何によって憶えられたいか

2008年5月31日 土曜日

早嶋です。



終日、りそな銀行大阪研修所でONE-DAY-MBAの経営戦略編でした。参加者の方々、お疲れ様でした!



futureブログ「成長ビジョン」でも書きましたが、Where、now&Howのフレームを使って研修の冒頭で自社の進むべき方向性を明らかにする重要性を皆さんとディスカッションしました。今回も、素晴らしい方々ばかりの参加とあり、実に学び深い場でした。



Where、now&Howのフレームは、企業戦略を考えるときはもちろん、例えばその日の研修であっても、1)今回の研修のゴールは何か?:Where2)現在の状況はどの程度か?:Now、3)そのために、研修で何を身に付ければよいか?:How。といったように様々な場面で3つの要素を考えるようにしています。もちろん、自分の生き方に関しても、どこを目指しているのか?を常に考え現状のギャップがどの程度あるのか?それを補うために何をすると良いのか?ということを意識しています。



これに関して、ピータードラッカー教授の言葉、「何によって憶えられたいか」という問いかけを思い出しました。彼が13歳の話です。宗教の先生から、「何によって憶えられたいか?」とみんなに問いかけられたそうです。そして、そのときは誰も答えることが出来なかった。宗教の先生は、「答えられると思って聴いたわけではないよ。自分が50歳になっても答えられなかったら人生を無駄に過ごしたことになるよ」と話したそうです。長い年月が経って、そこにいた子供たちで集まって同窓会を開き、その牧師の言葉が話題になりました。そして、様々にその言葉の理解についての解釈を語ったそうです。



「何によって憶えられたいか?」まさに、自己刷新をする問いかけだと感じます。自分を全く違う箱の外から見て、自身に問いかけ、自分の進むべき道を明らかにする。問いかけながら自分の方向性を見出してそこに進んでいく。非常に印象的な言葉です。



企業の経営戦略を考えるときも、自身の人生プランを考えるときも、自社或いは自分の進むべき道が明らかになっていることが大切だと思います。



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