中東依存95%の国、日本のエネルギー安全保障

2026年3月12日 木曜日

早嶋です。約3600文字。

(石油備蓄の一部放出)
イラン情勢の緊張を受け、日本政府が石油備蓄の一部を市場に放出する準備に入った。報道によると、およそ10日分程度の備蓄が市場に供給される可能性があるという。日本は世界でも最大級の石油備蓄を持つ国だ。国家備蓄と民間備蓄を合わせると、およそ250日分と言われている。単純に言えば、日本は半年以上、石油の輸入が止まっても耐えられる計算になる。

さて、皆さんは、この数字を見て、日本はエネルギー危機に対して強い国だと思うかだ。実際、今回は250日分の備蓄を持つ国が、10日分を放出するので、数字の比率で考えれば、全体のごく一部だ。供給不足を埋めるという意味では、決定的な量とは言いにくい。

石油市場は、実際の需給だけで動いているわけではない。心理の影響も大きい。政府が「備蓄を放出する準備がある」と示すだけでも、市場に対して供給の安心感を与える効果がある。価格の急騰を抑えるシグナルとして機能することも多いだろう。つまり今回のニュースは、供給不足への直接対応というよりも、市場の安定化を意識した政策的なメッセージという側面が強いのだろう。

しかし、このニュースを見て多くの人が感じた疑問は、もっと素朴なものだと思う。日本のエネルギーは本当に大丈夫なのかと。

(日本のエネルギー構造)
日本のエネルギー構造は、特徴的だ。石油輸入の約95%を中東に依存している。サウジアラビア、UAE、クウェートなどの湾岸産油国が主な供給元だ。日本は国内に大きな油田を持たないため、石油はほぼ海外から輸入しているのだ。さらに、その石油はほとんどがタンカーで運ばれてくる。中東から出た原油は、ホルムズ海峡を通り、インド洋を抜け、マラッカ海峡を経由して東アジアに入る。

つまり日本のエネルギーは、二つの海峡に依存している。ホルムズ海峡とマラッカ海峡だ。特にホルムズ海峡は、世界の石油輸送の約2割が通る場所だ。もしここが軍事衝突や封鎖などによって機能停止になれば、日本の石油輸入はほぼ止まる。

このリスクを補うために、日本は石油備蓄を厚くしてきた。背景は、1970年代の石油危機だ。当時、日本ではガソリンスタンドに長い列ができ、エネルギー供給が社会問題になった。その経験から、「輸入が止まっても一定期間は国内で耐えられるようにする」という制度設計が作られた。国家備蓄、民間備蓄、そして産油国との共同備蓄だ。これらを合わせることで、日本は世界でも最大級の備蓄量を持つ国になった。

つまり日本は、供給が止まるリスクに対しては非常に強い国だと言えるのだ。ただし、この安全保障の考え方には前提がある。危機の形が「供給停止」であることだ。もしタンカーが来なくなれば備蓄を使う。輸入が再開すれば、また備蓄を積み直す。このモデルは、石油危機の時代には非常に合理的だった。

(エネルギー危機の新たな局面)
しかし現在のエネルギー危機は、少し性質が変わってきているようにも思う。石油危機の時代のように、供給そのものが完全に止まるケースよりも、価格が大きく変動する形で現れることが多いからだ。

石油の価格は、単純に需要と供給だけで決まっているわけではない。実際の需給に加えて、先物市場、投資資金、為替、そして地政学リスクなど、さまざまな要素が重なって価格が動く。特に中東情勢のような地政学リスクは、供給が止まる前から価格を押し上げることが多い。

さらに石油市場には、もう一つ特徴がある。取引量の多くが、実際の石油の売買ではないという点だ。石油には先物市場と呼ばれる金融市場があり、将来のある時点に決められた価格で売買する契約が大量に取引されている。もともとは石油会社や航空会社などが価格変動のリスクを避けるための仕組みだったが、現在では投資ファンドや金融機関なども参加し、大きな資金が流入している。

その結果、石油市場では実際に消費される石油の量よりもはるかに多い取引が行われている。推計では、実際の需要量の10倍から20倍程度の取引が行われているとも言われる。つまり石油価格は、実際の供給量が大きく変わらなくても、金融市場の資金の動きによって大きく振れやすい構造を持つのだ。

実際、過去を振り返っても、原油価格が短期間で大きく動いた例は少なくない。2000年代には原油価格が20ドル台から100ドルを超える水準まで上昇したこともあるし、最近でもウクライナ戦争の直後には価格が急騰した。つまり石油市場では、供給が止まらなくても価格が倍近く動くことは決して珍しいことではないのだ。

