早嶋です。
イギリスでは延長という概念は存在しないかのようです。17時まで空いているインフォメーション・センターで、17時を1、2分過ぎたタイミングで道を調べてもらおうと訪ねたところ、「今日はもう閉まりました」と、一言。
街中のモールも一斉に18時にしまります。写真は17時55分の風景。お店に人がいても、シャッターを3/1くらい閉めて閉店の準備を始めます。
21時までのスーパーでも閉店5分前にお客さんが並んでいてもシャッターが閉まり始めます。そして、入口が次々に施錠されています。まだ、お客さんは並んでいます。。
徹底して時間を守る民族なのですね。
2009年3月 のアーカイブ
閉店時間
ナローボート
早嶋です。
写真の細長いボートはその名も”Narrow Boat”ナローボート”です。
18世紀、イギリスで始まった産業革命。当時のエネルギーと言えば石炭、その石炭を輸送するために各地域に運河が造られます。そしてナローボートは狭くて浅い運河を使って荷物を運んだり移動したりする船として発達します。イギリスの運河は約3000kmにも及び、工業地帯であった中部イングランドのバーミングガム、マンチェスターを中心に張り巡らされています。
現在、運河を活用した輸送は鉄道に代わってしまいました。そこで、ナローボートはレジャーとして新たな運命を歩みだします。運河のネットワークを使ったナローボートの旅が楽しめるのです。
ナローボートの狭い船幅は運河の幅によって決められたもので幅約2.1m。長さは5mから25mと様々です。レジャー用のナローボートは当時の船を改造しています。かつては石炭を山積みしていたデッキにキャビンを作り変えられ、テレビやキッチン、ダイニングスペースやベットなどを整えた住居としての機能も備えています。
ナローボートは免許や経験が無くともレンタカーと同じように借りることができます。現在、使用出来る運河のほとんどで旅をすることができるのです。そのため世界中の人々がナローボートの旅を楽しみに来ているようです。
オックスフォード
早嶋です。
皇太子殿下が在学していたオックスフォード大学のマートン・カレッジを訪問。学問の町として知られるオックスフォードの中で最古の常設カレッジで、1264年に設立。
大学や町を歩いて感じたことは、歩いている人の顔つきの良さです。飛びぬけて頭の良い人たちが集う場所なのです。毎日、理論の追求をしながら試行錯誤をしていると顔つきも良くなるのでしょうね。
早嶋と長田もオックスフォードにあやかって、少しばかり頭を鍛えています。
ストラットフォード
早嶋です。
ウィリアム・シェイクスピア。1564年、ストラットフォードの町で商人の息子として生まれます。ご存知の通り、彼はやがて偉大な劇作家としてその名を世界に知らせることになります。写真はシェークスピアが生まれたといわれている生家です。
ストラットフォード・アポン・エイボォンはシェークスピアが生まれた町ということで観光地化されており、この日も修学旅行らしき学生が沢山町を歩いていました。シェイクスピアの生家も当時のコスチュームを身にまとった係りの人が内部の様子や当時の歴史などを説明しながら案内してくれます。シェイクスピアが寝ていたとされる心室にベットが置いていましたが、160cm程度のサイズで当時の人たちは小さかったことがわかります。
シェイクスピアの生家と並んで観光名所になっている所にアン・ハザウェイの家があります。シェイクスピアの生家から1.5マイルほど離れたところです。ハザウェイはシェイクスピアの妻で、彼女が結婚前に家族と過ごした家がそのまま残っています。ハザウェイの家はかなり大きな農家で”サッチー”と呼ばれる茅葺きの屋根が特徴です。中には、当時から使われていた家具や暖炉、オーブンや小麦粉を貯蓄する木の箱など、当時から使用されていたものがそのまま残っています。
茅葺き屋根の”サッチー”。この家に住む人をサッチャーと呼びます。時の首相、サッチャーも元は茅葺きの家に住む人でした。もともと中流階級の人だったので、言葉遣いをものすごく注意していたと言われています。実際、サッチャー首相の言葉はとても美しい英語だと賞賛されています。今でもそうですが、階級やクラスによって言葉遣いが違います。そのため、クラスがある人、つまり高貴な人や身分の低い人以外は、自分たちの言葉遣いに気を付けるようです。
ストラットフォードの町並みは殆どがチューダー調の建物です。木組みの建物で白と黒を基調にしたデザインです。古いチューダー調の建物は梁がたわみ傾いたり、壁がせせりだしたりしています。しかし、その建物をそのまま活かして普通に商店や家、ホテルとして使用しています。イギリスで言う”古い家”は17世紀以前の建物で、18世紀の建物は新しい部類になるようです。日本の30年しか持たない住宅は、彼らにとって「こんなの家じゃない!」と言われるに違いありません。
