豊かになる前に老いる国、豊かになってから縮む国――人口減少が分ける世界の4類型と、日本・沖縄の勝ち筋

2026年2月18日 水曜日

早嶋です。7600文字です。

人口減少は、国家にとって大きな試練だ。労働力が減り、内需が縮み、社会保障の負担が重くなる。これらは避けられない問題だ。ただ、世界の人口減少を観察すると、経済が未成熟の状態で人口減少が始まる国々が存在する。ここは更に別の問題が発生する。

(人口増減と経済ピークへの懸念)
日本、フランス、ドイツ。これらの国は、人口がピークを迎えたころに、一人あたりGDPが4万ドルから6万ドルあたりまで到達している。つまり、国全体として「生活の基盤ができた」と言える水準まで登ってから、人口減少局面に入っている。人口減少そのものが持つ構造的な大変さはある。しかし、まだ戦える余力があるとも言える状態だ。このような国々は既に国家としてのインフラは整備出来ている。国民の教育水準も高い。そして、資本も技術もある。成長は鈍るであろうが、成熟国としての選択肢はまだ自由度が高い。経済を縮小する決定をしても、その手法を選べるのだ。

一方で、中国やタイは、決定的に違う。人口がピークを迎える段階で、一人あたりGDPは1.5万ドルから2万ドルに届くかの水準になり、その後、人口減少に転じているのだ。国全体が、豊かになりきる前に人口ボーナスが終わる状態なのだ。

この違いが何を生むのか考えてみる。まずは格差だ。極端に金持ち層と、まだ豊かさを実感できない大多数の国民が同時に存在することになる。そして人口が減り始めると、国全体としての成長余地は急に狭くなる。人口のパイがこれ以上大きくならない中で、分配をめぐる緊張感だけが高まっていく。これは怖い。分配の議論は、成長の余白があるときは何とかなる。だが、余白が消えると、分配ではなく奪い合いに近い状態になる。政治と治安と、社会の雰囲気が明らかに悪くなることを意味する。

中国を例にすると、これまでの成長は「人口が多く、安く、よく働く」という前提だった。しかし人口が減少することで、その前提が崩れ、一人あたりの豊かさも積み上げることができなくなる。さらに不動産、地方財政、社会保障の脆弱さを鑑みると、内部にかなり強いストレスが溜まっている構造を推測できる。経済が伸びない中で高齢化だけが進めば、若い世代は負担感だけを背負うことになる。中国は既に、国家の中に見えない内戦が出来上がっているのだ。銃声は鳴らないと思うが、心が既に分断し始めている。そういう種類の危機があるのだ。

タイも似た構図を持っている。中所得国の罠という言葉があるが、まさにその状態で人口が減り始めている。産業の高度化が十分に進まないまま、国内市場は縮み、外資頼みの経済構造は不安定になる。ここでも格差は固定化しやすい。だから、「中国やタイが悲惨な状況になるのでは」という直感は、大げさではないと思う。人口減少そのものが問題なのではなく、経済がピークにいく前に老い、人口が減る構図が致命的なのだ。

(人口と経済で分ける4つの分類)
上記の前提を持って、2つの軸で世界を整理してみた。ひとつは人口動態だ。人口が増加しているか、減少しているかだ。そして、もうひとつは一人あたりの豊かさが一定水準を超えたか否かだ。この2軸で捉えると、世界は4つの型に分類できる。

1つ目は、豊かになってから減る国だ。これを日本型と呼ぼう。日本型は、日本、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン等だ。日本型の特徴は、成長は止まるが制度、資本、教育、技術などが既に一定水準レベルで確立している。従って、今後の問題は「どのように縮小するか」「どのように維持するか」であり、「如何に生き延びるか」ではない。しんどいが、まだ選択肢がある世界なのだ。

2つ目は、豊かになる前に減る国だ。タイ型、あるいは未成熟高齢化型だ。タイ型は、タイ、中国、そして境界線上に韓国。ベトナムはまだ人口は増えるが、出生率低下の速度を考えると将来、タイ型の予備軍になっている。タイ型は日本型と比較して厳しい。成長の果実を広く全国民に配る前に人口ボーナスが終了し、格差が固定化、国家としての余力も小さい。「どのように富を分配をどうするか」という問い以前に、「もう増えないパイをどう奪い合うか」という状態に陥り安いのだ。確実に政治の不安定化を招くことだろう。

3つ目は、人口も増え、経済も豊かな国だ。アメリカ型だ。米国、カナダ、オーストラリア、イスラエル、そして少し変形だがUAEのような国もアメリカ型だ。ポイントは、人口の若さを保つ仕組みが制度として組み込まれていることだ。出生率だけではなく、移民も含めて「若さを輸入できる国」は、人口と成長の両方を回している。これは例外的に強い構造だ。

