G0、空白の時代

2026年2月26日 木曜日

早嶋です。約1.2万文字。北川省吾さん新書、『世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』を読んで一気にかきあげました。自分の防備録を兼ねて。

(諸行無常)
ローマ帝国は永遠だと言われた。地中海を内海にし、法と軍事と道路で世界を統治した。だが帝国はゆっくり崩れる。永遠は存在しない。諸行無常だ。そして重要なのは、ローマが外から押し潰されたのではなく、内側からほどけていったという点だ。

21世紀初頭、世界は再び似た局面に立っている。

2001年9月11日。ニューヨークの空が変わった。アメリカは被害者となり、その瞬間から正義の執行者となる。ブッシュ政権のもとでネオコン思想が国家戦略の中心に座り、「テロとの戦い」は文明の戦いへと拡張されていった。2002年、アメリカはABM条約を破棄する。冷戦期にソ連と築いた戦略安定の枠組みを、アメリカ自身が手放したのだ。2003年3月、イラク侵攻。コリン・パウエルが国連で語った大量破壊兵器は存在しなかった。軍事的には勝った。しかし世界の信頼は削れた。巨額の戦費、終わらない中東、疲弊する国内。外で戦いながら、内側の摩耗が始まった。

同時に、別の膨張も進む。金融資本だ。富は上位に集中し、ジニ係数は0.4台に乗る。2008年、リーマンショック。ウォール街に向けられた怒りは「我々は99%だ」という叫びになる。帝国は強いままだったが、正統性が揺れ始めていた。

決定的だったのは2013年のシリアだ。アサド政権が化学兵器を使い、オバマは「レッドライン」を引く。だが言葉は実行されず、全面介入は行われなかった。この頃、世界は悟り始める。アメリカはもはや無限責任を負わない、と。

空白が生まれた。そして空白は読まれる。

2012年、中国では習近平が総書記に就任する。「中華民族の偉大なる復興」を掲げ、党と軍を掌握した。天安門以降に強化された愛国教育は、屈辱の歴史を若者に刻み込む。香港では統制を強め、南シナ海では埋め立てを進める。文治と武功。国家は再び強さを誇示し始めた。

同じ年、ロシアではプーチンが大統領に復帰する。KGB出身の彼にとって、ソ連崩壊は地政学的悲劇だった。NATO拡大、カラー革命、民主化の波。それは体制転覆の前触れに見えたのだ。2014年、クリミア。2022年、ウクライナ。帝国の記憶は消せない。

アメリカは内向きに揺れ、ロシアは失われた影を追い、中国は復興を掲げる。その間で欧州は自律を模索し、インドは第三極を志向し、ASEANは実利で動き始める。世界はブロック化していない。だが安定もしていない。一極でもなく、完全な多極でもない。リーダーなき秩序。まさにG0の時代だ。

帝国はなぜ終わるのか。軍事で負けるからではない。経済が尽きるからでもない。「正統性」が揺らぎ、周縁が自律を始めたとき、中心は中心でなくなる。いま世界はその過程の中にある。その中で、日本はどうするか。

(帝国アメリカのゆらぎ)
1991年、ソ連が崩壊した。冷戦は終わり、アメリカは歴史上初めて明確な競争相手を失った。軍事、金融、技術、制度。同時に、アメリカはあらゆる面で圧倒的な優位に立った超大国となる。ビル・クリントン政権下、国務長官マドレーヌ・オルブライトは「我々は不可欠な国家だ(We are the indispensable nation)」と語った。この言葉は慢心ではなく事実だった。

1990年代のアメリカは、IT革命を牽引し、ウォール街は世界の資本を吸収し、NATOは拡大を続けた。1999年のコソボ空爆は、国連安保理決議なしに実施された軍事行動だ。冷戦後の世界では、アメリカが秩序を設計し、必要とあらば力を行使する。それが当然視されていた。

