副業制度の矛盾と方向性

2026年3月24日 火曜日

早嶋です。約3,900文字。

副業制度について考えた。この数年、多くの日本企業が副業を解禁しはじめた。統計をみると、その変化はかなり急激だ。中小企業庁の調査では、2015年時点では企業の約85%が副業を「原則禁止」としていた。一方で、近年の調査では、副業を「認めている、または認める予定」とする企業は約7割に達している(JILPT、マイナビ調査など)。割合が逆転したのだ。日本企業は副業禁止社会から副業容認社会へ切り替わったことになる。制度としては、標準装備になりつつあるが、まだまだコンフリクトがたっぷり残る。

(副業の本音と建前)
企業が副業を導入する理由は、「社員の成長のため」「外部での経験を社内に還元してほしい」「キャリア自律を促すため」だ。いかにも正しそうだ。しかし、実態はもう少し違うと思う。コロナ禍で仕事が減り、給与を維持できない、あるいは優秀な人材の離職を防ぐために「副業OK」という逃げ道を用意した。つまり、成長ではなく雇用調整のバッファとして機能しているケースが多いのではないかと思う。

実際の調査を見ると、副業導入の理由の上位には収入補填が入る。マイナビの企業調査では、副業を認める理由として「社員の収入を補うため」と回答した企業が約4割(37.6%)に達している。また、日本政策金融公庫の分析でも、副業の動機はスキル習得よりも「収入確保」の色合いが強いことが指摘されている。

これは企業側の本音で、同時に従業員側の動機だ。副業はスキルアップのためというより、生活防衛の手段として使われている側面が強いのだ。つまり、制度としては「成長」や「キャリア自律」が語られながら、実態は「収入補填」に近い。ここに、建前と実態のズレがある。

ただ、このズレは表層的な問題だ。更に突っ込むと、より本質的な歪みが見えてくる。副業という仕組みは、本来ジョブ型の思想の上に成り立っている。仕事は役割や成果ごとに切り出され、その対価が支払われる。どの会社に属しているかではなく、「何をしたか」で評価される世界がジョブ型の思想だ。

一方で、日本企業の多くは依然としてメンバーシップ型で運営されている。役割は必ずしも明確ではなく、評価は長期的な貢献や協調性、あるいはどれだけ時間を投入したかに依存する。

つまり、副業という制度はジョブ型のロジックで動いているのに、本業の評価はメンバーシップ型のままなのだ。この2つの異なる前提が、何の整理もされないまま同時に存在している。このズレが、そのまま現場に持ち込まれているのだ。

(副業のコンフリクトと成功事例)
ここにコンフリクトが発生する。副業で外部の仕事をしている人材は、外では成果で評価される。しかし社内では、「週5日フルコミットしていない人」として見られてしまうのだ。副業で高いパフォーマンスを出しても、それが社内評価に結びつかない。むしろコミット不足と見なされる。結果として、副業をするほど社内の評価が下がるという逆転現象すら起きてしまうのだ。

企業側は「副業で得た経験を還元してほしい」と言うが、そのための仕組みはほとんど存在しない。上司がその価値を理解できなければ、評価に反映されることもないからだ。結局、経験は個人の中で完結し、組織には蓄積されない。

本来、副業制度は福利厚生的な位置づけから始まったはずだ。しかし実際には、人事制度の矛盾をそのまま可視化する仕組みになっている。

さらに厄介なのは、このズレが組織内で共有されないことだ。副業を経験している人材は、成果で評価される外部のロジックと、社内の評価の違いを体感する。一方で、副業をしていない人材は、従来のメンバーシップ型の延長で仕事を捉え続ける。この二つの認識は交わることが無いのだ。結果として、同じ組織の中に、異なる評価観が併存してしまう。だが、その違いが明示的に議論されることはない。副業を経験していない社員にとっては、そのズレを理解する機会すら訪れないからだ。

では、うまくいっている企業は何が違うのか。整理すると、成功している企業は副業の位置づけを明確にしている。大きく3つのパターンに分けられる。

1つは、リクルートのような市場接続型の企業だ。ここでは、社員をあえて外部の市場にさらす。リクルートのような企業は、副業も転職も前提にしており、「会社の中で評価される人材」ではなく、始めから「市場で価値がつく人材」を育てる発想がある。副業はそのための訓練の場にもなる。外で仕事をし、報酬を得るということは、自分のスキルや成果に価格がつくということだ。その経験を通じて、自分の価値を客観的に理解するようになる。

重要なのは、この前提に合わせて社内の評価も設計されている点だ。社内では一定程度、成果ベースの評価があり、「外で評価される人材」が社内でも高く評価される。従い、制度と評価が整合している。副業は単なる許可ではなく、人材育成の中核に組み込まれているのだ。

