新規事業の旅182 地方タクシー会社の未来

2025年5月16日 金曜日

早嶋です。約2800文字。

地方のタクシー会社のM&Aに関与したとき、タクシー業界の未来を感じた。相談を受けるタクシー会社の像は、タクシーの台数が20台から30台程度で、ドライバーの数は台数よりも少なく、20人から25人程度だ。見た目は車の方が多くて余裕があるように見えるが、タクシーの稼働率で考えると5割程度だ。実際は余裕があるのではなく、動かせるドライバーが不足しているのだ。

全国の統計を見ると異なる数字がみえてくる。統計では、法人のタクシーは約18万台あり、ドライバーは23万人いる。ドライバーの方が多い。あれ、矛盾してると思うかもしれないけれど、これは都市部の構造が平均値を引き上げているからだ。東京や大阪などでは、1台の車を2人とか3人で回すシフト制が普通で、タクシーの稼働率も高い。逆に地方では、1人1台、昼間だけ、あるいは決まった時間だけ、という運行が多く、結果的に車が余っている。だから全国平均だけで議論すると、実態が見えなくなるのだ。

タクシー業界全体としては、最近プラットフォームの導入が進んでいる。Uber、GO、DiDiなんかがそうだ。これを入れると、流しの効率が向上する。街中でお客さんを捕まえるのが劇的に楽になるのだ。アプリが集客から、ナビ、そして決済も自動にこなす。何なら道を知らなくてもナビゲーション通りに運転できさえすれば一応タクシーの機能は提供できる。だから、タクシーの未経験でもドライバーとして仕事ができるようになったのだ。

例えば、1日4万円くらいの売上を作り、15日働いたとする。半分が手取りだとすれば、月に30万円くらいになる。地方でこの水準なら、まあまあいい。だが、実際には地方の売上はそこまでいかない。都市部なら4万円から5万円は可能かもしれないが、地方では日当2万から3万円程度が平均だと思う。月収にすると20万から25万円くらいだ。しかも、アプリがあっても、そもそも絶対的にお客さんが少ないエリアもあるだろう。それでもプラットフォームを導入することで、タクシーの運営は劇的に良くなるはずなのだ。

しかし問題がある。プラットフォームの活用は、短期的には稼げる。しかし、長期的には乗せているお客さんが、「自分たちのお客さん」じゃなくなることだ。昔のように、タクシー会社に直接予約の電話をかけるお客さんも減っていくだろう。お客さんのタクシーとの接点はプラットフォーム起点になり、顧客の情報も、移動履歴も、決済も、全部プラットフォーム側が持ってしまうのだ。

今、地元の人が「〇〇タクシーさんに頼もう」と思い、その会社に電話をしても予約が取れないこともある。自分も経験したことがあるが、2日後の朝5時半にタクシーを予約したくても、「出来ない」と言われることが増えてきた。朝の時間はドライバーがいないとか、アプリからの需要が効率がよいからという理由もあると思う。ただ、この状況が広がると、◯◯タクシーの配車係の仕事も、◯◯タクシーと地域の人との接点も、どんどん消えていくのだ。そして、気がつけば商売の根本である顧客との直接的な接点や関係性を完全に失うことになる。

地方の小さなタクシー会社が、今でも経営出来ている理由の一つに規制がある。タクシーは、需給調整規制があり、誰でも自由に参入できない。地域やエリアごとに車両台数が制限され、営業許可が必要だ。簡単に大手や新規プレイヤーが入れない仕組みになっているのだ。だから、車両10台とか50台以下の規模でも、地元では一定の経営を続けることが出来ている。

その規制に守られた小さな会社が、上流工程の営業の予約を自分たちから取らないで、プラットフォームに任せ始めている。守られた規制の中でこれまで培ってきた顧客リストを自ら手放しはじめているのだ。実に奇妙な構造だと思う。

タクシー業界は、ライドシェアのあり方に対して奇怪な動きを見せる。日本でも議論が進んでいて、実証実験も始まっている。ただ、制度の中身をよく見るとおかしな点がある。ライドシェアが解禁されるのは、需要が多い時期や特定のエリアだ。海外のように24時間どのエリアでもOKという訳ではない。更に、仮にライドシェアに参加しようとしても、タクシー会社が管理する車両を使わなければならない等、諸々ライドシェアに参加する運転手からは使い勝手が凄くわるい。結果、タクシーを利用する側の利便性の向上にもつながらないし普及も進んでいない。

こういった制度設計を見ると、誰のための議論なのか、わからなくなる。移動に困っている人や、公共交通が不便な地域の住民のためにこそ、ライドシェアはあるべきなのに、今の方向はタクシー業界の都合が優先されているようにしか見えない。

さらに未来を見据えると、問題はここで終わらない。自動運転、特にレベル4以上の技術が実用化され、同時にライドシェアが解禁される未来が訪れる可能性は十分にある。そのとき、タクシーは「人が運転する乗り物」ではなく、「ソフトウェアと連動した自律走行車」に変わる。人件費がゼロになるのだ。24時間365日、稼ぎ続ける機械が道路を走る。顧客情報をせっせとプラットフォーマーに流し、地元の顧客基盤と交換に目先の利益をあげて生き延びたタクシー会社の未来は暗い。プラットフォーマーはハードを持つことは選択しないだろう。大手のタクシー会社以外は、大型の投資はできない。そうなれば地域のタクシーのオーナーは、例えばソフトバンクやオリックスなど、ファイナンスに長けた企業や、地元の資本を抑えた一部のプレイヤーになると思う。プラットフォーマーと連携して、確実に利益が得られる場所で事業を行うのだ。

小さなタクシー会社は刃が立たない。今のビジネスモデルは、売上の半分を人件費に割り当てる構造だ。その根幹が崩れ、顧客基盤も無くなっている。仮に自動運転車が1台400万円で導入できるようになれば、その投資は数年で回収できる。もはや、人を雇って1日2万円の利益を出すより、機械に任せて5万円を自動で稼がせたほうがいい。小さなタクシー会社は終焉を迎えるのだ。これまで地域に根差し、地元の足として、信頼を蓄積してきた存在だったのにだ。この変化は突然ではない。プラットフォームの便利さに酔いしれ、顧客との接点を放棄し、自社のデータを失い、人を育てることを諦めた結果として、静かに、しかし確実にやってくる未来なのだ。

テクノロジーを否定するつもりはまったくない。しかし、「便利さ」と「支配されること」の違いを、今のうちに認識しておかなければいけないと思う。小さなタクシー会社が生き残る道があるとすれば、それは自社のデータ、自社の関係性、自社のストーリーを、いかに手放さずに持ち続けるかだ。そして、プラットフォームに巻き込まれながらも、飲み込まれない戦略を持つのだ。



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