4つ目は、人口が増えるが貧しい国だ。所謂、新興途上国型だ。インド、パキスタン、バングラデシュ、ナイジェリア、コンゴ民主共和国などだ。人口増がチャンスにも、リスクにもなりうる。若者が厚いというのは、うまく雇用を作れれば強烈な人口ボーナスになるが、失敗すると若者の不満が爆発する。ここは政治と雇用と教育が重要な役割を果たす。

この上記の4分類で見たとき、一番不気味なのは中国だ。平均や中央値で見ればまだ40歳前後に見えるのに、今後、一気に老いる国になる。そして一人あたりの豊かさは、日本型の水準にも届いていない。人口の母数が巨大故に、人口減少の比率が少し動くだけで相当数の人数に影響が出てくる。

(豊かになる前に高齢化する実態)
では、豊かになる前に高齢化する国では、具体的に何が起きるのかを整理しよう。冒頭に示したインフラの未整備という概念を、もう少し分解して捉えるとイメージしやすくなる。水道や下水、道路、橋、港、空港、鉄道、通信、データセンター。これらが未整備、というのはもちろん大きい。ただ本当の問題は、未整備そのものではなく、未整備のまま社会の重心が「支える側」から「支えられる側」に移ることだ。

インフラは作るより維持する方がコストが高い。人口が増える国は、建設も維持も何とかなる。働く人が多く、税収も伸びやすい。だが高齢化が進むと、建設・保守を担う人が減り、税を払う現役世代も減る。つまり未整備のまま老いると、完成する前に維持フェーズに入ってしまうのだ。そして、これが致命的になる。

さらに厄介なのは、病院、役所、法律、消防、警察のような「制度と人のインフラ」だ。ここは金だけでは解決しない。医師、看護師、技術者、法曹、公務員、警察官、消防士。これらは教育に時間がかかり、経験が必要で、しかも高齢化すると需要が増える。豊かになる前に高齢化すると、医療や福祉の需要は急増するのに、それを支える人材の供給が追いつかない状態になる。結果、医療アクセスの格差、法の空白、治安の劣化が同時に起きやすい。これは「不便」ではなく「不安定」を意味するのだ。

通信やデータセンターも、単なるITの話ではない。行政、医療、金融、物流、教育。すべてがデジタル基盤の上に乗っている。ここが弱い国ほど、若者が都市や国外に流出しやすく、地方や弱者ほど取り残される。デジタル弱者と高齢者が重なる国ほど、社会の分断は深くなるのだ。

そして、見えにくいが決定的なインフラがある。教育インフラ、金融・税のインフラ、そして信頼のインフラだ。法が守られる。契約が守られる。役所が機能する。警察が公平である。これは数字に表れにくいが、投資や技術導入、産業高度化の前提条件になる。豊かになる前に高齢化し、財政と人材が先細ると、この信頼インフラがじわじわと壊れはじめる。ここが壊れると、外から金も人も技術も入らなくなる。つまり、上に上がる階段がさらに壊れていくのだ。

(今後の日本の動き)
ここまで見たうえで、日本はどう動くべきかを考えた。日本型の日本は、外部環境に左右される時代に入っている。そのため外交は、国を上げて取り組む必要がある。外交は、気分や好みでやるものではない。壊れない設計を先に作り、そこに日々の判断を当てはめていくものだ。わたしが考える基本線は単純だ。「守るもの」と「稼ぐもの」を混ぜないことだ。

守るのは土台だ。安全保障に加えて、エネルギー、食料、サイバー。ここが揺れると国家そのものが止まってしまう。だから守りは、効率より冗長性が優先される。多少ムダに見えても、切れないようにするのだ。逆に稼ぐのは上物だ。市場、資本、人材、技術標準。ここは攻める領域で、速度と集中が価値になる。

日本がすでに持っている強さは、実はエネルギーのポートフォリオだ。日本はエネルギー輸入国だが、一国依存を避けてきた。中東に偏りすぎない。LNGも複数の供給国に分ける。石炭もウランも分散する。ここで日本がやっているのは「この国は信用できる」という話ではない。もっと冷静な設計で、「誰が揺れても壊れないように、最初から余裕を持ったポートフォイリオ」という発想になっている。信頼ではなく、構造でリスクをコントロールしてきたのだ。このエネルギーで鍛えた感覚を、そのまま外交全体に拡張するイメージが、基本線になる。

まず、日本は「相手が正しいか」「信用できるか」で守りを組まない。これはエネルギーで、もう何十年もやってきたやり方だと思う。中東が不安定だから別の国からも買う。LNGも一社に寄せない。石炭もウランも、複数のルートを持つ。ここに善意はない。「誰が揺れても止まらないように、最初から分ける」。それだけだ。