しかし、この単極の自信は、2001年9月11日に別の方向へと転じはじめる。同時多発テロは、アメリカを一瞬で被害者に変えてしまう。同時に、正義の執行者の再定義がなされた。ジョージ・W・ブッシュ政権は「テロとの戦い」を宣言した。副大統領のディック・チェイニー、国防長官ドナルド・ラムズフェルド、国防副長官ポール・ウォルフォウィッツらネオコンの思想が政権中枢を占めた。彼らは、アメリカの軍事的優位を積極的に用いることで、民主主義を拡大し、安全保障を確保できると信じていたのだ。

2002年、アメリカはABM条約を一方的に破棄する。ABM条約は、1972年に米ソが結んだ「弾道ミサイル防衛を制限する協定」だ。互いに相手の核ミサイルを完全には防がないという前提に立ち、「撃てば自分も確実に滅びる」という相互確証破壊(MAD)の均衡を維持するための枠組だ。つまり、防御を制限することで戦争を防ぐ逆説的な仕組みだった。その条約をアメリカは自ら解体したのだ。

翌2003年3月、イラク侵攻が始まる。国務長官コリン・パウエルは国連安保理で大量破壊兵器の証拠を提示し、正当性を訴えた。しかし後に、それは誤情報だったと判明する。軍事的勝利は早かったが。統治は失敗した。イラクは混乱し、テロは拡散した。アフガニスタンと合わせて戦費は数兆ドル規模に膨らみ、財政赤字は拡大。アメリカは勝利したが、世界の信頼は削られていった。

同時期、国内では別の膨張が進んだ。金融資本主義だ。レーガン期に始まった規制緩和は1990年代後半に加速し、1999年にはグラス・スティーガル法が事実上廃止された。商業銀行と投資銀行の分離は崩れ、ウォール街は巨大化する。デリバティブや証券化商品が拡大し、リスクは巧妙に再包装された。

それでも富は広がらなかった。アメリカのジニ係数は0.4台に達する。ジニ係数と、所得の偏りを示す指標で、0に近いほど平等、1に近いほど格差が大きいことを意味する。0.4台という数字は、先進国の中でも高い水準で、戦後最大級の所得格差を示していた。上位1%の資産は急増する一方で、中間層の実質所得は伸び悩む。帝国は外に拡張しながら、内側で分断を深めていた。

2008年9月、リーマン・ブラザーズが破綻する。サブプライムローンの崩壊は、金融工学への過信を一瞬で崩壊させた。住宅価格は急落し、失業率は急上昇する。政府はTARP(不良資産救済プログラム)を実施し、FRBは量的緩和に踏み切った。金融システムは救済されたが、多くの市民は救われたと感じなかった。

2011年、ニューヨークのズコッティ公園で始まったOccupy Wall Street運動は、「We are the 99%」というスローガンを掲げた。怒りは金融エリートに向けられた。帝国の中心で、正統性への疑問が可視化されたのだ。

2009年に就任したバラク・オバマは、多国間主義の回復を目指す。イラン核合意、パリ協定、アジア重視政策(Pivot to Asia)。ブッシュ期の単独主義を修正しようとした。しかし戦争は完全には終わらなかった。アフガニスタンへの増派、ドローン攻撃の拡大、2011年のビンラディン殺害。理想と現実の間で揺れ続ける。

象徴的だったのは2013年のシリアだ。アサド政権が化学兵器を使用し、オバマは「レッドライン」を宣言した。しかし最終的に全面軍事介入は行わなかった。この判断は、アメリカ国内の戦争疲れと財政的制約を反映していた。同時に、世界に明確なメッセージを送ってしまう。アメリカは無限責任を負わないと。イアン・ブレマーが「G0」という概念を提示したのは、この空気の中だ。

内側では分断が進んでいた。2009年以降、保守派のTea Party運動が拡大し、「小さな政府」と減税を主張する。一方で左派ではバーニー・サンダースが格差是正を訴え、ウォール街批判を強める。社会は二極化し、政治は対立を深めた。

