新規事業の旅178 企業が思考停止に陥る理由と、ジョブローテという制度疲労

2025年5月7日 水曜日

早嶋です。約1900文字です。

民主主義は、自然に維持されない。いつも不断の努力が必要だ。国家でも企業でも同じなのだ。皆が自分の頭で考え、話し合い、時には対立を経て合意形成する。面倒で手間もかかるが、これをやめてしまうと、あっという間に「誰かに任せる」「他人事」の構造が出来上がる。そして最終的には、全体主義的な組織になるのだ。一見すると、全体主義と企業は関係ないように見えるが、現実は違う。特に中堅規模の企業では、トップダウン型の経営が強まりすぎて、気がつけば経営陣だけが意思決定をし、現場はただの実行部隊になるケースが多い。その結果、組織は静かに傾くのだ。

本来、組織は議論を重ねて意思決定をするものだ。だがそのためには時間もエネルギーも必要になる。そこで、「任せよう」「上が決めたことに従おう」となりがちなのだ。一見、効率的に見えるが、この構造を長く続けると、意見を言わない文化が出来上がり、悪い報告ほど消される組織体になってしまう。現場で何が起きても、トップの耳には都合の良いことしか届かなくなる。上に行けば行くほど、現場の実情を知れなくなるのだ。全体主義が醸成される温床があるのだ。

組織が拡大するにつれて、仕事は細分化される。営業、開発、調達、広報、経理、法務…それぞれの専門分野ごとにマネジメント(管理職)がつき、従業員はその「機能の一部」だけを担うようになる。これはバリューチェーンの最適化という意味では理にかなっている。だが、長年この構造を続けていれば、当然ながら社員は「自分の仕事の全体像」や「事業全体の構造」などを把握しなくなる。そして、「自分が関わる範囲以外は知らなくていい」「全体のことはマネジメントが考えるものだ」という思考が無意識に定着する。つまり、思考停止も構造的な問題なのだ。

では、経営陣は全体を見ているだろうか。実は。これも疑わしいのだ。トップはよく「全体を見る視野を持て」と言うが、実際には、自分たちが見ている情報こそが、既に下から選別された断片であるという事実に気づくべきなのだ。現場の実情はミドルで加工され、役員会でさらに化粧されている。最終的にトップに届くのは、「報告しやすい情報」や「答えが決まっている資料」ばかりになるのだ。これでは全体最適など見えるはずがない。この状況では、トップは「自分たちは全体を見ている」と思い込んでも不思議ではないのだ。そして、徐々に静かな独裁が生まれるのだ。

このような全体主義的傾向に対抗する手段として、昔からジョブローテーションが正義とされている。複数の部門を経験させ、多面的な視野を持たせることで、経営人材を育てようという考え方だ。だが、現代のようにゼロイチが求められる環境では、この仕組みがむしろ害になるケースも観察できる。新規事業や変革プロジェクトなど、試行錯誤の積み重ねが必要な分野では、一貫性と蓄積が成果に直結するのだ。それにもかかわらず、2年から3年ごとに人が入れ替わり、前任者のやってきたことをゼロから見直すことを繰り返す。そして、この繰り返しが、どれほどの無駄と疲弊を生んでいるか人事のトップや経営陣には認識が薄い。さらに、異動前提でキャリアを設計された社員は、「どうせ自分は数年でいなくなる」と考え、深く根を張って考えたり、責任を持ってやり切る意識を持たなくなる。結果として、組織全体が、助走程度の力で回るようになるのだ。

このような制度疲労に対しては、もう「全員を回す」のではなく、「誰を、いつ、どこで活用するか」という戦略的人事への転換が求められている。世の中はジョブ型に移行、とその兆しはあるが、戦略的にがポイントだ。たとえば、
●ゼロイチに関わる人材には5年程度の任期保証を与える
●成熟部門では機能間での柔軟な越境経験を奨励する
●評価制度は、成果だけでなく、プロセスの質や組織への貢献度も重視する
●経営陣自らが現場に入り、情報の源泉に触れる文化の定着
などだ。
概念的に整理すると、「やっている」となると思うが、実に構造的に深い問題なのだ。組織が健全な状態を保つには、「耳をふさがない構造」と「現場が手を抜かずに済む仕組み」が不可欠なのだ。

企業が傾くとき、外から見えるのは「業績の悪化」や「離職率の上昇」だ。だが、その前には必ず、「話し合いをしなくなる」「情報が上がらなくなる」「制度が疲れていても気づかない」という、静かな全体主義の浸透があるのでは無いだろうか。この空気を見逃してはいけない。それは会社の終わりの始まりかもしれないからだ。

(ポッドキャスト配信)
アップルのポッドキャストはこちら
アマゾンのポッドキャストはこちら
スポティファイのポッドキャストはこちら

(過去の記事)
過去の「新規事業の旅」はこちらをクリックして参照ください。

(著書の購入)
コンサルの思考技術
実践『ジョブ理論』
M&A実務のプロセスとポイント



コメントをどうぞ

CAPTCHA