早嶋です。約4,000文字です。日本のエネルギー政策は環境や再生可能エネルギー等の文脈ではなく、安定軸で設計すべきだと思う。
(提言)
日本のエネルギー政策は、「脱炭素」や「再生可能エネルギー比率」といった単一指標だけで設計すべきではない。電力の安定的供給、価格が外部要因に左右されないなどを重要しする指標として、電源構成を組み直す段階ではないだろうか。
早嶋の結論は以下だ。地熱を1%以下の構成から数%レベルに引き上げる。原子力は25%前後を1つの現実的な目標として位置づける。その分、輸入依存と価格変動リスクの大きいLNGや石炭火力を減少。太陽光は、すでに大規模新設の余地が乏しい。今後はペロブスカイト等、建物や都市に溶け込む形での補完的な役割として活用する。
(現在の日本電力構成)
日本の電力は、今どのような構造で成り立っているのか、まず事実を確認したい。
2023年度の日本の総発電電力量は、およそ9,800億から9,900億kWh規模で推移している。この電力が、どの電源から生まれているかを見ると、再生可能エネルギーが約2割強、原子力が1割弱、残りの約7割を火力発電が占めている。
火力の中身を分解すると、中心はLNGと石炭だ。石油火力はピーク対応や非常用として残っているが、基幹ではない。ここで重要なのは、日本の電力の大半が、海外から燃料を輸入することで成立しているという事実だ。この構造は、エネルギー安全保障の観点から見ても、企業経営のコスト構造の観点から見ても、決して強いとは言えない。燃料価格は日本の努力では制御できず、為替や国際市況、地政学リスクによって大きく振れるからだ。実際、2022年以降の電気料金の上昇は、発電技術が急に劣化したからではない。LNG価格の高騰と円安が、そのまま電力コストに転嫁された結果だった。
原子力は「賛成か反対か」ではなく「どこまで使うか」の問題として議論できる時期にきた。原子力は、どうしても感情的になりやすい。しかし、政策として考えるなら、論点は単純だ。原子力をゼロにするか否かではなく、どの水準で使うのが最も合理的かだ。福島の震災前、日本の原子力発電は電力量の3割強を担っていた。現在はその水準から大きく落ち込み、1割に満たない。政府は中長期的に原子力比率を2割程度まで戻す方向性を示しているが、ここで考えるべきは「その先」だ。
原子力は、燃料費の占める割合が小さく、天候にも左右されない。つまり、運転さえできれば、発電コストと供給量が読みやすい電源だ。一方で、新設や再稼働には巨額の安全対策投資が必要で、廃炉や最終処分といった長期的な社会コストも無視できない。この両面を踏まえると、原子力を3割以上に戻すのは、社会的・政治的な負荷が大きすぎる。一方で、2割ではベース電源としてやや心許ない。そこで25%前後という水準が、コスト、安定性、社会的許容のバランスが比較的取りやすい現実解だと思う。
次に火力発電を見てみる。LNGや石炭は、技術としては完成度が高く、出力調整もしやすい。しかし、日本にとって最大の問題は、そのほぼ全量を海外に依存している点にある。燃料価格は国際市場で決まり、為替が直撃する。有事が起きれば、供給不安と価格高騰が同時に起きる。備蓄があるとはいえ、それは一時的な時間稼ぎに過ぎない。エネルギーは、食料のように長期保存できるものではない。だからこそ、電源構成の中で、輸入燃料への依存度を下げること自体が、エネルギー政策の中核になる。これは環境論以前に、経済と安全保障の問題として取り扱うべきなのだ。
同様に再生可能エネルギーについても、期待と現実を切り分けて考える必要がある。再生可能エネルギー全体の比率は2割強まで伸びてきたが、その中心は太陽光だ。水力は安定しているものの、すでに開発余地は限られている。風力やバイオマスも一定の役割はあるが、主力電源になるには至っていない。太陽光については、これまでのような大規模地上設置型は、土地制約、系統制約、地域との摩擦といった理由から、今後は伸びが鈍化する可能性が高い。今後の焦点は、建物一体型や都市部への分散導入だろう。ペロブスカイト型太陽電池は、その文脈では有効だ。ただし、重要なのは、太陽光が電力全体の比率を劇的に押し上げる存在ではないという点だ。役割はあくまで補完であり、分散であり、非常用である。
ここで地熱発電を考えたい。日本は、世界的に見ても有数の地熱資源国だ。技術力も国内にある。それにもかかわらず、地熱発電の比率は0.3%程度にとどまっている。理由は技術ではないのだ。地熱の適地が温泉地や国立公園と重なりやすく、地域経済や観光との調整が極めて難しいからだ。制度、規制、合意形成のコストが高く、民間任せでは前に進まない。しかし、地熱は再生可能エネルギーの中では例外的に、ベース電源として使える。天候に左右されず、設備利用率が高く、国産エネルギーである。電源構成に地熱を組み込む目的は、再エネ比率の見栄えを良くすることではない。電力システム全体の安定性を底上げすることにある。
