新規事業の旅223 映画アニメファンド

2025年11月20日 木曜日

早嶋です。約5500文字です。

日本のアニメ産業がまた面白くなる。みずほフィナンシャルグループが立ち上げた、アニメ映画向けの投資ファンド「Talent of Talents(タレント・オブ・タレンツ)」だ。

●アニメ業界の資金調達課題で、製作委員会方式が中心で、金融機関からの出資スキームが定着していない。
●海外(例として韓国)では映画製作にファンドが深く入り込み、資金規模や作品機会の差につながっている。
●ファンドの設計・仕組みは、50作品候補から2から3作品に絞り出資する。
●目安として1作品あたり製作費7億円、うち5億円をファンドで賄う。

ファンド規模の表記はないが、5億円程度を3作品からなので、規模は15億から20億をベースにスタートさせるのだろう。直近の目標として 国内外の個人・機関投資家を巻き込み、アニメ産業を支援し、制作現場・クリエイターに還元できる仕組みを構築することをビジョンに掲げている。

みずほが指摘するように、日本では「製作委員会方式」という独自の仕組みがアニメ映画の制作を支えてきた。しかし、近年、この構造が限界に近づいている。クリエイターへ利益が戻らない問題は本ブログでも指摘してきたが、それ以上に深刻なのは、IP(知的財産)の長期的育成が阻害され、作品が持つ本来の経済価値を十分に活かせていない点にある。

みずほのアニメ映画ファンドは、こうした日本アニメ産業の構造疲労に対して、金融サイドから新しい血を入れる試みだ。しかし、みずほのサイトを読むだけでは、なぜファンドが必要なのか、どこに本質的な課題があるのかの表面的な部分にしか触れていないと感じた。そこで本ブログでは、みずほファンドの背景を整理しつつ、韓国、中国、ハリウッドの映画ファイナンスと比較しながら整理した。最後に、もし日本のアニメ制作スタートアップが100%IPを保持したまま、みずほファンドから出資を受けた場合、収益はどのように分配されるのかを、数値に基づいてシミュレーションした。

(製作委員会方式の限界)
みずほがファンドを立ち上げた背景に触れるためには、日本特有の「製作委員会方式」の特徴を理解する必要がある。この仕組みは、テレビ局や出版社、広告代理店、玩具メーカー、音楽レーベルなど複数の企業が出資し、共同で作品のリスクを取りながら、出資比率に応じて収益を分け合うというものだ。

一見すると健全な分散投資の仕組みに見える。しかし現実は違うのだ。製作委員会方式は、制作会社やクリエイターが作品の成功から十分な利益を得られない構造になっているからだ。委員会を構成する企業は、自社の利益回収を最優先に考え、制作会社の取り分はごくわずかだ。さらに意思決定は合議制で、スピードが求められる現代のIPビジネスには不向きだ。

さらには、制作会社がIP(著作権)そのものを持てないケースが多い。制作会社は命を削るように作品を作っても、IPのオーナーシップは出版社やテレビ局が握り、続編・グッズ・ゲーム・海外ライセンスといった本丸の利益にアクセスできない。結果として、制作会社には次の挑戦のための資金も、クリエイターに還元する余力も生まれず、業界全体としての発展が阻害されている。

これらの解決が、みずほが立ち上げたファンドの背景だ。つまり製作委員会方式の外側に、より合理的な資本スキームを作ろうとしている。金融の仕組みを使ってIPを持つ側に力を戻す。その構造転換こそが、今回のファンドの本質だ。

なお、アニメ業界の現状と課題については、早嶋の別のブログを参照して欲しい。

(日本以外の映画ファンド)
「アニメ映画ファイナンス」と聞くと複雑に感じるが、世界を見渡すとむしろ日本のほうが特殊だ。資金がどのように集まり、どのように回収されるか。これがその国の映画産業の育ち方を決める。だからこそ、海外との比較は避けて通れない。みずほのファンドを理解するためにも、海外の映画ファイナンスの特徴を外観することでより、みずほの課題認識を理解できるようになる思う。

