早嶋です。約6200文字。
ガソリン価格が一気に上がった。レギュラーで1リットル160円前後だったのが、場所によっては190円台だ。1週間程度で30円近く価格が上がっている。異常な動きだ。しかし、この現象は偶然ではなく、日本のエネルギー構造がそもまま露呈した結果に過ぎないのだ。
背景にあるのは、中東情勢、特にホルムズ海峡の問題だ。日本は原油の約9割を中東に依存している。そして、その8割から9割がホルムズ海峡を通る。つまり、日本のエネルギーは中東頼りで、ホルムズ海峡はボトルネックになっている。全体の7割から8割が必ず影響を受ける構造になっている。そして、この海峡が実質的に機能しなくなれば、日本の原油供給ルートが2割から3割まで減少することを意味する。
(ガソリン価格の構造)
今回の30円ジャンプの急激な動きを理解するためには、原油がどのようにしてガソリンになるのかの流れを把握すると良い。価格はそのプロセスの上に積み上がるからだ。
原油は中東などの産油国で採掘される。これがタンカーに積まれ、日本に運ばれる。ここでのポイントは、原油はドルで取引されることだ。つまり、日本は原油価格に加えて、為替の影響も同時に受ける構造だ。
日本に到着した原油は、製油所に送られる。元売りと呼ばれる企業、例えばENEOSのような会社が原油を精製し、ガソリンや軽油、灯油といった製品に分解する。この工程で、原油という一つの資源が、複数のエネルギー製品へと製造される。精製されたガソリンは、そのままガソリンスタンドに届くわけではない。いったん大型のタンク(油槽所)に貯蔵される。ここからタンクローリーによって全国のガソリンスタンドへと運ばれるのだ。そして最後に、ガソリンスタンドで我々が給油する。この時の価格が、いわゆる小売価格になる。
一連の流れは以下だ。
産油国 → タンカー輸送 → 製油所(精製) → 油槽所(貯蔵) → タンクローリー → ガソリンスタンド → 消費者
このサプライチェーン全体のコストとマージンが積み上がった結果が、ガソリン価格になるわけだ。では、その中身だが、例えば平時の時の1リットルの160円を想定して中身を分解して見よう。
・原油コスト:約80円から95円(※為替の影響)
・精製+物流コスト:約15円から30円
・元売りマージン:約10円
・ガソリンスタンド(SS)マージン:約5円から15円
・税金(ガソリン税+消費税):約35円
合計:約160円
この構造を見ると、ガソリン価格の大半は原油そのもののコストと税金で決まる。元売りやガソリンスタンドの取り分は、意外なほど小さい。つまり価格を動かす主体になりえない。つまり、原油価格の高騰と円安は、ほぼそのままガソリン価格に反映されることになるのだ。
30円値上げの理由
では、今回なぜ一気に30円も上がったのかだ。通常、ガソリン価格はここまでの急激な動きはない。元売り企業は、過去1週間程度の平均価格を見ながら、1か月程度かけて緩やかに価格を調整するからだ。
しかし今回は違った。急騰のポイントは、原油価格が実需だけで決まらない点だ。前提として、先ほど見たようにガソリン価格の土台となる原油コストは、1リットルあたり80円から95円程度のレンジだ。これが精製・物流を経て120円前後になる。
ところが今回、この原油コストそのものが短期間で大きく押し上げられた。80円から95円のレンジにあったものが、一気に110円から130円程度まで引き上がるイメージだ。更に、この上昇は「実際に原油が不足したから」ではないという点だ。
原油市場は、現物(実需)だけでなく、先物市場や金融プレイヤーによって価格が形成される。ホルムズ海峡の問題が浮上した瞬間、市場では「将来、原油が供給されなくなるかもしれない」というリスクが織り込まれる。すると何が起きるかだ。まず、トレーダーやファンドが先物市場で買いに動く。将来価格が上がると見れば、今のうちにポジションを取る方が合理的だからだ。この動きが価格を押し上げる。
さらに、地域間の価格差を利用するアービトラージ(裁定取引)も働く。例えば中東産原油の供給リスクが高まると、他地域の原油との価格差が広がる。それを埋めるための取引が連鎖的に発生し、全体の価格水準が引き上がる。
加えて、アルゴリズム取引も無視できない。価格の変動やニュースをトリガーに自動的に売買を行う仕組みが組み込まれており、一定の閾値を超えると一気に買いが加速する。結果として、価格の上昇が自己増幅的に進む。
つまり、原油価格は「将来の不足リスク」「裁定取引」「アルゴリズム」の3つが重なり、実際の需給以上に速く、そして大きく動く構造になっている。
元売り企業は、この上昇した原油価格を見て卸価格を決める。しかも彼らは、今のコストではなく「数週間後に入ってくる原油のコスト」を前提に価格を設定する。その結果、これまで120円だった原油+精製コストが、将来の見込みとして150円に近づくと判断されれば、その水準を前提に価格が決まる。結果として、1週間で20円とか30円という急激な上昇が起きたのだ。