発電量ベースで見れば、地熱を2%程度まで引き上げることは現実的だ。政治的な判断と制度設計が伴えば、7%程度まで視野に入る。その分、調整力や輸入燃料への依存を確実に減らすことができる。
(地熱発電の可能性)
「日本は地熱資源大国なのに、なぜ増えないのか」という議論はよく見かける。だが、もう一歩踏み込んで考えると、実はどこまでなら現実的で、どこからが政治的・制度的な限界なのかは、ある程度説明がつく。
前提として、日本の年間発電電力量はおよそ 9,800億から9,900億kWh(約985TWh) 規模だ。この分母に対して、地熱をどの程度入れられるかを考える。
発電量ベースで2%というのは、約 20TWh に相当する。地熱発電は設備利用率が非常に高く、7割から9割程度で安定運転できる電源だ。仮に設備利用率を8割とすると、必要な設備容量はおよそ 2.8GWから3.0GW 程度だ。この水準が「現実的」と言える理由は、以下と考える。
日本にはすでに地熱発電所が存在し、規模は小さいながらも運転実績と技術は蓄積されている。未開発の地熱資源も、国立公園の外縁部や、既存温泉地と比較的距離を取れるエリアに一定数存在する。これらは、調査期間が長く、地元調整は必要だが、制度設計を工夫すれば個別案件として積み上げ可能な領域だ。また、2%程度であれば、日本の再生可能エネルギー全体の構造や、地域社会との摩擦の大きさを考えても、「国家として無理をしている」とまでは言われにくい。つまり2%という水準は、技術的にも、社会的にも、政治的にも積み上げ型で到達できるライン”だ。
次に、7%を考える。発電量ベースで7%というのは、約 70TWh。同じく設備利用率8割で逆算すると、必要な設備容量は 8GWから9GW規模になる。この規模になると、単に「条件の良い地熱地点を選んで建てる」という発想では足りない。温泉地・国立公園・観光地と重なるエリアに、本格的に踏み込まざるを得なくなる。
地熱資源のポテンシャルは確かに大きいが、その多くは自然公園内、あるいは温泉観光と強く結びついた地域に存在する。7%水準を狙うということは、こうした地域に対して、国が前面に立って合意形成を行い、地元経済への利益還元や補償スキームを設計し、万一の湯量変化や観光影響に対する責任を、民間ではなく国家が引き受けるといった、明確な政治判断と制度設計を行うことを意味する。
ここまで来ると、地熱はもはや「エネルギー技術の話」ではない。地域政策であり、観光政策であり、環境政策そのものになる。だから7%という水準は、「技術的に不可能」なのではなく、政治的に本気にならなければ到達しない上限だと言える。
では、10%やそれ以上はどうかだ。理論上の地熱資源量を持ち出せば、数字を盛ることはできる。しかし現実には、調査から稼働までに10年以上かかるし、掘削リスクが高く、失敗確率も無視できない。また、地域社会との摩擦が指数関数的に増え、国立公園・景観・観光との衝突が避けられない。こうした要因が重なり、電源構成全体の中で主役級に据えるのは現実的ではないのだ。地熱は、万能電源ではない。あくまで、ベース電源の厚みを増すための戦略的な選択肢として使うのが良いと思う。
ここで重要なのは、地熱を増やす目的だ。それは「再生可能エネルギー比率を誇るため」ではない。調整力と輸入燃料への依存を、確実に減らすためだ。地熱は、天候に左右されない。出力が読みやすい。稼働率が高い等万能だ。つまり、太陽光や風力が増えたときに必要になるのだ。これがあれば、火力の待機運転、出力調整、蓄電池や需給調整市場といったシステムコストを下げる方向に効くのだ。
2%であっても、これは効く。7%まで行けば、効き方はさらに明確になる。従い、2%は現実解で7%は政治の覚悟次第ということになる。地熱を2%まで引き上げることは、制度を丁寧に整え、案件を積み上げれば十分に現実的だ。一方で7%は、技術の問題ではなく、国家がどこまで地域と向き合い、責任を引き受けるかという政治の問題になる。そして、そのどちらの水準であっても、地熱を増やすことは、日本の電力システムにとって、運用コストと不安定性を下げる方向に確実に寄与する。だからこそ、地熱は「夢の電源」ではなく、冷静に選び直すべき現実のカードなのだ。
(まとめ)
結局、日本のエネルギー政策に必要なのは「思想」ではなく「運用」だ。日本のエネルギー政策は、もっと地味でいい。安さを過度に強調せず、理想を語りすぎない。大切なのは、止まらないこと、振れないこと、そして外部環境に振り回されないことだ。地熱を増やし、原子力を25%前後で安定させ、輸入火力を減らし、再生可能エネルギーは無理のない形で社会に溶け込ませる。この構成は、派手さはないが、運用としては強いだろう。日本のエネルギー政策は、そろそろ思想ではなく、現場の運用から逆算する段階に来ていると思う。
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