2016年、その分断の帰結としてドナルド・トランプが当選。ヒラリー・クリントンを破ったのは、ラストベルトと呼ばれる製造業地帯の白人労働者層だった。グローバル化によって取り残されたと感じる人々の怒りがトランプに結集したのだ。トランプは「America First」を掲げ、TPPから離脱し、パリ協定からも離れ、中国に対して関税戦争を仕掛けた。同盟国に対しても防衛費負担を強く要求。多国間秩序を調整するアメリカは、各国との条件交渉者に変貌したのだ。

アメリカの軍事費は依然として世界最大、ドルは基軸通貨、シリコンバレーは世界の技術革新を主導している。時価総額が高い企業の上位はほとんどアメリカの企業だ。アメリカの力そのものは絶大だ。しかし、その力の行使の仕方が変わったのだ。無制限の介入はしない。価値観の輸出は慎重になり、同盟にも対価を求めるようになる。何よりも国内の再建を優先しているのだ。

かつての帝国としてのアメリカは崩壊していない。しかし帝国の自己理解が確実に変質した。その変質を、中国とロシアは「空白」として読み取ったのだ。

(プーチンと失われた帝国)
1991年、ソ連が崩壊した。ロシアにとってそれは体制転換ではない。国家の解体だった。

ウラジーミル・プーチンは後述している。「ソ連崩壊は20世紀最大の地政学的悲劇だった」と。この言葉はプーチンの誇張ではない。ロシアの国境は後退し、人口は半減。黒海沿岸もバルトも旧共和国となった。帝国は一夜にして縮んだのだ。

1990年代のロシアは混乱そのものだった。エリツィン政権は急進的な市場改革を進めた。国営企業は民営化され、オリガルヒと呼ばれる新興財閥が生まれる。だが国家は弱体化し、1998年にはデフォルトに陥る。ルーブルは大暴落し、国民の貯蓄はふっとんだ。ロシア人にとって「自由」は豊かさではなく、不安と混乱の記憶として刻まれたのだ。

その間、西側は動いていた。1999年、ポーランド、ハンガリー、チェコがNATOに加盟した。同年、NATOはセルビアを空爆。安保理常任理事国であるロシアの意思は完全に無視。モスクワから見れば、敗戦国の扱いに近いと感じたことだろう。

1999年、プーチンが首相に任命される。翌2000年、大統領就任。元KGB将校。当時は無名に近い存在だったが、彼は国家の再集中を始める。チェチェンを強硬に鎮圧し、地方知事の権限を制限し、オリガルヒを従わせる。メディアも統制下に置かれることになる。彼にとって最優先は民主化ではない。国家の再建だった。

911の後、プーチンはブッシュに協力的だった。対テロ戦争を支持し、中央アジアへの米軍展開も容認した。しかし2002年、アメリカがABM条約を破棄した。戦略均衡の象徴が消えたことになる。さらに2003年のイラク侵攻。プーチンからの視点では、国連の枠組みを軽視する単独行動に映ったことだろう。この頃からプーチンの中で確信が固まり始めたと思う。アメリカは力を自制しないと。

2003年ジョージアのバラ革命、2004年ウクライナのオレンジ革命。旧ソ連圏で親欧米政権が誕生する。西側は民主化と呼んだ。モスクワは体制転覆の輸出と受け止めた。2008年のブカレストNATO首脳会議では、ウクライナとジョージアの将来的加盟が示唆された。そして、同年、ロシアはジョージアへ軍事介入した。短期戦で事実上の勝利だ。そして、これは警告の意味だったと思う。

2014年、ウクライナのヤヌコビッチ政権が崩壊する。ロシアはクリミアを併合した。国際法違反と批判されるが、国内ではプーチンの支持率が急上昇した。プーチンは歴史的領土の回復と語ったのだ。西側との亀裂は決定的になる。ロシアへの制裁が始まり、同時にロシアは中国との接近が進んだ。

2022年2月、ロシアはウクライナへ全面侵攻する。プーチンはNATO拡大の阻止と「歴史的ロシア」の回復を掲げた。戦争は長期化。ロシアへの制裁は続き、経済は再編を迫られる。それでも国家は崩れていない。

