リベラルアーツ

2020年4月19日 日曜日

早嶋です。

リベラルアーツ。思考を深めている際には、自分がメインディッシュに専攻する深い知識と見識に加えて、横の広がりをもたせるものもあると良いですよね。それらがリベラルアーツと称されていると思います。

なにかの本質を理解しようとすると、一つの視点から見るだけではどうしても弱いです。何かの本質や普遍性を自分自身で考える際に、これらのリベラルアーツは非常に役立ちます。

ビジネススクールや大企業の役員クラスの方々が共通に話す話題に、海外での雑談の事例があります。ビジネスだけの話ではなく、何気ない会話の中に歴史や地理やアートなどの話題が入ってきます。そして造形が皆深くて、語学以上に、その背景や理解がなければなかなか会話に入ることができないという話です。

これは我々日本人がリベラルアーツに慣れ親しんでいないだけで、グローバルに活躍するエリートは幼少期から当たり前のエッセンスとして日々取り入れているだけの話なのです。

初めてビジネススクールで学んだときに、多くの教授が横道にそれて、本質的な話や理屈理論の話をしないなー、と思っていました。しかし、話を聞いていると、一見全く関係ないじゃんと思っていた事例や事象が実は、これから学ぶための理屈を理解する上では非常に大切になるという経験を何度もしました。

工学系の大学でも同じ体験をしたことがあります。必須単位ではなかったのですが、様々な理由から私は大学の講義を必要以上に専攻していました。そのときに聞いた話や考え方は実は工学の研究や思考を深めるためのヒントになっていったという経験です。

リベラルアーツは、異質な分野であるけれども、本質的な気づきを与える、なにか知識と知識の橋渡し的なものになると思っています。それがあるのと無いのでは、理解が表面で終わるか深い所まで自分の思考を掘り下げることができるか、という大きな違いになるのです。まさに自分自身の世界観を構築するために必要なエッセンスなのです。

そのためには、全てをファクトで考える。ファクトに対して疑いを持ちながらも謙虚に向き合う。自分が知らないことや、疑問に思うことがあれば素直な気持ちで質問したり、ゼロベースで調べたりする。このときに、安易に簡単な方法に走らずに、自分のアタマに汗を書きながら知識や概念を仕入れていくことが大切だと思っています。

ときには、好きや嫌いなどの嗜好もあるでしょう。しかし嫌いな中にも、なにか大切なものが潜んでいる可能性を信じて前向きに自分自身や他者と議論することが大切です。



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