発情期の牛、働く人の幸せ

2021年10月5日 火曜日

◇牛の発情期センサー

原田です。

15年くらい昔のことです、あるベンチャー企業の事業内容に衝撃を受けました。

その事業は、雌牛の発情期をセンサーで感知するというものです。これまで雌牛の発情期の判断はベテラン飼育員の目利きに任されていました。それがセンサーで測ることで、人に頼らず確実にわかるというものです。

 


 

雌牛は発情期になると、特有の落ち着きのない動きを取るようになります。発情期は一定のサイクル(20日くらい)でやってきます。一方で発情期は短く、適正な受精をするためには、早期発見が求められます。もし、受精に失敗すれば、なかなかの損失になります。しかし、雌牛にセンサーをつけることで、特有の動きを検知し、迅速に知らせてくれます。ベテラン飼育員の目利きに頼ることもなく、確実性も高いです。

そして、この技術は現在、業界では標準的な技術になっています。WEBを検索すると同じ製品を提供する企業がたくさんあって、私が読んだ冊子の企業がどうなったかはわかりません。確か宮崎の企業で、産官学連携の案件だったような記憶があります。多分この企業だと思います。

http://s-comtec.co.jp

特許情報プラットフォームを検索すると、1998年には、「識別記号および雌牛発情期表示器」という特許が出願されています。ちなみにスウエーデンの人の発明のようです。上述の企業も1999年から「発情ピタリ」という製品を開発しているようなので、何か関係があるのかもしれません。

ちなみに現在は、似たような特許が、NECや富士通からも出願されています。なので「雌牛発情期センサー業界」は様々な企業の製品が入り乱れています。

 

◇働く人の幸せセンサー

そして、5年くらい前、同じような原理のセンサーに衝撃を受けました。それは働く人の「幸せ」を、センサーで図ろうというものです。




2015年日立グループの「イノベーティブR&Dレポート」に、「ウエアラブル技術による幸福感の計測」という小論文が掲載されました。

https://www.hitachihyoron.com/jp/pdf/2015/06_07/2015_06_07_13.pdf

内容は、人の「幸せ」をウエアラブルセンサーを使って定量化するというものです。詳しい説明は省きますが、研究チームは、人の身体運動に着目し、「1/Tの法則」を見いだしました。そして、人の「幸せ」と「1/T」のゆらぎに強い相関があるというのがこの小論文の結論です。

この「1/T」のゆらぎは、隠れた身体運動の特徴を捉えた指標であり、移動が多い営業職と、椅子に座る業務が中心の事務職のように職種による運動量の差には影響されないということです。

また、「幸せ」を単に居心地のよい安楽な状態と定義していません。自身のレベルに応じて、仕事をしている状態が幸せだということです。つまり仕事が簡単すぎて「退屈」という状態と、難しくて「不安」という状態の間に「幸せ」があるということです。

この小論文では、フロー理論のミハイ・チクセントミハイにも言及しています。チクセントミハイの著書「FLOW」を読んだ方には、この「幸せ」の定義の素晴らしさがわかると思います。

なお、この研究結果は、日立グループから社内ベンチャー「ハピネスプラット」として、事業化されました。アプリも無料でダウンロードできます。

事業化されて、表現がかなりマイルドになっています。個人情報の扱いがかなり厳しくなったことや、データをAIで解析することの倫理観など、今はいろいろうるさくなっているので、かなり気をつかっているなと思います。

それでもこの定量化された数値は、人の主観が入るアンケートや、専門家が行う複雑な組織サーベイなどよりも信憑性がもてると思います。これを導入する企業は増えていくと思います。

 

◇なんでも数値化される

近年はなんでも数値化される時代です。睡眠の質を測るスリープテックも普及してきました。体重計も、体脂肪率だけでなく、骨密度から、肉体年齢まで図れます。さらには臭いもセンサーで測れるようになりました。なんと手のひらの臭いでその人の気分がわかるということです。

しかし、数値化の多くは、そのまま解決につながりません。考えてみれば当たり前のことです。体重計を例にとります。おそらく日本人は、1週間に1回以上(多くの人は1日2回)は体重を測っていると思います。しかし、世間はダイエットのコンテンツで溢れています。みんな自分の体重をコントロールするのに必死です。体重を測って予想より軽ければ、うれしくなって、必要以上に食べます。もし予想よりも重ければ落ち込み、食事制限する。その繰り返しだと思います。

社員の「幸せ」を測っても、ネガティブシンキングの人たちが集まっていれば、私はなんて不幸なのだとか、ウチの組織はなんて幸せがないのだとか、余計に暗くなりそうです。性格が悪い人たちの集まった組織であれば、数値が低いのはあいつのせいだ、などとんだやぶ蛇になりそうです。

何事も数値化されても解決策がなければ、そしてその解決策を確実に実行できなければ、それを解釈、または言い訳するのは人間なのでまたひどい結果を招きます。

そもそも組織に明確なビジョンと目標があり、みんなで共有し、実行、フィードバックすれば「幸せ」になります。このことは大昔から変わっていません。

 

◇取捨選択が大事

今、世の中には、このシステムを導入すれば会社の業績が劇的に良くなるというような魅惑的な製品・サービスで溢れかえっています。営業DXとか、人事DXとか、財務DXとか、そういうセミナー、イベントもたくさん開かれています。

でも結局は、みんなと同じことをすれば、同質化競争に陥り、自社の製品・サービスがコモディティ化し、価格競争になります。そして最後は「気合」と「根性」が引っ張り出されます。いつものパターンです。

このような時代、大事なことは取捨選択、つまり必要なものを見極めることです。大小を問わず、すべての企業で強みの根源は、極めてアナログな要素です。人の熱意であり、組織の風土であり、理念です。

そのためには改めて、自社の内部分析とビジョンの共有、そしてテクノロジーの根本理解が必要です。両方とも、頭に汗をかくしかありません。粘り強く人を育てる必要があります。そして、現場で試行錯誤を繰り返すということです。人が働く「幸せ」はそこにあると思います。



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