2つ目は、丸紅やKDDIのような社内副業型だ。こちらは外部には出さない。代わりに、社内に複数のプロジェクトや役割を用意し、社員が本業とは別の仕事に関わる機会を創出している。いわば「社内に市場を作る」という発想だ。普段は営業の社員が新規事業のプロジェクトに関わったり、バックオフィスの人材がDXの取り組みに参加したりする。部署をまたいで仕事をすることで、経験の幅を広げるのだ。

このモデルの良いところは、既存の人事制度を大きく崩さずに済むことにある。評価はあくまで本業を中心に行い、副業的な活動は加点や経験として扱う。外部市場との接点は弱いが、その分、組織の中で人材の流動性を高めることができる。

3つ目は、中小企業に多い外部活用型だ。これはそもそも上記の2つとは発想が真逆だ。自社の社員に副業をさせるのではなく、副業人材を外から取り込み自社の成長を促すのだ。中小企業にとっては、フルタイムで専門人材を雇うのは難しい。しかし、マーケティングやIT、財務といった領域は、高度なスキルが必要だ。そこで、副業として関わる外部人材を活用するのだ。週に数日、あるいはプロジェクト単位で関与してもらい、不足する機能を補完する。

この場合、副業は「社員の制度」ではなく、「経営資源の調達手段」に過ぎない。外部人材は成果で契約されるため、社内の評価制度との衝突も起きない。むしろ、社内にない視点やスキルを持ち込む役割を果たすのだ。

これら3つは似ているようで、前提が異なる。社員を外に出すのか、社内で回すか、外から取り込むか。副業という言葉で一括りにされているが、実際には別の仕組みを指しているのだ。ただ共通点もある。それは、目的と評価制度を一致させている点だ。逆に言えば、うまくいかない企業は、この3つを混同して、目的も評価もバラバラに混ぜているのだ。外部副業もOKにするが、評価は従来通り。成長も期待するが、時間拘束も変えない。還元も求めるが、仕組みは作らない。この中途半端さが、制度を空洞化させている。

(設計の方向性)
では、どう設計すべきかだ。ここまで見てきたように、副業制度は単なる福利厚生ではない。制度の建前と実態がズレ、ジョブ型とメンバーシップ型が衝突し、評価と現場の感覚が噛み合わなくなる。うまくいっている企業は、そのズレを解消する方向に制度を設計しているし、うまくいかない企業は、そのズレを放置したまま制度だけを導入している。

だから前提として、副業制度は「何のためにやるのか」を1つに絞る必要がある。人材育成なのか、新規事業なのか、それとも雇用維持なのか。これらは似ているようでいて、前提となる人事思想が異なる。全部を同時に達成しようとすると、必ずどこかで矛盾が生まれ、制度は機能しなくなる。実際、多くの企業がこの状態に陥っている。

次に、評価の扱いを決める。ここが最も重要だ。これまで見てきたコンフリクトのほとんどは、この一点から生じている。外では成果で評価され、社内では時間や関係性で評価される。この二重構造が、副業をしている人材の評価を歪めている。

だから選択肢は2つしかない。副業を評価に入れないか、あるいは本業の評価を成果ベースに寄せるかだ。中間は存在しない。評価に入れると言いながら基準を曖昧にすれば、現場では必ず「副業は片手間」という認識に回収される。逆に、成果で評価する覚悟がないまま副業を認めれば、優秀な人材ほど不利になる。

ここを曖昧にすると、制度は形だけ残り、現場では使われないか、あるいは歪んだ形で運用される。副業制度がうまく機能しない企業の多くは、この評価の設計を避けている。

だからこそ、言い切る必要がある。副業制度は「目的」と「評価」を決めない限り、設計してはいけないのだ。

その上で、自社の規模や業種、フェーズに応じてモデルを選ぶことだ。大企業であれば、まずは社内副業型から始めるのが現実的だ。組織を壊さずに実験できる。中堅企業であれば、社内と外部のハイブリッドも可能だ。成長のために外部接続を意図的に増やす。中小企業であれば、自社社員の副業よりも、外部副業人材の活用に軸を置くべきだと思う。

改めて副業について整理をして感じたことがある。会社は人材を囲い込むのか、それとも市場に委ねるのかだ。そして、評価を時間で見るか、それとも成果で見るかだ。副業制度とは、この2つの思想に対する答えそのものだと感じた。

制度だけを導入しても意味はない。むしろ、制度を入れることで矛盾が可視化される。だからこそ、副業を考えるということは、人事制度そのものを考え直すことに直結する。副業は働き方改革ではない。組織の思想を確認するものだ。



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