プーチンを単純な侵略者として見ると、本質を見誤ると思う。彼は東ドイツ駐在のKGB将校としてベルリンの壁崩壊を現地で見ていた。国家が一瞬で崩れる恐怖を体験している。彼にとって安全保障とは、軍事的脅威だけではない。内部崩壊の再発防止でもあるのだ。

NATO拡大は軍事的包囲であり、同時に体制への心理的圧迫だった。ロシアは経済規模で見れば中堅国にすぎない。GDPはイタリアに近い程度だ。しかし核兵器を持ち、エネルギーを握り、帝国の記憶を持っている。帝国の地理と心理が政策を動かしているのだ。

アメリカが内向きに変質する中で、ロシアは外向きの強硬路線を選んだ。それは攻撃でもあるが、恐怖の裏返しでもある。包囲されるという感覚が、国家を硬直させ、強硬にする。こうして秩序は揺らいでいる。アメリカの変質が空白を生み、ロシアはそこに踏み込んだのだ。

(習近平と中華民族)
近代の中華民族の心理を1840年から探ってみる。アヘン戦争だ。当時の清は敗れ、不平等条約を結ばされ、香港は割譲され、列強は租界を持ち、関税自主権は奪われた。中国は世界の中心という自己認識から、侵食される帝国へ転落したのだ。この体験は単なる歴史ではない。国家の深層に刻まれた記憶となった。

その後も中国の敗北は止まらない。日清戦争、義和団事件、列強による分割、そして日中戦争。国土は踏みにじられ、主権は侵食され、国家は分裂した。清は倒れ、軍閥が割拠し、国民党と共産党の内戦が続く。近代国家をつくる試みは幾度も挫折した。1949年、毛沢東が天安門で中華人民共和国の成立を宣言。「中国人民は立ち上がった」と語った瞬間だ。ここで初めて、屈辱の連鎖は一度止まった。しかし建国は安定を意味しなかった。大躍進と文化大革命は社会を激しく揺らし、政治的熱狂は経済的荒廃をもたらした。国家は再統合されたが、その代償は極めて大きかったのだ。

1989年、天安門事件が起きる。民主化を求める学生運動は武力で鎮圧される。この瞬間、中国共産党は決断した。政治的自由ではなく、経済成長によって正統性を維持することを。鄧小平は1992年の南巡講話で改革開放を加速させる。2001年のWTO加盟を経て、中国は「世界の工場」になる。安価な労働力と巨大市場が結びつき、成長率は二桁台に達する年が続いた。

だが経済成長だけでは国家は安定しない。1989年の天安門事件は、党にとって決定的な教訓だった。政治的自由は体制を揺るがすという。それでは正統性をどこに置くのかだ。答えは二つに収斂した。経済成長と歴史だ。

1994年以降、愛国教育は国家戦略として体系化される。学校の教科書は書き換えられ、抗日戦争記念館は拡張され、テレビドラマや映画は「屈辱の100年」を繰り返し描いた。アヘン戦争、南京事件、日中戦争。列強と日本による侵略の記憶が強調された。一方で、天安門事件は公的空間からほぼ消した。体制にとって都合の悪い記憶は語られず、外部から受けた被害の記憶を全面に演出しゅいたのだ。

これは単なる歴史教育ではなく、政治的設計だった。国内の不満や格差を外部の歴史的加害者へ寄せ、「復興」という未来目標へと束ねる。経済発展は豊かになるためではなく、屈辱を終わらせるための手段と位置付けているのだ。ここで日本は象徴的な他者となった。地理的にも近く、歴史的にも対立の記憶が濃かったからだ。

歴史は事実そのものよりも、どの事実を強調するかで政治的意味を持つ。南京事件をめぐる犠牲者数や評価には国際的にも議論がある。しかし中国において重要なのは数字の確定ではなく、「被害の物語」を国家アイデンティティに組み込むことだった。被害の共有は、体制への忠誠を補強することを理解しているのだ。