韓国では、アニメや映画は国家的産業として育成され、映画ファンドの仕組みが驚くほど整っている。特に重要なのが、韓国映画振興委員会(KOFIC)が運営する「母胎ファンド(Motae Fund)」だ。これは公的資金を核にしつつ、民間の投資マネーを呼び込み、制作会社へ直接投資するための仕組みだ。韓国の映画ファンドは、制作会社がIPを保持することを前提に作られている。投資家はあくまで映画単体の収益から回収する。つまり、映画は広告塔であり、IP全体の価値は制作会社に残るという構造だ。そして、ウォーターフォール(収益分配の順番)も合理的だ。劇場収入から配給やマーケ費用を回収し、その後、投資家の元本・優先利益を回収する。そのうえで残った利益を制作会社とクリエイターが分け合う。透明で、公平で、制作会社が成長できる設計になっている。韓国映画が世界的に存在感を増している理由の一端は、この合理的な金融設計にあると思う。

中国は興行市場が巨大だが、映画ファンドの構造は制作側に厳しい。ハリウッド作品が中国で稼いでも、スタジオ側には興行収入の25%しか戻らない。劇場や配給、税金が非常に強く、プロデューサーの取り分は総興行収入の38〜39%が限界だと言われている。つまり、中国市場は売上は大きいが、制作側に残る利益は小さい。映画を収益源として見る場合、この国の構造はあまり魅力的ではない。逆に言うと、中国では映画そのものより、グッズ、ゲーム、モバイルアプリなど、IP派生ビジネスが本丸になる。映画はきっかけに過ぎないのだ。

ハリウッドでは、投資回収の仕組みが精緻に体系化されている。「Recoupment Waterfall(レクープメント・ウォーターフォール)」という概念が一般的で、投資家がどの順番で回収されるかが厳密に決められている。最優先はデット(銀行やプライベートクレジット)。その次にエクイティ投資家が元本と優先リターンを回収し、最後に制作会社やプロデューサー、監督やキャストが残余利益を受け取る。ハリウッドが強い理由は単純だ。仕組みが透明で、資金が集まりやすく、制作会社にも利益が残る設計になっているからだ。その構造がIPの継続的な拡大につながっているのだ。

世界を見れば明らかだが、映画の構造が変われば、IPの価値の育ち方も変わる。日本の製作委員会方式は閉じた設計だったが、韓国やハリウッドはIPオーナーが育つ仕組みになっている。そして、みずほのファンドが挑んでいるのは、この日本の古い設計の外側に、新しい資本スキームをつくることだろう。

(みずほファンドの不明点)
みずほのファンドは、アニメ制作会社やクリエイターに光を当てようとする試みであり、その方向性は評価できる。しかし、記事には収益の具体的な分配方法、いわゆるウォーターフォールが書かれていない。早嶋はここを最も重要な部分だと考える。

海外のスタンダードでは、映画ファンドは 映画に直接紐づく収益(興行、配信、海外rights、BD/DVD、劇場物販)にのみ関与する というルールがある。そして、IPそのものの長期的な収益(グッズ、ゲーム、アプリ、出版、テーマパーク、海外ローカライズなど)には一切関与しない。これが世界標準だ。したがって、もし日本のアニメ制作会社がIPを100%保有したまま映画化を行う場合、ファンドはあくまで映画P/Lの中だけに入る構造になる。これは制作会社にとって極めて有利だ。なぜなら、映画によって上がるIP価値の果実はすべて自社に残るからだ。映画はあくまで広告塔であり、真の利益は映画の外側にあるのだ。これが、国際水準でのIPビジネスの考え方だ。

みずほがここを明確にしないのは出資案件ごとに、細かく出資契約等を結び条件を交渉する考えがある。或いは、何らかの理由で明かしていないと思う。

(ケーススタディ)
みずほアニメ映画ファンドが示すように、映画の制作費7億円に対して5億をファンドが出資する場合、収益の流れが、どのようになるか整理した。ここでは、その「ウォーターフォール(収益の流れる順番)」を示してみよう。

前提として、日本のアニメスタートアップが100%IPを保有し、制作費7億円の映画をつくる。みずほファンドは5億円を出資し、その見返りとして「優先リターン(年15%)」を要求する。興行収入はロー・ミドル・ハイの3つのケースで試算し、日本の業界慣行である劇場50%、配給10%、制作側40%のシェアを前提にした。

映画による総収入は、観客が劇場で支払ったチケット代の総額だ。売上が100とした場合、50が映画館、10が配給会社に支払われ、残りの40が制作側の取り分になる。この40をファンドと制作会社で配分する原資となる。その際の40の分配の順番を示したのがウォーターフォールだ。順番はシンプルだ。

