新規事業の旅212 独占禁止法に思う

2025年9月10日 水曜日

早嶋です。約2,000文字。

EUがGoogleやAppleといった巨大テック企業に対して、再び独占禁止法の観点から介入を強めている。検索エンジンや地図、アプリストア、OS、さらには自動運転技術までを含めた広範囲な事業領域において、それぞれの企業が支配的な地位にあるという判断だ。

たしかに、現代のプラットフォーマーたちは、検索・地図・モバイル・広告・AIなどを包括的に取り込んで、まるで巨大なインフラとして私たちの生活の中に根を張っている。だが一方で、それらの企業がどれだけのリスクを取り、何十年にもわたってインフラを無料で提供しながら技術を進化させてきたかを想像すると、彼らの「支配」と「影響」は我々に取って生活体験そのものを確実にアップデートしている。しかし、EUは「悪」と捉えたいのだ。

独占禁止法(antitrust law)という制度そのものは、もともと今から130年以上前の19世紀アメリカで生まれた。ロックフェラーのスタンダード・オイル社を筆頭に、石油、鉄鋼、鉄道といった基幹産業に巨大資本が集中し、あからさまな価格操作や新規参入排除が横行していた時代だ。こうした企業が消費者や労働者を「支配」し、民主主義の仕組みすらねじ曲げようとする流れに対して、国家が「市場に介入する権利」を初めて明文化したのが独占禁止法の原点だ。

この時代の企業は、情報を握ることで市場をコントロールしていた。商品の値段も仕入れの経路も、誰が競合なのかすら一般の消費者には見えない。情報の非対称性のなかで、強者は強者の論理を押し通し、弱者は声すら上げられない。そうした構造の中で生まれたのが独禁法であり、それによってアメリカ社会は「自由競争の回復」という理念を取り戻そうとした。

だが、時代は変わった。2000年代以降、インターネットとスマートフォンの普及によって、情報の流通構造そのものが劇的に変わった。私たちはGoogleで何でも検索し、YouTubeでレビューを見て、TwitterやInstagramで口コミを確認する。価格比較サイトやレビューアプリ、掲示板やSNSを通じて、もはや「企業だけが情報を持っている時代」は終わった。むしろ、消費者こそが「企業を評価する力」を手に入れたのだ。

このような時代において、GAFAが得ている富は、情報の非対称性を悪用した結果ではない。それは、ユーザーが日々の利便性を評価し、その対価としてお金を支払っている、いわば選好の集積としての富だ。Googleの検索が便利だから使う。AppleのiPhoneが美しくて安心だから選ぶ。Amazonの配送が早くて返品も簡単だからリピートする。それだけの話だ。

それにも関わらず、欧州を中心とする規制当局は、あたかもGAFAが旧来のロックフェラーと同じ「支配構造」にあるかのように語っている。しかし、これは20世紀型の思考枠組みを21世紀に無理やり持ち込んでいるようにも見える。現在のGAFAのビジネスモデルは、単なる「構造の囲い込み」ではない。むしろ、「連携によるUX(ユーザー体験)の最適化」であり、「ユーザーにとっての手間の最小化」なのだ。

たとえば、Appleの製品は、ハード・OS・ソフト・サービスが一体設計されているからこそ、安全性と快適さが両立する。Googleの各種サービスも、検索から地図、メール、翻訳、広告、クラウドとつながることで、生活に深く根ざした「便利さ」が成立している。これらを「分離せよ」というのは、UXの崩壊を意味する。つまり、「自由競争のためにUXを壊す」という、本末転倒な論理がまかり通りかねないのだ。

さらに言えば、今のGAFAは、自らの力で市場を切り拓き、誰よりも早くリスクを取り、世界中にプラットフォームを浸透させてきた。その結果として構造的に強くなっているわけであり、それを「強すぎるから分割せよ」と言われたら、どの企業も挑戦できなくなる。リスクを取った者が報われず、逆に分割されて罰せられるとしたら、果たして次のGoogleやAppleはどこから生まれるのだろうか。

もちろん、独占があらゆる面で肯定されるわけではない。たとえば、新興企業の買収によるイノベーション潰しや、アプリストアにおける強制的な手数料設定など、力の濫用が起き得る領域はある。だが、それらは「独占そのものの悪」ではなく、「行為としての不当性」を正しく見極めて対処すべき問題である。

これからの時代に必要なのは、古い「独占=悪」という二項対立ではなく、UX、透明性、選好、そして自律性といった新しい価値軸に基づいた制度設計だと思う。構造を無理に分けるよりも、消費者が不利益を被らない仕組みをどう担保するか、プラットフォーマーが過剰に価格支配をしないようどのようにインセンティブを組むか。つまり、「規制」ではなく「共進化」が求められているのだ。

テクノロジーが急速に進化し、社会そのものが変化している今、独占禁止法という正義のルールもまた、時代に即してアップデートされるべき時に来ていると思う。



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