(日本のエネルギー安全保障の弱点)
例えばここで、少し極端な仮定を置いてみよう。仮に原油価格が現在の水準の2倍になったら、日本経済はどうなるかだ。これは決して非現実的な想定ではない。石油市場の歴史を見れば、価格が短期間で大きく動くことは何度も起きているからだ。むしろ、供給停止よりも現実的なリスクと言えるかもしれない。

原油価格水準が現在の2倍になることを想定して、日本のエネルギー安全保障の弱点を考えてみたい。まず影響が大きな業界は物流だ。トラック輸送、船舶、航空。燃料価格が上昇すれば、運賃や輸送コストはすぐに上がる。トラック輸送の場合、燃料費はコスト全体の2割程度と言われている。単純に燃料価格が2倍になれば、運送会社の総コストは1割程度上昇する計算だ。物流コストは社会のほぼ全産業に関わるので、最終的には商品価格にも転嫁されるだろう。

次に影響を受けるのが石油化学産業だ。石油は燃料だけではなく、化学製品の原料でもある。プラスチック、包装材、フィルム、塗料など、多くの製品が石油を基に作られている。ナフサと呼ばれる石油由来の原料価格が上がれば、樹脂や化学素材のコストも上昇する。製品によって差はあるが、素材価格が数割上昇することも珍しくない。

さらに日本の場合、電力も影響を受ける。現在の日本の電源構成では火力発電が約7割を占めている。火力発電とは、石油や天然ガス、石炭などの燃料を燃やして電気を作る方式だ。燃料価格が上がれば、発電コストも上昇する。実際、2022年のエネルギー価格高騰の際には、電気料金が2割から3割程度上昇した地域もあった。

こうした影響を単純に合計すると、日本経済全体のコスト構造はかなり素直に押し上げられる。日本は年間で20兆円前後の原油を輸入していると言われる。もし価格が2倍になれば、単純計算で追加の負担は20兆円規模だ。これは消費税収の半分近い金額に相当する。物流、素材、電力。この3つが同時に上昇すると、日本の産業コストへの影響は大きい。日本は、供給停止には強いが、価格ショックには弱い国でもある。

(電源ポートフォリオ)
エネルギー安全保障を考える場合、備蓄だけではなく、電源構成そのものを見直す視点も必要だ。ここに対しては以前も別のブログで書いたが、状況が異なって来たので、また新たに整理する。

現在の日本では、原子力発電の比率は1割弱だ。福島事故以前は3割近くを占めていたので、かなり低い水準だ。もし原子力の比率が2割程度まで戻り、再生可能エネルギー(太陽光や風力など)と組み合わさったらどうだろう。そして、ここに蓄電池も加えるとする。蓄電池は電気を貯める装置で、太陽光発電などの変動する電力を一時的に保存し、必要なときに放出する役割を持つ。

この場合、日本の電力はかなり安定する。燃料価格の変動があっても、電気料金の振れ幅は今より小さくなる可能性がある。すると原油価格が上昇しても、その影響は主に輸送や石油製品に限定される。電力を通じて日本経済全体に広がる影響は限定される。

さらに、踏み込んで考えてみる。もし原子力の比率を4割程度まで高め、再生可能エネルギーと蓄電池が組み合わされば、日本のエネルギー安全保障は激変する。この場合、電力の多くは国内の電源で賄われる。火力発電は主役ではなく、調整役になる。もちろん石油は輸送や化学原料として残るが、電力の基盤は中東情勢からかなり切り離される。

日本のエネルギー安全保障は、備蓄で守る取り組みだった。石油を大量に貯めることでリスクに備えるというモデルだ。しかし、中東がアキレス腱である限り限界がある。そこで電源ポートフォリオを見直すべきだ。

ポートフォリオとは、本来は金融の世界で使われる言葉だが、複数の資産を組み合わせてリスク分散する考えを指す。エネルギーに当てはめると、原子力、再生可能エネルギー、火力、蓄電池などをどのように組み合わせるかという考えだ。

エネルギー安全保障とは、本来「止まらないこと」だけではなく、「価格に振り回されないこと」でもある。石油備蓄250日という数字は、日本の強みであることは間違いない。しかし、それはあくまで最後の保険だ。本当の意味でのエネルギー安全保障は、どんな電源構成を持つかで決まる。今回の石油備蓄のニュースは、そのことを改めて考えさせる出来事だ。



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