早嶋です。2250文字。
建設業をはじめ、一定の人手を要する企業が抱える最大の課題は、もはや技術でも資金でもない。「人がいない」「採れない」「辞めていく」だ。とりわけ地方の建設会社は、高卒採用を軸に事業を営んできた。しかし今では100人の募集に対して50人程度しか集まらないという現状が定着している。
背景は、若年人口の減少と進学志向の変化がある。たとえば、2005年に約125万人いた18歳人口は、2025年には105万人を割るとされている。さらに、1975年に50%ほどだった大学進学率は、今や83%(令和5年度文部科学省調査)を超え、高卒で就職するという進路は、地域によってはマイナーな選択になりつつある。
さらに問題は、イメージの側にもある。建設業に対する旧来的な印象、「きつい、汚い、危険(3K)」という言葉はいまだに残り、実態がどうであれ、若者の中では選択肢の候補にすら入らないことも多い。そんな中で、従来どおりの高校訪問や企業説明会を繰り返したところで、人が集まるわけがないのだ。
さらに現代では、若手社員が転職サイトに登録すること自体をリスクと捉える視点もズレている。実際、登録の多くは興味本位だ。すぐに転職する気があるというより、「自分の市場価値がどうなのか」「評価は正当なのか」「このままでいいのか」といった問いに答えがほしいだけなのだ。
しかも今の若者たちは、日常的にSNSでつながっている。高校時代の友人、専門学校の同期、あるいは地元で他社に就職した仲間たちと、日々メッセージを交わしている。そして、その中で「A社は研修が丁寧らしい」「B社の先輩はみんなフランク」「C社はキャリア支援の制度がしっかりしている」といった話がリアルタイムで飛び交っている。時には、社内の人間よりも、他社の制度や上司の性格を知っていることすらある。
つまり、企業の中でつくられた閉じた空間など、彼らにとっては幻想なのだ。情報はつながっている。良い評判も悪い噂も、あっという間に共有されている。この認識が、人材流出に悩む企業には、決定的に欠けていると思うのだ。
若手が未来に希望を持てるかどうかは、意外とシンプルなところにかかっている。それは、「10年後、あんなふうになりたい」と思える存在が、社内にいるかどうかだ。憧れられるロールモデルが近くにいれば、視線は自然と外ではなく内に向く。ただし、日本企業の多くは、ちょうど今の30代後半から40代前半の層の採用を長く絞ってきた。そのため、優秀な社員がいても、若手と接する機会が少なくなり、結果的にロールモデルになりにくいという現象が起きている。制度や研修ではなく、「あの人のようになりたい」という感情を育てられるかが、組織の活力を左右する側面もある。
マッキンゼーやリクルートのように、「辞めた人に価値がつく会社」は不思議と入社希望者が絶えない。「マッキンゼー出身」「リクルート出身」というだけで、人材価値が上がるからだ。これはもはや、企業が人材輩出機関として機能していることを意味する。最近では、民間企業ではないが、たとえば経済産業省や財務省といった官公庁で働いていた人材が、「元官僚」としてスタートアップや地方企業に引き抜かれる例も増えている。そこには、人を育て、外に出してもブランドが残るという構造がある。
ここから言えるのは、辞めた人との関係性を切らないことだ。離職とともに関係絶縁では駄目なのだ。連絡を取らず、再入社を歓迎しない、そんな文化があれば、結果的に人材の血流を滞らせてしまう。逆に、出ていった社員にも、定期的に声をかけ、OB・OGとつながる文化がある企業は、「また戻りたい」と思わせる磁力を持つと思う。まるで、登りきった鯉が再び川に戻ってくるようにだ。
多くの日本企業は、「採用」「育成」「定着」「評価」「再雇用」がそれぞれ別の役割や機能としてバラバラに運営されている。新卒インターンは採用チーム。階層別研修は人事部門。OJTやワンオンワンは事業部任せ。出戻り制度は、そもそも存在しない。
それにもかかわらず、経営陣は「人が最大の資産」と言う。ではなぜ、人に関わる制度設計は、バブル期のやり方のままなのか。人材があふれていた時代には、それでもよかっただろう。しかし今は違う。採用できず、辞められ、次もいない。その構造的な危機を前提に、「人の流れをどうデザインするか」という視点が欠けているのだ。
すでに一定規模の企業では、「高校」や「高専」を自社で運営し、将来の仲間をゼロから育てる動きが出ている。日本国内の人材供給だけでは追いつかないと判断し、ベトナムやカンボジアなどの若者に職業訓練や教育の機会を提供し、5年後・10年後の即戦力として迎えるという中長期戦略に踏み切る企業も出てきている。これは単なる「技能実習」や「外国人労働者」の枠を超え、人材育成を企業活動の一部として捉える視点に他ならない。
人は固定するものというパラダイム(ゲームのルール)を変えるのだ。明らかに、人は動く、転職する、別の場所を見てみたくなる、と。すると、抑止するのは無理だと気づく。視点を変えて、「その流れをいかに企業の成長と連動させるか」と考えて制度を見直すのだ。出ていく人を責めず、戻る人を歓迎し、今いる人の成長を支え、まだ見ぬ人を迎え入れる。そうした循環構造を持った企業は、いずれ「人が育ち、人が戻り、人が集まる」場所になる。それがこれからの、持続可能な組織のあり方だと思う。