早嶋です。約3000文字です。
テスラ、ウェイモ、バイドゥ。3社が今後の自動運転の覇者になると思っている。どの企業も都市のOSとして設計と実装と実験を繰り返している。ただし、以前のブログで書いたように、彼らの戦略はそれぞれまったく異なる。いずれも移動手段ではなく、都市そのものの構造に関わる本質的なインフラとして扱う点は類似している。
Tesla(テスラ)だ。強みは、すでに世界中に100万台以上のFSD(自動運転支援)車両を展開する「実装スケールの圧倒的さ」にある。FSDは技術的にはレベル2からレベル3に留まるが、その代わり、走行中のユーザーから膨大なデータを回収し、リアルタイムでAIモデルに反映するというクラウド学習型の戦略を取っている。都市の整備や法制度を待つのではなく、「まず走らせる」。その中で学習と進化を続け、最終的には制度のほうが追いつく構図を作ろうとしている。つまり、テスラは「人間の行動とハードウェアそのものをOSに変えてしまう」という発想で世界を動かそうとしているのだ。
対して、Waymo(ウェイモ)だ。Google=Alphabet傘下の企業として、より公共的で慎重なアプローチをとっている。Waymoの自動運転は、精緻に作られた高解像度マップ、LiDARを含む複数のセンサー、そして都市ごとのインフラとの協調を前提に構成されている。すでにフェニックスやサンフランシスコ、ロサンゼルスなど複数都市で完全無人のロボタクシーが商業運行中であり、技術完成度としては世界トップレベルだろう。Waymoは、単に車を動かすのではなく、「都市に信頼される公共インフラとしての自動運転」を作ろうとしている。そこには、「人間を代替する」のではなく、「都市の信頼構造の中に自動運転を組み込む」という思想が貫かれている。
そして、中国のBaidu(バイドゥ)。ここが展開するApollo Goは、まったく異なるモデルを提示している。ここでは企業、国家、都市が一体となって、自動運転を戦略的に「都市の支配装置」として構築している。すでに北京、武漢、深圳など15都市以上で1,000台を超えるロボタクシーが稼働しており、完全無人での運行も一部都市ではすでに当たり前になっている。Baiduは専用設計のEV「RT6」を開発し、センサーやアルゴリズムも自社で統合している。だが、それ以上に重要なのは、この展開が「国家主導の都市設計」と連動して進められていることである。道路設計、通信インフラ、交通制度までもが、自動運転を前提に再設計されているのだ。中国の凄さは、中国版のGAFAMとも言える企業群、Baidu、Tencent、Alibaba、そしてBYDが重層的に関与する点だ。Tencentは地図やクラウドサービスを提供し、Alibabaは物流網を支え、BYDは車両を物理的に量産し、普及させる。これは単なるエコシステムではなく、自動運転を通じて「都市の統治構造」そのものを再構成するプロジェクトであり、それを支えるのが国家という構図になっている点だ。
まとめると、
– テスラは「スケールと分散学習」
– ウェイモは「都市との調和と制度的信頼」
– バイドゥは「統治と支配のシステム」
というように、それぞれが全く異なる思想で「未来の移動」を構築しようとしている。そしてどれも、単なる技術競争の話ではなく、「どのOSが都市を動かすか」という根源的な問いに対する、異なる答えなのだ。
さて、2025年7月現在、テスラが苦境に立っている。数字を見れば一目瞭然だ。2024年の第2四半期と比べて、2025年同四半期の売上は13%ダウン。営業利益は47%減少、そしてテスラの株価は年初から約30%下落している。さらに厳しいのが地域別の売上動向だ。米国市場では約13%の売上減、欧州では一部の国で45%以上の落ち込みが記録されているのだ。一見すると、この急落はイーロン・マスクの政治的スタンスが原因に思える。彼がトランプ寄りの発言を繰り返すことで、西海岸や東海岸に多いリベラルな優良顧客が距離を取り始めたのだ。実際、X(旧Twitter)では「#BoycottTesla」のタグもトレンド入りした。
しかし、本質はもっと深いところにあると予測する。テスラの停滞は、供給・技術・期待の時差によって起きていると思うのだ。
まず、新型車が出ていない現実がある。現時点でテスラは、モデルYとモデル3という「2枚看板」に依存している。モデルSやXは高価格帯のニッチ、サイバートラックはまだフル生産には至っていない。廉価版テスラの計画(いわゆるModel 2)は確かに発表されたが、発売は2025年末から2026年以降とされており、実際の販売数に貢献するにはまだ時間がかかる。つまり、「次に何を買うか」で迷っているユーザーに対して、今のテスラは新しい魅力を出せていないのだ。
もうひとつ、テスラの低迷を説明する大きな要因が、ロボタクシー構想の遅れだ。イーロン・マスクは以前から「完全自動運転によるタクシー(ロボタクシー)」の2024年投入を示唆していた。だが、2025年7月現在、そのプロジェクトはまだ本格的な展開には至っていない。テキサス州オースティンなどでFSD(Full Self Driving)v12による実験は行われているが、商業運用は未定だ。つまり、「イノベーションの先を見て買っている層」にとって、テスラは予告が先行し、実装が遅れているというフラストレーションを与えている。
さらに、2022年から話題になっている人間型ロボット(Tesla Bot / Optimus)もある。イーロンは「月に10万台規模の生産を目指す」と語っているが、2025年現在、Optimusはまだ社内での軽作業補助レベルにとどまっている。商業出荷のスケジュールも明言されておらず、「革命的な発表」から2年以上が経過したにも関わらず、目に見える成果がない。もちろん、これらは単なる遅れであって、テスラの技術力が落ちたわけではない。しかし、市場の期待値は高すぎた。未来のテスラを信じて株を買った投資家たちが、いま一斉に「期待を外された」と感じているのではないだろうか。
今回の株価や売上の落ち込みに、イーロン・マスクの政治的発言やXの保守化が影響していることは否定できない。だが、それは最後の一押しにすぎない。実際、EV市場全体がアーリーアダプターからレイトマジョリティへの壁に差し掛かっている。インフラ不足、リセールバリュー、バッテリーの寿命といった課題が顕在化し、次にEVを買う理由が曖昧になっている。その中で、テスラはモデルの陳腐化と技術ロードマップの実装遅延という二重の圧力を受けている。特にEUでは、補助金政策の転換も重なり、アーリー層の「買い尽くし」による成長の踊り場に直面している。それはテスラだけでなく、EV全体の構造的な課題でもあるのだ。
そのように整理すると、この状況こそ、未来の成長に対する割安な評価を生む好機なのだ。
– 廉価版モデルの投入(2026年目標)
– ロボタクシーの本格展開(2025年8月発表イベント予定)
– OptimusによるB2Bロボティクス市場の開拓
– そして、イーロン・マスク自身のブランド再構築(政治リスクのマネジメント)
これらが時差で積み上がれば、テスラは再び成長軌道に戻ると思う。とすると、今の株価は割安だ。期待と現実が一時的に乖離している今、冷静な投資家にとっては、もっとも美味しいタイミングなのだと思う。