この考え方を、そのまま安全保障に広げる。同盟は軸に置く。ただし一本足にはしない。物資の供給、重要な鉱物、サイバー、海の輸送路。全部、ひとつ切れても全体が止まらない形にしておく。信じるのではなく、切れない構造を作るのだ。これが守りだ。

一方で、稼ぎは逆だ。こちらは分けない。伸びるところに、はっきりと張る。市場が成長する地域に積極的に出る。資本もそこに投下する。人材は国内に閉じ込めないで、行き来させる。技術は、後から従う側ではなく、最初からルールを作る側に回る。こちらは「止まらない」より「増える」が正義なのだ。

要するに、日本の外交は二層に分けるイメージだ。下は止めない設計、上は増やす設計だ。守りはエネルギーと同じで、冗長でいい。稼ぎは逆に、集中する。この線を曖昧にしないことが、日本にとって一番大事な整理だと思う。

(4つの分類毎の打ち手とロシア)
4つの分類ごとに言うと、日本型の国とは「成熟の勝ち筋」を共同で作り、それを輸出する関係を築くのがいい。人口が減っても社会を回す技術は、これから価値の源泉になるだろう。都市の縮退設計、老朽インフラの更新、労働力が減っても回る行政の仕組み、製造の自動化、エネルギーの安定供給。こういう地味だが強い技術を、欧州と一緒に標準化していくのだ。標準を握ると輸出は楽になるし、相手国の制度の中に日本の強みが入り込む。日本型同士は「同じ悩みを持つ連合」になれる。地味だがパンチがある取組ができると思う。

タイ型の国とは、付き合い方を二層に分けるのが良い。ひとつは現実の隣国としての関与だ。そして、もうひとつはリスクの遮断だ。まず、関与は必要だ。相手の不安定化が日本のサプライチェーンや安全保障に直撃するからだ。ただし遮断も徹底する。技術・資本・人材・情報のどこを渡し、どこから先は渡さないかを決めるのだ。感情論ではなく、産業政策として線を引く。そして依存は落とすのが良い。ただ全面断絶は避ける。どの展開でも致命傷を負わない設計に寄せる。これが現実的な取組だと思う。

アメリカ型の国とは、同盟を核にしつつ、同盟一本足をやめるのが良いと思う。米国は中核でいい。だが唯一の軸にはしないのだ。民主主義国家は内向きの優先順位を強めることがある。これは裏切りではなく自然な振る舞いだ。だからテーマ別の束を増やすイメージを持つ。防衛は防衛、サイバーはサイバー、重要鉱物は重要鉱物、先端半導体は先端半導体。束ね方を分散するのだ。これは米国が揺れても揺れなくても効くだろう。むしろ同盟を長持ちさせるやり方だと思う。

新興途上国型の国とは、「援助」ではなく「産業同盟」として向き合う。人口が増える国は市場も増え、人材も増える。だから若者の雇用を生む産業を一緒に作り、そこで日本の企業が稼ぎ、同時に日本の供給網を強くするイメージだ。インドのような巨大市場とは、投資・製造・デジタルの三点セットで長期の産業同盟を組む。アフリカの若年国とは、いきなり全部を狙わず、港湾・電力・通信・物流の回廊だけを押さえる。時間はかかるが、10年単位で見れば伸びしろが十分にある。日本が成長を目指すなら、結局ここが外需の目玉になる可能性が高い。

ここでロシアはどう扱うべきかを補足する。ロシアは4つの分類にきれいには収まらない。人口は減り、経済は中所得止まりだ。高齢化も進む。ここまではタイ型に近い。だが資源、とくにエネルギーがあることで延命できている。だからロシアは「資源で粘る変形タイ型」として見た方が現実に近いと思う。協調対象ではない。だが市場価格と不安定性を左右する外部変数として無視もできない。結論はシンプルで、「主力にしない。だがゼロ前提にも置かない」。エネルギーで言えば、オプション価値は残すが、ベースロードにはしない感じだ。

(国内の分類と沖縄の方向性)
そして、ここからが面白い。国内に目を向けると、わたしたちはすでに日本の中に「世界の縮図」を持っているのだ。東京、大阪、福岡のように人口流入が続き、若年層が一定数いて、インフラは拡張・高度化がテーマの地域がある。一方で、人口減少と高齢化が先行し、インフラを作るよりどう維持するかが核心の地域もある。沖縄、北海道、東北、四国、中国地方。この「タイ型の国内版」は、実は弱さではない。ここは世界の10年後を先に生きているからだ。その中で、最後は沖縄に注目してみる。