2012年、習近平が総書記に就任する。彼はすぐに「中華民族の偉大な復興」という言葉を前面に出した。これは抽象的な理念ではない、19世紀以来の屈辱を回収するという、歴史の方向付けに等しかった。だがこのスローガンは、余裕の中から生まれたものではない。中国はすでに転換点に差しかかっていた。高度成長は鈍化し、不動産と地方債務への依存が深まり、格差は拡大していた。胡錦濤期の集団指導体制は安定をもたらしたが、その裏で党内腐敗は広がり、統治の一体感は弱まっていた。経済のエンジンが減速し始める局面で、分散型の指導体制はリスクになるのだ。

同時に対外環境も変わりつつあった。アメリカは内向きになりながらも、中国の台頭を警戒し始めていた。南シナ海、台湾、サイバー領域。摩擦は増え、将来的な包囲の兆しが見え始める。強い国家でなければ、この局面を乗り切れないという認識が党内に広がる。

そこで習近平は党と軍を同時に掌握し、反腐敗運動を通じて権力を一極に集めた。国家主席の任期制限も撤廃した。ここは権力欲の発露というより、成長減速と外圧という二重の不安に対する制度的な回答だったのだ。権力の集中は偶然ではない。転換期に入った中国にとって、それは構造的な選択だった。

統治手法は二軸で構成される。内部の秩序と、外部への威信だ。中国の古典的政治思想で言えば、文治と武功だ。文治とは、内部を整え、思想を統一し、秩序を安定させる力だ。そして武功は、外に向けて力を示し、領土と威信を拡張する成果を意味する。

習近平の統治は、この二軸を同時に強めた。内部では言論統制を強化し、香港に国家安全法を導入した。これまでの三権分立ではなく「協調」を唱え、党の指導を憲法原理の上位に置いた。これは明確な文治だ。秩序を再統合し、思想を一つに束ねたのだ。

一方で外部では、武功が加速する。南シナ海の埋め立てを急速に進め、人工島に滑走路を建設し、軍事拠点化する。2013年以降、その速度は明らかに増した。オバマがシリアで軍事介入を控え、「レッドライン」を越えても全面行動に踏み切らなかった時期と重なるのは偶然ではないと思う。力の空白を読んだのだ。相手の逡巡を測る。それは中国が長く用いてきた戦略思考なのだ。

文治で内部を固め、武功で外部に示す。この両輪が揃って初めて「盛世」は成立する。習近平が目指しているのは、単なる経済大国ではない。歴史的屈辱を回収し、秩序の中心に戻る国家像だ。

それから、習近平は経済圏の再設計を進める。2013年に一帯一路構想を打ち出した、ユーラシアとアフリカを結ぶ巨大インフラ構想だ。2015年にはAIIB(アジアインフラ投資銀行)を設立し、西側主導の国際金融秩序に対抗する枠組みを作った。デジタル人民元の実証実験も進む。ドル依存からの緩やかな離脱を視野に入れる動きだ。

しかし中国は上昇一辺倒ではない。成長モデルは不動産と地方債務に依存し、不動産バブルが揺らぎ始めている。恒大問題に象徴されるように、過剰債務は深刻だ。人口は減少局面に入り、生産年齢人口はピークを過ぎた。成長率も鈍化する。強さと不安が同時に存在しているのが今だ。

台湾問題はその象徴だ。中国にとって台湾は核心的利益であり、歴史的未完の課題でもある。武力統一を排除しない姿勢は維持しつつ、経済的・軍事的圧力を強める。米中関係が緊張するほど、台湾海峡の温度は上がる。

習近平は「盛世」の再来を語る。だが盛世とは安定ではない。常に外部との緊張の中で維持される均衡だ。アメリカは中国の発展と安全を阻む最大の脅威と位置付けられている。半導体規制、貿易戦争、技術封鎖。中国は包囲されているという認識を強めるが、この心理はロシアと重なる部分がある。ロシアは失われた帝国の回復を目指し、中国は屈辱の帝国の復興を目指す。方向は異なるが、アメリカ中心秩序の修正という点で利害が一致している。

北京オリンピックへの外交ボイコットの最中、プーチンは北京を訪れ、習近平と並んだ。「制限なき協力」と宣言した。冷戦ではない。だが歴史の記憶が国家を動かしている。中国は経済規模でアメリカに迫り、軍事費を増やし、技術覇権を狙う。しかし同時に、成長の天井と人口構造の変化に直面。強さと不安。復興と恐怖。この二つが同時に存在しているのだ。

