早嶋です。
「新品を今買うか、新しい技術が普及するまで購入を伸ばすか?」このような問いを持つことは無いでしょうか。今、世界を取り巻く自動車環境は電気自動車への移行時期です。しかし欲しい車はガソリンエンジン。今買って乗らなくなった頃のリセール・バリューを考える頃には、二束三文になっているかもしれない。ということで購入をためらう経験です。
スポーツカーの代名詞911。それを世の中に送り出すポルシェは、この取り組みに対して正面から取り組み解決策を提示しています。従来のガソリンエンジンは、化石燃料由来の燃料ということでCO2の排出に大きな影響を与えた。しかし、既に走っている自動車を電気自動車に置き換える過渡期において、走れる車をスクラップにして新車を普及させることもナンセンス。そう考えたポルシェは、既存の911オーナーに対して新たな環境技術で脱炭素を後押しするのです。水素から「ガソリン」を生成して提供する取組です。
(水素ガソリン)
ポルシェはドイツのシーメンス・エナジーなどとタッグを組み、チリ南部パタゴニア地方で風力発電を活用した水素ガソリンのテスト生産をはじめます。生産地のパタゴニア地方は常時風が強いことで知られ、南半球で偏西風が吹く唯一の陸地です。その風はアンデス山脈にぶつかり、冷やされ、密度が高くなったアンデス吹きおろしの風は風力発電にも最適なエリアとされます。
風力発電で得た電力から水を電気分解して水素を取り出します。そこに回収したCO2を化学的に合成することでガソリンと同じ炭化水素(水素ガソリン)を作るのです。
今回の初期投資は2000万ユーロ、日本円で凡そ26億円です。計画では22年に年間13万リットルを生産し、26年には約100万台分の5億5千万リットルを生産します。生産した水素ガソリンは既存のガソリン車に使用できディーラー等を介して既存ユーザーに直販するのです。
課題はコストです。テスト生産では1ℓ当たりの生産コストが10ドルで、26年の量産時期までに2ドル以下をターゲットにしています。ガソリンの生産から輸送、販売コスト、税金等を考えればオーナーが購入する小売価格はやや高くなるでしょうが、911を中心に特別な顧客にとって、既存のガソリン車がこれからも乗れるのであれば合理的な提案となるでしょう。
(911)
1964年の発表から今に至るまで、スポーツカーの代名詞でもあり、ポルシェのフラグシップモデルです。一貫してRR方式(リアエンジン・リアドライブ方式:車体の後部にエンジンを配置し、後輪を駆動する方式。駆動するタイアに重荷が大きく、発進時の機動が機敏になる。またブレーキ時も4輪にかかる荷重がバランスされ安定した走行を実現するとされる。)を基本として、21世紀の現在では量産RR車として独自のポジションを構築しています。
1990年代までは4輪車では数少なくなった空冷エンジンを搭載していたことでも有名で、時代によって多少の変化はあるでしょうが基本的なデザインは不変でポルシェの代名詞になっているのです。
更に注目するのはその利益率です。911の販売は2020年の販売ベースで3.4万台とポルシェ全体の約1割程度です。販売車種としてはカイエンなどのSUVが伸ばしていますが、911が稼ぐ利益はポルシェ全体の3割を占めています。ポルシェオーナーは大切にポルシェを乗り継ぐことから、過去生産されてきた911の7割は今でも現役で世界を走っています。
代名詞で稼ぎ頭、生産された7割が現役の911。これをテクノロジーが変わるからと言って全て電気にシフトしてね。というのはやはり大きな課題だったのでしょう。そこを水素ガソリンの生産から供給というエコシステムを独自でつくり911オーナーを中心に提供する取組を開始したのです。
他方では、ポルシェはEV化の商用も進めています。20年に投入したセダンタイプのEVであるタイカンは年間に2万台の販売を実現して、現在でも注文過多でフル生産を続けています。23年以降は売れ筋商品のSUVのマカン、カイエンとセダンタイプのパラメーラのEVシフトも計画しています。ポルシェは2030年の新車販売の8割をEVにする計画です。
ポルシェの取組は、既存の911を中心とするガソリンオーナーの将来の悩みを解消するばかりではなく、水素ガソリンを活用することでカーボンフリーの取組を推進するという素晴らしい発想で事業を進めているのです。ガソリン車とEVの共存。利益率の高い911を水素ガソリンで維持するが出来れば、環境対応と事業の両面の帳尻も合うのです。
(購買後の取組)
SDGsと環境と両立する社会が求められる中、多くの日本企業はいまだに逆行した行動で成り立っています。大量生産を進め、商品アイテム数を拡大、在庫を抱え、まだ使える商品に対してリプレースを促進する。その中で利拡大を得る高度成長期と変わらないビジネスモデルです。
マスク、ファーストフード、冷食、食器や家具など日常的に使う商品から、家電や車や住宅を見渡しても、どこか「使い捨て」の感覚が色濃く普及しています。もちろん経済を合理的に回す、衛生に保つ、コストを下げて提供するためには必要な面もありますが、過度な安全、安心、コスト安の日本は本来持った文化的側面と思想を壊す側面もあるでしょう。
一方で昔の日本は、モノを大切に使うことが当たり前でした。茶碗や漆器や着物などはそもそも高価なもので、複数所有することなく、大切に修理して世代を渡り使用されてきました。継ぎはぎや金継ぎなどの技術はモノをただ大切に使うことに加えて、修理して修復することでむしろ価値を上げる粋な技でもありました。
私がスイス機械式時計ブランドを創業したきっかけも、まさにモノを大切に使う文化を取り戻すことでした。スイス、フランス、ドイツ、イギリス。街中を歩けば古い商品が大切に修理されてリセールされています。モノに対しての価値は、新しいものよりも使用した歴史あるものに対して一目置く文化が今でも生活にのこっています。沢山所有することなく、自分が良いと思ったものを長く使い続ける。機械式時計は200年前の技術をベースにスイスの職人たちと手作業でつくっていきますが、文明が途絶えても、同じ部品を削り出し、組み立てることで後世でも継続して使用できます。
クリステンセンが主張したジョブ理論の中で購買後の使用にフォーカスする、リトルハイアの重要性があります。企業のビジネスモデル自体、売ることをゴールと捉えるのではなく、販売することをスタートと捉え顧客と関係構築を行い、その後の商品の使用やサービスの提供の中で顧客が問題を解決していく。そこに注目すると自ずと顧客との関係性が高まり永続的な事業につながっていきます。
ポルシェの革新的な取組は最新のEV技術を推進する中で、既存のガソリンエンジンがそのままの形で後世でも使用できるビジネスモデルを考え実現しているところにあります。誰でも思い付くことができるアイデアかも知れませんが、実際にテストマーケティングを行いながらその構想を示す。
確かに911はポルシェを象徴するアイコンです。利益率が高くても販売が続き、過去の販売者の7割の車が今でも現役であることを捉えると、それだけ多くのオーナーがこよなく911を愛しているのです。そこに対して正面から環境対策に取り組み、911のオーナーはそのガソリンまで気遣っている。将来的にはそのようなキャッチが浸透することが目に浮かびますね。
(提言)
さぁ、今911の購入をためらっている皆さん。臆せずに買いましょう!
2021年5月11日 のアーカイブ
ポルシェの環境事例・911
2021年5月11日 火曜日
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