全体主義と民主主義

2022年7月5日 火曜日

早嶋です。

1920年代から1940年代にかけて、イタリア、ドイツ、日本において全体主義、いわゆるファシズム的な思想が広まりました。全体があるので個々があるという理屈で、国家や組織の利益を優先させる思想です。

1920年代後半、ムッソリーニらは自分たちが傾倒する運動を全体主義と形容しました。当時の西洋の自由主義は人間が本来持つ自由に対して、抽象的かつ観念的にしか捉えていないとして現実から逃避していると指摘します。そして自身の思想が国家の中で生きる現実の人間にとってより自由を考えていると主張します。そして個々を共同体としての国家へ再び統合する意義を強調します。

一方で当時の西洋諸国は、この全体主義的な発想に脅威を感じます。個々は自分のためではなく国家という共同体のために生きる体制と捉えたからです。英国のチャーチルは全体主義を非難し、自分たちが考える自由主義を防衛する必要を訴えます。

第二次世帯大戦後、混沌とした社会情勢につかれた個々が、個人主義的な世界で生きることに疲れ、不安を感じ、積極的に何かに属したくなる。そこに再び全体主義的な部分に自分を向かわせるインセンティブがあった。これは「全体主義の起源」や「エルサレムのアイヒマン」の著者であるハンナ・アーレントの考えです。

労働者階級、資本家階級など、自分の所属階級が明確だった時代。自分にとっての利益を意識することは簡単でした。しかし19世紀の終わり頃より、このような階級制度が崩壊し始め、自分たちの存在が不明瞭になった大衆が溢れます。従来は階級毎に、自分たちの利益や、それを維持するために取るべき行動が明確でした。そのため自分たちの利益を最大化する政党を選ぶこともむずかしくありません。

しかし、何が自分たちの利益なのか分からない大衆は、自分たちに相応しいと感じたのが全体主義になったのです。そのため背反的ではありますが大衆が全体主義をうごかしていったのです。

従来は、自由や平等などの権利を自ら主張して、その実現を行う政党を支持していました。しかし大衆は国家や政治家が何か良いものを与えてくれると思い、あまり思考しない集まりです。本来は、自分の思考と意見をもつべきですが、大衆は周囲に同調し個性を無くし漫然と生きる道を選びます。

景気が悪くなり、社会に怪しい空気感があふれ出した時、自然と政治を語るようになります。しかし、大衆が誰かに対して何かをしてほしいと考える感情は危険です。そもそも自身のアイデアも無く、物事を深く捉え思考することをしませんので、大衆は分かりやすい表面的なアイデアに飛びつきます。

ナチズムは、第一次世界大戦に敗れたドイツが領土を削られ賠償金で経済がひっ迫した時、追い打ちをかけるような1929年の世界大恐慌で失業者があふれた時、誕生しました。不安と緊張にさらされた大衆が選択したのは厳しい現実を忘れさせる世界観であるナチズムでした。我々の民族は世界を支配すべき民族で、他民族が妨げているという架空を信じたのです。

2022年。様々な媒体が溢れ、様々な考えが飛び交っています。情報を自分たちから調べることで、真実と虚実を同時に手に入れることが可能です。ネット上に加え、SNS上でも様々な情報が飛び交います。しかし、実際は自分が心地が良いと思う情報を選択して、同じような思考や考えに浸ることに安心を求めています。よくわからないという混沌とした状況は個人にストレスを与えるため、自分にとって分かりやすいと感じる情報に接するうちに安堵を覚えるようになるのです。

このような考えは、1920年代から1940年代にイタリア、ドイツ、日本で広がった全体主義的な考えと近いと思います。自分にとって分かりやすいという思考を求めるあまり、自分自身で深く考えずに、複雑で交錯する現実を理解できなくなり、結果的に最も分かりやすいスローガンに飛びついてしまう。その思考停止の状態で選挙があれば、その結果は散々たるものになり、知らず知らずのうちに世の中が全体主義に動いていくのです。

自分の考えを持ち、絶えずブラッシュアップして、思考を続ける。これが処方箋だと知っていても、分かりやすさに浸り思考停止をする。このような空気感の中では、民主主義は結果的に破壊の方向に向かうこともあることを歴史は度々語っています。



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