沖縄が特殊なのは、離島が多く、台風・塩害・高温多湿、観光で季節変動が激しい、財政制約が強い、中央から遠い、という条件が重なっていることだ。つまり「資金が潤沢ではない」「自然条件が厳しい」「人が足りない」という三重苦の中でインフラを回してきた。これは東南アジア、島嶼国家、沿岸国、中所得国が直面している条件とピシャリ重なる。だから沖縄のインフラ企業のノウハウは、タイ型の国に輸出できるのだ。ここは机上の空論ではなく、現実に成立しうる勝ち筋だと思う。

ただし、輸出するのは設備そのものではない。運用ノウハウだ。本土の思想のように完璧を目指さない設計。人が少なくても回る運用。壊れない品質よりも、台風や災害などで壊れてもすぐ戻す発想。小規模分散型の思想。巨大集中ではなく、小さく分けて繋ぐ。こういう「止めずに回す」知恵の方が、タイ型の国には価値が高い。

この文脈で沖縄電力のノウハウを一つの商品に見立てると、さらに面白く見える。本土の電力会社は巨大連系系統を運用している。一方で沖縄電力は独自系統を運用し、離島では超閉鎖系のEMS(エネルギーマネジメント・システム)で電力を回してきた。有人離島が多く、系統が小さく、条件が厳しい。だからこそ、再エネ・蓄電池・需要制御を含めた「運用の組み合わせ」で電力を止めない経験がある。しかも海外での実証も動いている。これは思想ではなく、すでに行動レベルの実証ができているのだ。

今後、ヒューマノイドが普及し、AIが爆速で活用されるようになると、半導体と電力がとても重要になる。そうなると、電力会社の価値は再定義されるだろう。電力はkWhではなく、計算能力を動かす血流そのものになるからだ。止まらないこと、分散していること、何かあった場合は即復旧できること。この条件は、ロボットが増えるほど重要になる。沖縄電力はこの「止めない」を、構造として経験しており、タイ型の国に最も適した形式でノウハウを蓄積してきた。

ここに近未来に時間軸を伸ばせば、ヒューマノイドが普及していく。ただし、誤解しやすい点がある。ヒューマノイドによって、O&M(保守と運用)人材が不要になるのかだ。わたしは、そうはならないと思う。消えるのは作業員としてのO&M人材だ。点検する、修理する、操作する。この身体労働は置き換わる可能性は高い。しかし確実に残る、或いは足りなくなる人材に設計・統合・判断が可能なO&M人材だ。どこにロボットを入れるか決める。どの系統をどう切り替えるか判断する。災害時に何を優先するか決める。未整備エリアでそもそもどう回すかを設計する。ここは2030年頃でも人間がボトルネックになりやすい機能だと思う。

今後、日本が沖縄電力のように、これまで培って来たインフラの設計、調達、建築、運用、メンテナンス(EPC・O&M)はタイ型のエリア、そしてその先には新興途上国型で需要が高まっていく。従って、海外に出てプロジェクトを進める技術者と事務系職員は、直近5年から10年位は不足するだろう。上述の通り、ヒューマノイドには未だまだ、任せることが出来ないからだ。海外×未整備×制度未完成の現場故に、人が必要なのだ。技術と判断と交渉を同時にできる人は、育成にも時間がかかる。だから2025年から2035年は「人間が一番高い時代」になるだろう。ロボットが来る前の最後の人材プレミアム期なのだ。

私が電力会社のトップ、特に沖縄電力はだったら、海外EMS/O&Mの専門チームを別枠で作るだろう。本社の人事の論理から切り分け、海外前提の評価制度にするのだ。育成対象を「10年で消える仕事」から切り離し、システム設計・判断・統合の人材に集中する。ヒューマノイド前提でO&Mそのものを再設計し、人は意思決定を主な役割にする。そして海外に出るなら、商社と組むのが現実解だと思う。商社が案件化と資金と政治と横断調整を担い、沖縄電力が設計思想と運用モデルと人材育成とO&Mを担うのだ。その意味で電力会社が主役の座組みを許容できる商社選びが大切だ。海外での収益は、国にあの収益のように国から注文をつけられ電力コストを引き下げる要因にする必要はない。そのため、しばらくは海外で得た収益は、海外で稼ぐ人員の給与に直接つなげることで、はじめは沖縄電力の社員、徐々には他の電力会社で5年から10年程度でインフラの世界普及に従事したい人材を通年で確保していくのだ。

この流れで見ると、沖縄のインフラ運用知の輸出は、地方創生の枠組みではない。日本の未来モデルの輸出実験になると思う。人口減少時代に「止めずに回す」技術は、これから世界で値段がつくだろう。沖縄は日本の中で最も早く世界の未来を経験している地域のひとつなのだ。だから沖縄の会社は、タイ型の国にとって教科書になりうる。問題は「それをどう事業に落とすか」だけだ。



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