早嶋です。約4400文字。
地場企業で比較的売上規模が大きな企業と仕事をしている際に度々似たような出来事に遭遇する。それは中央の大企業で絶賛されていたエースが、地場企業に入った瞬間に、機能不全に陥る現象だ。
これらの研究のキーワードは、
●組織の情報処理能力(Information Processing Theory)
●スキルの非互換性(De-skilling / Re-skilling paradox)
●HRO(High Reliability Organization)とローカル企業の違い
●文化適応(Cultural Fit)のズレ
●タレントミスマッチ(Skill–Environment Misfit)理論
● 探索と活用(Exploration vs Exploitation)」の視点
等をベースに議論ができるエリアだ。
バス会社やタクシー会社などの交通インフラ系、SSや飲食や小売などの店舗事業系、建築や土木などの業種等々。地場に密着して、一定の規模で多角化する企業に良くみられる。この因果や理由を理解しておけば、優秀な人材の採用に対しての心構えと活用の仕方が自ずと見えてくるだろう。
まずは、イメージを持っていただきたいので大手企業で優秀だったAさんの地場企業での失速ケースをみてみよう。
(大手企業で優秀だったAさんが地場企業で失速するケース)
Aさんは、誰が見ても優秀だった。大企業に20年。王道のキャリアパスを経験している。商品開発、マーケティング、会計分析、営業企画、どの部署に異動しても結果を出してきた。部長クラスの役職で、社内からの信頼が厚かった。そんなAさんに転機が訪れる。
「地元に戻りたい」「家族との時間を増やしたい」「もっと事業の最前線に立ちたい」
40代に差し掛かり、そう考えるようになったAさんに、地方大手の社長から声が掛かった。その社長も、もともとは大手企業出身者。自分が良いと感じた人材を、これまでも定期的に引き抜いてきていた。
地場企業と言っても企業規模は、売上1,000億超で社員も数千人はいる。規模だけを見ると、Aさんが長らく務めた大手企業と大きく変わらない。Aさんは、社長から「この事業をまるごと任せたい」と役員待遇での採用だった。Aさんは胸が高まり、第二のキャリアをスタートした。
ところがだ。半年経っても、1年経っても何も動かない。状況が変わらないのだ。Aさんは毎日忙しくしている。朝から店舗を回り、夜は本社で資料を作る。会議にもよく出席し、前任者よりも丁寧に現場と対話をしている。だが、事業が動く気配がない。
社長は思う、「Aさん、優秀なんだけどなぁ。なんで成果が出ないんだろう?」
現場の社員は、「Aさん、良い人だけど。結局、何をしたいのかわからない」
Aさん本人も悩んでいた。「事業の全体像がわからない」「商品別の収益資料はどうなっている?」「店舗別の管理会計は?」「業務フローは、どこかにまとまっていませんか?」しかし、答える人はいないのだ。
この企業は、バス事業、タクシー事業、SS(ガソリンスタンド)、飲食店、携帯販売事業など、多角的に事業を展開している。だが、商品企画は中央の企業が担い、地場企業は運用の役割に徹している。そして、管理会計の整備、KPIの言語化、教育体系、データ基盤等は、いずれも整っていない。数字は勘で動き、教育は背中を見て学べだ。意思決定は暗黙知と歴史と人間関係で行われる。
Aさんは、突然「地図のない世界」に放り込まれたのだ。そして、1年が経つ頃、Aさんは、静かに力を失っていくのだ。優秀だったAさんは、なぜまったく動けなくなったのか。これは本人の問題ではない。構造的な問題なのだ。
(大企業のエースが地場企業で動けなくなる理由)
ケースを読んで、そんなことがあるんだ。と思う読者も、そうそうと頷く読者もいたと思う。ここでは、そもそもの違いを整理しよう。
■大企業と地場企業はOSの根本がう
企業の表面的な規模は似ていても、OS(情報の整備度・組織インフラ・文化)はまったく違うのが大企業と地場の大手だ。
大企業のOSはこうだ。
●収益管理は綺麗に整整理されている
●事業別、地域別、商品別、担当別に数字が取れる
●分業化が進み、スペシャリストが揃う
●IT投資が進んでいる
●業務マニュアルが整い、誰でも見える
●合理性が貫通しやすい文化
●教育の仕組みがある
一方で、地場企業のOSだ。
●店舗別・商品別の数字が取れない
●過去データが残っていない
●業務フローは長年の経験
●IT化が遅れ、情報が散在
●教育はほとんど属人的
●合理性よりも関係性が優先される
つまり、仮に売上規模が同じ1,000億企業であったとしても、OSが違えば世界がことなるのだ。そこに気づかず、Aさんを経営陣に据えてしまうと、ほぼ確実に動けなくなるのだ。
■整備された構造の中で最適化された人材
これまでAさんは、大企業という整った構造の中で能力を発揮してきた。大企業の特徴はこうだ。
●データは揃っている
●リサーチも社内で完結できる
●従い、一定の分析力があれば答えが出る
●組織が大きく、関係者が多い
●資料を作れば意思決定は進む
●問題の定義がしやすい
つまり、大企業の人材は、こういう世界で最適化されているのだ。
一方、地場企業は、大手企業と異なるのだ。