1:ファンドの元本5億を最優先で回収する
2:次に、ファンドが出資した元本に対する優先リターンとして、元本の15%を回収する
3:そのうえで、残った利益をファンドと制作会社で分け合う(配分はファンド40%、制作会社60%が一般的。制作会社が強い、IPが協力な場合は配分はファンド30%、制作会社70%になる場合もある。ここは交渉だ。)

この優先リターンは、利益の15%ではない。ファンドが出資した元本に対して年間15%の利回りを約束するという意味だ。つまり5億円を1年間運用した見返りとして15%の7500万円をファンドは先に回収する権利を持つ。映画ファンドは通常のファンドと比較して投資期間が短い。制作から公開まで1.5年から2年程度だ。通常の10年ファンドの利回りを考えたら、年15%は妥当な数字だ。短期高リスク故のプレミアムと捉えることができる(参照:ベンチャーキャピタルの実態)。

では、実際、映画の総収入が6億の場合(ローケース)、12億の場合(ミドルケース)、20億の場合(ハイケース)で実際のお金の動きをみてみよう。

■ ローケース(興行6億)
興行収入6億の場合、劇場は50%の3億、配給会社は10%の0.6億を取る。残る40%の2.4億が制作側の取り分だ。ローケースの場合、ファンドは元本の5億を回収することはできない。そのため2.4億は全てファンドの元本返済に回り、制作会社の取り分はゼロだ。ただし、制作会社は現金を受け取らないが「損はしない」とも考えることができる。映画が完成し、劇場公開されることでIPの知名度は確実に向上する。映画は広告塔で、収益の本丸はその外側にあるからだ。制作会社(スタートアップ)にとっては、ダウンサイドが限定されるのだ。

■ ミドルケース(興行12億)
興行収入12億の場合、劇場は50%の6億、配給は10%の1.2億をとる。残る40%の4.8億が制作側の取り分だ。ミドルケースでもファンドの元本5億には届かないため、制作会社の取り分はゼロだ。しかし映画公開前後から動き始める収益があるだろう。グッズ、YouTube、IP関連の売上や、海外展開など、映画外の売上だ。IPは確実に動きがあるので、制作会社にとって、この状況は悪くないのだ。

■ ハイケース(興行20億)
興行収入20億の場合、制作側の取り分は8億円だ(劇場が10億、配給が2億の残り)。ようやく映画プロダクションの損益計算書として意味のある数字になる。まず、ファンドが元本5億を回収する。残りは3億だ。次に、優先リターンとして 0.75億円 をファンドが受け取る。残る 2.25億円 をファンド40%、制作会社60%で分け合う。従い、ファンドは0.9億、制作会社は1.35億を得る。

整理すると、ファンドは、元本5億+優先リターン0.75億+残余利益0.9億円=6.65億円を回収する。制作会社は映画プロダクションの売上として1.35億円を得る。しかし、もっと重要なのはこれ以降だ。映画がヒットすると、指名検索は跳ね上がり、グッズは売れ、海外での評価も高まる。IPの価値は爆発的に伸びるだろう。映画は単体で儲けるものではなく、IPを世界に知らしめる媒体だ。映画で得た利益は 1 億円かもしれないが、その後ろに続くIPの外側で立ち上がる数億規模の収益こそが本丸になるのだ。

(映画を認知媒体として活用)
映画で儲けるの発想ではなく、映画でIPを世界に認知する媒体として活用するのだ。これまで、日本のアニメ制作会社が抱えてきたジレンマは、制作委員会方式の中に閉じ込められ、IPを持てなかったことだ。しかし、IPを自社で持ち、ファンドから資金を得て映画を制作することで、構造は一変する。映画の収益はファンドと分け合えばいい。しかし、映画によって増幅されたIP価値、そこから生まれる長期収益の全ては、自社に残るのだ。映画をゴールにするのではなく、起点と考えるのだ。IPが持つ世界観を、映画という最高峰の表現で一度爆発させ、その後の10年、20年の収益を目指すのだ。

みずほのアニメ映画ファンドは、こうした国際標準のIPビジネスモデルを、日本のエンタメ産業にもたらす可能性がある。製作委員会方式という古い器から、制作会社がIPを保持し、金融がリスクを取り、作品が世界市場へと飛び出していく。日本でIPを育てる企業、特にスタートアップにとって、この変化は大チャンスだ。映画を作ることはゴールではない。映画をきっかけに、世界の子どもたちに知られたIPへと成長させる。そのための仕組みが、ようやく日本にも生まれつつあるのだ。



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