カーボンニュートラル 〜全体像をざっくりと説明〜

2022年1月6日 木曜日

◇2021年度の良書


「グリーンジャイアント」 森川潤(著)



昨年読んだ本のなかでとても良書でした。カーボンニュートラルまでの流れと、これからの産業予測がとてもコンパクトにまとめられています。新聞記事などで部分を拾い読みするより、この本を精読することで全体像が理解できます。根本が理解できると、今世界で起こっていることの見通しができます。おすすめです。

以下、この本をベースにカーボンニュートラルについて、ざっくりと説明します。

◇シンプルな世界のコンセンサス(合意)

世界が共有するコンセンサスはとてもシンプルです。その目標は、「産業革命と比べ平均気温の上昇を1.5度以下に抑える」ことであり、そのために2050年までに、「温暖効果ガス(GHG)の排出を実質ゼロにする」ことです。この実質ゼロにすることが「カーボンニュートラル」です。

まず、このコンセンサスに至った科学的エビデンスの成立と、合意まで経緯を説明します。

◇科学的エビデンスの成立

地球温暖化の原因として、「人間活動(Human Activty)」が取り上げられたのは、1988年のことです。国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が初めてまとめた第一報告書で「人為起源の温室効果ガスの影響」を指摘しました。

その後、世界中の第一線の研究者達がこの報告書をベースに、長い歳月をかけて、中身をブラッシュアップしていきました。そして、2014年パリ協定では、「人間による影響が20世紀半ば以降に観測された温暖化の支配的な原因であった可能性が極めて高い(97.5%)」という断定的な表現になりました。これが、気候変動に関する科学的エビデンスになります。世界中の科学者が集まり、叡智を駆使して、この結論に辿り着きました。

◇世界的な合意とカーボンニュートラルのラッシュ

この結論は最終的に世界各国で合意されます。

まず上記のエビデンスが正式に報告されたのが、2015年のパリ協定です。
パリ協定は各国にたいして、5年ごとに削減目標を提出することを求めています。このことが、2020年の「カーボンニュートラル宣言のラッシュ」につながります。

EU圏では早い段階から、スウェーデン、イギリス、フランス、デンマーク、ドイツがカーボンニュートラルを宣言しました。

当初はトランプ政権のアメリカがパリ協定からの脱退を表明しました。世界一の、排出国である中国の参加も不透明で、世界の大国間でコンセンサスが得られていませんでした。しかし、アメリカの政権が交代し、バイデン大統領が誕生します。そして、2020年の9月には中国がカーボンニュートラルを宣言し、世界を驚かせます。同年10月には日本がカーボンニュートラルを宣言します。アメリカはまだ国家の統一的合意が得られていないようにも見えますが、バイデン大統領は、温室効果ガスの排出量を2030年までに50%程度減らす(2005年比)ことを宣言しました。

こうして世界中でカーボンニュートラルのコンセンサスが成立し、その実現に向けて、新しいビジネスフロンティアが生まれます。ここまでの流れはとても急だったと思います。

◇お金の流れの変化

こうした新しいビジネスフロンティアや、カーボンニュートラルに向けた企業の取り組みには、良質の投資マネーが流れ込むことになります。

近年話題になっている「ESG投資」ですが、その取り組みは10年以上前から始まっています。その先鞭を切ったのは、各国の年金基金です。各国の年金基金は、巨額の金額を長期的な視点で取扱います。その際に、評価の基準となることは短期的な株主価値の最大化ではなく、気候変動などの長期的なリスクに対応した取り組みです。日本の年金積立基金は世界でも最大規模です。その基金は2015年に国連投資原則(PRI)に署名し本格的にESG投資に舵を切るようになりました。

こうして各国の年金基金がESG投資に切り替わっていくなかで、世界的な大企業の取り組みも、短期的な株主価値の最大化ではなく、ESGの考え方を取り込んでいきます。それに合わせて、大規模な投資ファンドもESG投資に重点を置くようになります。

こうして企業にとって、エコロジーというものは単なるファッションではなく、経営的課題の中心に置かれるようになりました。

◇新たなビジネスフロンティアの誕生と世界的な競争

こうしてカーボンニュートラルのラッシュを受けて、新たなビジネスフロンティアが生まれることになります。そしてそのフロンティアには多くのマネーが集まります。

一番大きなフロンティアは、風力発電をはじめとする再生可能エネルギー分野です。もうすでに日本でも洋上風力発電の大規模プロジェクトが始まっています。世界的な企業が連合を組み、入札を競っています。あわせて送電網の整備があります。最初の投資だけでなく、その点検・保守も含めて、インフラとしてかなり大きな金額の投資になります。

原子力発電は、EUでクリーンエネルギーに分類されるようです。さらには、Microsoftの創業者であるビルゲイツが個人的に原子力発電のイノベーションに取り組んでいます。今後、世界中からマネーと優秀な人材が集まると思います。何らかの画期的技術が生まれても不思議ではありません。

そしてEV(電気自動車)化の流れがEUを中心に大きく進んでいます。EUの主要国ではこれからガソリン車の販売ができなくなります。SonyやAppleも参入を表明しています。こうしたEV化の流れとグローバル企業の新規参入もカーボンニュートラルのラッシュ後に一気に加速しました。

他にも、代替肉の開発も面白い市場だと思います。牛(世界で10億頭以上)の「ゲップ」、「オナラ」が排出する温室効果ガスは、二酸化炭素ベースで、約20億トン、人間活動による排出量のおよそ5%になります。そのため大豆をベースにした植物肉への移行が進んでいます。アメリカでは、「インポッシブルバーガー」、「ビヨンドミート」という植物肉のブランドが高い支持を得ています。他にも人工培養肉の開発も進んでいます。

あとは、水素燃料、アンモニア、植物性ミルク、空気から炭素を回収・貯留する技術など、様々な分野の研究開発・事業化が進んでいます。

注目すべき点は、カーボンニュートラル宣言以後の世界では、これらのビジネスフロンティアに、良質な大量のマネーと、優秀な人材が集まるということです。あっと驚くブレイクスルー技術が生まれても不思議はありません。

◇カーボンニュートラルに向けた日本のビジョン

最後にとても残念ですが、現時点では、このカーボンニュートラルという世界的な競争の中で日本はまたひとつランクを落としそうです。

日本もカーボンニュートラルを宣言しましたが、そこに国家のビジョンや戦略は見えません。とりあえず世界的な流れに追随した感があります。エネルギー政策では様々な問題が先送りされたままになっています。更には日本の重要な輸出産業である自動車産業をどこへ導くのかも不明です。

とはいえ、こうしたカーボンニュートラルへの取り組みは、グローバル企業だけでの問題ではありません。こうした企業と取引があり、そのサプライチェーンに関わるようであれば、当然何らかの取り組みと成果は求められます。また今後は官公庁関連の取引でも様々な取り組みが求められるようになると思います。ふと考えてみれば2050年なんてあっという間です。待ったなしで、この世界的な潮流は進み、我々の生活スタイルを激しく変えていきそうです。



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