(空白を読む国家たち)
1955年、インドネシアのバンドンでアジア・アフリカ会議が開かれた。いわゆるバンドン会議だ。植民地支配を受けてきた有色人種国家が集まり、米ソいずれにも属さない第三の立場を模索した。のちに「非同盟」と呼ばれる流れの源流である。当時の参加国人口は14億を超えていた。西側から見れば周縁だが、彼らにとっては自らが世界の多数派だった。

ウクライナ戦争が始まったとき、多くのグローバルサウスは即座にロシア非難へとは動かなかった。彼らにとってそれは「東欧の戦争」だったからだ。なぜ自分たちの飢餓や債務危機は顧みられず、欧州の戦争だけが普遍的正義として扱われるのか。そこには長い疎外感があったのだ。

南アフリカを見ればわかる。かつてオランダとイギリスの植民地となり、アパルトヘイト体制が続いた。アフリカ民族会議(ANC)は解放運動を展開したが、レーガンやサッチャーはそれをテロ組織と呼んだ。その時に支援したのはソ連だった。歴史は常に感情を残すものだ。ロシアへの距離感は、単なるエネルギー依存だけでは説明できないものがあるのだ。

一方で、西側内部にも亀裂が広がっていた。1980年代以降、アメリカではポリティカル・コレクトネスが広がった。多様性の尊重、言葉の配慮、歴史の再評価。看護婦は看護師に、クリスマスはハッピーホリデーに。理念としては包摂だ。しかし、急激な価値の転換は反動も生んだ。

白人労働者層の一部は、自らが「加害者」として位置付けられ続けることに違和感を抱く。黒人が集まれば権利運動、白人が集まれば至上主義と批判される。ダブルスタンダードだと感じる層の鬱憤が蓄積される。そこにトランプのMAGAが現れたのだ。

歴史を遡れば、ピューリタン革命後にイギリスを離れた白人たちが新大陸を開拓した。もちろんそこには先住民の排除と黒人奴隷制という暗部がある。しかし彼らは「自分たちが築いた国家」という物語を持ってきた。開拓と自助の歴史だ。

1965年の移民法改正以降、アメリカは急速に多民族国家へと変わっていく。アジアや中南米からの移民が増え、人口構成は大きく変化した。かつて多数派だった白人層は、将来的にマイノリティになると予測されている。

この変化を脅威として語る言説が生まれる。「自分たちが置き換えられる」という感覚だ。いわゆるグレート・リプレイスメントという主張だ。それが事実かどうかよりも重要なのは、そう感じる人々が一定数存在し、その感覚が共有されることだ。政治は、合理性よりも共有された不安で動く。

欧州でも同じだ。メルケルの難民受け入れ政策の反動としてAfDが伸びる。リベラルな価値観が制度化され、異論は法的に制裁されることもある。伝統を守ろうとする動きは「反動」とされる。だが政治は真空を嫌う。抑圧された感情は別の形で噴出するのだ。

ここに技術の変化がスパイスとして効き始めた。SNSだ。アルゴリズムは中立ではなく、意図がある。似た意見を集め、似た感情を増幅する。それによってSNSのプラットフォーマーは話題をつくり広告費を稼げる。結果的にエコチェンバーが生まれ、同じ主張が何度も反響する。少数意見は、繰り返されることで多数のように見え始め、多くの人々が世界中で錯覚し始める。

Qアノンはその象徴だった。陰謀論は冗談では終わらない。信じる者同士を結びつけ、共同体をつくる。事実の検証よりも、共有された怒りや恐怖のほうが強い接着剤になったのだ。そして、コロナはそれを加速させた。ワクチン陰謀論、ディープステート、世界を裏で操る存在という物語。情報はもはや正確さでは競わない。感情の強度で拡散する。

