17世紀のヨーロッパでもっとも活躍した画家のひとりとして知られるルーベンス。フランドルに居を構えながら、イギリスやフランス、スペインといった当時の強国の王侯貴族からの注文に応じて、生涯に3000点を超す作品を残していると言われます。
ルーベンスの絵の特徴は当時の表現とは異なり、動きの多い劇的な構図、人物の激しい動き、華麗な色彩、女神像に見られる豊満な肉体表現など、バロック絵画の特色が十分に発揮されています。さらに黒を色彩のひとつとして積極的に用いていることも注目されます。
と、ここまではよく絵画の世界でも書かれていますが、彼は別の才能があったのと思います。もちろんアーティストは第一ですが、マーケティングの才能と商才です。
アーティストとしての才能です。彼が売れっこ作家であった理由は、単純にアーティストとしての才能が買われたこともあるでしょう。例えば、フランダースの犬の中に出てくるネロ少年が死の間際に最後に見た絵画、キリスト降下。
強烈な色彩と明暗のコントラスト、動きのある表現と演出力。見た人の心に強く訴えかける力があります。去年の暮れにベルギーのアントワープに行って実物を見ました。と言っても、アントワープ大聖堂の中に当日はミサのため入れず、入口から少し見た程度です。それでも、赤と黒の色彩が目に飛び込んできたのを覚えています。
しかし同時期には沢山の競合がいたのも事実です。そんな中、様々な国で何故、これほどまでに活躍したのでしょう。彼は、生涯にわたり3000点以上の作品を残しています。こんなに描くことが出来るものでしょうか?
単純に彼が絵の修業を始めたとする14歳頃から亡くなった1640年までの約50年間に制作活動を行ったとしても、1年に60点以上の作品を描いたことになります。これは1か月に5枚のペース、週に1枚以上のペースで書き続けなければ不可能な点数です。
ここに彼のマーケティングの才能と商才の秘密がありました。キーワードは工房です。彼の多くの絵画制作を実現することが出来たのは工房の存在でした。現在では、1人の画家が下絵から完成まで、ひとつの作品に全て1人で行うことが当たり前でしょう。
しかし、ルーベンスの時代は違っていました。ルネサンス以降成功した画家の多くは、宮廷や協会の天井画や壁画などの大作、個人からの注文に至るまで、幅広い注文に応える必要がありました。ルーベンスのように人気作家は、常に注文に追われ、まず1人で全てをこなすことが不可能だったのです。
そこに誕生したのが工房です。従ってルーベンスは優秀な画家であったと同時に、当時は工房の経営者でもあったのです。おそらく同時代に活躍していた多くの売れっ子画家は同様に経営の商才もあったのでしょう。
ルーベンスは単に注文を取って工房で仕上げる。という流れではなく、製作の依頼を受けると先ずルーベンス自身が注文の意向を依頼主から直接にヒアリングしました。そしてその主題に応じて全体の構造を練ったのです。その後、ルーベンスが描いた小さな下絵を依頼主に届け、更に相手からの要望に応じて手直しを加えるという手順を踏んでいたのです。
この流れはまさに顧客志向そのものですよね。さらに、きめ細かい対応に応じ切れたのも彼の絵の表現力に加えて、高いコミュニケーション能力があったと思います。
現在では、生き生きとした躍動感あるした絵は、時として完成した本画よりも高い評価が付いていることもあるのは上記の理由でしょう。ルーベンスに限っては、下絵は間違いなく本人が描いているからです。
かといって本画は手を抜いているわけではないのです。ルーベンスは下絵で注文の了承が取れたら、工房では弟子たちを動員して、本画の製作に入ります。工房には色彩に優れた弟子や背景を専門にした弟子など、様々な得意分野の弟子がいました。
彼らに丸投げすることなく、更に下絵から依頼主の要望を100%かなえるために弟子と協議しながら、本画の大画面を活かすために、下絵よりも効果的な構図や色遣いを臨機応変に仕上げていったのです。
実際、1人では仕上げることが出来ない大作でも、ディレクションをしながら細かな配慮に基づく変更なども、効果的な演出を出すためには、ルーベンス自身が作成の最後まで積極的にかかわっていたのでしょう。
ルーベンス。単に絵の才能を持った人物だけではなく、工房をまとめるリーダーであり、クライアントの要望をかなえるためのマーケターでした。そして工房を経営していくための経営者としての顔も持っていたのです。素晴らしい人物だったのでしょうね。
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ルーベンス恐るべし
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