早嶋です。1900文字。
一連のトランプ関税は、世界に「数字としての痛み」だけではなく、「予見できないという不信感」創り出し、そして輸出してしまった。それは、もはや政策ではない。制度としての不安定さだ。
自動車業界においては当初の25%関税が最終的に15%まで引き下げられた。見かけ上は緩和されたように見えるかもしれない。しかし、トヨタは営業利益1.4兆円減、GMとStellantisは70億ドルの負担を見積もり、フォードはたった1四半期で8億ドルを失ったことになる。トヨタに対しては、本来は下方修正するのは筋が通らないと思うが不確実な状態に対して保守的に計画を引き直していると推測する。トランプはディールの成果と誇るだろうが、実際は米国に対しての不確実性のコストを増長しているだけなのだ。
この波は、自動車業界だけでは終わらない。
トランプが次に目をつけたのは、半導体だった。輸入チップに対して最大100%の関税を課す構想を打ち出しつつ、「米国内で製造すれば免除する」という露骨なディール型の例外措置を設けた。対象はTSMCやサムスン、SK hynixなどだ。つまり、気に入った企業には免除を行い、そうでない企業には懲罰をとるという、恣意的な線引きがある。この構図の中で、世界のデータセンター建設コストは3%から5%上昇し、AIモデルのトレーニング費用も増大する見込みが報道される。冷却装置や高性能電源、建材の価格まで関税の影響を受けとなれば、次はAIを活用する企業全体、つまり、すべての産業にその波が向かうのだ。
話はそこでは終わらない。影響は、さらに広がる。いや、表現としては染み出していくが正しいと思う。
たとえば、製造業全般。部品の調達コストが不安定化し、短期の為替リスクと合わさり「原価計算ができない」という声が上がり始めている。金属加工や精密機械だけでなく、アパレルや日用品など、もはやすべてが輸入部材に依存している現代では、「想定していた粗利」が保てないのだ。トランプの頭の中はさておいて、世の中の商品はグローバルのサプライチェーンを無視して我々の手元には届かない複雑な仕組みの中にある。
物流業界では、保険料と通関手続きの複雑化が進むだろう。時間コストがジワジワと企業体力を削っている。その積み重ねは確実に物流の糞詰まりを起こし始める。アメリカに出荷するだけで、法務部が契約書を何度も書き直さなければならないし、その労力とコストは確実に積み上がる。「手間がビジネスモデルを壊す」という、新たな現実が既に始まっているのだ。
さらに波及するのは、建設業界だ。
鉄鋼・アルミ・銅の価格が乱高下する。契約から設計、施工、建設、受け渡しまで足が長い商売は、契約時と納品時のコスト差を予測するのが極めて難しくなり、なおかつが埋まらないことが目に見える。資材コストの読めなさは、現場にとって命取りになるのだ。だから、大規模プロジェクトは多大なるリスクを抱えることになるので、懸命なオーナーは保留の意思決定を増やしていくと推察できる。そして公共事業すら躊躇し始めるとなると、建築からはじまる街づくりの動きが鈍化するのだ。
人も、金も、動かない。これらは建機の需要を鈍らせ、運搬の需要が鈍化することで造船やタンカーの動きが鈍くなる。バタフライ・エフェクトではないが、一人の愚脳の政策が全てを停滞させることになる。
それはないだろうと思うところにも余波は届く。教育や医療だ。
教育機関では、海外からの研究機材、ラボ設備、コンピュータ関連機器の価格が上昇し、予算の組み直しが相次いでいる。医療現場でも、輸入医療機器や薬剤の価格がじわじわと上がっており、「研究費がある大学病院しか買えない機器」が増えてきた。ここに関税が乗ることで、地方医療は確実に割を食うのだ。
つまり、トランプ関税の本質は「気に入らないものを殴る政策」ではなく、「予測不能を常態化させる装置」に近い。企業はその装置と向き合わねばならない。投資は慎重になる。判断は保守的になる。結果として、多くのグローバル企業が下方修正に動く。その結果、株価が下がる。投資家が逃げる。資金調達が難しくなる。そして、ブーメランはアメリカ企業自身に最も大きく跳ね返るのだ。
なぜなら、世界の株式市場における時価総額上位のほとんどは、米国企業で構成されているからだ。結局、不安定を制度化すればするほど、自国の繁栄をも侵していく。トランプが破壊しているのは相手ではない。アメリカという信用そのものだ。
ウロボロス。あの、自分の尻尾を食べ続ける蛇。一見、勇ましく敵に噛みついているようでいて、実際に傷ついているのは自分自身。今のアメリカは、まさにその姿に重なって見えてしまう。