント+販社主導の顧客接点という印象だ。

オリンパスのイメージング事業は2021年に切り離され、現在はOM Digital Solutionsとして独立している。各種インタビューを読むと、彼らは明確に、小型・軽量・防塵防滴アウトドア・野鳥・登山・ネイチャーといった用途にフォーカスし、「ど真ん中のマス」ではなくニッチの厚みを積み上げる戦略を取っているのが分かる。

マーケティング的には、顧客セグメントをかなり絞ったプロダクト・ポジショニングで、巨大なシェアを狙うより「好きな人が徹底的に好きでいてくれるブランド」を目指しているように見える。

PanasonicのLUMIXは、グループのエンターテインメント&コミュニケーション事業の一部として位置づけられ、デジタルカメラだけでなくプロ用AV機器や放送機材などと一体で事業運営されている。Leicaとの提携による「L² Technology」でレンズ・ソフトを共同開発し、Lマウントアライアンスという「陣営戦略」でシステムを維持する。シェアとしては世界全体で数%レベルだが、動画・シネマライクな画づくり、クリエイター向けの機能性で一定の支持を得ている。

(Canonの「超プロダクトオリエント」とCMJの分断)
ここまでをざっくり整理すると、Canon本体は「Imaging=プロダクトの塊」としての強さでトップシェアを維持。CMJは国内販売とサポートを担うが、システムとマーケティング設計が古い。競合は、規模の差はあれど、 プロダクト+顧客体験+クリエイター・コミュニティを束ねて設計している。

と、そんな構図が見えてくる。僕の仮説では、Canonは意識的か無意識かは別として、プロ向けの一部にはきめ細かく、一般ユーザーには「販社仕様」で対応するという二層構造になっている。プロ・報道・スポーツ用には、CPSなどの専用サポートがあり、 新製品の先行貸出やイベント招待も含めて「手厚い」。一方で、オンラインショップでレンズを買った一般ユーザーは、 「CMJのお客様相談センター」という汎用窓口を通る。

ここで問題になるのは、「オンラインで数十万円のレンズを買うハイアマチュア」が後者に分類されているという点だ。高級カメラ市場が「プロ+金持ちアマチュア」で成り立っているのだとすれば、この層は本来、航空会社でいう「上級会員」に近い扱いを設計すべき顧客だ。しかし現状のCanonでは、購入履歴とサポート履歴が分断され、顧客の資産(ボディ・レンズの所有本数や単価)も把握されておらず、その結果、すべての問い合わせが「一見さん扱い」になっている。

これが、今回の「CA番号を教えてください」から始まる一連の体験の裏側にある、構造的欠陥だと早嶋は見ている。

(もし僕がCanonのマーケティング責任者だったら)
ここからは完全に妄想だが、もし早嶋がCanonのマーケティング側にいたら、プロダクトオリエントを維持したうえで、顧客体験をどう再設計するかを考えてみたい。

デジタル統合ももちろん必要だが、高級カメラの場合、お金と時間に余裕があるハイアマチュアは、わざわざ店に行く。だから早嶋なら、Appleがそうしたように、Sonyも行っているように国内では 東京・大阪・名古屋(+できれば福岡)、そして海外ではCanonが強い北米・欧州の主要都市に、フラッグシップストアを置く。

そこでは、
●ボディ・レンズのフルラインナップを「触って・撮って・比較できる」
●プロ写真家による少人数ワークショップ
●メンテナンス・センサークリーニング・レンタル
●自分の機材構成や撮影ジャンルに応じた「パーソナルコンシェルジュ」
をセットにして、「Canonを使う生活そのもの」を体験できる場にする。

そして、顧客の機材保有状況と購入履歴にもとづいて、航空会社のマイルプログラムのようなステータス制度をつくる。

●ボディ・レンズの合計投資額
●購入頻度・イベント参加履歴
●オンラインショップでの活動
に応じて、
●専用サポート窓口(電話・チャット・メール)
●新製品の優先試写会・貸出
●センサークリーニングや簡易チェックの無償枠
などを段階的に付与する。

重要なのは、「あなたはCanonにとって大事な顧客です」と、行動で伝えることだ。

そして、今回のような問い合わせ体験を根本から変えるには、
●CMJのオンラインショップ
●お客様相談センターのCRM
●保証書・修理履歴のデータベース
を、最低限の粒度で結合することが必要になる。

ログインして購入履歴から問い合わせた時点で、オペレーター画面には、 「誰が」「どの商品について」「どんな履歴を持って」問い合わせているかが 最初から表示されている。本人確認は、ログイン済みであれば最小限の確認事項だけですむ。という状態に持っていく。ここまでやって初めて、「Canonはプロダクトだけでなく、顧客体験もプロ仕様だ」と言えるようになるのだ。

(今回の考察で「分かったこと」と「まだ分からないこと」)
最後に、今回の一連の議論を整理しておきたい。

●事実として確認できること
Canon本体とCanonマーケティングジャパンは別会社であり、 CMJは日本国内における販売・マーケティング・サポートを担う完全子会社である。Canonのイメージング事業は約8,600億円の売上と高い利益を持つ中核事業であり、 世界の交換レンズ付きカメラ市場でもトップシェアを維持している。地域別売上を見ると、アメリカ・欧州での売上規模が大きく、日本は全体の2割強にとどまる。

Sony/Nikon/OM System/Panasonicは、それぞれ
●Sony:センサー+動画+クリエイターで攻める
●Nikon:中高級に絞ったプロダクトシフト
●OM:アウトドア・野鳥などニッチ特化
●Panasonic:動画とLマウント連合
という明確なポジショニングで戦っている。

早嶋が体験したように、CMJのオンラインショップとサポート窓口は、 ログイン済み・購入履歴からの問い合わせであっても、 再度注文番号や個人情報を要求する運用になっている。

●仮説レベルに留まるもの
Canonのイメージング事業の中で、 プロ市場とアマチュア市場がどのくらいの比率なのかは、公開情報からは分からない。ただしスマホの影響を考えると、「高付加価値ゾーン=プロ+金持ちアマチュア」が主戦場になりつつあるという仮説は、かなり妥当だと思う。

オンラインショップ・CRM・修理データベースなどがどの程度連結されているかは外部からは見えない。 ただし、今回のようなUXを見るかぎり、 「少なくとも顧客が期待する水準までには統合されていない」と推測できる。Canonがこの状態を「意図して」プロ向け/一般向けで差別化しているのか、単にプロダクトオリエントに全振りしていて、 顧客体験やデータ統合に投資してこなかった結果なのか、 は現時点では判断できない。

RF45mm F1.2という、アマチュア以上をターゲットにしたレンズを買ったユーザーが、サポートの入口では「一見さん」と同じ扱いを受ける。このギャップは、単なる不親切というレベルを超えて、「Canonは誰を大事な顧客と見ているのか?」という問いを突きつけてくる。

プロダクトとしてのCanonは、世界のトップランナーだ。だからこそ、顧客体験の設計もトップランナーであってほしい。今回の問い合わせ体験は、そんなことを改めて考えさせてくれる、良いきっかけになったのだと思う。



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