昔からの伝統や文化が継続して残っているところは、無理に観光地化しなくとも人が集まる。イギリスの多くの地域において、このことが言えると思います。
ウォーリック城
早嶋です。
写真は”Stratford-upon-Avon(エイボン川のほとりのストラットフォード)”ストラットフォードと”Coventry”コヴェントリーの間にある小さな町の古城です。”Warwick Castle”ウォーリック城。
ウォーリック城は914年、アルフレッド大王の娘がウォーリックの町を守るために要塞を造ったことが始まりです。その後、増改築が繰り返され、現在の形が造られました。
動画は14世紀に建てられた”Guy’s Tower”ガイズ・タワーからウォーリック城の内側と外側を映したものです。
生産性
早嶋です。
3月23日はイースター・サンデー。これに伴い21日は”Good Friday”、24日は”Easter Monday”ということでイギリス国内は連休でした。この連休は日本ではお盆やGWに相当すると思います。
この期間、多くの遊戯施設や美術館などの開館時間が変更になる場合(短縮される)があります。また、場合によっては施設が休みになることもあるようです。これって日本では考えにくいですよね。
しかし、スコットランド、イングランドと見てくると凡そ納得することができます。何故なら普通の日でも平日は17時になればお客さんがいてもお店から追い出して完全にお店を閉めてしまうからです。そして土曜日は半日営業、日曜は休業と言った具合です。
これは開店時間だけではなく、例えば空港の両替所でもそうです。人が並んでいても窓口を開けないで一つの窓口で対応します。店員は暇を持て余しているにも関わらずです。例えば施設の入場券売り場でもそうです。やはり人が並んでいても窓口のほとんどを閉めています。サービスもどちらかと言えば無愛想・・。
しかし、驚くべき事実があります。何かと言えば、いくら無愛想でも、いくら17時になったらきっぱり仕事を終えてしまっても、イギリスと日本を比較すると国民1人当たりの国内総生産(GDP)はイギリスが高いのです。
これってかなりショッキングな事実です。これまで経済データだけを見て、そうかなぁ・・・と見ていましたが、イギリスに来て実際に経験するとかなり驚きます。多くのビジネスパーソンも残業をすることなくきっぱり17時になったら仕事を終え退社します。それでも日本より高い生産性を上げているということなのです。
これから言えること。日本は生産性を上げなければならない。本当に残業することに意味があるのか?を考えるべきです。我々は忙しい!と24時間睡眠時間を削って働いていても、ぶっきらぼうに働いていて17時になったらきっぱりと仕事を終える国民性に負けているのです。
1位 ルクセンブルグ:103,125米ドル
11位 イギリス :46,099米ドル
22位 日本 :34,296米ドル
※2007年の国民1人当たりの国内総生産(GDP)
出展:IMF (2008年10月) World Economic Outlook
コベントリー
早嶋です。
リバプールから”Coventry”コヴェントリーに来ました。
コベントリーはバーミンガム市から東に30km位離れた地方の工業都市(自動車メ-カー”Rover”ローバー発祥の地)です。人口は30万人くらいですが、街に入った感覚では治安が悪く経済も低迷している様子です。
コベントリーの中心はコベントリー大聖堂で、ここを起点に小さな街が形成されています。第二次世界大戦中にこの地はドイツ空軍の標的となり、徹底的に破壊されました。現在のコベントリー大聖堂は空襲で破壊されたものを立て直した聖堂です。
コベントリーのシンボルは伯爵夫人ゴダイヴァです。そして、ゴダイヴァ夫人にまつわる伝説に次のようなものがあります。
領主レオフリックがコベントリーの民から重税を課しているのを見かねた夫人が税を軽くするように求めます。するとレオフリックは言います。「それではお前が裸で街を歩いてみよ」と。そうすると税を軽くすることを検討すると言うのです。
コダイヴァ夫人は意を決して裸体のまま馬に乗り町を歩きました。彼女の覚悟に心を察した町の人々は外を見ないようにと窓を閉めました。しかし、一人だけ好奇心に勝てなかった男、トムは夫人の姿を見ようと窓からこっそりと覗いていたのです。
しかしその男はコダイヴァ婦人の従者によって射抜かれてしまいました。”Peeping tom”現在も英語でピーピング・トムと言えば覗き男の事を指すそうです。トムの名前は意外にも現在まで語りつがれているのです。
No Cuts!