●そもそもデータがない
●業務フローも整備されていない
●やたらと暗黙知が多い
●そもそも何が課題かが不明
●改革よりも歴史の方が重たい
●合理性よりも関係性が重視される
そのため、Aさんの最大の武器である構造化された世界での分析力は、前提条件がないと発揮されないのだ。
■大企業出身者は「わからない世界を歩く」ことが苦手
地場企業の経営は、従い常に手探り感が必要だ。それは以下のような特徴につながる。
●現場ごとに文化が違う
●歴史、縦社会、関係性が絡む
●人によって言うことが違う
●物事が言語化されていない
●何が本当のKPIか分からない
そう、このような組織世界では、「探索的な知性」「フィールドワーク」「暗黙知の抽出」が求められる。大企業の人材は、この能力を鍛えられていない場合がある。組織そのものが既に構造化され最適化されているからだ。そのためAさんを責めるべきことではなく、単に前提条件が違うだけの話なのだ。
■地場企業の多角化は大企業よりもとても複雑
地場企業は、バス、タクシー、飲食、SS、介護、携帯販売、不動産、建設事業など、多岐にわたる業界構造が異なる事業を同じ本社機能で抱えている。その複雑さは大企業の比ではない。そして、その一つひとつの規模は大企業の事業と比較して小さい。更に、管理会計の概念が乏しく結構などんぶり勘定なのだ。Aさんは、業界構造も経験もないため、構造を掴むことすら出来ないのだ。
(Aさんの扱いについて)
では、そのようなAさんを、会社はどのように扱うべきか?だ。これまで見て来た通り、大企業のエースが、必ずしも地場企業大手で活躍できるかは難しい。むしろ企業の構造(OS)が異なるため失速するケースが多いのだ。むしろ失敗しないほうが不思議だとも思えて来る。では、どう使うかだ。
まずは、Aさんと経営陣から外すことが重要だと思う。Aさんはトップとして機能しないからだ。責任ではなく、そもそも役割が異なる。地場企業のトップは、泥の中に入り、暗黙知を拾い、現場と一緒に仮説を立て、組織の骨格を作り、人間関係の温度感を読み取り、バラバラの情報を構造化し、仕組みを作る。
そんな組織のOSづくりが求められる仕事だ。Aさんは、このタイプではないのだ。これは能力の欠如ではなく仕様の違いなのだだ。
■Aさんを参謀として再配置する
通常、Aさんは、以下の領域で無類の強さを発揮する。それは、既存データの分析、
行政や本部との交渉、提案書・報告書の作成、全社プロジェクトの企画、新規施策のロジック構築、会議資料の整備、人を巻き込むための理論化等だ。
これは地場企業が苦手としてきた領域だ。Aさんがここを補完すれば、組織は一気に強くなる場合が多いのだ。
■Aさんには必ず現場の翻訳者を付ける
Aさん単独では、現場は動かない。現場はロジックより温度感で動くからだ。だから、Aさんの横に、「現場の右腕」が必要になる。それは、古参の部長や統括店長などのナンバー2の幹部の存在だ。
こうした人物が、Aさんの論理を現場語に訳し、現場の声をAさんに訳し戻す。この翻訳こそ、地場企業のマネジメントにおける核心だ。ただしAさんがそのナンバー2から認められない場合は、この仕組みは成り立たない。関係構築の力があるかはAさんの資質によるからだ。
■Aさんの評価指標を成果から基盤整備へ変更する
Aさんの評価を、売上や利益に置いてはいけない。Aさんは基盤整備型の人材なのだ。評価は次のようなジョブを与えてあげると良い。管理会計の整備、データ収集の仕組み作り、業務フローの可視化、本部調整の円滑化、新規施策の企画、会議体の整理、報告資料の体系化等々だ。
これらは、短期的には利益に見えにくいが、長期的には企業の資産になるのだ。
■Aさんに限定ミッションを与える
Aさんには、広範な責任ではなく、範囲を絞ったミッションを与えないといけない。本来は、丸投げできる人材だと思って採用しているが、OSが違う世界では機能不全に陥る。そのためはじめは限定した役割から初めて、OSに慣れてもらう目的もある。たとえば、管理会計の立ち上げ、ITツールの導入など期間と内容を決めて徹底的に動いてもらう。そして、徐々に全社プロジェクトのPMや新規事業の企画(実行は別)など役割を増やしていく。その過程で、本部との交渉役や多岐にわたる事業、たとえば店舗改善プロジェクトや現場の見える化などの勘所がわかるようになるのだ。
Aさんは「複雑だが整っている領域」では力を発揮するのだ。地場企業が苦手な領域だ。
(Aさんの活かし方)
大企業出身のエリートを地場企業や地場の大手が輝かせるには、配置が極めて重要だ。99%はその要因と言っても過言ではない。大企業で優秀だった人材が、地場企業でも優秀とは限らない。ひどい場合は、無能扱いされることもある。だが、これは完全に誤解なのだ。
Aさんのような人材は、整備された世界で圧倒的なパフォーマンスを出すアプリなのだ。そのため泥の世界でOSを作る人材とは、まったく別の生き物と考えて扱うべきなのだ。使い方さえ間違えなければ、大企業経験者は地場企業にとって最強クラスの戦力になる。Aさんが失速したのは、能力の問題ではない。配置とOSの不一致なのだ。そしてここを理解するだけで、地場企業の人材活用は劇的に精度が上がると思う。