ここで見えてくるのは、ガソリン価格は単なるコストではなく、「期待」と「金融市場」によって動かされているということだ。
(元売りと小売の利益構造)
因みに、元売りの利益構造も見てみよう。例えばENEOSのような会社はどのように儲けているのかだ。
日本の石油元売り市場は、実は寡占状態にある。主なプレイヤーはENEOS、出光興産、コスモエネルギーの3社で、その他を含めても数社しかない。このうち、ENEOSは約50%のシェアを持つ圧倒的な最大手だ。出光が約25%、コスモが15%前後と続く。
つまり、日本の石油はほぼこの3社で供給されており、その中でもENEOSが半分を担っている構造にある。この構造を踏まえて、在庫の話に入る。
日本全体で見ると、民間備蓄は約70日分あると言われている。これは元売りや流通が持つ在庫の合計だ。このうち、単純にシェアで割り戻せば、ENEOSはその約半分、つまり35日程度の在庫を持っている計算になる。もちろん、これはあくまで概算で、すべてが自由に売買できる在庫ではないだろう。製油所の運転に必要な在庫や、すでに契約済みのものも含まれる。ただ、それでも巨大な在庫を持っていることは間違いない。
この在庫が、元売りの利益構造を理解する上で極めて重要になる。一般的には、元売りは精製と卸売で利益を出していると考えられている。しかし実際には、それ以上に重要なのが「在庫評価益」だ。
例えば、過去に1リットルあたり120円で仕入れた原油があったとする。それが市場価格の上昇によって150円で販売できるようになると、その差額30円が利益として発生する。もちろん、すべての在庫が同じ価格で仕入れられているわけではないため、この30円がそのまま利益になるわけではない。しかし平均で5円から15円程度の上振れが出るだけでも、膨大な数量に対してそれが乗る。結果として、価格が上がる局面では、元売りは構造的に利益が出やすくなる。
では逆に、原油価格が下がった場合はどうなるのか。今度は全く逆のことが起きる。例えば、150円相当の原油を在庫として持っている状態で、市場価格が120円まで下がったとする。この場合、元売りは高値で仕入れた在庫を安値で売らざるを得ない。つまり、1リットルあたり30円の損失が発生する構造になる。
実際には平均化されるため、この30円がそのまま損失になるわけではないが、それでも数円から十数円規模の「在庫評価損」が発生する。価格が急落する局面では、元売りの利益が一気に圧迫されることになる。
つまり、在庫は利益の源泉であると同時に、リスクの塊でもある。価格が上がれば利益になり、下がれば損失になる。この非対称な構造が、元売りの収益を大きく振らせる。
これとは対照的に、ガソリンスタンドの利益は設備投資の規模から考えると薄い。1リットルあたりの粗利(口銭)は5円から10円程度だが、そこから人件費、電気代、クレジットカード手数料などが引かれると、実質的な利益は数円程度しか残らない。つまり、ガソリンスタンドはほとんど儲からないビジネスになっている。だからこそ、車検や洗車、オイル交換などで利益を補っているのだ。
そして、この構造は価格の「上昇時」と「下落時」で全く異なる動きを見せる。価格が上がる局面では、元売りは利益が出やすく、ガソリンスタンドは在庫を抱えていても比較的有利に働く。一方で、価格が下がる局面では、元売りは在庫評価損を抱え、ガソリンスタンドも高値で仕入れた在庫を安く売らざるを得ず、双方にとって厳しい状況になる。
今回のような急騰局面では、むしろガソリンスタンドのリスクが高い。高値で仕入れた在庫を持っている状態で価格が下がると、すぐに赤字になるのだ。したがって、在庫を売り切るまでは価格を下げたくない。この構造が、価格の下がり方を遅らせることになるのだ。
(政府が補助金を出す理由)
ここで疑問がある。元売りは在庫で利益が出る可能性があるにもかかわらず、政府は元売りに補助金を出す理由だ。本来であれば、消費者に直接還元する方が公平だと思う。マイナンバーカードと紐づけて、給油量に応じて後から補助金を戻すことなど技術的には可能だ。しかし、政府はその方法を採らない。
政府の見解は、スピードと制度コストと言うと思う。元売りに補助金を出せば、卸価格が即座に下がり、全国一斉に効果が出る。一方で、消費者還元は申請、審査、返金というプロセスが必要で、どうしても時間がかかるという理屈だ。さらに、不正の問題もある。領収書の使い回し、転売、法人と個人の区別など、制度設計が複雑になると言いそうだ。
結果として、多少の歪みがあっても、元売りを通じた補助の方が現実的な手段となるのだ。が、やはり違和感たっぷりだ。こうした迅速性を優先し、大本に補助を流すという構造は、今回に限った話ではない。過去の石油危機や価格高騰局面でも、同様の対応は繰り返されてきたはずだ。本来であれば、その都度制度を見直し、改善を積み重ねることで、より公正で効率的な仕組みに進化させることができたはずだ。