911は象徴的な事件だった。しかし、その後、テロの形が急激に変わった。組織的な犯行から、個人の取り組みに化したのだ。デジタル空間で刺激を受けたローンウルフが行動を刺激された、しかも同時多発的にだ。19世紀のアナーキストが、21世紀ではアルゴリズムによって再生産されたのだ。安倍晋三銃撃も、トランプ暗殺未遂も、背景には孤立した個人と情報空間があった。

ロシアはこれらの流れを完全に理解していると思える。情報を巧みに操作し、国家の亀裂を広げるのだ。ブレグジットをめぐる世論操作疑惑、欧州右派との接近、SNS上での世論攪乱。真偽よりも疑念を広げることを目的に、大国を分裂させ、信頼を消失させ、民主主義を破壊しているのだ。

そして、戦争に別の意味を発見した。それは、被害者が増えることで発生する難民の副次効果だ。シリア難民が欧州政治を揺らしたように、戦争による大規模破壊と無差別攻撃は人の強制的な移動を生む。従来民主主義で栄えていた受け入れ国の社会不安が増幅される様子をつぶさに観察したのだ。ウクライナ難民はキリスト教圏ということもあり、シリアほどの混乱は生まなかったが「難民は社会を弱くする」という発想は、戦略として存在しうるものになっている。

全ての事例に置いて、秩序は外からだけでなく、内側からも削られていくのだ。オバマが「アメリカは世界の警察ではない」と語ったとき、それは国内へのメッセージだったかも知れない。しかし世界は別の意味で受け取った。空白が生まれたのだ。そして空白は他の権威主義に読まれた。

中国は南シナ海で動き、ロシアはクリミアへ進み、中規模国家は独自の立場を強めた。インドはロシアのエネルギーを買い続け、シンガポールやベトナムは米中の間で均衡を図る。トルコはNATOに属しながらロシアと取引する。誰もが単極秩序の終わりを感じ取っている。

冷戦後のグローバル化は、豊かさを広げた。しかし同時に格差を拡大し、都市と地方、エリートと非エリートの溝を深めた。勝者は超富裕層に集中し、多くは取り残されたと感じた。その回帰運動が保守化だ。トランプ、プーチン、習近平あんどのストロングマン待望論に接続されていく。

アメリカは2026年に建国250年を迎える。ロシアは帝国の記憶を抱え、中国は屈辱の回収を掲げる。南は植民地の記憶を持ち、西側内部では価値観が揺れる。

まさにG0。主導国なき世界ではない。主導を引き受ける国がいない世界になったのだ。秩序は崩れてはいない。しかし空白が広がった。そして国家は、その空白を貪るように読み各々が行動する。

(空白の広がり)
帝国は突然崩れることはない。ジワリと徐々に正統性を失い、周縁が自律する。そして、中心が疑われはじめたとき、帝国はすでに内部からほどけている。ローマもそうだった。軍事で敗れた瞬間に終わったのではない。永遠だと信じられた物語が、信じられなくなったときに終わったのだ。

21世紀の秩序も同じ局面だ。アメリカは崩壊していない。軍事力も、ドルも、技術も依然として圧倒的だ。中国も上昇を続け、ロシアも核と資源を握る。力そのものは残っている。しかし変質したものがある。「引き受ける意志」だ。冷戦後、アメリカは秩序を設計し、必要とあらば行使した。その物語は自由と民主主義だった。ロシアの物語は回復であり、中国の物語は復興だった。世界は力だけで動くのではない。物語で動いている。

G0とは、力の空白ではない。物語の空白である。一国の物語が普遍だと信じられなくなったとき、秩序は簡単にも崩れる。信頼は薄れ、同盟は条件付きとなり、周縁は距離を取る。帝国の終わりとは敗北ではない。信じられなくなることだ。いま世界は単極でも多極でもない。主導国なき世界でもない。主導を引き受ける国がいない世界なのだ。

空白が広がれば、国家はそれを読む。強い者は踏み込み、慎重な者は均衡を探り、記憶を持つ者は過去を回収しようとする。歴史は繰り返さないが、韻を踏む。ローマは終わった。しかし文明は続いた。いま問われているのは、誰が覇権を握るかではない。誰が秩序を支えるかだ。



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