早嶋です。約2300文字。
大きな資本の動きよりも、むしろ小さな持分の存在が決定的な影響を及ぼすことがある。ある会社が9割以上の株式を持っているにもかかわらず、残り数%の株主が「反対」を示し、合併や組織再編そのものが動かなくなる場合だ。これは実務では珍しくなかった。少数の意見が悪いわけではないが、再編全体が人質のように扱われるケースが続けば、企業の意思決定はいつまでも前に進まない。
この状況を解きほぐすために用意された制度が「スクイーズアウト」だ。日本語では「株式等売渡請求」と呼ばれる。簡単に言えば、9割以上の株式を持つ支配株主が、残りの株主に対して「あなたの株式を買い取ります」と請求できる制度だ。少数株主の同意は不要で、対価は裁判所の制度によって公正が担保される。企業側は速やかに再編を進められ、少数株主側は適正な価値での買取が保証される。いわば、双方が秩序を失わずに出口へ向かうための仕組みだ。
スクイーズアウトが日本で制度化された背景には、古い企業統治の仕組みと、新しい市場の動きが正面衝突するような事件が続いたことがある。企業側がどれだけ多数の株式を持っていても、少数株主が反対すれば再編が動かず、合併も買収も前に進まないという制度的な弱さが目立ち始めていた。九割を持つ親会社がいても、残り一割弱の声で企業統治が止まる。そんな状況をいつまでも続けるわけにはいかない。これがまず、制度設計の根底に流れる考え方だった。
さらに、当時の日本では、企業支配のルールそのものが曖昧だった。誰が支配権を持つのか。何をもって支配権を握ったと言えるのか。その判断基準が国際的な標準とずれていた。そこに「市場で株式を買い進め、新しいルールで企業支配を取りに行く」ようなプレイヤーが現れたとき、旧来型の企業統治は対応しきれなかったのだ。
象徴的だったのは、ライブドアとニッポン放送を巡る一連の買収劇である。ライブドアは何も法を破ったわけではなく、むしろ市場の仕組みを正面から使って株式を買い進めた。大量保有を前提とした海外では当たり前の企業買収の手法であり、経済合理性だけを見れば、極めて標準的な動きだった。海外の投資ファンドであれば、ごく自然に行われる行動である。
しかし、当時の日本ではこの動きを受け止める制度が整っていなかった。持株構造をきちんと整理してこなかった側にも問題があったし、買収防衛策も不十分だった。その結果、市場と裁判所が同時に巻き込まれ、企業支配の問題が長期化してしまった。ライブドアが悪者だったわけではない。むしろ、日本放送とフジテレビ側のガバナンスが旧来型のままで、制度の穴を突かれたことによって混乱が生まれたという方が正しいだろう。
結局のところ、この事件は「誰が悪いか」という単純な話ではない。制度が整っていない国で企業買収が起きると、全員が混乱し、現場は迷走するという典型例だった。市場のルールで動く新しいプレイヤーと、慣行で動く旧来型企業が衝突したとき、日本の制度がその衝突に耐えられなかった。それだけのことだ。
こうした経験が積み重なり、ようやく2006年の会社法改正でスクイーズアウトが整備された。少数株主の権利を守りつつも、企業再編が止まらないようにする。国際標準のM&Aの手続きに合わせ、企業が前に進めるよう制度を整えた。その結果、日本でも支配株主が適正なプロセスで100%子会社化し、再編を高速に進める道が開けた。
スクイーズアウトの仕組みを理解するには、具体的な状況を思い浮かべると分かりやすい。たとえば、ある企業が9割以上の株式を保有する関連会社があったとする。その会社は長らく赤字が続き、債務超過も膨らみ、将来のキャッシュフローも見通せない。経営合理化のために完全子会社化し、最終的には吸収合併したいと親会社は考えている。しかし、残り数%を持つ少数株主が反対しているため、合併に向けた手続きが進められない。
このとき、スクイーズアウトが有効に働く。親会社が9割以上を持っているなら、少数株主の株式を「公正な価格」で買い取ることを請求できる。少数株主は合併そのものを止めることはできず、争えるのは価格だけになる。そして、仮にその会社が債務超過で、将来の収益も期待できない状態であれば、株式の経済的価値はほぼゼロだと判断される。それが第三者との実際の取引によって裏付けられている場合、公正価値として「1円」という評価も十分に成り立つ。
スクイーズアウトが完了すると、親会社は100%の株主となる。ここから先は再編が一気に進む。完全子会社であれば、吸収合併もスムーズに行える。株主総会の手続きも軽くなり、反対株主も存在しない。企業再編のスピードが格段に上がる。制度はまさに、再編の最終段階で会社が立ち止まらずに済むよう設計されている。
仕組みそのものを見れば、スクイーズアウトは強い制度に見えるかもしれない。ただ、導入の背景を辿ると、その本質は「秩序を取り戻すための制度」であることが分かる。少数株主の権利を保護しつつ、それが会社全体の未来を妨げるほど大きな力になってしまうことを防ぐ。企業が責任を持って前に進むための道筋を確保する。その意味では、スクイーズアウトは企業統治の成熟を象徴する制度と言えるかもしれない。
企業再編は、外から見ればドラマのようだが、中に入ると泥臭さや複雑さがどうしても残る。そのなかで、少しずつ整理を重ねながら未来の構造を描いていく。その過程を支える最後の仕組みとして、スクイーズアウトは存在している。制度の文面だけを見るより、歴史や理由を踏まえて眺めてみると、その設計思想がすっと理解できるはずだ。