早嶋です。
リバプール大聖堂の近くでデモに遭遇しました。規模トしては40人くらいでしょうか。皆、プラカートを自作で作り、
“Cut Profits, Not Jobs”を訴えていました。景気による労働者の問題はリバプールでも同じようです。
アルバート・ドック
早嶋です。
リバプールの再開発地域を代表するウォーターフロントのアルバートドック。1846年に開設してから世界中の船荷を集めた宝物の蔵として栄え、大英帝国の発展に大きく貢献します。しかし、第二次世界大戦後は多くの失業者にあふれ活気がなくなったことは先にふれたとおりです。
しかし、近年は観光開発の目玉の一つとして1億ポンドもの費用をかけて再開発されています。もちろん開発の仕方はスクラップアンドビルドではありません。19世紀に倉庫として作られた建物群を活用しています。実に魅力的な仕上がりになっています。
リバプール
早嶋です。
マンチェスターを後に、リバプールに移動です。リバプールも夜間人口こそ50万人程度ですが昼間の人口は100万人を超える大都市です。この街は過去においては港町貿易の中心地として栄えていましたが、第二次世界大戦を境に街に失業者があふれ衰退していった街です。しかし、近年、”観光”という新たな活路を見出し街全体が一丸となって復活を遂げつつある現在進行形の都市です。今回は、リバプールがどのように観光都市として生まれ変わっているのかを視察してきました。
まず、港町の玄関口である”Albert Dock”アルバート・ドック。この近辺はリバプールの再開発地域を代表する海辺の地域です。18世紀以降、世界有数の港街として栄えた船や海に関わる当時の建物をそのまま活用してショップやレストラン、ホテルや博物館をはじめ、様々な見どころを集めて、一大レジャーコンプレックスを形成しています。ハード類は全て歴史的建造物をベースとしているので港街独特の雰囲気を醸しつつもオシャレな感じを楽しめるスポットです。雰囲気は横浜の港街や門司港ですが、規模はその10倍くらいです。
それからビートルズ。ビートルズはリバプールで誕生し世界中にトレンドを発信してきました。リバプールにはビートルズゆかりの場所や建物がいたるところに点在しておりビートルズファンではなくても、思わずカメラを撮りたくなるようなスポットが沢山あります。ビートルズの足跡を訪ねて歩きまわる観光客の姿も随分と目にしました。
博物館や美術館などの文化遺産。アルバート・ドックもそうですが、港の北側の山の手には多くの歴史的遺産が数多く残っています。そしてそれらは博物館や美術館として整備されています。例えば”Liverpool Cathedral”リバプール大聖堂。リバプールのランドマーク的存在の大聖堂で英国協会系の大聖堂としては世界最大の大きさを誇ります。大聖堂の中には自由に出入りすることができます。規模と内部のステンドグラスや装飾の美しさは宗教的な神秘性をはるかに超越しています。
例えば”Metropolitan Cathedral”メトロポリタン大聖堂。リバプール大聖堂の北西に位置する大聖堂です。こちらはカトリック教会としてはとても珍しいラジカルなデザインです。外見はドーム型のテントをモチーフに創られ、内部のステンドグラスから漏れる光が生み出す光彩は神秘的です。
例えば”The Walker”ウォーカー美術館。14世紀から20世紀にかけてのヨーロッパの絵画が集められており、特にイタリア絵画とオランダ絵画が充実していました。美術館の近くにはアートを専門とする大学やカレッジが点在しており、学生が模写をしている風景を楽しむことができます。
その中の一つにポール・マッカー・トニーの寄付金によって創られた大学がありました。この情報は、リバプール大聖堂を見学している時に知り合った地元の名士に教えてもらった話です。リバプール大聖堂からメトロポリタン大聖堂まで移動する道中、一緒に街の中を歩き、歴史や物語を教えてもらいました。途中、なぜか総大理石で出来ている有名な”トイレ”ということで、パブの中にあるトイレを案内してもらいました。確かに、総大理石で装飾された立派なトイレがありました。トイレの写真を撮ったのはこのときが生まれて初めてです。
街の中を観光しながら歩いていると、リバプールの観光開発は確かなグランドデザインを基に進められていることがわかります。街の中にはインフォメーションセンターが複数配置され観光客に適切な情報提供を行っています。また、通りの至るところには各施設の案内と地図が配置されています。こちら歩きまわる時に非常に便利です。
リバプールの街並みは通りが広く車でのアクセスも、とてもよく考えられています。マンチェスターは通りが狭く一方通行が多かったせいもありますが通りの看板は少し不親切に感じました。一方、リバプールの街は初めての運転でも迷うことなく目的地まで行くことができます。更に大型の駐車場も用意されていて、町中をグルグル回りながら駐車場を探すストレスもありませんでした。
日本の多くの地域でも、観光を目玉に年を再生しようとする試みがあります。しかし、多くの場合が局所的で全体を1つのコンセプトに基づいて観光開発している地域は零にひとしいと思います。更に、観光と言いながらも個人の利益を最優先して観光客の視点になったサービスを提供しているとは考えにくい地域が多いです。その点、リバプールの観光開発は見習うべきポイントが多いです。
※こちらはベビーカーや傘などを無料で貸し出しています。使ったベビーカーや傘は自由に戻して下さい!全ては観光客の事を考え、性善説をベースに運営されています。
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