例えば、デジタルインフラが整備され、マイナンバーカードが普及しつつある現在であれば、給油量に応じた還元や、特定用途へのターゲット補助といった仕組みは、技術的には十分に実現可能な段階に来ている。にもかかわらず、「時間がかかる」「不正が起きる」という理由で、従来の方法に依存し続けているようにも見える。
もちろん、制度設計にはコストがかかり、完璧な仕組みを一度で作ることは難しい。しかし、だからこそ段階的に改善を重ねていくという発想が必要なのではないか。本来、こうした有事対応の仕組みこそ、平時から設計し、アップデートし続けるべき領域である。
この点については、エネルギー政策というよりも、政府全体のマネジメントの問題として捉えるべきかもしれない。ここではこれ以上踏み込まないが、今回の対応は、その課題を改めて浮き彫りにしているようにも感じる。
因みに、補助金を投入しなかった場合はどうなるかも考えてみたい。160円から170円という価格は人工的に作られた水準になる。仮に補助がなければ、現在の原油価格と為替を前提にすると、ガソリン価格は200円から220円程度に上がる可能性がある。
さらに供給不安が強まれば、220円から240円という水準も見えてくる。ただし、300円になるかというと、そこまではいかない可能性が高い。理由は、価格が上がると需要が減るからだ。物流や個人消費が抑制され、価格にブレーキがかかるからだ。
しかし、体感としては2倍に近い負担増になるだろう。ガソリンだけでなく、物流コストを通じて食品やサービスの価格も上がるからだ。
(日本のエネルギー構造の本質的な問題)
ここまで見てくると、日本のエネルギー構造の本質的な問題が浮き彫りになる。1973年の石油ショック、1980年代の中東危機、1990年代の湾岸戦争。何度も同じようなリスクを日本は経験している。それにもかかわらず、現在でも中東依存は約9割に達している。つまり、日本は同じリスクを繰り返し抱え続けている国なのだ。
この問いに対しての方向性は明確だ。まず1つ目は、ホルムズ海峡を通らないルートの確保だ。サウジアラビアの紅海側へのパイプラインや、UAEのフジャイラへのルートなど、すでに存在する迂回経路の比率を高めることだ。
これは単に輸送ルートの話ではない。日本は「調達先」と「輸送ルート」の両方を中東に依存している。つまりリスクが二重に重なっている状態なのだ。仮に調達先が中東のままであっても、輸送ルートが分散されれば、供給途絶リスクは大きく下がる。ここは比較的現実的に改善可能な領域であり、短中期で効く対策だと言える。
次に、調達先の分散だ。中東だけでなく、北米やオーストラリアなどからの輸入を増やすことで、地政学リスクを分散するのだ。ただし、これは簡単ではない。原油は品質が異なり、製油所は特定の原油に最適化されている。また輸送コストや契約の問題もある。したがって、単純に「中東を減らせばよい」という話ではないだろう。しかし、9割依存という状態から、例えば6割、7割へと下げるだけでも、リスク構造は大きく変わる。ここは時間をかけてでも取り組むべき領域だ。
3つ目は、原子力を含めた国内エネルギーの活用だ。再生可能エネルギーだけでは出力が不安定であり、天候に左右される。したがって、一定のベースロード電源は不可欠になる。
この点で原子力は、輸入燃料への依存を下げる数少ない手段の一つだ。ただし安全性、社会的受容、コストなどの課題も大きい。ここは単なる賛否ではなく、「どの程度の比率で持つべきか」という設計の問題として議論する必要がある。ここは度々本ブログでも議論している通りだ。
そして最後に、有事における需要抑制の仕組みだ。本来、エネルギーは無制限に使えるものではない。有事においては、本当に必要な用途に優先的に配分されるべき資源だ。しかし現状は、価格を補助金で抑えることで、平時と同じ行動が維持されてしまっている。これは短期的には社会安定に寄与するが、備蓄の消耗という別のリスクを生む。
したがって、本来は「価格」と「配分」の両方で制御する仕組みが必要になる。例えば、物流や医療といった重要用途には優先的に供給し、その他は価格シグナルによって抑制する。このような設計を平時から準備しておくことが、有事対応の質を大きく左右する。
今回のガソリン価格の上昇は、一時的な現象に見えるかもしれない。しかし、その背後にある構造は、過去から変わっていない。補助金によって170円に抑えることはできるが、それは問題を先送りしているに過ぎない。
本質的な問いはこうだ。「日本は有事に耐えられるエネルギー構造を持っているのか」だ。そして、その答えは、まだ十分ではない。同じ危機は、これからも繰り返されると思う。そのたびに補助金で対応するのか。それとも、構造そのものを変えるのか。この選択は、すでに始まっているのだ。









