早嶋です。
本社と現場、本店と支店。その権限をどちらに寄せるべきかという議論は、昔から組織の永遠のテーマのようだ。しかし昨今、この問いそのものがズレ始めていると思う。その理由は、単純だ。市場の変化が圧倒的に速くなり、一方でリスクや規制はむしろ強まった。現場で拾える情報の価値は高まり、本社が抱える責任の重さも増した。つまり、現場の即応力と本社の統制力、この二つを同時に求められる矛盾した時代になってしまったのだ。
そのため、昔のように「本社主導か、現場主導か」という二項対立で組織を決めてしまうと、どちらも機能不全に陥る。いま求められているのは、権限の総量をどちらに寄せるかではなく、速度、再現性、データの扱い、リスクの質という4つの軸に照らしてどのプロセスを、どちらが担うべきかを丁寧に分解することだと思う。
では、この4つの軸を前提に、業界が変わると権限配分はどう姿を変えるのかを、製造業、インフラ、金融、公務員、サービス業、そして地方に多くの拠点を構える企業という6つの領域を取り上げ、それぞれの構造的な違いをベースに考察したい。
実務に関わる多くの読者は、自社の「当たり前」が実は業界固有の構造であったことに気づくきっかけになれば嬉しく思う。
(製造業──「標準化された本社」と「改善する現場」が共存する世界)
製造業において、権限配分の核を成すのは品質と安全だ。製品そのものが物理的であり、ミスが許されない。ゆえに生産技術、品質管理、安全衛生、設備投資といった領域は、本社が強い統制権を持つべきだ。この点では業界間の差はほとんどなく、グローバルでも同じ構造が確認できる。
だが一方で、現場の改善活動は現場にしかできない。生産計画の微調整、不良発生時の判断、段取り替え、ラインの改良などは、現場の速度と思考が価値を生む。工場という組織は「標準化された本社」と「改善する現場」が二階建て構造でかみ合うと、一気に強くなる。この二つの層がズレると、どれだけ理念を掲げても実績は積みあがらない。
製造業は、現場と本社が役割で分かれ、能力で補完する典型的な産業だと思う。
(インフラ──「止めない」ために権限は本社へ集中する)
電力、ガス、鉄道、通信等。この領域に共通する最優先事項は止めないことだ。サービスが止まるということは、社会の基盤が揺らぐことを意味する。だからこそ、安全、法令遵守、技術基準、設備更新の判断基準などは、本社が一手に握らざるを得ない構造になる。
災害が起きたときの緊急対応は現場の役割だ。しかし、その背後にある戦略的な設備投資や政府との調整、保安規程の設計は本社が担うことが合理的だ。ここに現場裁量を広げすぎると、意図せぬ事故が起こり、企業全体が揺らぐことになる。
インフラ産業は、他産業とは異なり、権限の分散よりも責任の集中が優先される。ここが最大の違いだ。分権化すればするほど現場は楽になるが、社会の安全保障としてはむしろ危うくなるのだ。
(金融──市場感とリスク管理が常にぶつかる世界)
金融業はとても不思議な構造を持つ。支店の現場は顧客との接点であり、情報の源泉だ。しかし、本社は巨大なリスク管理の機構を抱えている。金融庁の規制、コンプライアンス、信用リスク、AML(マネーロンダリング対策)、商品設計。これらは完全に本社側の世界であり、現場が関与できる余地はほとんどない。
その一方で、地域の経済を知り、企業の実態を掴み、個人の背景を読み取るのは支店の力量だ。数字では測れない信用の手触りは、どうしても支店の裁量に依存する。
つまり金融は、本社と現場がどちらも正しい構造を持つ稀有な業界だ。本社はリスクの視点で正しく、現場は顧客接点の視点で正しい。両者の摩擦やギャップをどう調律するかで、その金融機関の競争力が決まる。
(公務員──公平性と地域性が常にせめぎ合う)
行政の世界では、法令の扱いに例外が許されない。公平性、透明性、手続の平等性。これらを守るために、本庁(=本社)の権限は必然的に強くなる。予算編成、制度設計、監査、情報公開は、本庁が一元的に持つほかない。
しかし、省庁・自治体がいくら原則を決めても、最終的に住民と向き合うのは現場だ。地域特性や住民の事情を理解し、生活課題に寄り添う役割は、どうしても現場の力に依存する。
公務領域は、現場の裁量を広げれば不公平が生まれ、本庁が統制しすぎると住民に寄り添えないという構造的ジレンマを抱える。民間企業とはまったく違う、独特の権限配分の世界が広がっている。
(サービス業──顧客価値の中心は圧倒的に現場にある)
飲食、ホテル、小売、介護、コールセンターなど、サービス業全般に共通する鉄則は、顧客価値のほぼすべてが現場で生まれるということだ。接客、身のこなし、クレーム対応、空間の空気感、瞬時の判断。これらはどれも現場の判断力と人間力に依存する。
本社はブランドを守り、商品戦略や価格設計を行い、教育とIT基盤を整える。しかし、実際に価値が生まれる場所は現場だ。だから、この業界では本社が権限を握りすぎると、一気に組織が弱くなる。現場の自由度を奪った途端、顧客にとっての魅力が消えてしまうからだ。
サービス業は、本社と現場の役割がはっきり分かれた例だと思う。ブランドは本社がつくり、価値は現場が生む。この二つが適切に分離されると、とても強い組織になる。
(地方に多拠点を持つ企業──地域差こそ価値なのか、それとも統一性こそ価値なのか)
地方に多くの拠点を構える企業は、最後のタイプとして非常に興味深い構造を持っている。たとえば、地方商社、建設、医療・介護、運輸、通信、インフラ子会社などが該当する。
この領域で決定的に重要なのは、「地域差そのものが価値になるのか、それとも全国一律の品質が価値になるのか」という問いだ。
地域によって顧客の気質、行政の姿勢、インフラ、水道、交通、人口動態、競合環境が全く異なる企業では、現場の判断能力が圧倒的に重要になる。地域ごとに「最適解」が違うため、本社の指示がそのまま通用しないからだ。
一方で、安全基準、労務、法務、IT、設備投資、全社最適の取り組みは本社が握るべき領域になる。これは地域差が関係ない。ルールは一つでいい。
つまり、多拠点企業の本質は、「現場の差異が価値なのか、統一性が価値なのか」を冷静に見極め、その上で権限の境界線を引くことに尽きる。
(総括)
本社と現場の権限配分は、もはや、どちらが強いべきか、という単純な議論では立ち行かない時代に入った。速度を求める領域は現場に寄せ、再現性や安全が価値になる領域は本社が握る。データは全社で集め、リスクは質によって線引きする。そして、業界構造によってその最適解が大きく変わる。
●製造業は、標準化された本社と改善する現場の二階建てで強くなる。
●インフラは、止めないために権限の集中が不可欠だ。
●金融は、市場感とリスク管理という相反する力を調律する産業だ。
●公務員は、公平性と地域性の綱引きが永遠のテーマになる。
●サービス業は、顧客価値の中心が現場にある。
●多拠点企業は、地域差が価値なのか統一性が価値なのかを見極め、構造を設計すべきだ。
権限というものは置きどころではなく、設計の問題へと進化した。この視点を持てるかどうかが、これからの組織の強さを決める重要なポイントになる、と思う。









