早嶋です。2400文字。
先日、異業種間で集まりファシリテーションをしていた時の話。物流業界での取り組みの一貫で、ある企業が行ったデジタル化の推進事例が印象的だった。そこでは、本部が主導して業務のRPA化や業務標準の見直しを進めていた。単なるシステム導入ではなく、現場の作業を抜本的に見直し、手動から自動へ移行するプロセスを本格化させていく。
特徴的なのは、本部が一方的に仕様を決めて展開するのではなく、現場にいる若手のリーダー層、曰く「ITキーパーソン」を要所に配置していたことだ。彼らは単なる操作要員ではなく、現場の声を吸い上げ、導入におけるボトルネックを整理し、時には本部にフィードバックを返す媒介者でもあった。まずはモデル拠点で試し、一定の成果を確認した後に、他の拠点へと段階的に広げていく。その過程でも、一律に拡大するのではなく、進んでいる拠点、進んでいない拠点それぞれの事情に耳を傾け、KPIだけで評価せず、本部はITキーパーソンを活用しながら、定性的なレビューや対話の場を繰り返していた。
このような進め方が求められる背景には、組織構造に特有の事情がある。まず、ひとつの企業といっても、複数の拠点や部門があり、働いている人たちの経験や価値観、業務の細かな習慣に違いがあることだ。本部が考える理想的な仕様や業務フローと、現場が実際に体験している課題との間には、どうしてもギャップが生まれる。
また、日本企業では、上意下達の文化が根強く、本部からの方針を現場が「受ける」ことが前提になっている。結果、本部は「正しい」と思って、「あるいは間違っている可能性がない!」と思って設計し、KPIや制度を考えている。しかし、完璧は常に無く、現場からすれば「使えない」「意味がない」「理解されていない」と感じられ、次第に形骸化していくのだ。特に拠点が全国に分散しているような業態では、地域による温度差や管轄するマネジメント人材のばらつきも重なり、ある現場では順調に進んでいる一方で、別の現場ではまったく進まないといった事態も少なくない。
このような障害や課題に直面したとき、本部主導の進め方にはある種の構造的な歪みがあることに気づく。それは、「制度や仕組みは完成されたものを与えるべき」という発想に縛られている点だ。
現実には、制度や仕組みというのは、試しながら、調整しながら、現場の文脈と擦り合わせながら育てていくものだと思う。たとえば、ある企業では、初期段階で本部がある程度の叩き台を設計しつつも、現場からリーダー格の人材を巻き込み、モデル拠点でのトライアルを実施した。成果が確認できれば、そこで出てきた課題や改善点を反映させながら、徐々に他の拠点へ展開していく。
また別の進め方としては、初期の制度設計段階から本部と現場の代表者が一緒に仕様を詰め、その後も定期的にレビューの場を設けて、不具合や違和感があれば制度そのものを柔軟に見直していくというやり方もある。半年程度の「伴走期間」を設けて、制度を現実に馴染ませていく。これがうまくいく組織は、たいてい制度そのものよりも「制度が育つプロセス」のほうに重きを置いていると観察している。
この考え方は、なにもデジタル化や業務改善だけに限ったものではない。経営方針を全社に浸透させたいとき、あるいはブランド理念を社内に定着させたいとき、新たな人事制度を導入するとき、さらにはサステナビリティやESGのような中長期的なテーマを現場に浸透させたいときにも、同じ構造が立ちはだかる。そしてその都度、同じような誤解とつまずきが起こる。本部は、「方針は示した、あとは進めるだけだ」と思う。一方で現場は、「実態がわかっていない」「話を聞いてもらっていない」と感じる。このすれ違いのまま制度や方針を拡げてしまえば、抵抗や無関心が生まれるのは当然のことだと思う。
だからこそ、あらかじめこの構造を理解し、フレームとして持っておくことが有効だと感じている。まず、本部と現場には課題認識とか、何かしらのギャップがある。次に、現場は一枚岩ではなく、温度差や力量の違いがあり、ばらつきがある。そして最後に、制度や改革は完成形で提供するものではなく、運用しながら熟成させていくべきものだ。この3つの前提を持って取り組むことで、進め方はまったく変わるし、現場の納得感や定着度合いも大きく変わるはずだ。
実際、このような視点で変革を進めてきた有名企業は少なくない。たとえばトヨタは、生産方式の海外展開において、現地の文化や労働習慣とのギャップを丁寧に理解し、現地スタッフを巻き込んだうえで現地仕様のトライアルを経てグローバル展開した。
また、ユニクロは商品開発から店舗運営までの情報連携を見直し、本部と現場が同じデータを見て判断できるようにシステムを再構築した。サイボウズは多様な働き方を支える制度を導入したが、制度の意味や目的を現場と繰り返し対話することで、定着のプロセスを丁寧に育てた。
セブンイレブンは、本部から一方的に送るのではなく、加盟店のモデル店舗での運用試験を通じて制度を現実に馴染ませていった。さらにリクルートは、経営理念やバリューの浸透において、一律の押しつけではなく、部署ごとに自分たちの言葉に置き換えて語り直すという共創のプロセスを大切にしていた。
こうした事例に共通しているのは、単に良い制度を設計することではなく、その制度が現場で育ち、根づき、使われていくプロセスをどう設計するかという発想だと思う。本部の意図と現場の現実。その間に横たわる深くて長い溝を、どうやってつないでいくか。そのためには、一度で正解を出そうとせず、寄り添いながら、間違えながら、制度や仕組みをチューニングしていくという姿勢が欠かせない。制度や仕組みは、導入するものではなく、育てるものなのだ。その視点を持てたときに、組織全体が変わり始めるのだ。