早嶋です。2100文字です。
ブランドは、単に商品名でも、企業名でもない。それは、人の記憶と感情の中に根づく、意味と体験の集合体だ。その本質を捉え、企業がブランドを表現する際に、三つの要素を意識すると良。それぞれ、ラベル、ロゴ、ブランドアイコンだ。
ラベルは、ブランドや商品を言葉で表現したものだ。ラベルは、まだ顧客がその存在を知らない状況において「これは何か?」を伝える役割を果たす。たとえば「味の明太子」「中洲博多」「ふくや」といった言葉は、明確な意味と地域性を伴い、ブランドへの理解を促す。これらのラベルも最初から洗練され存在するわけではない。ブランドや商品について丁寧に説明し、顧客や商品開発をする過程で、自然と特徴的な言葉や文章が抽出され、繰り返し語られるうちに特定のラベルとして定着していくものだ。
ロゴは、それを視覚的に一瞬で理解させる役割を果たす。ラベルが意味のかたまりであるとすれば、ロゴはその意味を記憶させる視覚的な記号だ。しかし、ブランドの初期段階においてロゴはそれ自体ではまだ意味を持たない。スターバックスの人魚、コカ・コーラのカリグラフィ、ナイキのスウッシュも、始めから価値があるわけではなかった。ロゴはラベルとともに使われ、対象者に対して意味を学習させていくのだ。ブランドが成長し、多数の顧客層に認知され、意味が蓄積されてはじめて、ロゴは単体でも機能するようになるのだ。
ブランドアイコンは、ブランドの世界観や哲学を象徴するような要素だ。それは色、形、仕上げ、体験、語られない設計思想といった抽象的なものの組み合わせや集積だ。たとえば、我が時計ブランドのパリス・ダコスタ・ハヤシマの時計「紺碧(1号モデル)」や「鏡餅(2号モデル)」に共通する、サンドブラスト加工の文字盤、スモールセコンドを6時に配したデザイン、9時、12時、3時の時刻マーカー、マイクロローターのムーブメント搭載など。このような構成要素の反復と統一が、やがてブランドそのものを語る象徴となると考えている。
ブランドの成長は、この三要素がどのように重なり、浸透していくかに他ならない。最初の段階では、ラベルが主役だ。なぜなら、人はそのブランドが何者かを知らないからだ。だから、繰り返し丁寧に説明し、意味を抽出していく必要がある。顧客にその意味を覚えてもらうために、ロゴを使用する。そして、ブランドアイコンが設計され、あるいは自然と商品やブランドのコンセプトを体現する過程で商品の細部や空間、顧客体験を通して、感情と結びついたブランドの記憶が形成されていくのだ。ゼロからブランドを構築する場合は、この理解を整理し体系化することで確立しやすくなる。
いくつかの代表的なブランドをみてみよう。ルイ・ヴィトンは、創業者の名前をラベルとし、モノグラムというロゴを繰り返し使い、革の質感やトランクの鋲といった物理的な特徴をブランドアイコンとして定着させてきた。今では「LV」の模様を見るだけで、ブランドのすべてが想起される。
ロレックスは、ラベルとしては「Oyster Perpetual」や「Daytona」など機能的な言葉を繰り返し使ってきた。王冠のロゴは、格式と精度の象徴として機能するようになり、サイクロップレンズ(日付を拡大するためのレンズ)やオイスターケースという視覚と触感のブランドアイコンが、ロレックスの物語を補強している。
アップルは、当初「Apple Computer Inc.」と名乗っていたが、やがて「Apple Inc.」に変化し、コンピューター企業から生活体験のブランドへと進化した。かじられたリンゴのロゴ、白とシルバーのプロダクト、直感的なUIや店舗の建築美が、ブランドアイコンとして機能し始めたのだ。
無印良品に至っては、ブランド名そのものが概念となっており、エンジの箱文字「MUJI」がロゴとして世界で認識されている。生成色のパッケージ、陳列の統一感、無音に近いBGMといった要素が空間を支配し、ブランドアイコンとして、もはや「無印的」という言葉で文化化されている。
こうした成熟ブランドに学ぶべきは、「繰り返し」と「統一」だ。ラベル、ロゴ、ブランドアイコン。この三つの要素を揃え、それらを丁寧に繰り返し、あらゆるチャネルに一貫させる。これがブランドを育てる唯一の道だと思うのだ。
パリス・ダコスタ・ハヤシマも、いままさにその道を歩み始めている段階だ。Everyday Dress Watch という言葉を一貫して用い、サンドブラストの仕上げ、マイクロローターの構造、スモールセコンドの配置、スイス・フルリエでの製造など、ブランドアイコンとして語るべきピースは揃ってきた。これらを繰り返し、統一し、顧客の記憶と感情に染み込ませるのだ。そのための運用指針や表現の一貫性が今後ますます重要になっていく。
ブランドは、短期間で定着するものではない。しかし、正しい要素を、正しい形で繰り返すことで、やがてロゴだけで、あるいはブランドアイコンだけで、世界と対話できるようになる。その日を信じ、今日も一歩ずつ、丁寧にブランドを育てていくのだ。
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