新規事業の旅181 グーループ再編の現場のリアルと理想

2025年5月14日 水曜日

早嶋です。

現在、日本の産業界では「グループ再編」が国家政策の後押しを受け加速している。経済産業省は、産業競争力強化法の枠組みを通じ、中堅・中小企業を中心に再編を促進しようとしている。背景には、いくつかの構造的な問題がある。

日本の中小企業は、その数が多い反面、1社あたりの規模は極めて小さく、生産性も国際比較で見劣りする。特に、同じ地域や業界内で似たような会社が乱立し、過当競争を招いているケースは多い。経産省は、これを「過少な規模」「過剰な数」「過当な競争」という三重苦と捉え、再編による統合と規模の最適化を通じ、生産性の向上と競争力の確保を狙っている。

再編による効果は多岐に渡る。経営資源の集中、重複業務の削減、財務基盤の強化、人材確保の容易化、そして次世代への事業承継の効率化などが挙げられる。とくに後継者不在が深刻な中小企業にとっては、グループ内再編が企業存続の鍵にもなりうる。

このような政策的な支援のもとで、多くの企業が再編に踏み出している。しかし、現場では、その実行には大きな温度差と課題が存在する。再編のスキームは、親会社が100%出資している完全子会社か、外部に少数株主がいるマジョリティ出資の子会社かで大きく異なる。

完全子会社であれば、親会社の意思でスピーディに再編が進む。社内でプロジェクトチームを立ち上げ、出向者や兼務役員を通じて対象会社に施策を落とし込み、合併や吸収、会社分割などのスキームを設計しながら、比較的円滑に進行することが多い。

しかし、少数株主がいる場合は話が違う。再編にあたっては特別決議や同意が必要であり、経済合理性だけでなく、株主間の利害調整、価格の妥当性、説明責任が生じる。そのため、制度設計よりも関係者調整が主戦場となる。

だが、もっと大きな課題は、実は再編の「中」ではなく「後」にある。たとえば、再編の対象となったグループ会社に、赤字を出している事業があるとしよう。その事業を吸収するか統合するかを決める際、本社の類似部門に統合する判断がされるケースが多い。このとき、本社でその事業を担当する責任者、もしくは再編後の統合会社でその事業を任される人材が必要になる。仮にその人物をA氏とする。

A氏は、本社で同事業を担当していた場合、吸収される側のグループ会社の社長である場合、もしくは外部から新たに登用される場合など、ケースは様々だが、多くの場合、A氏は再編の「後」にアサインされる。再編はすでに決まっており、事業の整理が一段落ついた段階で呼ばれるのだ。

問題はここからだ。再編を決めた段階では、「この事業は今後成長が期待できる」「本社主導で立て直す」という漠然とした意欲はある。だが、その意欲が「事業としての具体的な戦略」や「2〜3年の計画」として明文化されているケースは少ない。本来であれば、M&Aと同じくPMI(Post Merger Integration)フェーズにおいて、A氏を中心に経営企画部門と連携し、組織、業務、人事、財務などの統合計画を詰めるべきだ。しかし、多くの企業では、再編そのものを目的とし、その後の体制整備や戦略策定は「後から考える」ものとして後回しにされる。

その結果、A氏は、統合したが損益はマイナス。組織の風土も異なる。人員整理や設備再配置も済んでいない。という火中の栗を拾わされるような立場になる。しかも、本社の社長がその経緯を理解しているうちはまだ良い。だが、多くの大企業では、社長は2年から3年で交代する。新任の社長にとって、A氏が担っている事業は、「再編したが赤字の部門」でしかないのだ。

たとえA氏が地道に黒字化に向けて努力し、ある程度の成果を上げていたとしても、新体制下では「非中核」「収益性が低い」とされ、最悪の場合は更なる事業売却や縮小、そして人事責任の対象になる。A氏にしてみれば、「自分は会社の命令でやったのに、なぜ責任だけ押し付けられるのか」となる。こうした構造を目の当たりにしてきた事業部長や幹部たちは、再編という言葉に「希望」ではなく「恐怖」を感じ始めていると思う。

では、あるべき再編とPMIの姿とは何か。まず第一に、再編を決定する段階から、A氏のような現場の責任者をPMIチームに参画させることが重要だ。紙の上で戦略を描くのではなく、実行者が事前に全体像を共有し、合意を得ながら進めることで、後の責任の分断を防ぐ。

第二に、再編後のPMIには成果基準と耐性期間を明確に定めることだ。たとえば、「2年は損益を問わず、組織統合と業務の最適化に集中する」「評価指標は、KPIではなく組織融合度や制度整備の完了度」といった具合である。

第三に、トップマネジメントの交代リスクに備え、PMI方針の継続性を制度化しておくことが欠かせない。社長が変わってもPMIの基本方針は役員会で保持され、途中でぶれることがないという構造的な裏打ちが必要だ。

そして最後に、リスクを引き受ける人材への敬意と保障を明文化することだ。うまくいかなかったときに、個人の責任ではなく、組織として再編に取り組んだ結果だと認識し、次の挑戦を許容する文化がなければ、再編に本気で取り組む人材は出てこない。

再編とは、スキームや法務の話ではなく、「人の信頼」の話なのだ。そこに希望を描けるかどうか。いま、多くの企業がその本質を見つめ直すときに来ているのではないか。



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