早嶋です。約2,600文字です。
米国とイスラエルがイランに対する共同軍事作戦を開始。その過程でイラン最高指導者ハメネイ師が死亡した。トランプ大統領は、作戦は4から5週間を想定しているが、必要に応じ長期にわたり継続できると語っている。さらに地上部隊の投入を排除しない姿勢も示した。
国家元首級の排除。それは単なる軍事目標の達成ではない。国家の象徴であり、意思決定の最終点を断つ行為だ。
中東に対しての理解は常に複雑に感じる。そこでまず、イランについての概要を整理してみる。イランは人口約9,000万人。日本の約7割規模で、中東では最大級の国家だ。国土は日本の約4倍で山岳地帯が多く、歴史的にも外部勢力が制圧することが極めて難しい地理的条件を持つ。経済の基盤は原油と天然ガスだ。世界有数の埋蔵量があり、制裁下にありながらも中国などとの取引を通じてエネルギーを輸出してきた。イランは単純な産油国ではなく、自動車、鉄鋼、農業など一定の内製化も進み、都市部には教育水準の高い若年層が多い。中東の中では比較的近代的な都市社会を持つ国家なのだ。更に、政治構造をみてみよう。イランは「イスラム共和国」。大統領と議会は民選だが、その上に宗教的最高指導者が位置し、軍、司法、国営放送、治安機構を統括している。形式上は共和制だが、実質は宗教権威が国家の最終決定権を持つ二重構造なのだ。
今回の軍事作戦は、その頂点を排除したのだ。これは、統治構造への直接打撃そのものだ。
(米国が踏み込んだ理由)
トランプ大統領が掲げた目的は明確だ。イランの核兵器保有阻止、弾道ミサイル能力の破壊、そして親イラン武装勢力への支援遮断だ。どれも安全保障の文脈では理解できる目標だ。しかし、最高指導者級の殺害は、イランの体制劣化を本丸とした取り組みに思える。核施設の破壊と、国家の象徴的・実質的トップの排除は質が全く違う。
ここでG0という視点が重要になると思う。G0とは、単一の秩序管理者が存在しない世界だ。冷戦後のように米国が調整者として振る舞う時代でもなく、中国やロシアが代わりに責任を引き受けるわけでもない。合意は形成されにくく、抑止は分散し、規範は揺らぐ世界だ。その世界で米国が選択したのは、合意ではなく強制排除だ。外交的凍結ではなく、物理的無力化だ。
(各国の心境)
さて、現況を各主要国はどのように感じているだろうか?前回のブログでも書いたが、G0の世界では、各国は理念よりも国益で動くはずだ。
中国にとってイランは重要なエネルギーパートナーだ。制裁下でも原油を購入した関係だ。同時に中国は「国家主権の不可侵」を外交原則に掲げる国でもある。最高指導者級の斬首という前例は、台湾問題を抱える中国にとって軽視できない。
ロシアもまた複雑だと思う。イランとの軍事的接点はあるが、直接参戦する可能性は高くない。しかし中東の緊張はエネルギー価格を押し上げる。ロシアに取っては経済的な利得があるが、一方で米国の軍事的強制の前例化という懸念が存在してしまった。
北朝鮮にとってはより直接的だ。最高指導者体制を国家の根幹とする国にとって、指導者の物理的排除は戦略的悪夢に他ならない。相当に焦っていると思う。
欧州は核拡散阻止には一定の理解を示しつつも、全面戦争化は避けたい立場だ。そして日本を含むアジア諸国は、まずエネルギー価格と物流を懸念する。ホルムズ海峡が揺らげば、日本経済は即座に影響を受けるからだ。日本は米国の同盟国だ。しかし中東では主導権は持たない。支持するにせよ距離を置くにせよ、結果の影響は確実に受ける。G0時代の典型的な受動プレイヤーだからだ。
(イラン内部の再編)
ではイラン内部は今後、どのようになる可能性が高いのだろうか。まず、制度上は明確だ。暫定の統治体制が引き継ぎ、最終的には専門家会議が新たな最高指導者を選出するからだ。憲法はその手順を定めている。形式的な空白は、最小限に抑えられる設計だ。
だが、制度と実権は一致しないだろう。ここで思い出すべきは、イラン体制が二重構造という点だ。宗教的権威が上にあり、その下で軍と治安機構、とりわけ革命防衛隊(IRGC)が実務を担ってきた。IRGCは単なる軍ではない。軍事、治安、経済、対外武装勢力の支援にまで関与する、国家の中の国家だ。
戦時下では、この層の比重が自然と増すことは明白だ。IRGCは今朝時点の報道では、ホルムズ海峡封鎖をちらつかせ、交渉力を高める姿勢を示している。これは象徴的だ。ホルムズはイランにとって最後のカードであり、世界経済に直接圧力をかけられる。宗教的継承の議論とは別に、軍事・安全保障レベルではすでに現実的な駆け引きが始まっている。
従い、考えられる再編の方向性は3つあり、重なり合うカタチになると考えることができる。第1に、最短で新最高指導者を立て、体制の連続性を示すことだ。長い権力空白は体制にとって最も危険だからだ。
次に、暗殺という非常事態は、民衆が制度改革を求める契機というよりも、体制内部にとって一点に権限が集中したリスクを可視化した可能性がある。最高指導者一人に権限が集中した構造は、物理的に脆いと示された。その場合、合議的な機関へと権限を分散する議論は、民主化の兆しというより、生存戦略として浮上する。
最後は、実務レベルでは革命防衛隊を中心とした安全保障主導の統治へ重心が移ることだ。形式は宗教的継承だが、実態は軍事的安定化だ。そうした二層構造が現実的な落としどころになると現時点では考えた。
ここで区別すべきは、体制劣化と体制崩壊だ。劣化とは統治能力の削減であり、指揮統制の摩耗だ。崩壊とは権力空白と内戦だ。今は、まだ劣化の可能性であって、崩壊までに至っていない。むしろ外圧が強まれば内部結束が強化される逆説もある。1979年の革命後も、イランはイラク戦争という外圧の中で体制を固めた。歴史は何度も、外敵が内部統合を促すことを示してきたのだ。
(G0の現実)
繰り返すが、今回の出来事はイラン問題である前に、G0の現実を露わにしている。国際秩序は、合意ではなく、強制で動いているのだ。そしてその強制は、相手国だけでなく、世界全体に前例を残してしまった。国家元首級の排除という行為は、国際政治のルールを確実に塗り替えている。その余波が、エネルギー市場、同盟構造、核抑止の均衡、そして主権という概念そのものに波及する。G0の世界では、誰も調停者にならないし、だけど誰も無関係ではいられないのだ。









