早嶋です。約3000文字です。
ソフトバンクがインテルに対して約20億ドル(約2,000億円)を投資することを決めた。
インテルは、かつてCPUの王者として世界中のコンピューターを席巻した企業だ。しかし、近年はNVIDIAやAMDに押され、AI時代の覇権争いから取り残された存在になっている。そのインテルに、いまソフトバンクが手を差し伸べた。それは単なる資金援助ではない。製造業の復権、トランプとの関係、そして西側同盟の再構築という、背景があると考えた。
(アメリカ製造への貢献・トランプへの布石)
孫正義さんは「半導体はすべての産業の土台であり、インテルは50年以上にわたり革新の信頼できるリーダーだ」と語っている。これは、単なるリップサービスではない。米国政府は現在、CHIPS法を通じて国内製造拠点の強化に躍起になっており、インテルはその象徴的存在だ。そこに、海外から信頼ある資本を注入するという今回のソフトバンクの動きは、米国の政策と足並みを揃えている。
さらに注目すべきは、トランプとの関係だ。過去にも孫さんは、トランプ政権に対して巨額の米国内投資を表明し、政権との関係を築いてきた。2024年以降、トランプが再び政権中枢に戻る可能性を見出した。今回のインテル出資は「次のアメリカ」に対する意思表明のようにも感じられる。
(出資概要と市場の反応)
今回の出資内容は明快だ。出資額は20億ドル、取得株価は1株あたり23ドル。これは当時の市場株価である約23.66ドルとほぼ同水準で、プレミアムはない。これによりソフトバンクはインテル株のおよそ2%を取得し、同社の上位10株主のひとりとなる。
今回の出資には一切の見返りがついていない。取締役会の席もなければ、製品の供給契約や販路への義務もない。あくまで「株主」として、資本注入を行っただけだ。
恐らく、市場はこの動きに敏感に反応したと考える。インテルの株価は7%上昇。一方でソフトバンクの株価は4%下落した。短期的には「儲かる投資」に見えなかったのだろう。しかしこの投資は、単なる株価上昇では測れない、むしろ、AIインフラの未来におけるポジショニング戦略の一部として見ることができると思う。
(インテルの低迷の理由)
AIの台頭とともにGPUへの需要が爆発的に伸びた。その中で、CPU中心のインテルは時代遅れになった、と説明されることがある。だが、実際にはもっと深い理由があると考える。
第一に、インテルはプロセス微細化の競争において著しく後れを取った。10nmプロセスの量産は何度も延期され、結果として5年以上14nm世代に留まるという遅滞が生まれた。その間にTSMCは5nm、4nm、3nmと世代を進め、設計企業は続々とファウンドリへと移行した。
第二に、インテルは自社での製造に固執しすぎた。垂直統合型モデルを守るあまり、外部ファウンドリの柔軟性や最新技術を活用できず、サプライチェーン全体が硬直化した。結果として新製品の市場投入のスピードも著しく劣り、スマートフォン、AI、エッジといった新興市場での存在感を失った。
しかし、この状況を単に「時代の流れ」として片付けるのは不十分だ。同じx86系CPUメーカーであるAMDは、設計に特化してTSMCと提携し、チップレット構造を導入するなど積極的な技術革新を推し進めてきた。チップレット構造(chiplet architecture)」とは、従来の「モノリシック構造、つまり1枚の大きなチップにすべての回路を詰め込む設計とは異なり、機能ごとに小さなチップ(チップレット)に分割して組み合わせる半導体の設計手法だ。ざっくり言うと、1枚岩の巨大チップからレゴのように複数の小さな部品を組み合わせる構造へと変化させることだ。そのチップレット構造を導入した結果、サーバー向けCPU市場でも着実にシェアを伸ばし、今やインテルと互角以上の評価を受けている。つまり、外部環境のせいではなく、経営の意思決定と構造の問題が、インテルの競争力を削いだのだ。
(イノベーションのジレンマだがCPUの重要案役割も)
AIとGPUが市場の主役になっているのは確かだ。しかしその一方で、AIの学習や推論が行われるインフラには、依然として大量のCPUが使われている。汎用性、安定性、価格性能比などを考えると、CPUはまだまだ必要とされる部品インフラだ。
それにもかかわらず、インテルはこの需要に応えることができなかった。その理由は、単に戦略ミスだったわけではない。むしろ、かつてのインテルの成功体験そのものが、変化への対応を鈍らせる原因になった。これは「イノベーションのジレンマ」と呼ばれる現象で、企業が既存のビジネスモデルや技術で大きな成功を収めると、将来的に主流となるかもしれない新しい技術や市場を軽視し、結果として革新に乗り遅れてしまうというものだ。
インテルにとっての成功体験とは、x86アーキテクチャによるCPU支配、そして自社工場でチップ製造まで完結させる「垂直統合モデル」によって築き上げた高収益なビジネス構造だ。この枠組みを崩せば、自社の強みそのものを否定することになる。そのため、AMDが行ったような外部ファウンドリ(TSMCなど)への依存や、x86以外の新しいアーキテクチャ(Armなど)への本格移行は、経営判断として採りにくかったのだ。
だがその間に、スマートフォンの爆発的普及や、GPU中心のAIコンピューティングの到来など、半導体を取り巻く構造は急速に変化した。そしてNVIDIAやAMD、さらにはAppleのような「後発組」が、柔軟に新技術を取り込み、時代に適応していった。気がつけば、かつての王者インテルは「次の波」に乗り損ねた側に回っていたのである。
成功が変化への抵抗を生み、その抵抗が競争力を奪う。まさにクリステンセンが指摘した通りの構造が、インテルの内部で繰り返されていたと推察できる。
(ASIのNo.1プラットフォーマー)
かつてソフトバンクは、アリババへの投資で中国市場に深く食い込み、大成功を収めた。だが今、孫正義さんはそのアリババ株を大部分売却し、方針転換している。その背景には、以下のような構造変化があった。
中国政府は民間テック企業への統制を強め、ジャック・マーの失脚やAnt Groupの上場中止など、国家主導の経済運営が強まっている。また米中間の技術冷戦により、中国企業への出資は地政学的リスクを伴うようになった。こうした中、ソフトバンクは「西側の半導体同盟」へとシフトしている。
アーキテクチャでは自社傘下のArm(英)、GPUではNVIDIA(米)と関係を維持し、CPUでは今回のインテル(米)への出資。そして、場合によってはAMD(米)との距離感も調整すると思う。これらに加え、台湾TSMCや韓国Samsungといったファウンドリ勢を組み込むことで、西側諸国のAIインフラを構成する中核連合を形作るのだ。その全体像の中心に、自らを位置付けようとしている。
このような構造転換の先に、孫正義さんが描くのが「ASI(人工超知能)のNo.1プラットフォーマー」になるという構想だ。2025年の株主総会で明言されたこのビジョンは、AIのその先、つまり人間を超える知性を前提とした世界で、ソフトバンクが最も重要な基盤となることを目指すものだ。そのために、Armを中核に据え、OpenAIとの連携やStargateプロジェクト、そして今回のインテル支援などを組み合わせて、次のAI時代における「知性のOS」そのものを支配しにいっている。
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