米国の構造的なリスク

2025年9月12日 金曜日

早嶋です。2800文字。

米国経済の先行きはどうなるだろうか?様々な要因が同時に動くことで、極めて不安定な構造を帯びつつあることは間違いない。

まず、関税強化により輸入コストが上昇。それが消費者物価に転嫁されている。実際に最新の統計では消費者物価指数(CPI)が前年比2.9%上昇、コアCPIも3%を超えており、インフレの粘着性が改めて確認された、つまり一過性ではなく持続的だと観察できる。これは企業の価格設定だけでなく、アップルのiPhone価格引き上げのように、グローバル企業の販売戦略にまで影響を及ぼしている。

一方で、労働市場は新規失業保険申請件数が増加するなど、減速の兆しを見せている。特に新卒学生にとっては厳しい状況だ。AIの急速な普及が、これまで新人が担ってきたルーチン業務を代替し、企業にとって「経験の場」を提供するインセンティブを削ぎ落としている。この構造的変化は、若年層の雇用機会を狭め、消費力の低下につながりやすい。米国経済の7割を占める消費の足元が揺らげば、景気全体の縮小圧力となるのは避けられない。

さらに社会的なリスクとして、政治暴力が現実化した。保守系の活動家チャーリー・カーク氏がユタ州で暗殺される事件は、すでに二極化した社会の緊張を一気に高める。政治的不安は治安コストや社会的分断を深め、資本逃避や投資マインドの萎縮を招く可能性がある。治安の悪化はサービス業のコスト増にも直結するだろう。

こうした状況を踏まえると、米国経済がたどる道筋はいくつかのシナリオに分かれる。最も可能性が高いのは、インフレが下がらない一方で雇用が冷え込む「スタグフレーション型のハードランディング」だ。

この局面では、生活必需品や住居費の高止まりによって家計の実質購買力が削られ、低所得層から消費が急速に冷え込む。企業は需要減退に直面する一方で、人件費や仕入れコストを吸収できず、利益率が圧迫される。金融市場では、FRBがインフレ抑制と景気下支えの狭間で身動きの取れない状態に陥り、政策対応は後手に回る。結果として株式市場は調整色を強め、企業投資も停滞する。

さらに時間が経てば、この悪循環は社会的なひずみを広げる。若年層の失業は高止まりし、格差や不満が政治的対立を増幅させる。治安不安や政治的分断が続けば、海外投資家のリスク回避姿勢も強まり、ドルや米国債の信認に影響を与える可能性すらある。つまり、単なる一時的な景気後退ではなく、「持続的な低成長と社会不安」が組み合わさった未来が現実味を帯びるのだ。

日本の状況と重ねて見れば、経済停滞の中で保守的な潮流が強まる点は共通している。しかし、日本では怒りが暴力や抗議行動に直結しにくく、むしろ静かな右傾化として表れるのに対し、米国では分断が可視化され、政治的暴力というかたちで爆発する。この違いが、両国の未来におけるリスクの性質を大きく分けているといえるだろう。

他には、「政治暴力の連鎖がマーケットのリスクプレミアムを跳ね上げるケース」だ。もし暗殺や襲撃事件が断続的に発生すれば、米国社会に横たわる分断は一気に表面化し、抗議行動や衝突が日常化するだろう。こうした緊張は経済の実体に直接作用する以上に、投資家心理に大きな影を落とす。資本市場では安全資産への逃避が加速し、ドル短期債や金への資金シフトが進む一方で、株式や企業債の調達環境は急速に冷え込む。政治日程そのものも混乱し、政策決定の停滞が景気悪化をさらに深める。最悪の場合、選挙の正統性や統治能力に疑念が生まれ、海外投資家は米国リスクを一段と重く見積もるようになるだろう。

「財政赤字と国債増発によって長期金利が高止まりするケース」もある。政府が大型の減税や歳出拡大を続ければ、国債の供給は膨張し、投資家はリスクに見合う利回りを要求する。景気が減速しても長期金利は下がらず、むしろ財政への懸念からじわじわと上昇圧力がかかる。住宅ローン金利は高止まりし、個人消費をさらに圧迫する。企業にとっても社債発行コストが上がり、資金調達の道が狭まる。やがて不動産開発や中小企業の借換えが困難になり、信用不安が局地的に顕在化する。金融機関は貸し渋りや引当増を余儀なくされ、与信の縮小が実体経済を押し下げる。つまり、このシナリオでは「インフレが続かなくても」金利の呪縛によって経済が締め付けられるのだ。

あと2つくらいある。「関税報復合戦で貿易や供給網が混乱するケース」、「あるいはAI投資の期待が剥落して株式市場が逆回転するケース」だ。

関税報復合戦のケースでは、米国が中国やEUに対して関税を強化し、それに対する報復が連鎖する。サプライチェーンの混乱は企業コストを押し上げ、物価高と供給不足が同時に進む。消費者は高価格に直面し、耐久財や輸入品を中心に購買を手控えるだろう。輸出依存度の高い産業は直撃を受け、世界貿易全体の減速が米国市場にも反射する。結果として企業業績は悪化し、株式市場は広範な売り圧力に晒される。

AI投資逆回転のケースでは、過剰な期待を背負った生成AIやデータセンター投資が、収益化の遅れによって評価を大きく下げる可能性だ。巨額の設備投資を続けたテック企業がガイダンスを引き下げれば、成長株のバリュエーション調整は避けられない。指数を牽引してきたメガテックが一斉に値を崩せば、市場全体が逆回転し、投資家は「新しい成長物語」を信じられなくなる。テクノロジー主導の強気相場が崩れるとき、その心理的打撃は他セクターにも広がっていくだろう。

いずれにせよ共通するのは、「消費の減速」と「投資家心理の悪化」が連鎖することで、株式市場が20%から30%規模の調整に陥るリスクも過去を見ればあり得る数字だ。

2000年のITバブル崩壊では約▲49%、2008年のリーマンショックでは約▲57%、2020年のコロナ危機でも一時▲34%の急落が起きている。1970年代のスタグフレーション期にも複数回の▲20%から30%級の下落が繰り返された。今回の状況は金融危機級ではないにせよ、インフレと雇用不安が重なれば、少なくとも70年代型の「中規模暴落」に近づく可能性もあると思う。

さらに、現在のS&P500の予想PERは20倍超と高水準にあり、景気後退局面で一般的な15倍程度に戻るだけで▲25%前後の下落が理論的に導かれる。そこに企業収益の悪化が重なれば、▲30%規模の調整は十分に射程に入るのだ。

これを回避するには、FRBの柔軟な金融政策や、関税運用での例外設定、財政支出の質の転換、さらには政治暴力を抑止する超党派の取り組みが不可欠だ。つまり現在の米国は、経済・社会・政治の三重の不安を同時に抱え、暴落の芽がいくつも散らばった状態なのだ。もちろん全てのシナリオが机上の空論かもしれない。現実化するかは未定だ。ただ、「平時の調整」ではなく「構造的リスクの時代」に入ったと見るのは大切な視点だと思う。



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