早嶋です。
M&Aを行うことは買い手にとって戦略を行使する選択肢の一つだ。以外にもPMIを丁寧に組織にインストール出来ている事業会社はまだ少ないと思う。PMIの失敗は2つあり、「戦略なき買収後にそのまま統合に突入するケース」「PMIのゴールと成果が曖昧なままPMIが進むケース」がある。大きな意味では戦略の不足だが、日本の事業会社を観察していると敢えて2つに分けると理解が進むと思う。
(戦略なき買収後にそのまま統合に突入するケース)
この場合、特に以下のような案件で顕著だ。たとえば、金融機関や取引先からの紹介、特定の役員人脈から持ち込まれた案件、スキーム主導(節税目的や一時的なBS/PL改善)で進む買収だ。この3つの共通項は、買収を中止する選択肢が最初から存在しないことだ。意思決定の段階で、すでに「買うこと」が前提化している。それにもかかわらず、統合後に事業を引っ張るべきリーダーは、買収時点では蚊帳の外に置かれている状況が非常に多いのだ。
この分断が致命的だと思う。本来は、「誰が責任を持って経営するのか」という問いを常に立てられるように、言い出しっぺの当事者を初期段階から巻き込み、PMIのチーム編成においても、以下の3者は必須メンバーとするべきだと思う。それは、全体戦略を理解する者(経営企画や新規事業責任者)、PMIの現場作業を実行する担当者(財務経理総務人事等の管理部門等)、そして統合後の数値責任を持つ事業リーダー(P/L責任者)だ。この3者が揃ってこそ、「やるべきこと」だけでなく「やる意味」「やる覚悟」が揃うのだ。
(PMIのゴールと成果が曖昧なままPMIが進むケース)
M&Aの目的や大義に対して、「シナジーを出す」「コストを共通化する」といったふわっとした目的だけが共有されているケースも非常に多い。ここは更に深掘りをして掘り下げるべきと思う。「どの分野でどれだけのコスト削減をするのか?」「売上シナジーはどのプロダクト・チャネルで生むのか?」「それはいつまでに、どのくらいの数値で可視化されるのか?」等々だ。
こうしたKGI(最終目標)やKPI(進捗指標)が不在のまま時間が経過し、「まあ少し赤字が減ったからいいか」とうやむやになる。結果的に、PMIプロジェクトは管理職の評価対象にもならず、次の買収で同じ過ちが繰り返されるのだ。
M&Aや統合の規模が例えば小さいときによくおこる。全体の売上が1000億程度で、M&Aや統合する事業の売上規模が10億程度であれば、役員は、そもそも細かな理解はない。一方で、その統合には将来の新規事業の投資金額100億の内、予算で20億とか使うのだ。規模感という勘違いも有耶無耶の原因かもしれない。
その他、補足として次のような項目もPMIには欠かせない。まずは組織文化の適応だ。システム統合や戦略は机上で描ける。しかし「文化」はそうはいかない。報告の頻度、会議体の運営、意思決定の速度、昇進のルールなど、目に見えない「組織OS」が異なる場合、現場は深刻な疲弊を招くからだ。
そして現場の「小さな違和感」を拾い上げる努力も必要だ。PMI初期段階では「スムーズです」と報告されるが、実際は多くの不満や違和感が潜在化している。特に、報告系統が変わる、評価制度が変わるといった「人間の不安」に直結する変更に関しては、ヒアリングや対話を意図的に設計する必要があるのだ。経験すると分かるのだが、経験しないときは、まさか「そんなことで!」と思うことが多々あるのだ。
(理論としての補足)
ちなみにPMIについては、様々に議論されている。現場での肌感や試行錯誤も重要だが、理論やフレームワークとして整理された考え方を押さえておくと、後で立ち返る指針になる。代表的な3つを紹介する。
1つ目は、Haspeslagh & Jemisonが提唱した統合アプローチだ。彼らは、買収企業と被買収企業のあいだにある「組織的な自律性」と「戦略的な相互依存性」という2つの軸から、PMIの進め方を類型化した。たとえば、完全に子会社化して組織ごと吸収してしまう方法もあれば、文化や組織を維持しながら財務的にグループ化する保持型、あるいはお互いのノウハウや資産を活かす対等統合型など、複数のスタイルが存在する。重要なのは、「全てを一律に統合すべき」という発想を捨て、企業の関係性や目的に応じて統合の深度を設計することだ。
2つ目は、マッキンゼーが主張する考えだ。こちらはより実務的な視点からPMIを段階的に捉えたもので、統合が決まる前の戦略整合から始まり、Day1までの具体的な計画作り、統合初日の実行、そして100日間の集中フェーズを経て、最終的に長期的な価値創出に至るという流れだ。重要案指摘は、PMIはDay1から始まるのではなく、むしろその前から準備すべきであると明示している点だ。多くの日本企業が見落としがちな重要ポイントだと思う。Day1にバタバタするのではなく、Day1までにどこまで設計できているかが、その後の成否を左右するということなのだ。
3つ目は、KPMGが示す8つの実務要素による整理だ。これは「統合チェックリスト」として現場で活用できるフレームで、ガバナンス体制の設計から始まり、戦略の再確認、人材と文化の融合、業務やITの統合、財務の整理、ブランドと顧客戦略の調整、さらには社内外のコミュニケーション戦略に至るまで、PMIに必要な観点を網羅的に提示している。とくに初期の段階で「早期の成功体験を作れ」としている点が現場感覚と合致しており、小さな勝ちを積み重ねることで全体の統合をスムーズに進める知恵が込められている。
(まとめ)
M&Aはあくまで手段だ。従い、買い手にとっては取得してからが本領を発揮すべき取組だ。各々のM&Aとその統合は、毎回一回限りの「非連続的な変化」だ。だからこそ、制度と戦略、作業と責任、仕組みと文化を意図的に構築して実務に落とし込む設計が必要なのだ。PMIは、買収を意識した瞬間から始まる。そしてそれを成功させるためには、未来を背負う当事者を巻き込むこと、曖昧な目標を数値と期限で縛り具体化すること。この2点を軽視してはならないのだ。