新規事業の旅211 AI導入の本質

2025年9月3日 水曜日

早嶋です。2000文字。

2025年にMITが発表したある調査報告が話題を呼んでいる。企業におけるジェネレーティブAIの導入プロジェクトのうち、実に95%が収益や業務改善といった明確な成果を出せていないというのだ。一方で、残りの5%は、AIの力を最大限に引き出し、急速に価値を高めている。この「AI格差」は、単に技術力や資金の多寡ではなく、導入の方法や現場との接続の仕方に起因していると、同レポートは指摘している。

特に象徴的だったのが、「学習ギャップ」という言葉だ。多くのAIツールはユーザーのフィードバックを取り込むことができず、状況に応じた学習も行えず、結局のところ「賢い風の箱」に過ぎない。そのため、現場の誰もが期待したが、役に立たなかったという印象を抱いて終わる。たとえば、カスタマーサポート部門にAIチャットボットを導入したものの、質問内容を適切に分類できず、結果的に人手が倍増したというケースもある。

また、同時に注目されたのが「シャドウAI」という概念だ。これは、企業が公式に導入したツールではなく、従業員が勝手に使い始めたChatGPTやClaudeなどを指す。多くの場合、現場の人間はこちらのほうを好んで使い、実際に成果を出している。しかしながら、その活用状況が可視化されておらず、セキュリティやコンプライアンス上のリスクにもなっている。この二重構造は、まさに「上が考えるAI」と「下が使うAI」の乖離を表しているようにも見える。

このような現状を見て思い出すのは、2000年代初頭のIT導入ブームや、2010年前後のアプリの乱立だ。あの頃も「ITを入れれば改革できる」「アプリで全てが変わる」といった幻想が世の中を覆っていた。しかし、現場の仕事の流れや文化にフィットしなければ、どれだけ便利な技術も意味を持たなかった。たとえば、ERPを全社導入したが、実際にはExcelとホワイトボードの併用が続き、結局は現場が疲弊するだけだったという話は数え切れないほどある。

AIもまた、同じ道を辿りかけている。つまり、現場や企業特有のワークフロー、判断の癖、人間関係、そういったものに対する理解と配慮がないまま、「AIを入れれば解決する」という前提でプロジェクトが走り出す。しかし現実には、AIは魔法の杖ではなく、あくまで道具に過ぎない。しかも非常に繊細で、文脈に依存する道具だ。

そこで重要になってくるのが、「課題の見える化」だ。多くの企業が失敗するのは、そもそも何が課題なのかを定義できていない点にある。目的と現状が曖昧で、そのギャップがどこにあり、なぜ発生しているのかという構造的理解がない。だから、どの程度の取り組みをすればいいのかも分からず、やみくもに「AIを使おう」となる。問題のメカニズムが見えていないので、どこにメスを入れるべきかという意思決定もできない。

この点において、非常に納得感のある視点がある。それが「統合ではなく接続」という考え方だ。かつては、あらゆる業務を一元管理する巨大な統合システムを作ろうとした。だが今は違う。既存のツールやデータベース、業務プロセスを緩やかに接続し、柔軟に組み合わせていくことで、現場の変化に即応できる体制を築く方が効果的なのだ。

たとえば、ある中堅のサービス業では、月300件ほどの定型的な問い合わせを生成AIに代行させる取り組みを始めた。SlackとZendesk、そしてNotionをAPIで接続し、現場の人間が「この言い回しだとAIが分からない」と週次でレビューを重ねていった。その結果、初動の応答時間が大幅に短縮され、オペレーターの手間も減った。「このAIなら手放せない」という声が自然に生まれ、他部署への展開もスムーズだった。

一方で、ある大手製造業は、ERPとAI、IoTセンサーを全社で統合しようとしたが、設計に8ヶ月、構築に2年をかけても、業務改善には結びつかなかった。理由は明白で、AIに学ばせるための文脈データが整っておらず、学習ギャップが解消されなかったからだ。各部門もバラバラに運用し、統一された運用ルールもなく、結果として誰にも使われなくなってしまった。

AIを使う前に、本当に必要なのは「見立て」なのだ。どこが本当に苦しいのか。なぜそこに負荷が集中しているのか。それを構造的に理解し、まず一つのペインポイントを改善する。そこで成果が出たら、周辺に接続を広げていく。この順番が守られない限り、AI導入は失敗する。

そして最後に強調したいのは、AIは主役ではないということだ。あくまで、現場の知恵と工夫を支える道具であり、文脈を読み取るパートナーに過ぎない。魔法ではなく、鍬や包丁のような道具として、適切な場所で、適切に研がれて初めて力を発揮する。だからこそ、現場の人間こそが「何に効いて、何に効かないのか」を実感し、語れる環境づくりが、AI導入の鍵なのだと思う。



コメントをどうぞ

CAPTCHA